都市伝説と呼ばれて

松虫大

文字の大きさ
上 下
11 / 203
第一章 都市伝説と呼ばれて

11 少年の覚悟とユーリの覚悟

しおりを挟む
 ユーリは少年が彼らの前に、わざわざ姿を現した理由に気が付いた。

「お前、俺たちに何をさせたいんだ?」

 確信したようにそう問い掛けたユーリだったが、周りの仲間達は怪訝な表情を浮かべている。今までの会話の流れからは、問い掛けがあったとはいえ少年のほぼ一方的な語りだ。彼らに何かをさせようという意図は感じられなかったからだ。
 だがユーリの言葉を裏付けるように、少年は否定も肯定もせずユーリを見つめている。

「最初は、街で噂になるぐらい派手に動き回って、俺たちがちょっかい出すのを待った。二度目は偶然通りかかった風を装って。多分お前は俺たちの動向を逐一把握してるはずだ」

 ユーリは街中での決闘も、今日の再会も全て少年が仕組んだことだと確信していた。
 事実、決闘のときはあれほど派手な格好をしていたが、今日は素材こそユーリ達とは違い、高級な素材を身に着けているものの、大人しい色使いで着崩すことなく着こなしている。
 もっともあの派手な格好で狩りができるとは思えなかったが、ユーリの考えはそれほど間違ってはいないだろうと感じていた。

「そうまでして俺たちに接触してきたのは何故だ?」

 自分達を排除するのが目的かも知れないが、わざわざ手の込んだ手段は必要なく、街で衛兵に引き渡せば済む話だ。
 初めからこの話をしたかったのだろうと思ったが、自分たちに話を聞かせて、何をさせたいのかまでは分からない。

「ちょっと喋りすぎたか」

 少年はそう言って、悪戯が見つかった子供のような顔を浮かべた。
 その態度がユーリの言葉を肯定したこととなり、ユーリの仲間たちも顔を見合わせ『まじか!?』と囁き合っていた。

「どうして分かった?」

 悪びれもせずにそう問い掛けた少年に、ユーリは軽く溜息を吐き答える。

「俺が街中で剣を抜いたのに、わざわざ『逃げろ』と言ってみたり、さっきは聞いてもいないのに、国やギルドの関係をペラペラと喋りやがる。どう考えても怪しすぎるだろうが!?」

 そう言いながらも、ユーリがこのことに気付いたのはほんの少し前である。それまでは自分のことで精一杯だったのが、自分の考えが整理できたことでようやくそのことに思い至った。

「怪しすぎたか? そうだな・・・・まあなんだ、俺はギルドを潰したいんだ」

 少年は世間話をするような気安さで、とんでもないことを口にした。

「先にも言ったが、遅かれ早かれこの国は滅ぶだろう。だがギルドが支配する構図は恐らく変わらない。そして貴様達のような者を、まだまだ生み出し続ける」

 少年はゆっくりと全員の顔を見渡しつつ話を続ける。

「ギルドに縛られなければ、もっと人と物の流れを活発にすることができる。それこそサザンの市のような活気を、色々な所に作り出せるだろう」

 サザンは、騒乱後のギルド解体令によって、ザオラルによる完全な領主権が確立されていた。
 ギルドに寄生し、甘い汁を吸っていた商人ほど厳しい裁定が下され、財産を没収されカモフから放逐された。一方、新たにサザンへと移住する者や商売を興す者には、二年間の租税が免除され広く移住を募った。
 最初こそ混乱が見られたものの、ギルドがおこなっていた役所業務も、領主が執り行うようになって三年が経ち、まだまだ試行錯誤を繰り返しているものの、人々の生活に落ち着きが見られるようになっていた。
 市井の者にとって一番変化を感じられるのは、年三回開催されている市だろう。
 以前の市では商業ギルド主体であったため岩塩の卸売りなどカモフの商品が主で、他国の商人は参入できなかった。また会期も二日と短く活気も比べるべくもない。

「だが、今のままでは人々は自由に行き来することもままならない。人の生活はギルドのある街が中心で、遠くの街に行ったとしても露店すら簡単に開くことすらままならない。
 政に過剰に介入し、意にそぐわなければ騎士でさえ意のままに動かし、自分達に都合の良いようにやりたい放題だ。そんなギルドなど糞くらえだ!」

 顔を合わせるのは二度目だが、初めて感情の籠もった声を聞いた気がした。目の前の少年も、彼らと同じようにギルドによる被害者なのかも知れないと思えた。

「俺はギルドを潰す」

 思わず背筋が凍り付きそうな冷気を含んだ声だった。
 少年はまるで自分の使命だというように、静かにそして力強く言い切った。
 ユーリ達にはそれが可能なことかどうかは分からない。だが限りなく難しいだろうということだけは理解できた。

「そんなことが本当にできるのか?」

「できる! と言いたい所だが、今はまだ力が足りない」

 猛進しそうな雰囲気を纏っていたが、闇雲に突っ走るようなことはないようだ。少年はサバサバした口調で肩を竦め、自嘲するように笑顔を見せた。

「ギルドと衝突するのはまだ先のことだ。それまでにもっと力を付けなければあっという間に潰されるだろう。しかしどれだけ力を付けようと、戦いになれば敵味方関係なく多くの血が流れ、想像できないような困難が待ち受けるはずだ。場合によっては、その半ばで命尽きることもあるかも知れない。だがそれでも、命を掛ける価値はあると俺は思っている」

 少年は淀みなくそう言い切った。
 話を聞いてきた今、ギルドは彼らが思う以上に巨大な組織だということが分かった。国を牛耳るような組織を潰すためには、とてつもない困難が伴うことは、彼らでも朧気ながら理解できた。
 それでも目の前に立っている、幼さの残る少年からは、本当に遣り遂げてしまうのではと思わせる雰囲気があった。
 知らず知らずにユーリ達は、少年の言葉に引き込まれていく。興味なさそうに聞いていた仲間も、今では静かにその言葉に耳を傾けていた。

「お前はギルドを潰して何をする気だ?」

 ギルドを潰すとなれば、同時にその母体となっているアルテミラ王国と衝突すると言うことだ。三〇〇年続いたアルテミラの支配体制を終わらせることに他ならない。
 なくなるなど考えたこともなかったこの国を、少年がどうこうできるとはとても思えない。しかしユーリは目の前の少年が目指す先を、見てみたいと思い始めていた。

「まず、ギルドに牛耳られている登録制度を取り上げる。その上で、変わること許されないんじゃなく、変わることできるようにしたい。世代を重ねても坑夫は坑夫でしか生きられないなんておかしいだろう? 本人がなりたいなら商人になってもいいし、畑を耕したっていいじゃないか。もちろん王にだってなりたいなら目指せばいい。
 ただし、縛られないからといっても自由に生きられる訳じゃない。商人になったからってそれだけで生活が豊かになるとは限らない。もしかしたら食べる物にすら苦労するかも知れない。坑夫のままの方が楽に生きられることもあるだろう。
 変わることを望まない者は変わる必要はないが、志ある者にはそれを目指すことのできるようにしたい。
 俺はそんな新しい国を創りたい!」

 ギルドに縛られ生きてきた者にとって、少年の語った新しい国の話は、文字通り夢物語のように聞こえた。
 もちろん子供の頃はあれこれと将来何になりたいと夢想する話であるが、成長し現実を目の当たりにするにつれ、夢はいつの間にか霧散していく。働くようになってからは、諦念が勝り自ら変えようという気概も無くなり、どちらかといえば救いを求めることが増えていく。
 ギルドに搾取される仕組みに取り込まれた数多の人にとっては、生い立ちの不幸を嘆きながら生きていくしかなかったのである。

「夢物語だと言われようが構わない。目指す先が厳しいのは百も承知だ。アルテミラが滅んだ後、誰が立とうが興味はないが、新しい国が今と何ら変わらない国になるなら、俺はそこを目指す!」

 少年が語るように夢物語と片付けるのは容易い。しかし理性ではそう感じていても、ユーリ達は聞いていて気分が高揚するのを感じていた。

「どうだ、一緒に来ないか?」

 少年はそう言うとユーリに、真っ直ぐ右手を差し出した。

「どれだけ理想を掲げても一人じゃたかが知れてる。夢物語を叶えるためには仲間が必要なんだ」

「・・・・」

 一瞬手を伸ばしかけ、躊躇して手を引く。
 ユーリは素直に少年の手を取れなかった。
 少年と同じ場所に立って同じ景色を見たい。心の底からそう思っていたが、同時に少年の手を取ることに恐怖を感じた。
 同じ場所に立つことはできたとして、果たして自分には同じ景色を見ることができるのか? もしかしたら自分だけ同じ場所に立つことができないのではないか。そういう思いに囚われ身体が動かなくなる。
 目の前に立つ少年は、ユーリにとって眩しすぎるのだ。

「一緒に来い!」

 ユーリのそんな葛藤を知ってか知らずか、少年は有無を言わせない口調でもう一度告げた。
 その声に背中を押され、恐る恐るユーリは少年の手を取った。

「貴様は放っておくとふらふらして危険だからな」

 少年は悪戯っぽくそう言うと、迷いを見せるユーリに白い歯を見せて笑った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

処理中です...