都市伝説と呼ばれて

松虫大

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第一章 都市伝説と呼ばれて

31 政略結婚?(2)

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 正に突然だった。

「俺と姫はすでに結婚の約束をしているぞ」

 普段の会話と変わらない調子で落とされた特大の爆弾は、その大きさ通りに強烈な衝撃をシルベストルとユーリの二人に与えた。
 その衝撃は重苦しい雰囲気を一変させることとなる。

「!? 何ですと!!!」
「!? 何だって!!!」

 唐突に語られたトゥーレの婚約宣言に、二人は同時に叫んでいた。そしてお互いに目を合わせて気まずそうに声を潜める。

「ま、マジですか!?」

「そ、そんなこと今まで一度も聞いておりませんぞ!」

 声を潜めながら叫ぶという器用さを二人は見せながら、揃ってトゥーレに詰め寄った。
 性格は全く違うが、トゥーレが相手となると意外と息が合うのかも知れない。

「そりゃそうだろう? 聞かれてないからな」

 トゥーレはしれっとした表情でそう言うと他人事のように笑う。
 まだ一年に満たない付き合いしかないユーリが素直な驚きを見せているのに対して、長年トゥーレを見てきたシルベストルは完全に混乱しているようだ。その様子を見てトゥーレは満足そうな表情を浮かべている。

「いやいや、そういう問題ではないでしょう? どういうことか説明していただけないでしょうか?」

 彼の主に掴み掛からんばかりの勢いで詰め寄るシルベストルを、ユーリと二人で何とか宥めて椅子に座らせると、トゥーレは簡単に説明を始めた。

「六年前だ。俺がいなくなったと貴様が大騒ぎしてたときだ。あの日リーディア姫と二人、正確にはセネイ殿と三人だが、街から一緒に戻ってきただろう」

「まさか!? あの時ですか?」

「そうだ。リーディア姫と結婚の約束をしたんだ」

 街から戻ってきた後カモフに戻るまでの数日間、二人はほとんど一緒に過ごしていた。シルベストルは、二人がまるで兄妹のように仲良く遊んでいたことを、微笑ましく思っていたことを思い出した。
 気を利かせたユーリが水差しから注いだ水を、シルベストルは一息に飲み干す。

「もちろんセネイ殿が証人だ。嘘だと思うなら聞いてみるがいい」

 喉を潤して人心地吐いたシルベストルは、本日の晩餐の席でトゥーレの話を聞きたがったリーディアの姿を思い出す。トゥーレの言う通り、そんな約束があるのならば、今宵のリーディアの様子に色々と合点がいった。

「嘘だとは思いませんが、それならトゥーレ様として来られれば良かったのでは?」

 わざわざ頭髪を黒く染め、おまけに偽名まで使わずとも、そのままトゥーレとして訪問すればよかったのではとユーリが疑問を呈する。

「ろ、六年ぶりだぞ! それに幼い頃の話だ。もし姫が約束を忘れていたら恥ずかしいじゃないか」

 珍しく照れながら、言い訳めいた反論をするトゥーレ。
 とはいえトゥーレでの訪問となっていれば、護衛も百単位で同行することになり、フォレスとしても厳戒態勢の中トゥーレを迎えることとなる。そうなれば今回のように自由に動き回ることができず、交渉の席にもトゥーレが着かなければならなくなる。
 婚約という話になれば、正式にリーディアとの顔合わせがおこなわれ、当事者二人に関係なく話が進み、会話を交わす時間もほとんどないだろう。
 今回は同盟締結が主となる交渉だ。他の干渉を避け、できるだけ秘匿したかったため、わざわざ『見舞い』と称してシルベストル一人を遣わした意味がなくなってしまう。
 またトゥーレ不在が知られれば、それに乗じてストール軍が動き出さないとも限らなかった。

「それと、もうひとつ。オリヤン様はカレル・ベルカの正体に気付いているようだ」

「まさか!? 本当ですか?」

 髪を黒く染めただけだが随分と印象が変わり、一見しただけではトゥーレとは分からない。常に顔を合わせているシルベストルでさえ、トゥーレが言葉を発しなければ気付かなかったほどだ。特徴のあるオッドアイも、正面から顔を合わせねばそれと気付くことはないだろう。
 六年前に顔を合わせただけのオリヤンが、今回直接言葉を交わしてもいないトゥーレに気付いているとは、俄には信じがたい話であった。

「シルベストルは、カレル・ベルカの名前に聞き覚えがあるのではないか? この名は六年前と同じなんだ」

「なっ! まさか!?」

 六年前の訪問時も正体を隠すため、トゥーレは別名を名乗っていた。
 姓のベルカもこの国では珍しい姓ではない。シルベストルは朧気ながら聞いたことのある名だとは思っていたが、まさか当時と同じ名を使っているとは思いもよらなかった。

「貴様が忘れていたくらいだ。オリヤン様が覚えていたかどうかは分からん。だが、リーディア姫との婚約の話が出るくらいだ。バレてると思って間違いないだろう」

 シルベストルはユーリと目を合わせていた。
 お互いにトゥーレの言うことが、信じられないという顔を浮かべている。
 流石にこちらからカレル・ベルカについて明かす訳にはいかず、オリヤンに直接確認する訳にもいかない。トゥーレの正体については、現状では伏せたまま話を進めることになる。

「分かりました。それでは婚約という方向で進めてよろしいですか?」

「ああ、よろしく頼む。・・・・どうした?」

 そう言ったシルベストルは、先程までの迷いを含んだ表情ではなく、いつもの辣腕を振るっている表情でトゥーレを見つめていた。
 進めてくれと頼んだトゥーレも、シルベストルの変化に怪訝そうな表情を浮かべる。

「最後にひとつ、確認させていただきたいことがあります」

「何だ?」

 トゥーレが尋ねるとシルベストルは向き直り、決意の籠もったような目で彼を睨め付けた。

「若様は、リーディア様をどう思われておりますか?」

「ん? い、いいじゃないか、そんなこと」

 何でもないように装っているが、トゥーレにしては珍しく動揺を浮かべていた。表情にもほんの僅かに朱が差しているように見える。
 百戦錬磨のシルベストルは、彼の些細な表情の変化を見逃さない。勝負所とばかりに身を乗り出すようにしてトゥーレを攻め立てた。

「いいえ良くはございません! 晩餐の席で、若様のお話を嬉しそうに聞いていらっしゃったリーディア様のお顔はご覧になっていた筈です。六年の間、若様を思い続けておられたかどうかは分かりませんが、姫様は若様に懸想されております」

 シルベストルには、そこまで言い切れるほど確信はなかった。だが交渉の場では、時にはったりも必要なこともある。そのことを知る彼は、迷うことなく断言したのだった。

「そ、それは分からんだろう? 結婚の約束をしたとはいえ、六年前はお互い幼かったし、懐かしさから尋ねていただけかも知れないし・・・・」

「まだ惚けられますか? それでは若様は、リーディア様のあの態度は懐かしさだけだと仰るのでしょうか?」

「何を言ってるんだ? た、楽しそうではあったが・・・・」

 最早帰趨はシルベストルに傾いていた。誰が見てもトゥーレの惨敗だ。

「確かに楽しそうでしたな。見ているこちらが微笑ましくなるほどです。それに・・・・」

「それに? 何だ? っ、まさか!?」

 途中で言葉を止めたシルベストルに、思わず先を促してしまったトゥーレ。彼の言わんとすることに気付いた時には既に手遅れだった。
 ニヤリと笑みを浮かべたシルベストルから、遂にトドメの一撃が繰り出される。

「その通りです。リーディア様は、すでに若様の元へ嫁ぐ意思を示しておられます」

「!?」

「オリヤン様は、既に我らと同盟を結ぶ方向でフォレス内の意見を纏めておいででした。その際にリーディア様のお気持ちも確認済みでございます」

「っ! 謀ったな!?」

「いえ、リーディア様のお気持ちは確認できましたが、若様のお気持ちがはっきりしませんでしたので迷っていたのは事実でございます。そのため一計を案じさせていただいた次第です」

「くっ・・・・」

 トゥーレは力なく項垂れた。
 彼の知らない間にカモフとウンダルの間では、既に同盟は既定路線となっていたようだ。おまけにトゥーレとリーディアの婚姻についても、成立寸前だったらしい。
 普段はトゥーレに振り回されることの多いシルベストルだったが、今回はトゥーレの得意な情報戦で、老練なシルベストルに軍配が上がったのだった。

「あとは若様が、リーディア様へのお気持ちを示していただければ、直ぐにでも婚約を進めさせていただきます」

「ちょっと待て、俺の気持ちは関係ないだろう? この婚約はほら、政略的なものだし、俺の気持ちなど関係ないはず・・・・」

「トゥーレ様は意外とヘタレだったんですね。こうなった以上、潔くリーディア姫様への気持ちを示されませ」

 普段の飄々とした態度が微塵もなく、汗をかきしどろもどろになるトゥーレに対して、状況を察したユーリまでもが、主に反旗を翻してシルベストルの味方へと転じた。

「貴様、裏切るのか!?」

「いえ、こうなればもうトゥーレ様の責任でございます。シルベストル様をご覧くださいませ」

 ユーリにそう言われシルベストルを見れば、今までの酔いもあってジトッとした目でトゥーレを睨み付けていた。

「ぐっ、据わってるじゃないか」

「若様、私は別に破談になっても構いません。婚約がなくとも同盟だけは成立させてみせましょう。しかし! リーディア様は若様に裏切られ、さぞ悲しまれることでしょうな」

「ああ、もう分かったよ。俺の負けだよ」

 絡みつくようなシルベストルの嫌みに晒され、流石のトゥーレも両手を挙げて自棄気味に負けを認めるしかなかった。
 そして消え入りそうな小さな声で続ける。

「お、俺も姫のことは好きだよ・・・・」

 そう言うと拗ねたようにプイと横を向く。今度ははっきりと分かるほど顔を真っ赤に染めていた。

「若様のお気持ちはよく分かりました。姫様との婚約の話を進めさせていただきます。ただし・・・・」

「何だ?」

 トゥーレはうんざりした表情でシルベストルを睨む。

「もし、リーディア姫様を悲しませたら、このシルベストルが容赦致しませんぞ!」
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