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第二章 巨星堕つ
2 ガハラの城
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リーディアが見事な乗馬センスを披露してトゥーレたちを感心させた後、一行は予定通り昼食後にタカマ高原へ向けて出発した。
既に彼らの世話をおこなう側勤めたちは、朝から準備のために先行している。そのため護衛を含めても総勢三〇名と少人数でのホーストレッキングとなった。
トゥーレ側はいつもの側近たちが護衛を兼ねて脇を固めていた。
騎士に叙任されたユーリたち以外も今回は全員騎馬にて轡を並べている。
リーディアも彼女の護衛の騎士を供に、早速ホシアカリに騎乗してトゥーレと並ぶように歩を進めていた。
目的地であるタカマ高原は、フォレスからは三〇キロメートル程度と比較的近く、馬なら並足でも五時間掛からない距離だ。
高原には古くから良質の牧草が育ち、この地の牧草を食べて育った馬は強く育つという言い伝えがあるため、ストランド軍は定期的に軍馬をこの高原に放牧に出すほどだった。
ゆったりした足取りで、のんびりと景色を堪能しながら歩を進めた彼らは、日の傾き始めた夕刻に高原にほど近いガハラの村に到着した。
ガハラは小さい農村だがタカマ高原への入口に立地している。そのため村の外れに高原を管理するための城を構えていた。城と言っても放牧に出された軍馬を休ませるのが主な役割のため、砦を大きくしたような無骨な城で、普段は維持のために少数の使用人が住み込みで管理するだけの小城だった。
「リーディア姫様、トゥーレ様。ようこそいらっしゃいました。田舎の小さき城ゆえ、何かとご不便をお掛けすることもあるかと存じますが、ごゆるりと逗留くださいませ」
まだ幼さの残る若者が、到着に合わせて城門で彼らを出迎えて歓迎した。
「アレシュ、出迎えご苦労様です。この度はよろしくお願いしますね」
「コウデラ卿、世話になる。よろしく頼む」
リーディアがアレシュと呼んだ若い騎士を二人が労う。
今回、接待役として抜擢されたのは、まだ二十歳を迎えたばかりのアレシュ・コウデラだ。彼はリーディアの側近のひとりで普段は護衛騎士を務めているが、武芸に優れているため将来を期待される若者だった。
背はトゥーレとそう変わらないが、ガッシリとした体格で肩幅が広い。翡翠のような緑色の瞳が涼しげな印象を与えている。肩まで届きそうなほど伸びた茶色の頭髪を風に靡かせていた。
ヨウコやヴィクトルが側近として欲しがるほどの人材であり、本来であればリーディアの護衛に就くような人物ではない。それが何故彼女の護衛騎士として採用されたかと言えば縁故によるところが大きかった。
アレシュの姉に当たるのがリーディアの側勤めのセネイだ。セネイはリーディアが幼少の時より側勤めを務め、今では筆頭側勤めとして取りまとめる立場だ。アレシュがまだ小さい頃よりリーディアのことを聞いていた彼は、頭角を現して周りから注目される前から彼女の護衛騎士となることを決めていたのだ。
これにはヨウコやヴィクトルだけでなく、領主であるオリヤンすらも思い直すよう説得に当たったほどだがアレシュの意思は変わらず、そのままリーディアの護衛騎士となったという変わり種だった。
「ようこそおいでくださいましたトゥーレ様。どうか私のことはアレシュと呼んでくださいませ。本日はガハラの住民がトゥーレ様のために宴の用意をしております。田舎ゆえ至らぬところもあるかと存じますが、旅の疲れを癒やしてください」
「わかった。ではアレシュ殿と呼ばせていただく。短い間だがよろしく頼む」
トゥーレはそう言うと、アレシュと握手を交わした。
日が落ちると城内の馬場の一角にぐるりと篝火が焚かれ、そこだけ昼間のような明るさに照らされていた。
トゥーレらはガハラの住民の歓待を受けていた。村人は総出でも三〇〇名ほどと多くはなかったが、心から饗応してくれているのが分かる温かな宴だった。
広場の中央には一際大きな篝火が焚かれ、その火を回りながら村に伝わる唄や踊りを披露していた。収穫に感謝を捧げるというそれは決して華美な踊りではない。だが、素朴でどこか剽げていてトゥーレたちを大いに楽しませてくれた。
「楽しんでおられますか?」
「ああ、命の息吹を感じる力強い踊りだ。何より村人の俺たちを喜ばせようという気持ちが嬉しく思う」
「ガハラにこのような踊りがあったのですね。フォレスの収穫祭とも違っていて、何故か不思議と懐かしい気分になります」
トゥーレに続き、リーディアはそう言うと柔かい笑顔を浮かべて踊りを眺めている。
「ガハラの城内は手狭ゆえ、このような露天で申し訳ありません」
「これだけ歓迎して貰っているんだ、文句などあろう筈もない。それに満天の星の下での食事も良いものだ」
トゥーレは隣に座るリーディアと目を合わせて頷きながら、アレシュや村人の労を労った。
この城は元々放牧の際の拠点としての機能しかなかったため、防御設備も城としての機能も最小限しか有していない。城内には饗応のため数百名を収容できるような広間などなかったのだ。
幸い多くの馬を収容するため広大な馬場や多くの厩舎など城域としては広いため、馬場の一角に急遽饗応できる場所を設けたのだった。
「俺たちも混ざろうぜ!」
「ようし、いっちょ踊るか?」
やがて興が乗ってきたユーリたち元はみ出し者が、飛び入りで村人の輪に入って見よう見まねで踊り始める。
「ははは、お前なんだその踊りは?」
「意外と難しいんだぞ! そう言うお前こそ全然駄目じゃねぇか?」
「ほら、俺の踊りは完璧じゃね?」
「あははは、お前そりゃただの猿じゃねぇか!」
彼らが輪に入って踊り始めたが意外と難しいようで、誰一人としてまともに踊ることが出来ずにその滑稽な姿に爆笑の渦が巻き起こる。
「そうじゃねぇ。ここはこうするんじゃ!」
長年躍り込んできた村人達と違ってぎこちない踊りだったが、彼らの気さくな態度に喜んだ村人が手ずから踊りを教え始めるのだった。
「トゥーレ様もリーディア姫様も一緒に踊りましょう?」
「は? いや俺は遠慮しておくよ」
「わたくしも踊りは苦手なので・・・・」
「散々我々を笑っておいて、今更逃げるのは許されませんよ」
最後には渋るトゥーレとリーディアの二人も、ユーリたちに引っ張られるようにして巻き込まれてしまい、さらに大きな笑いとなり大いに盛り上がるのだった。
饗応がお開きとなり夜もすっかり更けた頃だ。
煌々と焚かれていた篝火も始末され、会場となった馬場は僅かに燻ぶった臭いが残っていたものの、普段通りの静けさを取り戻していた。
不寝番の姿と小さな篝火の明かりが所々見える中、音もなく城から出る不審な影があった。
影は伴も連れず闇に紛れるように静かに歩いていく。背は低く猫背でこそこそと鼠のように歩く様は、明らかに不審な雰囲気を醸し出している。小柄な体型だが影からは男なのか女なのかは解らない。
それは不思議なことに足音や衣擦れの音すら立てずに移動していた。途中で立ち止まると振り返り、闇夜に浮かぶ城というには烏滸がましい建物を見上げる。
淡い月明かりに照らされた影は、黒い外套を羽織りフードで顔を隠すように被っているため、表情は分からない。
「・・・・」
だが月明かりの中口元が微かに歪む。いやそれは笑ったのかも知れない。
しばらく佇んでいたが、影はやがて踵を返すと再び歩き始める。辺りにはうっすらと靄が立ち込め始めたため、影の姿は靄の中に溶けていくのだった。
既に彼らの世話をおこなう側勤めたちは、朝から準備のために先行している。そのため護衛を含めても総勢三〇名と少人数でのホーストレッキングとなった。
トゥーレ側はいつもの側近たちが護衛を兼ねて脇を固めていた。
騎士に叙任されたユーリたち以外も今回は全員騎馬にて轡を並べている。
リーディアも彼女の護衛の騎士を供に、早速ホシアカリに騎乗してトゥーレと並ぶように歩を進めていた。
目的地であるタカマ高原は、フォレスからは三〇キロメートル程度と比較的近く、馬なら並足でも五時間掛からない距離だ。
高原には古くから良質の牧草が育ち、この地の牧草を食べて育った馬は強く育つという言い伝えがあるため、ストランド軍は定期的に軍馬をこの高原に放牧に出すほどだった。
ゆったりした足取りで、のんびりと景色を堪能しながら歩を進めた彼らは、日の傾き始めた夕刻に高原にほど近いガハラの村に到着した。
ガハラは小さい農村だがタカマ高原への入口に立地している。そのため村の外れに高原を管理するための城を構えていた。城と言っても放牧に出された軍馬を休ませるのが主な役割のため、砦を大きくしたような無骨な城で、普段は維持のために少数の使用人が住み込みで管理するだけの小城だった。
「リーディア姫様、トゥーレ様。ようこそいらっしゃいました。田舎の小さき城ゆえ、何かとご不便をお掛けすることもあるかと存じますが、ごゆるりと逗留くださいませ」
まだ幼さの残る若者が、到着に合わせて城門で彼らを出迎えて歓迎した。
「アレシュ、出迎えご苦労様です。この度はよろしくお願いしますね」
「コウデラ卿、世話になる。よろしく頼む」
リーディアがアレシュと呼んだ若い騎士を二人が労う。
今回、接待役として抜擢されたのは、まだ二十歳を迎えたばかりのアレシュ・コウデラだ。彼はリーディアの側近のひとりで普段は護衛騎士を務めているが、武芸に優れているため将来を期待される若者だった。
背はトゥーレとそう変わらないが、ガッシリとした体格で肩幅が広い。翡翠のような緑色の瞳が涼しげな印象を与えている。肩まで届きそうなほど伸びた茶色の頭髪を風に靡かせていた。
ヨウコやヴィクトルが側近として欲しがるほどの人材であり、本来であればリーディアの護衛に就くような人物ではない。それが何故彼女の護衛騎士として採用されたかと言えば縁故によるところが大きかった。
アレシュの姉に当たるのがリーディアの側勤めのセネイだ。セネイはリーディアが幼少の時より側勤めを務め、今では筆頭側勤めとして取りまとめる立場だ。アレシュがまだ小さい頃よりリーディアのことを聞いていた彼は、頭角を現して周りから注目される前から彼女の護衛騎士となることを決めていたのだ。
これにはヨウコやヴィクトルだけでなく、領主であるオリヤンすらも思い直すよう説得に当たったほどだがアレシュの意思は変わらず、そのままリーディアの護衛騎士となったという変わり種だった。
「ようこそおいでくださいましたトゥーレ様。どうか私のことはアレシュと呼んでくださいませ。本日はガハラの住民がトゥーレ様のために宴の用意をしております。田舎ゆえ至らぬところもあるかと存じますが、旅の疲れを癒やしてください」
「わかった。ではアレシュ殿と呼ばせていただく。短い間だがよろしく頼む」
トゥーレはそう言うと、アレシュと握手を交わした。
日が落ちると城内の馬場の一角にぐるりと篝火が焚かれ、そこだけ昼間のような明るさに照らされていた。
トゥーレらはガハラの住民の歓待を受けていた。村人は総出でも三〇〇名ほどと多くはなかったが、心から饗応してくれているのが分かる温かな宴だった。
広場の中央には一際大きな篝火が焚かれ、その火を回りながら村に伝わる唄や踊りを披露していた。収穫に感謝を捧げるというそれは決して華美な踊りではない。だが、素朴でどこか剽げていてトゥーレたちを大いに楽しませてくれた。
「楽しんでおられますか?」
「ああ、命の息吹を感じる力強い踊りだ。何より村人の俺たちを喜ばせようという気持ちが嬉しく思う」
「ガハラにこのような踊りがあったのですね。フォレスの収穫祭とも違っていて、何故か不思議と懐かしい気分になります」
トゥーレに続き、リーディアはそう言うと柔かい笑顔を浮かべて踊りを眺めている。
「ガハラの城内は手狭ゆえ、このような露天で申し訳ありません」
「これだけ歓迎して貰っているんだ、文句などあろう筈もない。それに満天の星の下での食事も良いものだ」
トゥーレは隣に座るリーディアと目を合わせて頷きながら、アレシュや村人の労を労った。
この城は元々放牧の際の拠点としての機能しかなかったため、防御設備も城としての機能も最小限しか有していない。城内には饗応のため数百名を収容できるような広間などなかったのだ。
幸い多くの馬を収容するため広大な馬場や多くの厩舎など城域としては広いため、馬場の一角に急遽饗応できる場所を設けたのだった。
「俺たちも混ざろうぜ!」
「ようし、いっちょ踊るか?」
やがて興が乗ってきたユーリたち元はみ出し者が、飛び入りで村人の輪に入って見よう見まねで踊り始める。
「ははは、お前なんだその踊りは?」
「意外と難しいんだぞ! そう言うお前こそ全然駄目じゃねぇか?」
「ほら、俺の踊りは完璧じゃね?」
「あははは、お前そりゃただの猿じゃねぇか!」
彼らが輪に入って踊り始めたが意外と難しいようで、誰一人としてまともに踊ることが出来ずにその滑稽な姿に爆笑の渦が巻き起こる。
「そうじゃねぇ。ここはこうするんじゃ!」
長年躍り込んできた村人達と違ってぎこちない踊りだったが、彼らの気さくな態度に喜んだ村人が手ずから踊りを教え始めるのだった。
「トゥーレ様もリーディア姫様も一緒に踊りましょう?」
「は? いや俺は遠慮しておくよ」
「わたくしも踊りは苦手なので・・・・」
「散々我々を笑っておいて、今更逃げるのは許されませんよ」
最後には渋るトゥーレとリーディアの二人も、ユーリたちに引っ張られるようにして巻き込まれてしまい、さらに大きな笑いとなり大いに盛り上がるのだった。
饗応がお開きとなり夜もすっかり更けた頃だ。
煌々と焚かれていた篝火も始末され、会場となった馬場は僅かに燻ぶった臭いが残っていたものの、普段通りの静けさを取り戻していた。
不寝番の姿と小さな篝火の明かりが所々見える中、音もなく城から出る不審な影があった。
影は伴も連れず闇に紛れるように静かに歩いていく。背は低く猫背でこそこそと鼠のように歩く様は、明らかに不審な雰囲気を醸し出している。小柄な体型だが影からは男なのか女なのかは解らない。
それは不思議なことに足音や衣擦れの音すら立てずに移動していた。途中で立ち止まると振り返り、闇夜に浮かぶ城というには烏滸がましい建物を見上げる。
淡い月明かりに照らされた影は、黒い外套を羽織りフードで顔を隠すように被っているため、表情は分からない。
「・・・・」
だが月明かりの中口元が微かに歪む。いやそれは笑ったのかも知れない。
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