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第一章 都市伝説と呼ばれて
22 領主のお茶会(2)
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「それでもやはり若様は、もう少し外出を控えていただきたく・・・・」
「あら、また始まった!」
ほとんど終わりかけの話に、なおも食い下がってくるシルベストルに対して、可笑しそうに笑顔を浮かべたテオドーラが口を挟む。
石橋を叩いても、なお渡らないほど慎重なシルベストルと、剛胆で小事に拘らないクラウス。二人は性格、考え方がまるっきり違う。それは会議の場でも意見が交わることはほとんどなかった。
かといって犬猿の仲と言う訳でもなく二人で酒を酌み交わしたり、家族ぐるみでの付き合いがあったりする。不思議な二人である。
何にせよ二人が議論を戦わせることは珍しいことではなく、サザンの名物なのだ。シルベストルの機先を制する形でテオドーラが笑ったことで、今晩二人の激論が交わされることはなくなった。
「引き続き警戒を怠るなとしか言えんな。自重したところで警戒が緩んでは本末転倒だ。トゥーレに任せるしかないだろう」
ザオラルがそう意見を述べることで、ようやくこの話は落ち着きをみせたのである。
「それで、ドーグラス公の動きはどうなってる?」
「はい。近く大規模な遠征が予定されている模様で、準備が進められているようです。住民達は『カモフへの遠征では?』と噂しているようですが、恐らくアンスガル殿のポラークへの遠征だと思われます」
「アンスガル殿は、徹底抗戦の構えを見せ防御を固めております。が、保って一年。早ければ半年といったところでしょうか? ただ降伏もないとは言い切れず、降ることになれば数ヶ月で終わるでしょう。そうなればドーグラス公の矛先はいよいよこちらに向かうことになります」
シルベストルがストール軍の予測を語り、クラウスが後を引き継ぐようにポラークのアンスガルの作戦について予測を口にしたが、シルベストルがそれに否やを唱えることはなかった。お互いの意見は一致しているようである。
「アンスガル公が健在の内に、なんとかエン砦を奪還しておきたい所だな」
エン砦はネアンからドーグラスの領都であるトノイを結ぶサコ街道上にあり、カモフとゼゼーとの国境の峠に造られていた。
エンの地形はカモフ側からはU字谷の険しい斜面だが、ゼゼー側はなだらかな山間部となってる片峠の地形だ。
カモフからは壁のように聳える岩壁に向かって、急峻な葛折りの街道上にある。岩壁の一部がV字の切れ込みのように欠けた箇所があり、ここからゼゼーへと街道が続いている。その切れ込みがエンと呼ばれる要衝であった。
元々は関所として整備されていたが、ドーグラスとの関係が悪化したことに合わせて砦の機能を持たせたものだ。
長い間争奪戦を繰り返していたが、秋の終わりにドーグラス側の騎士デモルバ・オグビスに奪われたままとなっていた。
再奪取を試みたザオラルではあったが、地の利は相手側にあり、デモルバは一〇〇〇名で守備を固めてこちらの攻撃を跳ね返し続けていた。
エンはカモフ領に刺さった魚の小骨のように無視できない存在であるが、地形もあって現在のカモフの戦力では簡単に奪い返せる状況ではなかったのである。
「流石に今すぐどうこうはできません。一年ほど時間をください」
ザオラルがちらりとトゥーレに目を向けると、壁に預けていた身体を離し淀みなく答える。
「半年にならないか?」
「ユラのお陰で既に取り掛かっていますが・・・・どうだ?」
報告が終わり所在無げに佇んでいたユラだったが、トゥーレからの急な振りに再び緊張で表情が固まった。
「はっ! 善処しますがもう少し、・・・・九ヶ月ください」
「わかった。それで頼む」
「はっ!」
ザオラルより直接声を掛けられ、思いがけず上ずった声で何とか絞り出す。姿勢は直立不動だ。
動揺しながらも半年という期間だけは何とか拒否し、九ヶ月の猶予を獲得した。
その遣り取り後、怨みがましい視線をトゥーレに送るが、彼は悪戯が成功した子供のような顔で、いつもの様に肩を震わせていた。
「それよりもネアンの商業ギルドにトノイの商人が出入りしてるようです。叔父上には報告してますが、引き続き警戒は必要かも知れません」
叔父上とはかつてザオラルと共に領主候補に担ぎ上げられたザオラルの義弟オイヴァだ。
彼は前領主であるタイトの長男であり、ザオラルに嫁いだテオドーラの弟である。
活発で明るい性格のテオドーラに対して、決して愚鈍ではないものの万事控えめなオイヴァは、その性格もあってあまり目立った行動を好まなかった。それが一転して後継者候補として祭り上げられることになったのだ。
タイトより後継者として指名を受けていたザオラルと、それに反対する商業ギルドに担ぎ上げられたオイヴァ。争いは一時両陣営の間で一触即発の状況に陥っていた。
この後継者を巡る争いは珍しい決着となった。
両陣営が激しく対立していく中、両候補共に辞退を訴えるという誰もが予想外の展開となった。
ザオラルはタイトより後継として指名されてはいたが、受諾前にタイトが亡くなってしまったことと、婿養子の立場から長男であるオイヴァへの遠慮もあった。
またオイヴァは、ザオラルに比べると領主の器でないことを自覚し、性格的にも領主に向いていないと考えていた。そのため両陣営ともに、相手を蹴落とすよりも先に、まず担ぎ上げた本人を説得しなければならなかった。
この争いは最終的にオイヴァの活躍により、争いに発展することなく収束する。
彼は商業ギルドに乗り込むと、正式に後継の辞退を訴えそれを認めさせた。そして固辞し続けていたザオラルを、姉のテオドーラとともに翻意させたのだ。
オイヴァの説得を受け、ようやくカモフ領主となることを了承したザオラルは、オイヴァにネアンの街を任せ、カモフの主要な街を分け合う形で統治するようになった。
しかしジャハの騒乱の後、サザンではギルドが解体されたが、ネアンではオイヴァと繋がりの深いギルドを解体することができず、ネアンのギルドはいまだ存在していたのだ。
「どういうことだ?」
「表向きはトノイへも岩塩を卸すようにという訴えのようですが」
「何かありそうか?」
「今の所確認できていません。叔父上にも調査依頼を出しましたが、掴むことは難しいでしょう」
サザンではギルド解体後に、サザン以外のギルドは存続を認められたものの、租税徴収などの特権は剥奪されかつてのような勢力は衰えていた。
ネアンでも表向きは、領主の決定に大人しく従う姿勢を見せているものの、その中心にいる商人にとっては旨味が少なくなり、不満が高まっていると聞こえている。かつてのジャハのように、いつ暴発しないとも限らなかったのだ。
「ではそちらは私の方でも調べてみましょう」
ギルドの懸念については、お茶会のメンバー間では以前から情報を共有している。トゥーレが零した懸念は、シルベストルが引き続き調査を続けることとなった。
「もう少し時間を稼ぎたい所だな・・・・」
そう呟いて腕を組んだザオラルは、しばらく考え込んだ後シルベストルに向き直る。
「シルベストル」
「はい」
「ちょっとフォレスまで行ってくれるか?」
「フォレスというと、オリヤン様の所ですか?」
「うむ。見舞いがてらお使いを頼みたい」
近所へのお使いを頼むような気楽さで、頼まれたフォレス行きにシルベストルは困惑の表情を浮かべるのだった。
「あら、また始まった!」
ほとんど終わりかけの話に、なおも食い下がってくるシルベストルに対して、可笑しそうに笑顔を浮かべたテオドーラが口を挟む。
石橋を叩いても、なお渡らないほど慎重なシルベストルと、剛胆で小事に拘らないクラウス。二人は性格、考え方がまるっきり違う。それは会議の場でも意見が交わることはほとんどなかった。
かといって犬猿の仲と言う訳でもなく二人で酒を酌み交わしたり、家族ぐるみでの付き合いがあったりする。不思議な二人である。
何にせよ二人が議論を戦わせることは珍しいことではなく、サザンの名物なのだ。シルベストルの機先を制する形でテオドーラが笑ったことで、今晩二人の激論が交わされることはなくなった。
「引き続き警戒を怠るなとしか言えんな。自重したところで警戒が緩んでは本末転倒だ。トゥーレに任せるしかないだろう」
ザオラルがそう意見を述べることで、ようやくこの話は落ち着きをみせたのである。
「それで、ドーグラス公の動きはどうなってる?」
「はい。近く大規模な遠征が予定されている模様で、準備が進められているようです。住民達は『カモフへの遠征では?』と噂しているようですが、恐らくアンスガル殿のポラークへの遠征だと思われます」
「アンスガル殿は、徹底抗戦の構えを見せ防御を固めております。が、保って一年。早ければ半年といったところでしょうか? ただ降伏もないとは言い切れず、降ることになれば数ヶ月で終わるでしょう。そうなればドーグラス公の矛先はいよいよこちらに向かうことになります」
シルベストルがストール軍の予測を語り、クラウスが後を引き継ぐようにポラークのアンスガルの作戦について予測を口にしたが、シルベストルがそれに否やを唱えることはなかった。お互いの意見は一致しているようである。
「アンスガル公が健在の内に、なんとかエン砦を奪還しておきたい所だな」
エン砦はネアンからドーグラスの領都であるトノイを結ぶサコ街道上にあり、カモフとゼゼーとの国境の峠に造られていた。
エンの地形はカモフ側からはU字谷の険しい斜面だが、ゼゼー側はなだらかな山間部となってる片峠の地形だ。
カモフからは壁のように聳える岩壁に向かって、急峻な葛折りの街道上にある。岩壁の一部がV字の切れ込みのように欠けた箇所があり、ここからゼゼーへと街道が続いている。その切れ込みがエンと呼ばれる要衝であった。
元々は関所として整備されていたが、ドーグラスとの関係が悪化したことに合わせて砦の機能を持たせたものだ。
長い間争奪戦を繰り返していたが、秋の終わりにドーグラス側の騎士デモルバ・オグビスに奪われたままとなっていた。
再奪取を試みたザオラルではあったが、地の利は相手側にあり、デモルバは一〇〇〇名で守備を固めてこちらの攻撃を跳ね返し続けていた。
エンはカモフ領に刺さった魚の小骨のように無視できない存在であるが、地形もあって現在のカモフの戦力では簡単に奪い返せる状況ではなかったのである。
「流石に今すぐどうこうはできません。一年ほど時間をください」
ザオラルがちらりとトゥーレに目を向けると、壁に預けていた身体を離し淀みなく答える。
「半年にならないか?」
「ユラのお陰で既に取り掛かっていますが・・・・どうだ?」
報告が終わり所在無げに佇んでいたユラだったが、トゥーレからの急な振りに再び緊張で表情が固まった。
「はっ! 善処しますがもう少し、・・・・九ヶ月ください」
「わかった。それで頼む」
「はっ!」
ザオラルより直接声を掛けられ、思いがけず上ずった声で何とか絞り出す。姿勢は直立不動だ。
動揺しながらも半年という期間だけは何とか拒否し、九ヶ月の猶予を獲得した。
その遣り取り後、怨みがましい視線をトゥーレに送るが、彼は悪戯が成功した子供のような顔で、いつもの様に肩を震わせていた。
「それよりもネアンの商業ギルドにトノイの商人が出入りしてるようです。叔父上には報告してますが、引き続き警戒は必要かも知れません」
叔父上とはかつてザオラルと共に領主候補に担ぎ上げられたザオラルの義弟オイヴァだ。
彼は前領主であるタイトの長男であり、ザオラルに嫁いだテオドーラの弟である。
活発で明るい性格のテオドーラに対して、決して愚鈍ではないものの万事控えめなオイヴァは、その性格もあってあまり目立った行動を好まなかった。それが一転して後継者候補として祭り上げられることになったのだ。
タイトより後継者として指名を受けていたザオラルと、それに反対する商業ギルドに担ぎ上げられたオイヴァ。争いは一時両陣営の間で一触即発の状況に陥っていた。
この後継者を巡る争いは珍しい決着となった。
両陣営が激しく対立していく中、両候補共に辞退を訴えるという誰もが予想外の展開となった。
ザオラルはタイトより後継として指名されてはいたが、受諾前にタイトが亡くなってしまったことと、婿養子の立場から長男であるオイヴァへの遠慮もあった。
またオイヴァは、ザオラルに比べると領主の器でないことを自覚し、性格的にも領主に向いていないと考えていた。そのため両陣営ともに、相手を蹴落とすよりも先に、まず担ぎ上げた本人を説得しなければならなかった。
この争いは最終的にオイヴァの活躍により、争いに発展することなく収束する。
彼は商業ギルドに乗り込むと、正式に後継の辞退を訴えそれを認めさせた。そして固辞し続けていたザオラルを、姉のテオドーラとともに翻意させたのだ。
オイヴァの説得を受け、ようやくカモフ領主となることを了承したザオラルは、オイヴァにネアンの街を任せ、カモフの主要な街を分け合う形で統治するようになった。
しかしジャハの騒乱の後、サザンではギルドが解体されたが、ネアンではオイヴァと繋がりの深いギルドを解体することができず、ネアンのギルドはいまだ存在していたのだ。
「どういうことだ?」
「表向きはトノイへも岩塩を卸すようにという訴えのようですが」
「何かありそうか?」
「今の所確認できていません。叔父上にも調査依頼を出しましたが、掴むことは難しいでしょう」
サザンではギルド解体後に、サザン以外のギルドは存続を認められたものの、租税徴収などの特権は剥奪されかつてのような勢力は衰えていた。
ネアンでも表向きは、領主の決定に大人しく従う姿勢を見せているものの、その中心にいる商人にとっては旨味が少なくなり、不満が高まっていると聞こえている。かつてのジャハのように、いつ暴発しないとも限らなかったのだ。
「ではそちらは私の方でも調べてみましょう」
ギルドの懸念については、お茶会のメンバー間では以前から情報を共有している。トゥーレが零した懸念は、シルベストルが引き続き調査を続けることとなった。
「もう少し時間を稼ぎたい所だな・・・・」
そう呟いて腕を組んだザオラルは、しばらく考え込んだ後シルベストルに向き直る。
「シルベストル」
「はい」
「ちょっとフォレスまで行ってくれるか?」
「フォレスというと、オリヤン様の所ですか?」
「うむ。見舞いがてらお使いを頼みたい」
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