都市伝説と呼ばれて

松虫大

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第二章 巨星堕つ

5 襲撃(1)

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 皆の顔に笑顔が浮かぶ中、アレシュは唯ひとり思い詰めた表情を浮かべていた。
 やがて意を決したように顔を上げ、トゥーレの前に進み出ると静かに跪く。

「トゥーレ様・・・・」

「アレシュ殿、どうした?」

「お伝えしなければならないことがございます。人払いをお願いします」

 彼のそのただならぬ気配に和んでいた雰囲気は霧散し、側近たちが怪訝な表情を浮かべる。

「わかった」

 トゥーレはリーディアと視線を交わし小さく頷いた後そう短く答えると、リーディアとアレシュを伴って騎乗し、側近たちから離れた。
 しばらく並足でリーディアと馬を並べていたが、針葉樹の林の傍までくると歩を止める。

「それで、話とはなんだ?」

 充分距離を取ったところでトゥーレは振り向いて尋ねた。
 丘の上では撤収準備が進められているが、こちらが気になるのか時折チラチラと盗み見るような視線を感じる。しかしこれだけ距離が離れていれば口の動きを読むこともできないだろう。

「実はお二人を狙って襲撃の準備がなされております」

 声を潜めるようにしてアレシュの口から語られた内容は、トゥーレがある程度想像していた内容だった。

「!?」

 リーディアは思わず息を呑むが、対照的にトゥーレは『またか』とうんざりした表情を浮かべる。

「どこだ?」

「はい?」

「どこで狙われる?」

 不意にトゥーレの雰囲気が変わると目付きが鋭くなり言葉も短くなった。彼の急な変化にアレシュは一瞬戸惑いを浮かべるものの、すぐに気を取り直すと淡々とした口調で続ける。

「この高原の出口付近の林に潜み、帰路を狙っている筈です」

「数は分かるか?」

「およそ三〇〇ほどかと」

 三〇〇という数には流石にトゥーレも驚いた顔を浮かべる。

「そうか・・・・」

 短くひと言発すると、顎の先に右手を添えて考える素振りを見せる。鋭さを増した朱と青紫の双眸はアレシュに向けられているが、その瞳に彼は写っておらずどこか遠くを見ているようだ。

「よし、じゃあ戻ろうか?」

 しばらく黙考していたトゥーレは、顔を上げると軽い調子でそう告げて馬首を巡らせた。口調は軽いが雰囲気は鋭いままで、リーディアも気軽に声を掛けられる雰囲気ではなく、黙ってついていくしかなかった。
 丘の上に戻ると状況を側近たちにも伝えられた。
 さすがにトゥーレの側近は慣れたもので、何も指示しなくとも素早く装備を確認し始めた。緊張に包まれた表情を浮かべたリーディアの護衛騎士たちは、ユーリたちの行動を見て慌てて自分の装備を確認をしていく。逆に不安そうに青ざめた表情を浮かべているのは側勤めたちだった。

「側近たちを騎士組と側勤め組の二手に分ける。姫、姫の護衛の半分を側勤めたちに付けてくれ!」

「は、はい! 分かりました」

「俺たちは先行して敵の目を引きつける。先頭は俺達が勤めるぞ!」

「御意!」

 トゥーレの檄に気合いの入った声で答えるのはユーリたち彼の側近だ。

「俺たちの後ろには姫だ。できるだけ敵を蹴散らすつもりだが敵が多い。刃を交えることになるかも知れない。その覚悟だけはしておいてくれ!」

「わ、わかりました」

 トゥーレの言葉に一瞬息を飲んだリーディアだったが、すぐに覚悟を決めた表情になり力強く頷くと、トゥーレの言うとおり自分の護衛から半数を側勤めの護衛に回した。

「側勤めたちはしばらくこの場で待機だ! 敵はできるだけ引き受けるが、残敵がいるかも知れない。警戒しつつ騒ぎが収まったら真っ直ぐにガハラに向かえ!」

「トゥーレ様はどちらに向かわれるのですか?」

「俺達はガハラには戻らん! そのままフォレスを目指す!」

 ガハラは広大な敷地に反して、最低限と言って差し支えないような設備しか持たない城だ。
 軍馬放牧のための拠点としての機能しかなく、城壁に囲まれてはいるが高さはわずか五メートル程度で側防塔のような防御施設もなく、戦いが想定された造りではなかった。
 このまま包囲を突破して城に籠もったとしても、百に満たない数では守り切れないと判断したのだった。

「アレシュ殿は姫の護衛を頼む!」

「!?」

 襲撃を打ち明けたアレシュに対して、トゥーレはそのままリーディアの護衛に就くように依頼する。アレシュは信じられないといった様子で目を見開いた。

「なんだ、不服か?」

「いえ、そんなことは・・・・」

「アレシュ殿は姫の護衛騎士なのであろう? 俺も姫は命に代えても守るつもりでいるが、さすがに敵の数が多い。手一杯で姫から離れることがあるかも知れない。できるだけ安心できる材料が欲しいのだ」

 そこで一旦言葉を句切ると、アレシュの耳元に顔を近づける。

「この襲撃は貴殿が手引きした訳ではないんだろう?」

「っ!? 知っておられたのですか?」

 トゥーレの指摘にアレシュは驚いて目を見開くと、まじまじと彼を見つめた。

「貴殿の雰囲気が昨日までと違っていたからな。何かあるとは思ってはいた。まさか襲撃だとは考えもしなかったがな。それにわざわざターゲットに知らせるってことは何か理由があるのだろう?」

 そう言うと彼から離れ、戯けた調子でトゥーレは肩を竦める。

「ま、なんだ、それとは関係なく俺はよく狙われるんだ。よほど都市伝説のままでいて欲しいらしい」

「駄目です! トゥーレ様はわたくしがお守りします。都市伝説になどさせません!」

 トゥーレの自嘲気味の言葉に激しく反応したのはリーディアだ。彼女は胸の前で握り拳を作り『ふんす』と鼻息荒くトゥーレを守ると宣言した。

「・・・・」

 ある意味、空気を読まないリーディアの宣言に、呆気にとられたように一瞬固まるが次の瞬間には大爆笑に包まれていた。
 何故笑われたのか分からずきょとんとしていたリーディアも、やがて発言の意味を理解して顔を真っ赤に染めると思わず俯いてしまった。首筋まで頭髪と同じくらい赤くなっているのが分かるほどだ。

「さて、姫が言ってるように俺も都市伝説に戻るつもりはないんでな。死んで伝説になるくらいなら、どれだけ格好悪くても泥水を啜ることになっても、俺は生きることを諦めたりはしない! 皆もまずは生き残ることを考えろ!」

「おぅ!」

 一度は弛緩してしまった空気がトゥーレの檄で再び引き締まる。
 その後、隊列を整えた一行は、ユーリとルーベルトを先頭にゆっくりと進み始めた。

「トゥーレ様って本当に狙われすぎじゃないですか?」

「そうだな。外から見れば無防備にうろうろしてるように見えるから狙いやすいんだろう。それよりルーベルト、お前のそれが切り札になるかも知れん。本当に使えるんだろうな?」

「それは任せてください。馬術と違って私は鉄砲に妥協はしませんから」

 そう言って鞍に置いた鉄砲を軽く叩く。それは鉄砲というには太く、長さも半分もないものだった。
 ホーストレッキングのため武器は少なく、馬上槍が数本ある以外はほとんどが護身用の剣のみで、ルーベルト自慢の鉄砲一挺が唯一の飛び道具だった。
 ユーリ自慢のツヴァイヘンダーも今回は持ってきてはいなかった。そのため馬上で振るうには全体的に長さが足りないのだ。せめて槍やハルバードがもう少しあればと考えるが、今更無い物ねだりをしてもあとの祭りだった。

「トゥーレ様はああ言われたが、場合によってはトゥーレ様とリーディア姫様だけでも無事なら俺達の勝ちだからな」

「わかってます。私の好きにさせてくれるのはトゥーレ様だけです。邪魔する者はこの銃の餌食にしてやりますよ!」

 ユーリは最悪の場合、自分を盾にしてでも二人を逃がさなければと覚悟を決め、ルーベルトも彼なりの言葉で二人を逃がすことを誓うのだった。



「トゥーレ様、大丈夫でしょうか?」

「不安なのは分かるが、あまりそういう顔を周りに見せない方がいい」

 青ざめた表情で不安そうに問い掛けるリーディアに対し、トゥーレが突き放すように答える。

「はい、すみません」

「姫、手を・・・・」

「!?」

 俯いたリーディアにトゥーレが左手を差し出していた。
 何気なくリーディアが彼の手を取ると、ハッとしたように彼を見る。

「震えてるだろう?」

「・・・・はい」

 トゥーレの手がはっきりと分かるほど震えていたのだ。彼の表情からは全くそのような素振りが見えなかっただけに彼女は驚いた。

「怖いのは俺も同じだ。今でも逃げ出したいほどだよ。だけど皆が俺たちを見てるんだ。そんな中で不安な顔は見せられない。わかるね?」

「はい」

 そう答えるとトゥーレの手を離し、前方を真っ直ぐ見つめ口を真一文字に結んだ。
 トゥーレやリーディアは戦となれば指揮を執る立場だ。直接命の遣り取りをすることは少ないが、彼の言葉や態度が兵の士気に大きく関わってくるのだ。

「万が一のお守りにこれを渡しておくよ」

 トゥーレは腰に差していた短剣を外してリーディアに差し出した。

「使わないに越したことはないが、あれば少しは安心だろ?」

「ありがとう存じます。お借りします」

 青い顔をまだ浮かべているが、無理矢理笑顔を作ったリーディアは手を伸ばして短剣を受け取る。その剣を一瞬胸に抱くとベルトに挟み込んだ。

「ホシアカリは俺が鍛えた馬だ。いざとなればその馬を信じろ! きっと助けてくれるから」

「わかりました。この子を信じます」

「いい返事だ」

 トゥーレは安心させるように笑顔を見せ、軽くリーディアの頭をポンと軽く叩くとヤミヅキとともに前方へと移動していった。
 側勤めのための護衛を除いた約五〇名が、敵が待ち受ける林道へとゆっくり差し掛かっていく。
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