都市伝説と呼ばれて

松虫大

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第二章 巨星堕つ

3 タカマ高原(1)

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 村人との心温まる邂逅のあった翌日早朝。朝靄が棚引く中トゥーレたちはガハラの城を出立していった。
 ガハラからタカマ高原までは指呼の間しかなく、靄によって視界が悪いとはいえ十メートル先が見えないというほどではない。

「これくらいの靄はいつものことでございます。じきに晴れることでしょう」

 天候を確認したガハラの村長も『これくらいなら問題ないでしょう』と太鼓判を押してくれていた。果たして村長の見立て通り、村を出て街道に出る頃にはすでに靄が薄くなりわずかに陽の光も差し込んできていた。
 タカマ高原へは村から街道へと一旦出ることになる。
 街道をしばらく道なりに進めば小さな雑木林が現れる。その雑木林を舐めるようしてしばらく進むと、やがて林を貫くような林道へと続く分岐が現れる。
 一行はアレシュの案内で分岐を左へ折れて街道を外れ林道へと入って行った。
 針葉樹の木々に囲まれた林道は、五分も進めば林が途切れ、見渡す限り緑の絨毯が敷き詰められたような景色が眼前に広がった。

「ほおっ!」
「うわぁ!」

 目の前に広がる想像以上の光景に、馬を並ばせて進んでいたトゥーレとリーディアが同時に感嘆の声を上げた。
 なだらかな丘陵地を想像していたトゥーレの第一印象は、意外と起伏がある地形だというものだった。
 日陰となる窪地には、まだ靄が取り残されたように残っていたが、日当たりの良い丘には黄色や紫の小花が咲いていた。遠くには万年雪を頂くンガマトの稜線が青く霞んでいて、朝靄と相まって幻想的でさえあった。
 ここが今回のホーストレッキングの目的地であるタカマ高原だ。
 トゥーレはもちろん、リーディアもタカマ高原を訪れるのは初めてだ。

「いかがですか? ここが我らが誇るタカマ高原です」

 言葉をなくしたように佇む彼らに、アレシュが声を掛ける。少し自慢気に胸を反らしているように見えるのは、きっと気のせいではないだろう。 

「噂には聞いていたがこれは想像以上だ。葉も深く色付き、茎も力強く天に伸びている。良い牧草の証拠だ!」

 フォレス近郊に広がる一面の田園風景にも驚かされたが、この高原もそれに負けず劣らずだった。所々に岩肌が顔を出したり、木が生い茂っているものの見渡す限りの広大な牧草が広がる風景は、荒涼としたカモフの谷とは何もかもが違っていた。

「アレシュがしつこいほどここを推したのが解りました。こちらで放牧した馬は強くなるという言い伝えも、実際に目にすれば確かにそう感じます」

 リーディアも感嘆したようにアレシュに笑いかける。
 今回のホーストレッキングの候補先について、いくつかあった中からアレシュがどうしてもと薦めてきたのがここタカマ高原だった。

「姫様にそう言っていただけると、私もお薦めしたかいがあります。我らウンダルの騎士にとっては、乗騎は強力な武器であり自らの命を守る相棒となります。姫様がトレッキングに行かれるとお伺いした際に、ここは真っ先にご案内せねばと思った次第であります」

「それでも余りのしつこさに、わたくしは敢えて他の場所にしようかと思うほどでした」

 自慢気に話すアレシュにリーディアが少し頬を膨らませる。
 候補を絞っていく中で父や兄を始め色々な者の意見を聞いたが、タカマ高原を推す意見が圧倒的だったのだ。その中でもアレシュが最も熱心に薦めてきていた。
 護衛騎士としてリーディアに仕えている彼は立場的に彼女の近くに控えることが多く、隙があればそれこそ昼夜を問わずタカマ高原を推してきた。最後はリーディアが根負けし彼の意見を採用したのだった。

「ははは、私の執念が実って良かったです。実は見ていただきたい景色はまだあるのです」

「まだあるのですか?」

 拗ねた表情を見せるリーディアにアレシュはまだとっておきがあると笑うと、リーディアは流石にうんざりした表情を浮かべて冷や汗を流した。

「ええ、圧倒的な景色に圧倒されますよ。ただタイミングが難しいため今回は見ることができず残念です」

「カモフとは規模が違いすぎて言葉が出ないな」

 カモフの谷も美しい景色では負けていないが、どこまでも開放的なウンダルの雄大さには敵わない。単純に比べることはできないが、トゥーレにはその差はカモフとウンダルの国力差を突きつけられたような気がするのだった。
 カモフにはアルテミラの財政を支えるほどの豊富な岩塩があるが、それ以外の産業がなく生産量も低かった。対してウンダルは広大な農地や牧草地に加え、フェイル川を使った貿易など多岐にわたっている。特に農地はアルテミラの食糧庫と言われるほどの生産量を誇っていた。
 岩塩がなければカモフはかつての忘れられた地へと逆戻りするしかないが、ウンダルには例え数年間飢饉が続いても持ちこたえられるだけの体力があるのだ。

「わたくしは早くカモフの谷を見てみたいです。エメラルド色に輝くキンガ湖や岩塩の結晶で創られたという女神像、ウンダルと違った美しさがあるのでしょう?」

 そう言って愁いを含んだ目で隣のトゥーレを見上げる。
 婚約したとはいえ離れ離れなのは寂しいのだろう。冬の間、傷だらけになりながらオリヤンの特訓に耐えてきたのは、騎士になるという夢もあるが少しでもトゥーレの傍にいたいという思いがあるからだ。
 一度カモフに招待するという話も出ているが、現状を鑑みるとあまり現実的でなく実現の見通しは低かった。万が一訪問中にストール軍との間に戦火が起これば、彼女は帰国どころか身の危険に晒されることとなる。そのような理由もあり訪問は時期尚早だという結論に至っていたのだ。




「俺の勝ちだ!?」

「待て待て! 今のは俺の勝ちだろ!?」

「ああくそっ! もう一度だ!」

「ははは、いいぞ、何度やっても同じだけどな!」

「次は絶対に負けないからな!」

 ヒートアップした騒々しい声が、丘の上で寛ぐトゥーレとリーディアの二人の元に聞こえていた。
 二人は枝を広げる広葉樹の根元に腰を下ろして談笑をしていた。
 彼らの傍には側勤めが控えているだけで、それ以外は眼下の草原で競馬に興じていた。ヤミヅキとホシアカリの二頭も少し離れたところで仲良く草を食んでいる。
 最初二人も参加していたのだがトゥーレの鍛えた馬が次元の違う速さを見せ、他の者と勝負にならなかったため早々に競馬から締め出されてしまったのだ。
 残った者たちの勝負はリーディアの側近たちが優勢で、トゥーレ側ではユーリとルーベルトが奮闘するもののそれ以外では勝負にすら持っていくことすらできずに惨敗していた。

「これは帰ったら特訓だな・・・・」

 惨憺さんたんたる結果を見かねたトゥーレがそう言って肩を竦めていた。
 軽い口調とは裏腹にトゥーレの目は笑っていない。ユーリが傍にいれば必死で弁解していただろうが、生憎彼は今アレシュとの勝負の真っ最中だった。

「でもトゥーレ様の側近の方は、元々ほとんど馬に乗ったことのない方ばかりだったのでしょう? わたくしはもっと勝負にならないと思っておりました」

「それを踏まえても酷すぎる。経験の差があるのは理解しているが、正直言えば俺はもう少し勝負になるかと思っていたよ」

 勝負事に負けるのはやはり悔しいのだろう。慰めるようなリーディアの言葉に拗ねたように言葉を返した。

「トゥーレ様、今すごく悪い顔していますわ」

「それはそうだ。こんな結果を見せられてはな」

 元坑夫が半数以上というトゥーレの側近たちは、乗馬の経験もわずか数年の者ばかりだ。逆にリーディアの側近は物心付く頃から馬と接している者が多く、積み重ねてきた経験が違う。それらを差し引いてみれば、健闘しているとも言えなくもない。
 トゥーレも特訓したくらいでこの差が埋まると本気で思っている訳ではなく、リーディアに対しての照れ隠しが大きかった。
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