都市伝説と呼ばれて

松虫大

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第一章 都市伝説と呼ばれて

5 決闘

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「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 長大なツヴァイヘンダーを携えているにも関わらず、ユーリの動きは思いの外軽く、そして速かった。
 少年に対応する暇を与える間もなく五メートルの距離を一気に詰めると、右から左へと横薙ぎに剣を振るう。

「きゃあぁぁっ!」

 野次馬から悲鳴が起こり、思わず目を逸らす者が出る。
 『ブォン!』と空気を切り裂いて振るわれる大剣は、その音を聞くだけで恐怖を覚えるほどだ。
 その刹那の時間の中、少年は猫科の動物を思わせるしなやかな動きで、上に飛び上がり剣をギリギリで躱した。そして着地した瞬間、弾かれたようにユーリの懐に肉薄すると、ついに右手が剣へと伸びた。

「くっ!」

 二人の視線が交錯し、恐怖に見開かれるユーリの双眸。
 大剣はその重量から恐ろしい破壊力を生み出すが、重量による慣性力はユーリの膂力を持ってしても、途中で止めることは難しい。
 彼は剣を振り切った状態で無防備な身体を、少年の目の前に晒すこととなる。
 当然この機会を逃す訳もなく、少年は逆手で柄を掴むと、柄頭をがら空きの鳩尾へと叩き込んだ。

ドゴッ!!

 鈍い音がユーリの体内に響き、肺の空気が強制的に体外に押し出され、口内に酸味と錆の味が広がった。
 短い呻き声を上げたユーリは、剣を手放すと糸の切れた人形のように少年の足元に崩れ落ちた。
 ユーリの手を離れたツヴァイヘンダーが、乾いた金属音を立てながらオレクの足下まで滑っていく。

 わずか瞬きする間の攻防だった。

 野次馬たちは何が起こったのか理解できず、息をするのを忘れ、ただ少年の足下に蹲るユーリを呆然と見つめていた。

「て、てめぇ!」

 二呼吸ほど経ったころ、ようやくユーリが倒されたことを理解したオレクは、動揺を見せながらも仲間とともに襲い掛かろうと身構える。

「動くな!」

 しかしその前に、少年の凜とした裂帛の声が響く。
 そのたった一声で、金縛りにあったように彼らの動きが封じられてしまった。
 再びしんと静まり返り、全員の視線が金髪の少年へと注がれる。
 衆人の視線を集めたところで、少年はゆっくりと剣を引き抜いた。
 凍り付くオレクたちと息を飲む野次馬を尻目に、キラリと光る剣先が足元に蹲るユーリへと真っ直ぐに向かっていく。

「ひとつ聞く」

 冷ややかな口調と共に、ユーリの目の前にピタリと止まった切っ先、身動みじろぎひとつできないまま、ユーリは少年と視線を合わせた。
 身に纏う雰囲気もそうだが、目付きも口調も先程までの飄々とした軽い雰囲気は微塵もなく、少年はヒリヒリと突き刺すような空気を放っていた。

「己の都合をゴリ押しし、それが通らねば剣を振り上げ力尽くで人を従えていく。お前はそうやって何を目指している?」

「な、くっ!」

 呼吸をするだけで胸に激痛が走り、思わずユーリは顔を歪める。
 胃液の酸っぱさはなくなったが、口中の血の味はまだ収まっていない。肋骨が折れているようで、柄を叩き込まれた箇所が熱い痛みを訴えかけていた。
 少年はユーリを気遣う素振りを一切見せず、詰問を緩める気配はない。

「自分の持てる力を振るう。人が生きていくためには必要なことだ。人によっては力だったり知恵だったり、あるいはもっと違う力だったりする。だが、お前のは何だ?」

「な、にっ!」

「確かに腕力は人並み以上にあるだろう。これだけの人数を従える統率力も大したものだ。だが、それだけだ!」

 疼く胸を押さえながら呻くユーリに、少年の辛辣な言葉が次々と突き刺さる。

「大将気取りで大勢の人間を従え、さぞ気分がいいだろう。だがその先を考えたことはあるのか?」

「その、先?」

「徒党を組んで何かを成す目的はあるのか? そしてそれは剣を抜き、相手を倒してでも進む道なのか?」

「・・・・」

 ユーリは答えられない。
 彼は街の人間が噂しているような『暴動の首謀者』ではなく、ある者の些細な逆恨みに巻き込まれただけだ。
 その首謀者はすでに処分されているが、潔白が証明された今に至るも街の商人からは胡散臭い目で見られ続けていた。
 ユーリ自身も家族や大勢の仲間を巻き込んでしまった、という負い目から塩坑に戻ることもできず、日々目的なくふらふらとっしていることに内心では苛立っていた。
 暴れ始めたのはその鬱憤を晴らすためだ。
 少年が言うような目的などあるはずもなく、ただ毎日を怠惰に生きているだけだった。

「どうした。答えられないか?」

 少年が煽るような口調で問うが、彼には答えられる理由ものがなかった。
 剣を持ったのも遊び半分からだった。
 剣術など教わったことなどなかったが、誰も扱えないような大剣を、人並み以上の腕力に任せて振るうことができた。その特別感に酔って増長し、自分が強くなったような錯覚をしていた。
 大抵の者は刃を交える迄もなく、剣を出し軽く脅してやるだけで命乞いをする。ただそれが面白かった。
 しかしそんな力任せの技など、剣術を学んだ騎士が相手では脅威でも何でもなかった。
 一合すら斬り合うこともできず一方的に叩きのめされ、冷たい石畳の上に這いつくばっている。少年の剣先はユーリの額に据えられたままだ。
 少年がまとった殺気にユーリは冷たい汗が先程から止まらなかった。

「俺は・・・・」

 ユーリは必死で言葉を探す。
 だが安易な言い訳を取り繕ったところで、この場を遣り過ごせるかと問われれば『否』という言葉しか出てこない。例え遣り過ごせたとしても、少年の問う『答え』とは根本的に違う気がしていた。

「・・・・俺は、・・・・毎日が楽しければそれでいい」

 求める答えとは違うと分かっていても、今はどれだけ言葉を探しても、そう答える以外の言葉が見つからなかった。

「そんなことのために命を掛けるのか?」

 厳しい叱責を覚悟していたユーリだったが、少年の声は多少の呆れが混ざっているものの、そこまで厳しい口調ではなかった。
 そしてひとつ息を吐くと諭すような口調で続ける。

「多少暴れた所で、今はまだ不良の戯れと大目に見られるだろう。だがそれをよいことに際限なく暴れていれば、行き着く先は賊の類いになるしかなくなるぞ。そうすれば最早引き返すことは叶わぬ」

 少年は『それでも良いのか?』と念を押す。
 この国で賊が捕まると容赦はなかった。
 如何なる理由があろうと弁明すら許されず、斬首の上、路傍の石と同じように風雨に晒される。家族や友人でさえ弔うことすら許されず、悪臭を放ちながら朽ち果てていくのだ。

「お前には力がある。ひとりならばどのような結果になろうと生き延びることができるだろう。だが仲間はそうはいくまい?」

 徒党を組むようになり、何十人という仲間に囲まれているが、目的もなく毎日馬鹿なことをやっては大騒ぎするだけの毎日だ。その生活に飽きればその時に考えればいいと思っていた。

「仲間たちをそういう道に引き込んだ責任は取れるのか?」

「・・・・」

 やはりユーリには答えられなかった。
 成人したばかりの少年に一撃で地面に転がされた上、蕩々と説教を受けている。
 普段なら鼻で笑って聞く耳など持たない所だが、目の前には剣の切っ先が突き付けられ聞かざるを得ない状況だ。

『衛兵だ!』

 しばらくすると野次馬から声が飛んだ。
 この騒ぎを聞きつけたのだろう。声のした方を見れば、人の群れを掻き分けるように十数名の衛兵がやって来るのが見えた。
 そしてそれが合図のように人垣が崩れ、野次馬が三々五々散っていく。
 ほんのわずかな間に、その場には彼らだけが残された。

「早い、早いよ!」

 ユーリに剣を突き付けていた少年は、厳しい表情も纏った殺気も一瞬にして霧散させると、剣を鞘に収めながら地団駄を踏むように悪態を吐く。
 ホッとした表情を浮かべ近付いてきた従者たちに『引き上げるぞ!』と告げると、地面に蹲ったままのユーリを見て驚いたように声を上げた。

「お前っ! 捕まりたいのか?」

「はぁっ!?」

 驚いたのはユーリの方だ。
 剣を不法に所持し騎士と決闘になった。これだけでも立派な罪である。
 ユーリとて捕まるつもりはなかったが、目の前の少年の目を盗み逃げ切れるとは到底思えなかった。ましてや先ほどの様子から見逃して貰えるというのは楽観すぎるだろう。

「肋骨の二、三本は折れてるが動けるだろ?」

 しかし少年の口調は先ほどの厳しさが嘘のように、元の飄々とした声に戻っている。
 ユーリと喋っている間に、少年の従者は既に人混みに姿を消していた。逆に彼の仲間たちはユーリを置いて逃げて良いのか迷ってる様子だ。

「お前が逃げないと仲間たちも一緒に捕まってしまうぞ」

「・・・・い、いいのか?」

「何がだ? 捕まりたいなら無理に逃げろとは言わんが。・・・・まさか捕まりたいのか?」

 先程まで対峙していた少年と、とても同一人物とは思えない変わりように、ユーリは思わず頬を緩める。

「ふふっ、まさか」

「なら早くしろよ」

 そう言うと少年はユーリに背を向け去って行く。

「お、お前! 名は何だ?」

 慌てて少年の背中に向けて声を掛けたが、少年は振り返ることなく人混みに消えていった。

 彼と入れ替わりにオレクが近づいてくると焦ったような声を掛ける。

「ユーリ、俺たちも逃げねぇと!」

「ああ、そうだな」

 衛兵はもうすぐそこまで来ている。早くしないと逃げ切ることも難しくなりそうだった。

っ!」

 ユーリは立ち上がろうとして、刺すような胸の痛みに思わずよろめき、オレクが慌ててユーリを支える。

「大丈夫か?」

 柄を叩き込まれた箇所にと熱を伴った痛みがある。少年が言ったように肋骨が何本か折れているようだ。
 その場にへたり込みたいほどに手足も重かった。だが今はこの場を逃れる方が先だ。
 他の仲間から差し出された大剣を杖代わりに立つと、剣を鞘に収め少年が消えていった先を見る。視線の先にはもちろん少年の姿は見えず、ただ人の流れがあるだけだった。

「みんな、捕まるなよ!」

 ひとつ息を吐くとそう仲間に声を掛け、オレクに肩を貸して貰いながら、彼らも人混みに紛れていった。
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