都市伝説と呼ばれて

松虫大

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第一章 都市伝説と呼ばれて

14 都市伝説の正体(1)

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 時間は一ヵ月前に遡る。

「では行くぞ」

 短く一言そう言うと、少年は行き先を告げずに馬の手綱を握り、彼らを先導して森を進んでいく。
 その前に少年は、ユーリだけではなく彼の仲間全員の意思を確認し、このまま着いてくるかは、彼らの自由意志に任された。その結果、全員がその少年に従うことになり、ユーリに従っていた七十六名全員が少年の後に付いてぞろぞろと歩いていた。
 彼らは不安そうに顔を見合わせているが、少年は知らん顔のまま何も言わずに先導してずんずん森を進んでいくため、彼らは黙って付いていくことしかできなかった。
 やがて森を抜けるとハスキ川沿いに出る。

「用意がいいじゃねぇか」

「こうなることが分かってたみたいだな」

 ユーリはオレクと顔を見合わせる。
 川岸には船頭付きの小舟が五艘停泊して彼らを待っていた。小舟といっても、八十名近くが分乗して乗船しても余裕があるほどだ。彼らが分乗すると舟はゆっくりと川を下り始めた。

「なあ、何処に行くんだ?」

 ユーリは沈黙に耐えかね、舳先に馬と並んで立つ少年に問い掛けた。

「今に分かる」

 ユーリの問い掛けにも、少年はそう言って前方を見つめたままだ。乗船してしまった以上、彼らは不安に思いながらも黙って従うほかなかった。
 やがて森を抜け、遠くにサザンの城壁が見えてくると、舟は迷路のように入り組んだデルタ地帯へと一列になって入っていく。
 ユーリたちを乗せた先頭の舟が迷いなく進んでいくことから、進路は合っていると思われたが、大人の背丈ほどもある雑草に覆われた複雑な地形を縫うように進んでいく航路は、初見ではとてもではないが把握できそうもなかった。
 どう進んでるか分からないままだったが、気付けばサザンの城壁に開いた取水口が正面に見えていた。
 取水口の脇には小さな木製の桟橋が設けられていて、少年を乗せた船が静かに泊まる。

「よし、ここで降りるぞ」

 少年は手慣れた様子で、船頭から受け取った舫い綱を桟橋に固定するとユーリたちを下船させた。桟橋は小さく全ての船を泊めることができないため、彼らが降りると素早く舫いを解き次の船の場所を空ける。

「こっちだ」

 全員が揃ったことを確認すると、城壁にぽっかりと暗い穴を開けている取水口へと歩を進めていく。
 取水口には頑丈な鉄格子が嵌められ人や異物の侵入を防いでいるが、水路の右脇には点検用の通路が設けられていて水路に沿って水路の奥へと続いている。
 もちろん入口にも鉄格子の扉が嵌められているが、少年は鍵を取り出して扉を解錠する。全員を通路に入れると施錠して再び先頭に立って手綱を引いていった。

「・・・・」

 扉が施錠されたことに不安を覚えたユーリたちだったが、少年は気にせず進んでいくため結局は大人しく付いていくより他ない。
 水路内は所々、魔法石の青く淡い光が灯っているために真っ暗と言うほどではない。だが頼りない青い光はいやが上にも、彼らの緊張感を駆り立てていった。

「まさか街の地下にこんな水路があるなんて」

 皆が押し黙って歩く中、オレクだけが感動したように目を輝かせて、分岐の度にキョロキョロと視線を巡らせている。
 幾つかの分岐を過ぎると、水路の先に自然光が見えてきた。その光に向かって緩やかな上り勾配を進み始めると、ようやく彼らはホッとした表情を浮かべるのだった。

「まじか! ほんとに連れてきたぜ!」

「俺の勝ちだぞ。今度酒奢れよ!」

「まさか、あのユーリを本当に連れてくるとは!?」

 通路を抜け、明るい日差しの元に出た途端、周りから囃すような声が降り注いだ。
 ユーリたちはまぶしさに顔を顰め手を翳すが、明るさに慣れていないため何も見えず、その場に立ち尽くすしかできなかった。
 やがて、少しずつ明るさに慣れ、周りの状況が少しずつはっきりとしてくる。

「ここはどこだ?」

「畑? いや馬場か?」

 視界が戻ってきた目の前には、耕された畑のような馬場が広がっていた。表面は柔らかい土で、踏むと足首近くまで簡単に埋まる。畝こそないものの畑と言われても納得できる光景だ。
 広場の奥には、小さいが庭園のような植栽が見え、その先に石造りの三階建ての立派な屋敷が見えた。
 彼らが出てきた通路は、正面の屋敷に似ているが、こちらは二階建てで少し小さめの建物の脇に繋がっていて、少年から鍵を受け取った従者らしき者が、彼らが出てきた扉を施錠していた。建物とこの馬場を囲んで背の高い木々が、目隠しのように植えられているため、その先がどうなっているのかを窺うことはできない。
 視線をこの広場に戻せば、建物の方で数頭の馬が土埃を巻き上げながら走っているため、この広場が馬場で間違いないようだと彼らは思った。

「ここ、サザンの中だよな? こんな所あったか?」

 彼らは全く見覚えのない街中の景色にキョロキョロと辺りを見回しながら戸惑った表情を浮かべる。サザンの取水口から街に入ったはずなので、サザンの街中に間違いはないだろう。しかし出てきた場所に彼らは全く見当がつかなかった。それほど大きな街ではないサザンにこの様な広々とした場所は、中央広場以外に思い当たる場所はなかったからだ。
 ユーリたちが出てきたときに盛り上がっていた者の中には、以前の決闘したときに少年と一緒だった者の顔が見える。どうやらユーリを連れてくるかどうか仲間と賭けをしていたようで、無邪気に喜んでいる姿は取り囲まれて怯えていた姿と同一人物とは思えなかった。

「もしかして、ここは領主邸じゃねぇか?」

「領主邸!? まさか!」

「多分、領主邸の反対側に出たんだと思う」

 オレクがユーリにだけ聞こえるような小さな声で推測を口にする。口調とは裏腹に彼の目は、ここが領主邸だと確信している様子だった。

「なんでこんな所に?」

 ユーリは居心地の悪さを感じて身動ぎをする。
 村を飛び出してからは、デルタ地帯にある州のひとつを根城としてきた。着の身着のままなため彼らの服は薄汚れ、継ぎ接ぎの当たっていない服を着ている者など彼らの仲間には皆無だ。
 今彼らを興味深そうに眺める者は、騎士にせよその従者にせよ、皆少年のように小綺麗な格好をしている。継ぎの当たった服を着ている者など一人も居なかった。
 自分たちの格好を見下ろし、場違いな雰囲気に知らず彼らは身を寄せ合うように集まっていた。

「お、おい! お前はいったい誰なんだ?」

 居たたまれない気分になったユーリは、馬を従者に預けている少年に思わず声を荒らげた。

「はぁ!? まさか其方ら、この方が誰か分かないまま付いて来たのか?」

 少年の傍にいた顎髭を蓄えた騎士が、ギョッとしたように声を上げ慌てて金髪の少年に顔を向けた。その声を聞いた周りの者達も『まじか!』と呆れたように顔を見合わせている。

「まさかとは思いますが、説明してないんですか!?」

 顎髭を蓄えた騎士が、信じられないといった表情で少年を見つめている。
 彼はこの中で最も年配の騎士で年齢は三十代後半くらいか。小柄だがガッシリした体格で濃紺のゆったりしたチュニックを身に着けている。
 冷たい視線が集中する中、少年は誤魔化すように空を見上げ、『いい天気だ』などと呟いていた。

「ああ、なんかすまんな」

 髭の騎士は盛大に溜息を吐くと一言彼らに謝り、謎に満ちた金髪の少年の名を口にしたのであった。
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