都市伝説と呼ばれて

松虫大

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第一章 都市伝説と呼ばれて

7 炎

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「俺たちはこのカモフで代々坑夫として暮らしてきたんだ。貧しかったが、決して生活が苦しかった訳じゃない。誰もがこの仕事に誇りを持っていた。
 だけど・・・・、だけどあの日、大切な家族や大勢の仲間が、・・・・死んだ」

 そう言いながら、そっと額の傷に手を伸ばす。
 ユーリは誰ともなく語るように、炎を見つめながらゆっくりと滔々とうとうと語り続けた。

「あれは夜中だった。ふと目が覚めると、もう、あちこちから火が上がっていた。慌てて親父やお袋を起こし、妹たちを連れて逃げようとしたが、俺たちの村は兵に取り囲まれていた。
 そいつ等は俺たちを助けようとするどころか、縋り付くように助けを求めた親父とお袋に、問答無用で手を掛けた・・・・。
 俺たちの声なんか聞いちゃくれず、大人もじいさんも子供も関係なく、手当たり次第切り捨てられていったんだ。
 俺は生まれたばかりの弟を抱きかかえ、妹の手を取って炎と煙の中を逃げ回っていた。だけど、どうすればいいのか、何処に逃げればいいのか分からねぇんだ。
 仲間内でさえ殺し合いになり、味方が誰かも分からなくなっていた。
 どれだけ彷徨っていたのか、いつの間にか俺は掴んでいた筈の妹がいないことに気が付いた。弟を抱えながら妹を探して、あてもなく彷徨ううちに見知った顔を見つけた。
 その日の仕事場で一緒だった奴だった。だけどそいつは、血走った目で俺に向かって鶴嘴つるはしで襲い掛かってきたんだ。俺は何が何だか分からなくなった。ただ殺らなきゃ殺られると思った」

 ユーリは静かに飾り気のない言葉で語り続ける。
 金髪の少年を含めその場にいる皆が彼の言葉を聞いていた。元坑夫だった者たちが、当時を思い出し咽び泣いている。

「どれだけ人を殺したのか、どれだけ時間が経ったのかも分かんねぇ。
 気付けば仰向けにひっくり返って、夜空を見上げ泣いていた。もの凄く静かで、異様に星空が綺麗だったことだけは覚えている。
 胸に抱いていた筈の弟の姿もいつの間にかなく、周りには昼間まで仲間だった者の死体が転がっていた。その中の何人かは俺が殺したんだ。
 額が割れ、流れた血が顔にべっとりと黒い塊になっていたが、何時どうやってできたのかも覚えちゃあいなかった。火は消えていたが辺りは煤けた匂いと生き物の焼けた臭いで息が詰まりそうだった。耳を澄ませば何処からか呻き声が聞こえてきたが、俺にはもう指一本動かす力もなく、どうすることもできなかった。その声も空が白んでくるに連れて、少しずつ聞こえなくなっていった」

 ユーリは視線を炎から上げて少年へと移す。
 少年もしっかりとその視線を受け止め、ユーリを見つめていた。

「訳の分からないまま、ただただ生き延びるために人を殺した。ここにいる半分以上の奴らが同じようにして生き残ったんだ。そうやって殺した中には、夕方まで一緒に働いてた奴らもいた。一緒に晩飯を食った奴もいたんだ。
 このとき騒動を起こした奴は処刑され、俺たちは罪に問われなかった。親方からも『戻ってこい!』と呼び戻された。だけど俺は村に帰れなかった。帰った所でどうやったって死んでいった仲間の事を考えちまう。親父やお袋や胸に抱いていた弟、手を繋いでた妹の事を考えちまう。
 そんな場所で元のように暮らしていくことはできなかった。だから俺たちは村を出た。街で馬鹿をするのも、やってるうちは村のことを考えなくてすむからだ」

 淀みなく語りながらも、ユーリは内心驚いていた。
 今まで頭の中でぐちゃぐちゃに混ざり合っていた何かが、パズルを組み上げるように次々と嵌まっていく不思議な感覚だ。
 ユーリは今まで誰にも自分の事を語った事はなかった。仲間にさえ家族を失ったことを喋っていなかったのだ。それが見ず知らずの少年に促された訳でもなく自ら語っていた。
 言葉にすることで頭はより鮮明になり、鮮明になる事でさらに言葉が紡ぎ出されてきた。

「今でも毎晩のように夢に見る。夢の中で死んでいった家族が、仲間が、『助けてくれ!』と俺にしがみついてくる。
 俺は泣きながら謝り、その手を必死で振り解く。血まみれの妹の手を繋ぎ血まみれの弟を抱いて、炎の中をあてもなく逃げるんだ。
 逃げて、逃げて、逃げ続けて・・・・。目が覚めると必ず俺は泣いているんだ。
 あの事件から三年も経つ。だけどその間ゆっくりと眠れた日は一日もねぇ。酒を浴びるように飲んでも、くたくたに疲れ果てて眠っても必ず見るんだ。
 ずっと頭の中がモヤモヤとしてた。
 だけどお前に話し始めた瞬間、それが嘘のように晴れたんだ。この三年、一度だってこんなことなかったのに。
 こうして話して初めて分かった気がする。俺は夢の中だけじゃなくて、村の仲間からも死んでいった家族からも・・・・、全ての事から逃げてたんだ」

 辺りには、川の流れと炎の爆ぜる音だけが聞こえていた。
 少年たちは、ユーリの独白を自らに当てはめていた。彼らの中には、商人や農家の出身の者もいる。彼らが集った理由はもちろんユーリたちとは違う。だが理由は違えど元いた場所から飛び出してきた者たちだ。
 滔々と語られたユーリの言葉は、素直に彼らの心に響いたのだった。

「お前は、今の世をどう思う?」

 少し間を置いて少年が口を開いた。

「今の世?」

「先ほど貴様は代々坑夫だったと言ったが、何故だ?」

「・・・・? 何が言いたい?」

「お前たちは、生まれた街や村に縛られ、望んだとしても別の生き方を選ぶことができない。それは何故だ?」

「何の話だ? そんなの決まってるから仕方ないだろう?」

 ユーリは困惑していた。
 いや、ユーリだけではない。この世は人は生まれた場所に縛られ生きていくのが常識だ。そんな彼らに対し、唐突に少年が問い掛けた意味が理解できない。
 ユーリはやっとの思いで、混沌の中から自分なりの答えを引っ張り出した所だ。それにホッとする間もなく、少年からの謎掛けのような質問である。すぐに思考が追いついていかない。

「そうだ、決まっている。だから貴様らは、それに縛られる事を嫌って飛び出してきたんじゃないのか? ならばその決まりを作ったのは誰だ? 誰が作った?」

「んなもん・・・・国、じゃないのか?」

 しばらく考えた後、そう吐き捨てるように答える。

「そうだ。古くから似たような制度はあったが、かつてはもっと曖昧で自由だった。今、俺たちを縛り付けるような制度になったのはこの国、アルテミラができてからだ」

 ここカモフも所属するアルテミラ王国は、建国から三〇〇年を誇る大国だ。しかし、この二十年の間に三度の大乱が起こり、国威を著しく衰退させていた。
 王は既に傀儡かいらいとなり果て、実権はそれを補佐すべき重臣達に奪われて久しい。大乱後、各地を治める領主達を抑える事もできず、大小様々な戦火が広がり、そのしわ寄せはその地に済む住民へと及ぶ。

「少し違うな。正確にはアルテミラとギルドがこの国を支配するために作った制度だ」

 少年は自分で言った言葉をすぐに言い直した。
 彼が『ギルド』と口にした瞬間、ユーリたちは一様に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
 ギルドとは商人や職人が、自分たちの利益を守るための組織だ。
 ほとんどの業種ごとに存在しているが、元々は互助組合としての性格が強く、情報交換の場としての自由な集まりの場でしかなかった。それが豊作や不作の情報、卸価格のコントロールなど商人同士の情報の売り買いがおこなわれるようになり影響力を強めていくと、やがて資金提供や賄賂を通じて権力者に取り入るようになり、現在では領主といえどギルドを無視して政治をおこなうことは困難なほどの力を持つようになった。
 ギルドが今のようになったきっかけは、アルテミラ初代国王、レイド・アルテミラの後ろ盾となってからだった。
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