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第一章 都市伝説と呼ばれて
43 婚約式
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翌日、フォレス城の大広間には昨夜の晩餐会に出席した人物に加え、カモフからもザオラルとテオドーラの二人も駆け付けてオリヤンとの旧交を温めていた。
奏でられる音楽と着飾った女たちが華やかな雰囲気を醸しだし、人々は主役二人の入場を今か今かと待っていた。
「リーディア・ストランド様ご入場!」
案内の声が響くと、潮が引くように人々が口を噤んだ。
広間の入口が開け放たれ視線が集中する中を、奏でられる曲に合わせて、母のアデリナを介添えにゆっくりと入場してくる。
今日のリーディアは、オフショルダーの目の覚めるような青いドレス姿だ。
大きく開いた襟元から袖にかけて、白や黄色の小花の刺繍があしらわれている。ボリュームのあるスカートは、裾で揺れる白いレースに向かって青から水色への美しいグラデーションだ。大人びた雰囲気のドレスだが、濃紺のサッシュがふんわりと揺れるウエストが、可愛らしさを醸し出していた。
丁寧に編み込まれた頭髪には、頭頂部付近からドレスと同じようなグラデーションが美しいマリアベールが留められ、柔らかく透ける生地が、剥き出しになった肩を優しく包んでいた。
全体的にシンプルなデザインだが、ベールの縁取りのレースが華やかさを演出していた。
美しい姿に吐息が漏れる中、ゆっくりと会場を歩きオリヤンとザオラルが並ぶ前まで進むと、待ちかねたように声がかかる。
「婚約おめでとうリーディア。よく似合っているよ」
「リーディア姫様、とっても素敵です。トゥーレをこれからよろしく頼みますよ」
オリヤンが目を細めて嬉しそうにリーディアを褒める。テオドーラは目を輝かせてリーディアの手を握り感激の面持ちだ。
それを切っ掛けに皆が待ちかねたように口々にお祝いの言葉を述べ始めた。
「おめでとうリーディア。なんて美しいのかしら!」
「とっても素敵だわ! ドレスもよくお似合いですよ」
「お義姉様、ありがとう存じます」
ダニエルとヨウコの妻が目を輝かせてリーディアを褒めると、リーディアは照れ臭そうに頬を染める。
「リーディアおめでとう。馬子にも衣装とはお前のための言葉だな」
「今日は随分と大人びて見えるぞ。淑やかにしていれば、だが」
「ひどいです。お兄様たちには言われたくありません」
兄二人は容赦ない言葉を浴びせ、笑顔のまま彼女は頬を膨らませる。
「リーディア、おめでとう。小さい頃からの願いが叶ってよかったな」
「ヴィクトル兄様、・・・・ありがとう存じます」
比較的に仲のよかったヴィクトルの言葉に、言葉を詰まらせながらも辛うじて堪える。
「姫様、とってもお綺麗ですよ。姫様の想いが叶ってわたくしも嬉しく存じます」
「セネイ、ありがとう」
成人した頃からリーディアに仕えるセネイは、すでに目頭を熱くしながら嬉しそうに祝福する。家族を除いて最も長く仕えているだけに感激もひとしおのようだ。
リーディアもセネイに釣られて堪えきれずに涙を零す。
「いけません姫様! お綺麗な姿が台無しになってしまいます」
セネイが慌ててそう言いながら彼女の目元にハンカチを当てる。
「セネイが先に泣くからいけないんですよ」
恥ずかしそうにそう言って口を尖らせる。
「ささ、リーディア。トゥーレ様がいらっしゃいますわよ」
アデリナに声を掛けられて会場中央へと戻り、トゥーレの入場を待つ。
「トゥーレ・トルスター様ご入場!」
広間の入口が再び開く。
「まあっ・・・・」
トゥーレが姿を現すと、女性たちの間から感嘆の溜息が漏れた。
彼は前日までのシンプルな衣装とは一転、鮮やかな光沢のある朱色の丈の長いタキシード姿だった。
タキシードは光の具合によって深紅にも見える。襟や袖口には金糸で刺繍が施され、煌びやかに輝きを放っていた。シルク地のスタンドカラーのシュミーズには刺繍は施されていない。その代わりなのだろうか、タキシードと同色のベストを着用していた。下はほっそりとしたシルエットの黒いパンツに長革靴というスタイルだ。
胸元にはエステルから贈られたペンダントもしっかり揺れている。
トゥーレはゆっくりと優雅な足取りでリーディアの元へと歩いてくると、彼女の前でボウ・アンド・スクレープで一礼し彼女の手を取った。
「おめでとうトゥーレ殿。扱いにくいじゃじゃ馬だがよろしく頼む」
「七年前から存じております、お義父様。期待通り乗りこなしてみせます」
「お二人とも酷いです。わたくしは馬じゃありません!」
オリヤンの冗談めかした言葉に便乗するトゥーレに、リーディアは笑顔のまま頬を膨らませる。
「まるで絵画のよう! 二人ともとってもお似合いですわ!」
「お義母様、ありがとう存じます」
二人並んだ姿にテオドーラが再び感嘆の声を上げる。
「トゥーレ、リーディアおめでとう」
言葉少なに二人を祝うのはザオラルだ。ぶっきらぼうだが、温かく喜びが伝わってくる言葉だだった。
領主の言葉が終わると、先ほどから落ち着きなくそわそわしていたシルベストルが、鼻息荒く前に進み出てくる。
「若様、リーディア姫様、おめでとう存じます。小さい頃より知るお二人がこうして結ばれるとは感慨深い思いですぞ!」
「シルベストル興奮しすぎだ。ちょっと近いぞ下がれ」
「リーディア姫様。若様は見かけ通りふらふらとしますので、しっかりと手綱を握っておいてくださいませ」
「姫はともかく俺は馬じゃないぞ! 姫、シルベストルは見た目は素敵紳士だが怒らせると怖いから気を付けろよ」
「なっ!」
「若様、誰が怒らせてるんですか? それと、さりげなく姫様をディスるのはおやめなさい。吃驚されておられます」
「ははは、おめでとうございます。トゥーレ様は馬耳東風なところがありますからな、そう言う意味ではじゃじゃ馬と噂のリーディア様とはお似合いですな」
ヒートアップしていくシルベストルを遮るようにクラウスが割り込んでくる。シルベストルと同様に辛辣な言葉だが、二人ともトゥーレを幼い頃から知っているだけに感慨深そうだ。
「クラウスもシルベストルも、さっきから馬に例えるのは勘弁してくれ」
重臣達の挨拶が続いた後は、手ぐすね引いて待っていたトゥーレの側近たちの番だ。
彼らはいつもの調子で遠慮のない言葉を次々と浴びせ、リーディアを驚かせるのだった。
「おめでとうございます。ついこの間まで都市伝説で生存すら不明だった方が大した出世です。リーディア様、トゥーレ様は人使いが荒いですからね。これから大変ですよ」
「そうですね。リーディア様、今からでも遅くはありません。馬車馬のように酷使される前に、破棄するなら今のうちでございますよ」
「はぁ、姫が目を丸くしてるじゃないか。やっぱり貴様達を連れてくるんじゃなかった・・・・」
トゥーレは予想通りの展開に溜息を吐き、諦めたように肩を竦めた。
「それではトゥーレ・トルスター様! リーディア・ストランド様! 壇上へお上がりください」
やがて大広間に設けられた壇上へと呼ばれた二人は、文机に広げられた婚約の文書に順番に署名をおこなう。
署名が終わると進行役の騎士が、サインされた二通の文書を高々と掲げ、会場は万雷の拍手に包まれた。
二通あるのはトルスター家とストランド家で一通ずつ保管するためだ。
「約束の石の交換を!」
その言葉が告げられると、トゥーレの後見人であるシルベストルが小さな箱を手に壇上へと上がる。
約束の石とは婚約の石とも言われ、婚約の場でお互いに贈り合う品だ。相手への気持ちを込めた宝石を贈り合ったことが始まりで、今では常に身に着けられるよう宝飾品にして互いに贈り合うようになっていた。また結婚の意思と石と掛けたとも言われ、約束を違えないことを誓う意味を持っていた。
「幼き日の約束を違えぬことを誓い、ともに歩いて行かんと願いを込めてこの意思を捧げる」
トゥーレが誓いの言葉を述べるとシルベストルが小箱の蓋を開け、リーディアの前に捧げた。
箱の中には金のペンダントが納められていた。
透かし彫りで象られた水を漕ぐ船と交差した櫂が、中央のルビーを包み込むように配置されている。よく見ると水面に見える部分は、水ではなく麦畑のような意匠になっていた。
先日エステルにプレゼントのお返しとして贈った物とよく似ているが、こちらの方が遙かに手の込んだ物だ。エステルに贈ったペンダントの出来を気に入ったトゥーレが、さらに手を入れて約束の石としたのだった。
トゥーレは丁寧な手付きでペンダントを取り出すと、軽く俯いたリーディアの首に手を伸ばす。必然的に至近に顔が迫って心臓が高鳴り緊張で若干手が震えるが、なんとか留め具を留めることができた。
ホッと息を吐いてトゥーレが離れると、リーディアが顔を上げる。照れくさそうに胸に揺れるペンダントに目をやると、頬を朱に染めて嬉しそうにはにかんだ笑顔を浮かべた。
続いてヴイクトルが小箱を掲げて進み出る。
「助けていただいた幼き日より、トゥーレ様のことは片時も忘れたことはございません。これからも変わらぬ想いを誓い、この意思を贈ります」
彼女が小箱から取り出したのは、麦の穂が風に棚引く意匠が施された金色のバングルだ。
穂を束ねるような位置にはサファイアが埋め込まれ青い光を放っていた。
麦穂も青もストランド家の紋章と色を現している。
ブレスレットを手にしたリーディアが、トゥーレの左手首に優しく取り付け視線を上げると、トゥーレと目が合い自然と二人はにこりと微笑んだ。
「これにてトゥーレ・トルスター様、リーディア・ストランド様の婚約が整いました。お二人に祝福を!」
進行役が仰々しい仕草で両手を広げて婚約が成ったことを宣言し、広間は割れんばかりの拍手に包まれた。
『リーディア姫様ぁ!!!』
『トゥーレ様!!!』
二人が城門の上に姿を現すと、ひと目見ようと集まった住民から大歓声が上がる。
婚約式が終わり、カモフとウンダルの領地に二人の婚約が成立したことが布告されたのだ。
フォレスの城門前には朝から人が集まっていたが、婚約が布告されるとさらに多くの人々が集ってきた。当初はお披露目する予定がなかったが、余りの人の多さに急遽お披露目をすることになったのだった。
トゥーレもリーディアも恥ずかしそうに照れていたが、多くの声援に応えているうちに、笑顔が浮かび手を振り続けていた。
二人への歓声は止むことがなく、いつまでも街中に響き渡るのだった。
奏でられる音楽と着飾った女たちが華やかな雰囲気を醸しだし、人々は主役二人の入場を今か今かと待っていた。
「リーディア・ストランド様ご入場!」
案内の声が響くと、潮が引くように人々が口を噤んだ。
広間の入口が開け放たれ視線が集中する中を、奏でられる曲に合わせて、母のアデリナを介添えにゆっくりと入場してくる。
今日のリーディアは、オフショルダーの目の覚めるような青いドレス姿だ。
大きく開いた襟元から袖にかけて、白や黄色の小花の刺繍があしらわれている。ボリュームのあるスカートは、裾で揺れる白いレースに向かって青から水色への美しいグラデーションだ。大人びた雰囲気のドレスだが、濃紺のサッシュがふんわりと揺れるウエストが、可愛らしさを醸し出していた。
丁寧に編み込まれた頭髪には、頭頂部付近からドレスと同じようなグラデーションが美しいマリアベールが留められ、柔らかく透ける生地が、剥き出しになった肩を優しく包んでいた。
全体的にシンプルなデザインだが、ベールの縁取りのレースが華やかさを演出していた。
美しい姿に吐息が漏れる中、ゆっくりと会場を歩きオリヤンとザオラルが並ぶ前まで進むと、待ちかねたように声がかかる。
「婚約おめでとうリーディア。よく似合っているよ」
「リーディア姫様、とっても素敵です。トゥーレをこれからよろしく頼みますよ」
オリヤンが目を細めて嬉しそうにリーディアを褒める。テオドーラは目を輝かせてリーディアの手を握り感激の面持ちだ。
それを切っ掛けに皆が待ちかねたように口々にお祝いの言葉を述べ始めた。
「おめでとうリーディア。なんて美しいのかしら!」
「とっても素敵だわ! ドレスもよくお似合いですよ」
「お義姉様、ありがとう存じます」
ダニエルとヨウコの妻が目を輝かせてリーディアを褒めると、リーディアは照れ臭そうに頬を染める。
「リーディアおめでとう。馬子にも衣装とはお前のための言葉だな」
「今日は随分と大人びて見えるぞ。淑やかにしていれば、だが」
「ひどいです。お兄様たちには言われたくありません」
兄二人は容赦ない言葉を浴びせ、笑顔のまま彼女は頬を膨らませる。
「リーディア、おめでとう。小さい頃からの願いが叶ってよかったな」
「ヴィクトル兄様、・・・・ありがとう存じます」
比較的に仲のよかったヴィクトルの言葉に、言葉を詰まらせながらも辛うじて堪える。
「姫様、とってもお綺麗ですよ。姫様の想いが叶ってわたくしも嬉しく存じます」
「セネイ、ありがとう」
成人した頃からリーディアに仕えるセネイは、すでに目頭を熱くしながら嬉しそうに祝福する。家族を除いて最も長く仕えているだけに感激もひとしおのようだ。
リーディアもセネイに釣られて堪えきれずに涙を零す。
「いけません姫様! お綺麗な姿が台無しになってしまいます」
セネイが慌ててそう言いながら彼女の目元にハンカチを当てる。
「セネイが先に泣くからいけないんですよ」
恥ずかしそうにそう言って口を尖らせる。
「ささ、リーディア。トゥーレ様がいらっしゃいますわよ」
アデリナに声を掛けられて会場中央へと戻り、トゥーレの入場を待つ。
「トゥーレ・トルスター様ご入場!」
広間の入口が再び開く。
「まあっ・・・・」
トゥーレが姿を現すと、女性たちの間から感嘆の溜息が漏れた。
彼は前日までのシンプルな衣装とは一転、鮮やかな光沢のある朱色の丈の長いタキシード姿だった。
タキシードは光の具合によって深紅にも見える。襟や袖口には金糸で刺繍が施され、煌びやかに輝きを放っていた。シルク地のスタンドカラーのシュミーズには刺繍は施されていない。その代わりなのだろうか、タキシードと同色のベストを着用していた。下はほっそりとしたシルエットの黒いパンツに長革靴というスタイルだ。
胸元にはエステルから贈られたペンダントもしっかり揺れている。
トゥーレはゆっくりと優雅な足取りでリーディアの元へと歩いてくると、彼女の前でボウ・アンド・スクレープで一礼し彼女の手を取った。
「おめでとうトゥーレ殿。扱いにくいじゃじゃ馬だがよろしく頼む」
「七年前から存じております、お義父様。期待通り乗りこなしてみせます」
「お二人とも酷いです。わたくしは馬じゃありません!」
オリヤンの冗談めかした言葉に便乗するトゥーレに、リーディアは笑顔のまま頬を膨らませる。
「まるで絵画のよう! 二人ともとってもお似合いですわ!」
「お義母様、ありがとう存じます」
二人並んだ姿にテオドーラが再び感嘆の声を上げる。
「トゥーレ、リーディアおめでとう」
言葉少なに二人を祝うのはザオラルだ。ぶっきらぼうだが、温かく喜びが伝わってくる言葉だだった。
領主の言葉が終わると、先ほどから落ち着きなくそわそわしていたシルベストルが、鼻息荒く前に進み出てくる。
「若様、リーディア姫様、おめでとう存じます。小さい頃より知るお二人がこうして結ばれるとは感慨深い思いですぞ!」
「シルベストル興奮しすぎだ。ちょっと近いぞ下がれ」
「リーディア姫様。若様は見かけ通りふらふらとしますので、しっかりと手綱を握っておいてくださいませ」
「姫はともかく俺は馬じゃないぞ! 姫、シルベストルは見た目は素敵紳士だが怒らせると怖いから気を付けろよ」
「なっ!」
「若様、誰が怒らせてるんですか? それと、さりげなく姫様をディスるのはおやめなさい。吃驚されておられます」
「ははは、おめでとうございます。トゥーレ様は馬耳東風なところがありますからな、そう言う意味ではじゃじゃ馬と噂のリーディア様とはお似合いですな」
ヒートアップしていくシルベストルを遮るようにクラウスが割り込んでくる。シルベストルと同様に辛辣な言葉だが、二人ともトゥーレを幼い頃から知っているだけに感慨深そうだ。
「クラウスもシルベストルも、さっきから馬に例えるのは勘弁してくれ」
重臣達の挨拶が続いた後は、手ぐすね引いて待っていたトゥーレの側近たちの番だ。
彼らはいつもの調子で遠慮のない言葉を次々と浴びせ、リーディアを驚かせるのだった。
「おめでとうございます。ついこの間まで都市伝説で生存すら不明だった方が大した出世です。リーディア様、トゥーレ様は人使いが荒いですからね。これから大変ですよ」
「そうですね。リーディア様、今からでも遅くはありません。馬車馬のように酷使される前に、破棄するなら今のうちでございますよ」
「はぁ、姫が目を丸くしてるじゃないか。やっぱり貴様達を連れてくるんじゃなかった・・・・」
トゥーレは予想通りの展開に溜息を吐き、諦めたように肩を竦めた。
「それではトゥーレ・トルスター様! リーディア・ストランド様! 壇上へお上がりください」
やがて大広間に設けられた壇上へと呼ばれた二人は、文机に広げられた婚約の文書に順番に署名をおこなう。
署名が終わると進行役の騎士が、サインされた二通の文書を高々と掲げ、会場は万雷の拍手に包まれた。
二通あるのはトルスター家とストランド家で一通ずつ保管するためだ。
「約束の石の交換を!」
その言葉が告げられると、トゥーレの後見人であるシルベストルが小さな箱を手に壇上へと上がる。
約束の石とは婚約の石とも言われ、婚約の場でお互いに贈り合う品だ。相手への気持ちを込めた宝石を贈り合ったことが始まりで、今では常に身に着けられるよう宝飾品にして互いに贈り合うようになっていた。また結婚の意思と石と掛けたとも言われ、約束を違えないことを誓う意味を持っていた。
「幼き日の約束を違えぬことを誓い、ともに歩いて行かんと願いを込めてこの意思を捧げる」
トゥーレが誓いの言葉を述べるとシルベストルが小箱の蓋を開け、リーディアの前に捧げた。
箱の中には金のペンダントが納められていた。
透かし彫りで象られた水を漕ぐ船と交差した櫂が、中央のルビーを包み込むように配置されている。よく見ると水面に見える部分は、水ではなく麦畑のような意匠になっていた。
先日エステルにプレゼントのお返しとして贈った物とよく似ているが、こちらの方が遙かに手の込んだ物だ。エステルに贈ったペンダントの出来を気に入ったトゥーレが、さらに手を入れて約束の石としたのだった。
トゥーレは丁寧な手付きでペンダントを取り出すと、軽く俯いたリーディアの首に手を伸ばす。必然的に至近に顔が迫って心臓が高鳴り緊張で若干手が震えるが、なんとか留め具を留めることができた。
ホッと息を吐いてトゥーレが離れると、リーディアが顔を上げる。照れくさそうに胸に揺れるペンダントに目をやると、頬を朱に染めて嬉しそうにはにかんだ笑顔を浮かべた。
続いてヴイクトルが小箱を掲げて進み出る。
「助けていただいた幼き日より、トゥーレ様のことは片時も忘れたことはございません。これからも変わらぬ想いを誓い、この意思を贈ります」
彼女が小箱から取り出したのは、麦の穂が風に棚引く意匠が施された金色のバングルだ。
穂を束ねるような位置にはサファイアが埋め込まれ青い光を放っていた。
麦穂も青もストランド家の紋章と色を現している。
ブレスレットを手にしたリーディアが、トゥーレの左手首に優しく取り付け視線を上げると、トゥーレと目が合い自然と二人はにこりと微笑んだ。
「これにてトゥーレ・トルスター様、リーディア・ストランド様の婚約が整いました。お二人に祝福を!」
進行役が仰々しい仕草で両手を広げて婚約が成ったことを宣言し、広間は割れんばかりの拍手に包まれた。
『リーディア姫様ぁ!!!』
『トゥーレ様!!!』
二人が城門の上に姿を現すと、ひと目見ようと集まった住民から大歓声が上がる。
婚約式が終わり、カモフとウンダルの領地に二人の婚約が成立したことが布告されたのだ。
フォレスの城門前には朝から人が集まっていたが、婚約が布告されるとさらに多くの人々が集ってきた。当初はお披露目する予定がなかったが、余りの人の多さに急遽お披露目をすることになったのだった。
トゥーレもリーディアも恥ずかしそうに照れていたが、多くの声援に応えているうちに、笑顔が浮かび手を振り続けていた。
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