都市伝説と呼ばれて

松虫大

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第一章 都市伝説と呼ばれて

19 坊主頭はどうだろう?

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 カモフの谷も春分を過ぎると、随分と寒さが緩んできていた。
 ンガマト山脈から吹き下ろす寒風もこのところ弱まっているように感じる。あとひと月ほどすれば、谷の人が待ち望んだ春の市が開催される。いつものようにサザンの街は、賑わいを見せることだろう。
 そんな春のある日、トゥーレたちはサザンを出て、タステ街道をネアン方面へ北上していた。
 風が吹けばまだ凍えるような寒さを感じるが、真冬の頃に比べれば耐えられないほどではない。
 シルベストルからは外出することについて、うんざりするほど苦言を呈されていたが、真冬をのぞいて彼らは、相変わらず町の外へと少人数で外出を繰り返していた。
 ザオラルが治めるこのカモフは、キンガ湖を利用した水運が発達している。
 岩塩は商船を利用してサザンから運ばれていくため、商隊がキャラバンを組んで陸路を使うことはほとんどなかった。それでも個人での旅商人を始め、近郊に住む農夫が収穫した農作物を街へと卸すため、少なくない人数が街道を行き交っている。
 街道の左手には、陽光を受けキラキラと輝くキンガ湖が水を湛え、右手は荒涼とした荒れ地が広がっていた。
 荒野は所々背の低い灌木が見られるものの、塩湖であるキンガ湖の影響もあって、湖の近くはほとんど植物が育たなかった。
 日差しはあるが、湖を渡ってくる風はまだ身を切るような冷たさだ。空は高く澄んでいて、上空では大型の猛禽類が獲物を探して旋回していた。
 トゥーレの供は、ユーリを初めとしたかつての暴れ者を中心とした十名である。
 まだ騎士に叙任されていないがトゥーレの護衛のため、外出の際にはそれぞれ武器を携行している。しかし護衛とはいえど緊張感はそれほどなく、一行は取り止めない話をしながら街道をのんびり歩いていた。
 シルベストルから、耳にタコができるほど釘を刺されているにも関わらず、トゥーレの放浪癖は一向にあらたまる気配はない。寧ろより街の外へと出て行く頻度が増した印象さえ受ける。
 シルベストルを中心とする内政官達は、情勢の悪化を理由に少人数での外出を自省するよう事あるごとに要請していたが、トゥーレがあらためる気配はなく、何より父であるザオラルが問題視しないため全く効果がなかった。
 彼らが進んでいるタステ街道は、ネアンを始点としてサザンへと至る約四〇キロメートル程の街道だ。旅慣れた者ならのんびりと歩いても一日あれば踏破できる距離だ。
 街道の始点となるネアンは、カモフにとってはサザンと並んで重要な拠点だった。
 サザンが岩塩の集積地として発展してきたのに対し、ネアンはサザンから運ばれた岩塩を各地へと運んでいく経由地として発展してきた。
 氷河が削り取ったU字谷の半ばに位置するサザンは、各地にある岩塩坑より採掘された岩塩を集積するには便利な地であるが、街道より外れているため出荷するには、街道まで運んでいく必要があった。そのため街道に近く、水運を利用しやすいセラーナ川の傍に出荷拠点としてネアンが造られた。
 死の湖とも呼ばれるほど塩分濃度の高いキンガ湖だが、セラーナ川付近では飲用ができるほどで、それほど種類がいる訳でもないが魚も捕ることができた。
 カモフの中心はサザンだが、陸路を使うにも水路を利用するにも交通の便がよいネアンの重要度は高く、近年ではサザンを超える人口を誇っているほどだった。

「失敗したな・・・・」

 正午前に領館を出たトゥーレたちだったが、すでに太陽は谷の稜線に近付いていた。街を直ぐに離れるつもりが、この日はタイミングが悪く、中央広場で住民たちに囲まれてしまったのだ。その後も次から次へと声を掛けられ、ようやく街を出ることができたのは、一時間ほど前のことであった。
 普段気さくに住民に接しているだけに、徐々に住民達も遠慮せずに声を掛けるようになってきている。かといって特に用がない場合に無碍に断る訳にもいかない。
 特に時間に縛られた予定もなく、サザンとネアンの間にあるカントの町へ向かおうとしていただけだ。それでもこの分だとサザンに戻るのは、暗くなってからになりそうだった。

「目立ちますからね。それ」

 ユーリがトゥーレの頭を見ながら笑う。
 この国では、茶色や赤い髪はあっても、金髪はほとんど見掛けず多くは黒髪だ。金髪だったとしても、トゥーレのような白銀金髪は少なく、赤味や橙色がかった金髪になることが多かった。そのため街に出るとどうしても人目を引いてしまうのだ。
 今までは目立つように行動していたため、金髪は逆に都合がよかったが、今後のことを考えると対策を立てておく必要が出てくるだろう。

「貴様の傷痕も目立つだろう?」

 ユーリの額を指差し、トゥーレが頬を膨らませる。

「私はどちらかというと目を逸らされますからね」

「それはそれでどうなんだよ!」

 自虐気味に肩を竦めたユーリに、すぐにオレクが突っ込みを入れる。
 素行が悪く、悪名が知れ渡っていたユーリは、トゥーレといる時はそうでもないが、彼がいない時は今でも街中では遠巻きにされるだけで、人が近付いてくることは少なかった。そうでなくても見上げるような長身だ。気さくに接するようになるには時間が必要だろう。

「お前も似たようなものだろう? オレクには言われたくないな」

 ユーリに反論されたオレクも、ユーリと同じような長身だ。
 痩せぎすでひょろっと伸びた長い手足は、人というよりも昆虫や爬虫類を彷彿とさせる。初見ではユーリのように近寄りがたい雰囲気なのは彼も変わらない。
 長身の二人が並ぶと二本の尖塔が聳えているかのように見え、本人たちの意志とは関係なくなかなかの威圧感を周りに振りまいていた。

「知ってるか? 貴様ら領館ではツインタワーって呼ばれてるぞ」

『ぶっ!』

 口角を上げたトゥーレが二人の渾名を披露すると、当事者以外の従者が吹き出した。

「ツインタワー!?」

 声をハモらせた二人は、目を合わせると苦笑いを浮かべる。
 外見で揶揄された言葉だが、トゥーレの側近の中でも実務面でも実質ツートップの能力を見せ始めている二人だ。
 高い身体能力と持ち前の統率力を発揮し、武官として頭角を現し始めているユーリと、計算能力の高さと人脈を駆使した情報収集で、文官として高い能力を見せるオレク。全体的に高評価のトゥーレの側近の中でも、二人の評価は群を抜いて高かった。

「いっそ切ってしまってもいいんだが」

 坊主頭になればそこまで目立つことはないかと、トゥーレは前髪を目の前で摘まむと何気なく呟いた。

「私と被るから駄目ですよ!」

 だがその呟きに間髪を入れず突っ込みが入った。
 まだ幼さの残る坊主頭のルーベルトだ。

「早っ!」

「吃驚したぁ! お前がそんな突っ込みできるなんて驚いたぞ!」

「本当だ。こりゃ空から槍でも降ってくるんじゃねぇか?」

 仲間が空を仰ぎながら笑う。
 この春よりトゥーレの側近として、行動を共にするようになったばかりのルーベルトは、十四歳と一行の中では最年少ということもあって、普段は弄られることの多い色白の華奢な少年だ。普段は無口で部屋に籠もっていることが多いが、こう見えても鉄砲の扱いではトゥーレをも凌ぐ腕前を持っていた。

「私の事はどうでもいいんです。それよりもトゥーレ様が坊主頭なんて、似合わないでしょ?」

 からかわれたルーベルトは、トレードマークになっている坊主頭に手をやり口を尖らせながら話題をトゥーレへと戻す。

「確かにな、全然想像つかねぇや!」

「坊主頭で命令しても誰も言うこと聞かねぇんじゃねぇか?」

「今でも命令する姿は痛々しいからな」

「貴様達、言い過ぎだ」

 皆、口々に言いたいことを言って大笑いしている。
 元々はみ出し者達の集団だ。
 領館から外に出てしまえば、トゥーレに対しても遠慮はせず辛辣な言葉を吐く。これにはトゥーレも苦笑するしかなかった。
 トゥーレは年が明けて十六歳になったが、童顔のその顔は今でも十二、三歳に見られることもあり、威厳という意味では物足りないのだ。

「坊主が駄目なら、いっそ変装するってのはどうですか?」

「変装?」

「トゥーレ様と分からなければ良いんでしょう? だったら頭巾を被るとか遮光器を着けるとかすればどうです?」

 変装に興味を覚えて聞き返したトゥーレに対して、ユーリは途中から巫山戯た答えを返したため側近達はますます暴走していく。

「そりゃぁいいぜ! なんなら兜でも被りますか?」

「兜に合わせて重鎧も着ければ、絶対にトゥーレ様だとわかんねぇわ!」

「防御力も完璧じゃね?」

「その代わり誰も寄ってこなくなりそうだけどな」

「そうなりゃ、ただのイキッた痛い奴じゃねぇか!」

「そこまでいくと変装じゃなく仮装だろ? って言うか貴様等いい加減にしろよ!」

 どんどんとエスカレートする中、最後はトゥーレ自身が渾身の突っ込みを披露し、一同は大笑いする。
 トゥーレは去年の初陣で初めて存在が明らかとなったが、それまではいわゆる都市伝説として噂だけの存在だった。自由に街を闊歩することもままならず、幼少期の遊び相手も歳の離れた守り役が多かったのだ。
 成長に伴って歳の近い側近が付くようになったが身分差を弁えた者がほとんどのため、冗談を言い合うという関係ではなかった。
 ユーリ達も立場的にはトゥーレの側近なのだが、育ちの違いもあってトゥーレを前にして遠慮することもなく言葉遣いも容赦なかった。
 側近として取り立てる際に『遠慮しなくてよい』と許可はしていたが、いざ遠慮がなくなると想定していたよりも辛辣だったのだ。
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