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第一章 都市伝説と呼ばれて
37 炎上
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エンの砦内で慌ただしく兵が行き交う中、十棟ある兵舎のひとつから不審火の報告が入った。火は直ぐに消し止められたものの、間を開けずに今度は厩舎と食料庫から火が出たとの報告がもたらされる。
「何だと!?」
異変を耳にしたデモルバはすぐに回廊から砦内部を見下ろした。
火は既に消えていたものの、報告の通りに複数の箇所から煙が上がっているのが見えた。
火球の兵器に緊張を強いられている最中だ。浮き足立った兵の怒鳴り声が各所から聞こえていた。
トルスター軍の火球兵器が壁面を超えて着弾した可能性を考えたデモルバだったが、回廊近くまで着弾することはあっても今まで城壁を越えていくことはなかった。そのため壁面を超えるほどの射程を持つ可能性は低い。また、砦内に着弾したという報告もなかった。
また間断なく放たれ続ける銃弾は壁面を傷付けこそすれ、新兵器よりも射程が短く回廊までも届くことがないため、流れ弾による発火の可能性も低かった。
「火球が飛び火したか?」
一瞬そう考えたが、この兵器は最大三メートルの火球が開くが、大抵は一メートル程度で火の粉が飛び散るようなことはない。わずか数秒火球が開いた後は萎むように火が消えてしまう。火力は非常に高いが爆発することもなく、火が点くのも火球の範囲だけだ。そのため離れた箇所への飛び火は考えられないため、彼はその考えを直ぐに打ち消した。
「まさか!?」
考え得る可能性を検証していたオグビスは、最悪の考えに思い至り思わず生唾を飲み込んだ。
「ゼゼー側の入口を直ぐに調べろ!」
慌てて砦後方の出入口を確認させるために人を遣わせた。
このエン砦はカモフ側は高く堅牢な城壁で防御を固めているが、反対側のゼゼー方面は簡易的な柵を築いているのみだ。何らかの方法で砦を回り込んだトルスター軍が、手薄な裏側から攻撃を仕掛けてきた可能性を考慮したのだ。
『異常なし』
しかし得られた回答は、彼が拍子抜けするほど簡素なものだった。
ホッとすると同時に新たな疑問が沸き起こる。
トルスター軍の攻撃でないとすれば、この不審火の説明が付かない。火の不始末はあるかも知れないが、同時多発的に起こるとも思えなかった。
「待機中の兵の半数は戦闘装備の上で砦内を隈無く検索しろ! 残りは引き続き不審火の警戒に当たれ! 敵の工作兵が侵入している可能性がある。各自単独では動かず必ず複数名で行動しろ!」
彼は早口で捲し立てるように指示を出していく。
守りを突破されていないとすれば、工作員の潜入や内通者の可能性が出てくる。
「私も行く! 前方のトルスター軍に動きがあれば知らせろ!」
迎撃隊の指揮を副官に任せると、回廊を降りていくため梯子に手を掛けた。
ゴォォォ
そのとき、突然食料庫が轟音と共に炎に包まれたのだ。
先ほど不審火により小火のあった食料庫だ。炎は瞬く間に食料庫を覆い尽くし、巨大な火柱が噴き上がっていた。
早鐘が鳴り響き、周りにいた兵が慌てて砂や水を掛けて消火に当たっていく。だが炎の勢いは強くその効果は薄い。やがて対処がとれないうちに、複数の箇所から同様の火の手が上がり始めた。
「被害状況は?」
「食料庫に続き武器庫と兵舎三棟が炎上中です」
「馬鹿な!? 何故だ?」
回廊から降りたオグビスは直ぐに状況について説明を求めるが、もたらされた報告に呆然となる。
カモフとゼゼーを結ぶ街道は、このエンを通るサコ街道のみだ。
とはいえ幾つかの間道も存在しているのは確かだ。しかしこの街道以外は全て獣道と変わりないところばかりだ。もちろんそういった間道にも兵を割いて監視は続けている。現在に至るまでそのどれからも異常の報告はなかったはずだ。
オグビスの監視の目を潜り、新たな間道を開拓された可能性も捨てがたいが、ゼゼー側の入口を突破されてはいないため、後方に回り込まれた可能性は低かった。
「敵から見られているぞ! 動揺を見せるな! 防衛部隊は引き続き迎撃しつつトルスター軍の動きに注視するよう伝えろ! 三〇〇名は私と一緒に敵の捜索および掃討にあたる。それ以外は消火を続けろ! 先ほど言った通り単独で行動するな!」
攪乱や破壊工作であれば敵は多くても数十人だろう。適切に対処できれば慌てるような数ではない。
この砦を監視しているパナンの砦からは、当然こちらの様子は確認されているはずだ。混乱を見せればそれに乗じてトルスター軍本隊が攻め寄せてくることも充分考えられた。
呆然としたのも一瞬、冷静さを取り戻したオグビスは、右往左往する兵を叱咤し素早く指示を出すと、自らも得物であるグレイブを手に砦内の捜索に加わった。
兵の間に落胆と動揺が広がっていた。
岩壁の裂け目を塞ぐように造られた砦はそれほど大きい訳ではない。大した時間も掛からず、考えられる箇所は捜索し尽くしてしまった。
兵舎内や倉庫を始め、身を隠せそうな場所も隈無く探した。ゼゼー側からも侵入された形跡は残っていなかった。
「敵は何処だ?」
「やはり内通者がいるんじゃないか?」
これだけ探しても見つからないとなれば自然と内通者を疑ってしまう。兵が疑心暗鬼になりながら、困ったようにお互いの顔を見合わせていた。
「狼狽えるな! 動揺すれば敵の思う壺だぞ!」
迷いがあれば正確な判断ができなくなる。デモルバは自身に言い聞かせるように兵を鼓舞する。
「いいか! どんなことでもいい。まずは敵の痕跡を探せ!」
現状は侵入を許した痕跡はなく、内通者も見つかっていない。このままでは対処の方法すら分からない。焦る気持ちを抑えて、今はひとつずつ痕跡を見つけていくしかないのだ。
ズゥドォォォォォォォォォォン・・・・
しかし彼らの焦燥を嘲笑うかのように、突然大爆発が起き轟音が砦内に木霊した。
炎が弾薬に引火し屋根が大音量とともに上空へと吹き飛んだのだ。
「!? 何だ!?」
近くを捜索していた兵士が、運悪く爆発に巻き込まれ吹き飛ばされた。爆発から遅れて火薬と生き物の焼けた匂いが周囲に広がっていく。
オグビスらが呆然と佇む中、続けて城壁側から五棟の兵舎が順番に火を噴いていく。
同時に鉄壁を誇った城壁も、火球兵器に対応しきれず遂に炎が立ち上った。
「くそったれ! 撤退だ! 合図を上げろ!」
炎に包まれた城壁を呆然と見上げていたオグビスだが、撤退の判断は速かった。我に返ると迷う素振りも見せずに撤退を命じたのだ。
「撤退ですか!? このまま逃げ帰って恥辱に塗れるなら、敵を一兵でも道連れに差し違えたく存じます!」
「駄目だ! 翻弄されたまま何もできず悔しいのは私も同じだ。だが如何せん敵の正体が分からぬままでは我らに勝ちはない。責任は全て私にある。遺憾ながら砦は放棄する!」
「しかし!」
「生き急ぐな! 生きていれば汚名を雪ぐ機会もある。見よ、敵の攻撃に堪えきれず城壁も炎に包まれた。間もなく敵本隊が殺到してくる。今は傷ついた味方を救出し、少しでも被害を減らすことを考えろ!」
そう言って反撃を主張する部下を諫めたオグビスは、素早く負傷者を救出すると整然と退却していった。その様は見事というほかなく、トルスター軍は砦を攻略したものの追撃に移ることが出来なかった。
ここにエン砦はトルスター軍の手に取り戻したのだ。
正面から軍勢がぶつかった訳でもないため、損害は双方合わせても百名足らずという少なさだった。
「何だと!?」
異変を耳にしたデモルバはすぐに回廊から砦内部を見下ろした。
火は既に消えていたものの、報告の通りに複数の箇所から煙が上がっているのが見えた。
火球の兵器に緊張を強いられている最中だ。浮き足立った兵の怒鳴り声が各所から聞こえていた。
トルスター軍の火球兵器が壁面を超えて着弾した可能性を考えたデモルバだったが、回廊近くまで着弾することはあっても今まで城壁を越えていくことはなかった。そのため壁面を超えるほどの射程を持つ可能性は低い。また、砦内に着弾したという報告もなかった。
また間断なく放たれ続ける銃弾は壁面を傷付けこそすれ、新兵器よりも射程が短く回廊までも届くことがないため、流れ弾による発火の可能性も低かった。
「火球が飛び火したか?」
一瞬そう考えたが、この兵器は最大三メートルの火球が開くが、大抵は一メートル程度で火の粉が飛び散るようなことはない。わずか数秒火球が開いた後は萎むように火が消えてしまう。火力は非常に高いが爆発することもなく、火が点くのも火球の範囲だけだ。そのため離れた箇所への飛び火は考えられないため、彼はその考えを直ぐに打ち消した。
「まさか!?」
考え得る可能性を検証していたオグビスは、最悪の考えに思い至り思わず生唾を飲み込んだ。
「ゼゼー側の入口を直ぐに調べろ!」
慌てて砦後方の出入口を確認させるために人を遣わせた。
このエン砦はカモフ側は高く堅牢な城壁で防御を固めているが、反対側のゼゼー方面は簡易的な柵を築いているのみだ。何らかの方法で砦を回り込んだトルスター軍が、手薄な裏側から攻撃を仕掛けてきた可能性を考慮したのだ。
『異常なし』
しかし得られた回答は、彼が拍子抜けするほど簡素なものだった。
ホッとすると同時に新たな疑問が沸き起こる。
トルスター軍の攻撃でないとすれば、この不審火の説明が付かない。火の不始末はあるかも知れないが、同時多発的に起こるとも思えなかった。
「待機中の兵の半数は戦闘装備の上で砦内を隈無く検索しろ! 残りは引き続き不審火の警戒に当たれ! 敵の工作兵が侵入している可能性がある。各自単独では動かず必ず複数名で行動しろ!」
彼は早口で捲し立てるように指示を出していく。
守りを突破されていないとすれば、工作員の潜入や内通者の可能性が出てくる。
「私も行く! 前方のトルスター軍に動きがあれば知らせろ!」
迎撃隊の指揮を副官に任せると、回廊を降りていくため梯子に手を掛けた。
ゴォォォ
そのとき、突然食料庫が轟音と共に炎に包まれたのだ。
先ほど不審火により小火のあった食料庫だ。炎は瞬く間に食料庫を覆い尽くし、巨大な火柱が噴き上がっていた。
早鐘が鳴り響き、周りにいた兵が慌てて砂や水を掛けて消火に当たっていく。だが炎の勢いは強くその効果は薄い。やがて対処がとれないうちに、複数の箇所から同様の火の手が上がり始めた。
「被害状況は?」
「食料庫に続き武器庫と兵舎三棟が炎上中です」
「馬鹿な!? 何故だ?」
回廊から降りたオグビスは直ぐに状況について説明を求めるが、もたらされた報告に呆然となる。
カモフとゼゼーを結ぶ街道は、このエンを通るサコ街道のみだ。
とはいえ幾つかの間道も存在しているのは確かだ。しかしこの街道以外は全て獣道と変わりないところばかりだ。もちろんそういった間道にも兵を割いて監視は続けている。現在に至るまでそのどれからも異常の報告はなかったはずだ。
オグビスの監視の目を潜り、新たな間道を開拓された可能性も捨てがたいが、ゼゼー側の入口を突破されてはいないため、後方に回り込まれた可能性は低かった。
「敵から見られているぞ! 動揺を見せるな! 防衛部隊は引き続き迎撃しつつトルスター軍の動きに注視するよう伝えろ! 三〇〇名は私と一緒に敵の捜索および掃討にあたる。それ以外は消火を続けろ! 先ほど言った通り単独で行動するな!」
攪乱や破壊工作であれば敵は多くても数十人だろう。適切に対処できれば慌てるような数ではない。
この砦を監視しているパナンの砦からは、当然こちらの様子は確認されているはずだ。混乱を見せればそれに乗じてトルスター軍本隊が攻め寄せてくることも充分考えられた。
呆然としたのも一瞬、冷静さを取り戻したオグビスは、右往左往する兵を叱咤し素早く指示を出すと、自らも得物であるグレイブを手に砦内の捜索に加わった。
兵の間に落胆と動揺が広がっていた。
岩壁の裂け目を塞ぐように造られた砦はそれほど大きい訳ではない。大した時間も掛からず、考えられる箇所は捜索し尽くしてしまった。
兵舎内や倉庫を始め、身を隠せそうな場所も隈無く探した。ゼゼー側からも侵入された形跡は残っていなかった。
「敵は何処だ?」
「やはり内通者がいるんじゃないか?」
これだけ探しても見つからないとなれば自然と内通者を疑ってしまう。兵が疑心暗鬼になりながら、困ったようにお互いの顔を見合わせていた。
「狼狽えるな! 動揺すれば敵の思う壺だぞ!」
迷いがあれば正確な判断ができなくなる。デモルバは自身に言い聞かせるように兵を鼓舞する。
「いいか! どんなことでもいい。まずは敵の痕跡を探せ!」
現状は侵入を許した痕跡はなく、内通者も見つかっていない。このままでは対処の方法すら分からない。焦る気持ちを抑えて、今はひとつずつ痕跡を見つけていくしかないのだ。
ズゥドォォォォォォォォォォン・・・・
しかし彼らの焦燥を嘲笑うかのように、突然大爆発が起き轟音が砦内に木霊した。
炎が弾薬に引火し屋根が大音量とともに上空へと吹き飛んだのだ。
「!? 何だ!?」
近くを捜索していた兵士が、運悪く爆発に巻き込まれ吹き飛ばされた。爆発から遅れて火薬と生き物の焼けた匂いが周囲に広がっていく。
オグビスらが呆然と佇む中、続けて城壁側から五棟の兵舎が順番に火を噴いていく。
同時に鉄壁を誇った城壁も、火球兵器に対応しきれず遂に炎が立ち上った。
「くそったれ! 撤退だ! 合図を上げろ!」
炎に包まれた城壁を呆然と見上げていたオグビスだが、撤退の判断は速かった。我に返ると迷う素振りも見せずに撤退を命じたのだ。
「撤退ですか!? このまま逃げ帰って恥辱に塗れるなら、敵を一兵でも道連れに差し違えたく存じます!」
「駄目だ! 翻弄されたまま何もできず悔しいのは私も同じだ。だが如何せん敵の正体が分からぬままでは我らに勝ちはない。責任は全て私にある。遺憾ながら砦は放棄する!」
「しかし!」
「生き急ぐな! 生きていれば汚名を雪ぐ機会もある。見よ、敵の攻撃に堪えきれず城壁も炎に包まれた。間もなく敵本隊が殺到してくる。今は傷ついた味方を救出し、少しでも被害を減らすことを考えろ!」
そう言って反撃を主張する部下を諫めたオグビスは、素早く負傷者を救出すると整然と退却していった。その様は見事というほかなく、トルスター軍は砦を攻略したものの追撃に移ることが出来なかった。
ここにエン砦はトルスター軍の手に取り戻したのだ。
正面から軍勢がぶつかった訳でもないため、損害は双方合わせても百名足らずという少なさだった。
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