都市伝説と呼ばれて

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第一章 都市伝説と呼ばれて

29 じゃじゃ馬

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「本当にあの時は肝を冷やしました。もしもの時はザオラル様に顔向けできないところでしたぞ」

 そう言うと、シルベストルは末席に座る黒髪のトゥーレにチラリと目をやりながら笑顔を見せた。
 トゥーレたちは港での宣言通り、晩餐の直前になって城に駆け込んできた。
 ぎりぎりになった理由は、あまり早めに到着するとシルベストルの小言を聞かされるためだ。彼のその狙いは当たり、トゥーレは晩餐の席で席に着くまでシルベストルと顔を合わせなくて済んだのだった。
 この晩餐はウンダル領主ではなく、ストランド家主催のためオリヤンを始めとするストランド家と、親交の深いシルベストルと彼の息子のケビとシルヴォの二人に加え、人数合わせのためオリヴェルとトゥーレが招かれていた。
 上座にシルベストルと並んで座るオリヤンは、終始上機嫌で級友との談笑を楽しんでいた。
 カモフ側はシルベストルの長男のケビとシルヴォ、彼の右腕として辣腕を振るうオリヴェルと並び、末席に人数合わせでトゥーレが腰を下ろしていた。対面のウンダル側は、オリヤンの次男で、次期領主と目されているダニエルが座り、その横に三男のヨウコと四男ヴィクトルが腰を下ろし、末席にリーディアが座っていた。
 彼女はシルベストルの話を恥ずかしそうに赤面して聞いていた。
 当時六歳だった彼女は現在十二歳になっていた。
 さすがに十二歳となれば幼さが抜け、背もすらりと伸びている。ふたつに結んでいた赤髪は後ろでひとつに纏め、エメラルド色の大きな瞳が楽しげにころころと良く動いていた。薄いピンク色のドレスが、男ばかりのこの晩餐に華やかな色を添えていた。
 一方、ちょうどリーディアの正面に腰を下ろしているトゥーレは、まるで初めて聞く話であるかのように、あくまでも今回はカレル・ベルカとして振る舞い、シルベストルの視線も気にせずに若干照れた顔を浮かべながら、楽しそうに相づちをを打っていた。

「トゥーレ様は先日刺客に襲われたと聞きましたが、本当なのでしょうか?」

 リーディアが目を輝かせてシルベストルに尋ねる。
 先程からトゥーレの話題が尽きないのは、彼女が彼の話を聞きたがってシルベストルにせがむからだ。そのシルベストルも嫌な顔を見せず、せがまれるまま語って聞かせるため、ここまで彼がほとんどの時間を喋り続けていた。

「色々と尾鰭のついた噂が拡散されていますので、リーディア姫様がどんな噂を耳にされたか存じ上げませんが、襲われたのは本当のことにございます」

「お聞かせくださいますか?」

「残念ながら私もトゥーレ様より聞いた話となります。それに噂話ほど面白い話ではございませんよ?」

 シルベストルは端の席で、黙々とカトラリーを動かす噂の本人に目をやるが、トゥーレはあくまでもカレルを演じきるつもりらしく、シルベストルには目を合わそうとすらしない。

「リーディア、いい加減にしなさい。そう矢継ぎ早に質問しては、シルベストル様がゆっくり食事できぬではないか」

 たまりかねたダニエルが眉根を寄せて彼女を窘める。
 現にシルベストルの食事は先ほどからほとんど進んでいなかったのだ。そこでようやくリーディアの質問攻めが終わり、シルベストルはほっとした様子で食事にありつくことができたのだった。





 晩餐会がお開きとなった後、オリヤンはシルベストルを自室に招いていた。

「そうか、カモフはこちらが思った以上に、切迫した状況なのだな」

 オリヤンには先程までのにこやかな雰囲気はなく、シルベストルも重苦しい空気を纏っていた。内容も晩餐では話せないような踏み込んだ内容となっており、酒の勢いもあって話し合いは熱を帯びていた。
 二時間近くに及んだ会談は、話題も一段落したのか晩餐での様子に戻っていた。

「シルベストル、今宵はすまなかったな。があんなに喋るとは思わなんだ」

 オリヤンが晩餐でのリーディアの暴走を困った顔で謝罪した。

「滅相もございません。リーディア姫様に喜んで頂けたのなら幸いでございます。それにしても活発で明るい姫様になられました。人見知りがひどく、ほとんど私とは話をしていただけなかった六年前とは、印象が随分と変わりました」

 そう言ってシルベストルが笑うが、それにはオリヤンも苦笑を浮かべる。

「お喋りなのは別に良いのだがな。貴殿も聞いておるだろう?」

 そう言ってオリヤンは憮然とした表情で、サザンにまで聞こえる彼女の噂について話し始めた。
 シルベストルが話したように幼い頃のリーディアは、活発だが知らない顔が見えると途端に人見知りで大人の後ろに隠れてしまうような性格だった。成長するに従って物怖じせずに誰とでも喋ることができるようになったが、元々あった活発さにも拍車がかかっていったという。
 普段から外を駆け回って街中で喧嘩をしたり、泥だらけになって遊び回ったりして、同世代の女の子よりも男の子と遊ぶことが多いという。
 行動自体は最近のトゥーレとそれほど変わらないが、同じ領主の子でも姫様となれば話は変わってくる。
 街では『けもの憑きの姫様』と噂されるほどで、それに尾鰭がついて広く伝わっていた。現にサザンでは「フォレスの姫様はけものに取り憑かれている」と半ば本気で信じられている程なのだ。

「あれが男ならと思うことも一度や二度ではない」

 オリヤンはそう言うと大きく息を吐く。
 シルベストルは掛ける言葉を見つけることができず、杯を傾けることしかできない。
 リーディアには姉がいたが、すでに他界しているため他に女姉妹はいない。四男のヴィクトルとも六つ歳が離れているため、幼い頃から兄と遊ぶことも少なく、側近や侍女と街へ出て行くことが多かった。
 当初は『少々活発なほうが良い』と容認していたオリヤンではあったが、十歳を過ぎても泥だらけになって帰ってくるリーディアには、ほとほと手を焼いていたのだ。

「ところでトゥーレ殿は乗馬が巧みだと聞くが、貴殿から見てどうなのだ?」

 しばらくの沈黙の後、オリヤンは話題を変えるように唐突にトゥーレについて尋ねてきた。
 シルベストルは『私は一緒に駆けたことはないため、ザオラル様の受け売りとなりますが』と前置きした上で彼の評価を語った。

「ザオラル様によると、トゥーレ様は五頭いる乗騎全てを駿馬へと鍛えたほどで、乗馬の腕も我が軍の中でも上位に入るだろうと褒めておられました」

「ほう! あの歳でそれほどとは、将来が楽しみだのう」

 トゥーレは毎日、愛馬の一頭一頭に鞭を当てて鍛えることを日課としていた。そのため五頭いる彼の乗騎はどれも駿馬揃いと言ってよく、当然ながら操る腕も確かで父であるザオラルにも匹敵するほどの腕前を披露するほどだ。

「そうか。ならばトゥーレ殿の腕を見込んで頼みたいことがある」

 オリヤンは杯に残った酒を一気に煽ると、あらたまった様子でシルベストルに向き直る。

「何でしょうか? トゥーレ様にできることなら何なりと」

「今、儂のところにいる馬を一頭、トゥーレ殿に任せたいのだ」

「馬? ・・・・でございますか?」

 オリヤンの頼みにシルベストルは不思議そうな顔を浮かべる。
 老いたとはいえ乗馬の腕ならば、未だザオラルを凌ぐほどの腕を誇っているオリヤンだった。また騎馬による戦いを得意とするウンダル軍ならば、トゥーレ以上の乗り手を探すことにそれほど苦労しないように思えた。

「そうだ。それはもう大層なじゃじゃ馬でな、誰にも靡かずに困っておるのだ」

 オリヤンは困ったような口調で語るが、表情にはニヤリと黒い笑顔が浮かんでいる。シルベストルはその笑顔に不審な空気を感じるが、その真意までは読み取ることができずに生来の生真面目な性格から真面目に答えることにした。

「それは相当な馬のようですね。しかしオリヤン様でさえ乗りこなすことが難しい馬を、果たしてトゥーレ様が手懐けることができるでしょうか?」

「恐らくトゥーレ殿にしかできないと思うぞ」

「トゥーレ様にしかできない? どういうことでしょうか?」

「ふっ、わはははははは!」

 ウンダルの誰も手懐けることができない馬だが、トゥーレならば大丈夫だという。不思議に思って質問を繰り返すシルベストルの様子を見て、オリヤンは突然声を上げて笑い始める。
 頭上に『?』をいくつも浮かべてきょとんとするシルベストルが余程可笑しかったのか、ますます大笑いする。腹を抱えて身体はくの字に折り曲げ、挙げ句の果てにはバンバンとテーブルを叩くほどだ。

「えっ?」

 オリヤンのこのような姿を見たことのないシルベストルは、呆気にとられ惚けた表情を浮かべ固まってしまう。

「いや、すまぬすまぬ」

 しばらくひとりで笑い転げていたオリヤンは、落ち着くと椅子に座り直して突然笑ったことを謝罪する。そして目尻の涙を拭いながら、笑った理由について口にした。

「泣く子も黙ると言われる貴殿を、トゥーレ殿はからかっていると言うではないか。それを聞いて儂も少し試してみたくてな」

「・・・・そうですか」

 それを聞いたシルベストルはがっくりと項垂れた。
 トゥーレが彼をいじっているのを、どうやらオリヤンはどこからか聞いて自分でも試してみたくなったということらしい。

巫山戯ふざけたのは悪かったが、そう気を落とすな。馬鹿にしてる訳ではないのだ。だが貴殿の様子を見ると、トゥーレ殿の気持ちが分かるような気がするぞ」

 肩を落とすシルベストルに愉快そうにそう言いながらまた笑う。
 しばらくそうやって笑った後、笑顔を消してようやく本題を切り出した。

「話を戻そう。儂の下にいるじゃじゃ馬とは、リーディアのことだ」

「リーディア・・・・姫様、ですか?」

「あんな風だがあれももう十二だ。この分では放っておけばいつまでも嫁にいかないだろうし、もしいく気になったとしても今のままでは貰い手もないだろう」

「・・・・」

 シルベストルは沈黙するしかない。
 リーディアが巷で『けもの憑きの姫様』と呼ばれるほどの噂は、カモフにまで聞こえるほどだ。恐らく商人を通じて広がっている筈だ。この噂は婚姻の際には、彼女の汚点としかならないだろう。

「あれの父としては、貰い手すらないのは余りにも不憫だ。こう言っては何だが、黙って笑顔を見せていればその辺の美姫にも劣らぬ器量を持っているだろう? そうかといって適当な相手との政略結婚の駒に使うのは、父として忍びない」

 そう捲し立てると杯を飲み干す。要約すると一人娘を溺愛する父のただの苦悩であった。
 オリヤンは七人の子をなしたが、その内男女一人ずつは夭逝しこの世を去っていた。女子で育ったのはリーディアしかなく、末の子でしかも五十歳を過ぎて出来た子だったため、オリヤンは彼女を溺愛していた。
 男子しかなく既に全員成人しているシルベストルには、オリヤンの気持ちは今ひとつ理解できず、そう言うものかと言葉を発することなく黙っていた。

「そこで最初の話に戻るのだが、トゥーレ殿にうちのじゃじゃ馬を引き取って貰いたいのだ」

 そこでようやくシルベストルにも理解できた。
 乱暴な言い方だが、トゥーレとリーディアの婚約の話だったのだ。
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