都市伝説と呼ばれて

松虫大

文字の大きさ
上 下
15 / 203
第一章 都市伝説と呼ばれて

15 都市伝説の正体(2)

しおりを挟む
「この方は領主であるザオラル様のご長男のトゥーレ様だ。名は聞いたことがあるだろう?」

「は!? ト、トゥーレ様!?」

 皆一斉に金髪の少年、トゥーレを凝視した。
 彼らは驚きの余り、胸に付くかと思えるほど口を大きく開き、そして固まった。

「ん? なんだ知らなかったのか?」

 惚けたようにそう言ってカラカラと笑うトゥーレに、髭の騎士を始め他の騎士や従者たちは、溜息を吐いてがっくりと項垂れる。

「知らなかったのかじゃないでしょう?」

 髭の騎士は疲れた表情でそう呟くと『トゥーレ様に任せるんじゃなかった』天を仰ぐ。最初の印象と違い随分と老けたように見える。

「トゥーレ様っていやぁ、噂話では色々話は聞いたけどよ・・・・」

 衝撃から立ち直ったユーリは、そう言いながら戸惑ったように仲間と顔を見合わせる。彼の周りでは、いち早く現実に戻ってきた者が、まだ戻ってこれない仲間を必死で介抱していた。

「都市伝説並の噂話ばっかりだもんな」

 街で聞いた噂としては、『領主邸の隠し部屋に潜み、皆が寝静まった夜に街を徘徊している』といった話や『人目を避けるため塩坑の奥深くで人知れず育てられている』というものから、『ギルドが懸賞金を掛けてまで探している』『幼い頃に暗殺された』といった真偽不明の噂。果ては『ザオラル様の隠し子らしい』というものから『フォレスの姫様を救ったのがトゥーレ様らしい』という眉唾な話まで枚挙にいとまがない人物だ。
 それだけ広く語られる中で、そのどれにも共通しているのは、その者の名はトゥーレと言うがその姿を見た者は誰もいないというものだ。都市伝説で語られているような人物が、目の前の少年だったと言われた所で、俄には信じられないのも無理はなかった。

「ほ、本当にトゥーレ様なのか?」

 呟くように発せられたユーリの疑問に、当のトゥーレは困惑したように肩を竦めた。

「ま、信じられないのは理解するが、信じて貰わねばこちらも困るんだがな」

 彼としても危険を冒してまで、彼らを仲間に引き入れたのだ。今更信じないと言われてしまってはどうしようもない。

「だって、なぁ?」

 困惑しながら顔を見合わせる彼らに、馬場で馬を走らせていた騎士が、騎馬のままゆっくりと近付いてくる。
 それを目にしたトゥーレを始め騎士や従者たちが、場所を空けるようにさっと広がり一斉に膝を付く。

「っ! まさか!?」

 近付く騎士を見ていたオレクが、慌てた様子で彼らと同じように跪いた。

「どうしたオレク?」

「りょ、領主様だ!」

 オレクの突然の行動に訝るユーリに、青ざめた顔で告げながら仲間たちに跪くよう促す。これほど取り乱しているオレクの姿をユーリは知らなかった。

「商人時代に父と共に一度だけ目通りしたことがある。領主様で間違いない!」

『ええっ!?』

 オレクの言葉に皆慌てて一斉にオレクの真似をして膝をついた。
 ギルドが廃止された現在、塩坑は領主の管轄となっているため、視察に訪れる領主の姿がよく見られるようになっている。だがユーリがいた当時はまだギルドが牛耳っていた時代だ。領主は身近ではなく遠目に姿を見かけるくらいしかなかった。
 そんな遠い存在の人物が、不意打ちのように近付いてきていたのだ。慌てて跪いたがユーリは、緊張で頭が真っ白になっていた。

「トゥーレ、彼らがそうか?」

 ザオラルは近くまで来ると馬を下り、手綱を従者に預けるとトゥーレに声を掛けた。
 漆黒の髪を靡かせ、日に良く焼けた褐色の肌と彫りの深い目鼻立ちはトゥーレにあまり似ていない。体格も成長期のすらっとしたトゥーレと違い、精悍でガッシリしている。

「はい父上」

 トゥーレが肯定を示すと、ユーリたちが跪いている場所へ無造作に近付いてくる。余所者といっていい彼らに無防備が過ぎるが、髭の騎士を始めその場にいる誰もそれを咎めなかった。ザオラルにとってはいつものことなのだろう。
 逆にユーリたちは緊張感で心拍数が跳ね上がり、心臓が口から飛び出しそうだった。

「其方らがトゥーレに恭順の意を示してくれたこと感謝する」

 手を伸ばせば触れられるような場所まで近付くと、ザオラルは薄汚れた格好をした彼らにも嫌な顔を見せずに謝意を示し頭を下げた。

「も、勿体ないお言葉にございます」

 商人時代に領主邸にも出入りしていたことのあるオレクが代表して答える。
 ユーリたちでは言葉遣いや態度で、取り返しがつかないことになるかも知れないとの判断から率先して発言をおこなう。もちろん彼とて騎士の言葉遣いは知らないが、粗野な坑夫の言葉よりも商人言葉の方が印象はいいだろうとの判断だ。

「其方らが知っての通り、トゥーレは長い間出自を隠さざるを得なかった。そのため信頼できる部下が少なくおまけに世間知らずだ。だが其方らが支えてくれるならば心強く思う。これから先よろしく頼む」

「勿体ないお言葉、ありがとう存じます。至らぬ所もございますが、精一杯お仕えさせていただきます」

 オレクの言葉に合わせて全員が一斉に頭を垂れていた。
 今まではみ出し者として疎まれて生きてきたのが、領主から感謝の言葉を賜ったのだ。彼らは身が震えるような感激に包まれていた。
 だがそんな彼らを見て、ザオラルはニヤリと口角を上げた。トゥーレに視線を送り、口調も砕けた調子にいきなり変わった。

「とはいえ、トゥーレは悪巧みだけは私をとうに越えている。そこだけはやり過ぎないようしっかりと諫めて欲しい。後、こやつに振り回される覚悟だけはしておいた方がいいぞ」

「ちょっ!? 父上、何言ってるんですか!? 折角いい感じにまとまってたのに!」

 トゥーレは慌てて父を諫める。

「毎日のようにお前に振り回されているシルベストルの苦労を思えば、それほど言い過ぎではないつもりだが?」

 ザオラルの言葉に後ろに控える側近が、肩を振るわせ笑いを堪えていた。
 ムスッと拗ねたような膨れっ面を浮かべるトゥーレはそれこそ年相応の表情で、その表情を初めて見るユーリたちは驚きを浮かべて見つめていた。
 こうして驚きの連続だったが、半信半疑だった彼らもザオラルの言葉でトゥーレの正体をようやく信じたのであった。





『なんだ、知らなかったのか?』

 そう言ってトゥーレは惚けていたが、都市伝説で語られるような人物が目の前にいるなど流石に思いはしない。彼らは文字通り開いた口が塞がらなかったのだ。

「ならば聞くが、初めから俺が名乗ったとして貴様は素直に従っていたか?」

「ふっ・・・・。聞かなかったでしょうね」

 悪そうな笑みを浮かべ問い掛けるトゥーレに対し、少し考えたユーリは同じような笑みを浮かべてそう答えた。
 あの決闘がなければ、あの河原での再会がなければ『一緒に来い』と、伸ばした彼の手を掴むことはなかっただろうと確信できた。

「なら、そういうことだ」

 トゥーレがそう言うと船上に笑い声が広がった。
 笑い声は周りの闇に吸い込まれていくが、押し潰されそうな重苦しい闇では無くなっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

ドアマットヒロインはごめん被るので、元凶を蹴落とすことにした

月白ヤトヒコ
ファンタジー
お母様が亡くなった。 それから程なくして―――― お父様が屋敷に見知らぬ母子を連れて来た。 「はじめまして! あなたが、あたしのおねえちゃんになるの?」 にっこりとわたくしを見やるその瞳と髪は、お父様とそっくりな色をしている。 「わ~、おねえちゃんキレイなブローチしてるのね! いいなぁ」 そう、新しい妹? が、言った瞬間・・・ 頭の中を、凄まじい情報が巡った。 これ、なんでも奪って行く異母妹と家族に虐げられるドアマット主人公の話じゃね? ドアマットヒロイン……物語の主人公としての、奪われる人生の、最初の一手。 だから、わたしは・・・よし、とりあえず馬鹿なことを言い出したこのアホをぶん殴っておこう。 ドアマットヒロインはごめん被るので、これからビシバシ躾けてやるか。 ついでに、「政略に使うための駒として娘を必要とし、そのついでに母親を、娘の世話係としてただで扱き使える女として連れて来たものかと」 そう言って、ヒロインのクズ親父と異母妹の母親との間に亀裂を入れることにする。 フハハハハハハハ! これで、異母妹の母親とこの男が仲良くわたしを虐げることはないだろう。ドアマットフラグを一つ折ってやったわっ! うん? ドアマットヒロインを拾って溺愛するヒーローはどうなったかって? そんなの知らん。 設定はふわっと。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

冤罪を掛けられて大切な家族から見捨てられた

ああああ
恋愛
優は大切にしていた妹の友達に冤罪を掛けられてしまう。 そして冤罪が判明して戻ってきたが

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

処理中です...