都市伝説と呼ばれて

松虫大

文字の大きさ
上 下
2 / 203
第一章 都市伝説と呼ばれて

2 ユーリ

しおりを挟む
「うぅぅっ、冷てぇ!」

「これ以上入ってたら遭難しちまうぜ!」

「お前ぇ、さっき入ったばっかじゃねぇか! 出るの早すぎだ!」

「勘弁してくれっ! 俺は寒いの苦手なんだ」

「くぅぅぅぅぅぅぅっ!」

「だ、駄目だっ! 限界っ、もう無理っ!」

 少年たちの嬌声が辺りに木霊していた。
 しばらく肌寒い日が続いていた中で、この日は初夏を思わせるほどの陽気だった。
 街が春の市で大いに賑わっている頃、十数名の少年たちが街へと流れるハスキ川の支流のひとつで魚取りに興じていた。森の中を流れる川幅が十メートルもない小さな名もない川のひとつだ。
 石を投げ入れて堰き止めた川面に鈍色にびいろの魚がぬめっとした光を反射してキラキラと輝きを放っている。
 気温は暖かいが春を迎えたばかりの水温は、まだまだ身を切るような冷たさで獲物の動きも鈍い。そのため手掴みでも面白いように魚が捕れた。
 厳しい寒さが続くこの地方の冬は、雪こそ少ないものの防寒具を身に纏っていても容赦なく体温を奪っていく。厳冬期ならば数時間と外に出ていられないくらいの寒気となる。
 少年たちは嬌声を上げながら下着姿になり、太股の辺りまで水に浸かって魚取りに興じていた。汗ばむほどの陽気が降り注いでいるが、冬の名残りが色濃く残る水の冷たさに、十分も水に入っていれば身体が凍えてしまう。
 少年たちはガチガチと歯を鳴らしながら川から上がると、火を求め足早に河原に焚かれた焚き火に群がった。

「はぁ・・・・生き返るぜ!」

「うぉっ! うめぇ!」

「ちょっと待て! それは俺が目を付けてた奴じゃねぇか!」

「うっせぇよ、細けぇことガタガタ抜かすんじゃねぇ! んなもん腹に入れりゃどれも同じだ!」

「おい、こっちにも塩くれ、塩!」

 捕った魚ははらわたを抜いた後、串を通してそのまま焚き火で丸焼きにしていく。少年たちは暖を取りながら、香ばしい匂いを上げながら焼き上がっていく魚に、砕いた岩塩を振り掛けて頭から齧り付き腹を満たしていった。
 魚を巡って小競り合いが起きたりするが、それはいつものことで誰も気にしていない。
 魚を腹に収め身体が暖まると、彼らはまた嬌声を上げながらザブザブと川に入り魚取りへと戻っていく。

「ほらそっちに行ったぞ!」

「ようし捕ったぁ!」

「おい、そっちから追い込んでくれ! こいつは大物だ!」

「ははは、お前、下手糞だな!」

 水の冷たさに震えながらも、暖を取って腹も満たされた仲間たちの顔には笑顔が溢れていた。

「冷てえ!」

「お前何やってんだよ」

「ここだけ深くなってんだよ! くっそぅ冷てぇ、びっしょりだ!

 深みに足を取られた少年が、川に嵌まって全身ずぶ濡れになってしまった。少年は水を滴らせながら、照れ臭そうに河原に上がってくると、照れたように頭を掻く。
 そんな彼に仲間が腹を抱えながら口々に冷やかす。ずぶ濡れの少年は、恥ずかしそうに口を尖らせ、口では文句を言いながらも顔には笑顔を浮かべて焚き火に当たる。
 そんな彼らの中で、ひとりだけ川に入らずに川縁に立って仲間達に『あっちだ』『こっちだ』と指示をしている少年、いや少年と言うには大柄な男がいた。
 二メートルに届こうかという身長とガッシリとした筋肉質の大男で、周りの少年と比べても頭ひとつ分以上は背が高い。
 袖を落としたくすんだ藍色の継ぎだらけのチュニックから伸びる腕は丸太のように太く、全身よく日に焼けた褐色の肌と笑顔から覗く白い歯のコントラストが眩しい。
 女性が放っておかないような整った顔立ちをしているが、額から生え際に掛けて大きな傷痕が生々しく残り、ボサボサの黒髪と相まって粗野な雰囲気を醸し出していた。
 瞳の色は光の加減によって瞳孔付近が金色に近い茶色から、外に向かってライトグリーンへとグラデーションが美しいヘーゼルと呼ばれる淡い褐色だ。彼はその瞳を細めながら、ズボンの裾を膝まで捲り上げ、足首まで川に浸かって、野太い声で他の仲間を楽しそうに囃し立てていた。

「ユーリ、あの噂聞いたか?」

 川から上がってきた、ひょろっと背の高い少年が、焚き火で身体を温めながら大柄な男、ユーリに声を掛ける。

「なんだオレク、どの噂だ?」

「春の市に、なんだか面白そうな奴がいるって話だ」

 ユーリは興味を惹かれた様子で、ヘーゼルの瞳を輝かせ、オレクの傍で焚き火に手を翳した。
 ユーリも背が高いがオレクと呼ばれた少年も痩せぎすだが長身で、並んで立つと二人の背はほとんど変わらない。
 伸ばした茶色の長髪を無造作に後頭部で一本に縛り、焼けた魚に手を伸ばすと、サファイアのような青い瞳を揺らしながら美味しそうに魚に齧り付いた。
 ユーリと違ってほっそりとしているが、動きに隙がなく猫科の動物を思わせるようなしなやかな動きで、あっという間に魚を骨だけにしてしまう。

「面白そうな奴?」

「俺たちより年下っぽい奴が、街を我が物顔でウロウロしてるらしい。やたらと目立ってるって話だ」

「へぇ知らないな。どんな奴なんだ?」

 普段彼らはその街を縄張りとし、街やその周辺で粋がった奴や生意気な奴に喧嘩を吹っ掛けては騒ぎを起こしていた。
 市が開催される間は厳しくなる警備を避けて、めったに街に近付かなかったが、その少年の話にユーリは興味をそそられた様子でオレクの話に耳を傾ける。

「金髪でやたら目立ってるそうだ。背はそれほど高くないようだが、多分成人したばかりじゃねぇかな?」

「金髪か。珍しいな」

「だろ? しかもそいつ腰に剣をぶら下げてるらしいぜ」

「へぇ、騎士様かよ!」

 戦火が身近にあるが、普段から帯剣を許されているのは騎士と呼ばれる身分の者だけだ。
 街の衛兵は厳密には騎士ではないが、彼らは任務中のみ剣や槍を貸与されているのみで、任務時間外に武器を携行することは禁じられている。そのため彼らは、市街で帯剣している金髪の少年が騎士だと断じたのだ。

「なんでも贋作を見破ったり、吹っ掛けようとした商人をやり込めたり、俺たちがいない街で好き放題してるらしいぜ」

「ほう! そりゃ大した奴だな?」

「見た目はチャラい格好をしてるくせに、やけに物知りだってんで、今、街じゃちょっとした話題の主になってるらしい」

「なるほど。それじゃ、そいつにはちょっと挨拶しておかないといけなさそうだな」

 そう言うとユーリは不適な笑みを浮かべ、焼けた魚を手に取ると頭から齧り付いた。

「みんな上がれ!」

 尻尾まで三口で腹に収めると仲間を川から上がらせて暖を取らせ、焼魚を皆に振る舞って腹ごしらえをさせる。

「面白そうな奴が街にいるらしい。見に行くぞ!」

 そう言うとユーリは仲間を引き連れて街へと向かって行った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

冤罪を掛けられて大切な家族から見捨てられた

ああああ
恋愛
優は大切にしていた妹の友達に冤罪を掛けられてしまう。 そして冤罪が判明して戻ってきたが

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

処理中です...