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第三章 紅巾族
第29話 藪医者
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【秦診療所】
彼女の後についてやってきたのは、人気のない商店街を抜けた先にポツリと佇む廃屋だった。元々は診療所として使われていたところだが、今はその面影もない。そこに住み着いて、密かに闇医者として商売をしている男が、今回の尋ね人。
元は受付として使われていたであろう場所に、簡素なパイプ椅子が置いてあり、そこに足を組み座っている爺さんがいた。何やら新聞を読んでいる。
こんな薄暗い場所で、よく文字が読めるな。
見た目はどう見てもゾン……失礼。ヨボヨボの爺さんだ。ヨレヨレの薄汚い白衣が、医者であることを辛うじて主張していた。ちっさい丸レンズの眼鏡の奥では、不気味に二つの目が光っている。
「ひっひっひ。またドブネズミが来よったか」
「誰がドブネズミよ。まあいいわ。急で悪いけど、この人を治療して」
「はて? 誰じゃそいつらは。貴様の友達か」
「はいはい。御託はいいから。一時間で終わらせて」
「ほっほっほ。また無茶をいいよる。年寄りはもっと大事に扱え」
「……はあ。あんたと話してると疲れる。あ、コイツが秦 夭逝。一応医者。見た目はあれだけど」
一応の説明を受け、改めて秦という人物に目を向ける。
……医者、なんだよな? 本当に?
「なんじゃその目は。疑うなら他所を当たればよい。ワシは忙しいんじゃ」
「う、疑ってないですよ! 早く治せるんですよね? よろしくお願いします!」
「……ほう。その怪我で随分元気そうだな。お主には、治療など必要ではないのではないか?」
意外と鋭いなこの爺さん。だが、治療が必要ない訳じゃない。痛みを感じないだけだ。
「ふん。まあ、ドブネズミの頼みじゃ。無下にはできん。ほれ。さっさと付いてこい」
秦はそう言うと、重たそうに腰を上げ、すたすたと歩き出した。
「成瀬、肩貸そうか?」
「大丈夫だ。行ってくるよ」
八崎に断りを入れ、秦の後を追う。念のため、ゆっくり歩くか。出血はほとんど収まっているし、少し歩くくらいなら大丈夫だろう。
診療所内は、昼間だというのに異様なほど暗かった。というのも、窓は全てシャッターが降りていて、外からの光を遮断していたんだ。それに、建物内は変にカビ臭い……。こんなところにいたら、逆に体を壊してしまいそうだ。今さらながら、そんな不安が頭をよぎった。
「……ん?」
秦の後を追って歩いている途中で、ある病室の前を通った。ふと、その部屋の中を除くと、ベットに誰かが座っているのが見えた。
多分俺と同じ年くらいの女の子だった。その髪は白髪で、目は充血しているのか真っ赤に染まっていた。物憂げな表情を浮かべ、ぼんやりと病室の床を眺めている。生きてる人間、だよな?そう思ってしまうくらい、生気の宿っていない目をしていた。
「おい。はよせんと置いていくぞ」
「あ、はい。すみません」
秦に急かされ、小走りで後を追う。
今の子も、ここの患者なのだろうか。何か、危うげな雰囲気の子だったな。って、人のことを気にしている場合じゃない。まずは、自分のことだ。
「ほれ、ここじゃ」
秦はそう言って、ある一室に入っていった。そこはおそらく、診察室として使われていた部屋。秦に続いて部屋に入ると、カビ臭さが一層強まるのを感じた。それに、やけに埃っぽい。長い間掃除してないのか?
「そこに寝ろ」
秦が指差したのは、部屋に置かれていた薄汚れたベットだった。暗いからよく分からないけど、多分相当汚い。ここに寝るのか……。俺は30秒ほど悩んだ後、渋々ベットに横になった。
「さて、始めるぞ。お主には必要ないじゃろうが、一応麻酔は打ってやる。次に目覚めたときには、怪我も治っておるわ」
秦はそう言うと、机の引き出しからゴソゴソと注射器を取り出した。その中は液体で満たされており、秦はそれを見て不気味に笑った。
「帰ります」
身の危険を感じた俺は、ベットから身を起こし、すぐさま部屋を出ようとした。しかし、足がふらついてしまい床に伏してしまった。
「ほうほう。その足で帰れるのか。それは見ものじゃ。ほれ、歩いてみろ」
「……お願いします」
ダメだ、体が限界を迎えたらしい。足を動かそうと思っても、上手く力が伝わらない。今さら逃げ出すのは、不可能ということか……。秦の手を借り、俺は再び汚れたベットに身を沈める。思わずため息が漏れた。
「安心せい。ワシはこれでも医者としては一流じゃ。それこそ、世界が欲しがる国宝級の医師じゃぞ? ワシの若いころはな……」
秦は一人で昔話に花を咲かせながら、手際よく準備を進める。手際の良さからして、腕が立つのは本当だろうけど……。
いかんせん、見た目が不安を煽る。人を見た目だけで判断するのはいかがなものかと自分でも思うけど、初対面でいきなりはちょっとな。
「ちと副作用があるが、かまわんな? そうかそうか。物分かりが早くて助かる。ではいくぞ」
「え? ちょっとま」
俺が言葉を言い終わるより、秦が麻酔を打つほうが早かったらしい。俺の意識は、そこで途絶えた。
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【秦診療所】
彼女の後についてやってきたのは、人気のない商店街を抜けた先にポツリと佇む廃屋だった。元々は診療所として使われていたところだが、今はその面影もない。そこに住み着いて、密かに闇医者として商売をしている男が、今回の尋ね人。
元は受付として使われていたであろう場所に、簡素なパイプ椅子が置いてあり、そこに足を組み座っている爺さんがいた。何やら新聞を読んでいる。
こんな薄暗い場所で、よく文字が読めるな。
見た目はどう見てもゾン……失礼。ヨボヨボの爺さんだ。ヨレヨレの薄汚い白衣が、医者であることを辛うじて主張していた。ちっさい丸レンズの眼鏡の奥では、不気味に二つの目が光っている。
「ひっひっひ。またドブネズミが来よったか」
「誰がドブネズミよ。まあいいわ。急で悪いけど、この人を治療して」
「はて? 誰じゃそいつらは。貴様の友達か」
「はいはい。御託はいいから。一時間で終わらせて」
「ほっほっほ。また無茶をいいよる。年寄りはもっと大事に扱え」
「……はあ。あんたと話してると疲れる。あ、コイツが秦 夭逝。一応医者。見た目はあれだけど」
一応の説明を受け、改めて秦という人物に目を向ける。
……医者、なんだよな? 本当に?
「なんじゃその目は。疑うなら他所を当たればよい。ワシは忙しいんじゃ」
「う、疑ってないですよ! 早く治せるんですよね? よろしくお願いします!」
「……ほう。その怪我で随分元気そうだな。お主には、治療など必要ではないのではないか?」
意外と鋭いなこの爺さん。だが、治療が必要ない訳じゃない。痛みを感じないだけだ。
「ふん。まあ、ドブネズミの頼みじゃ。無下にはできん。ほれ。さっさと付いてこい」
秦はそう言うと、重たそうに腰を上げ、すたすたと歩き出した。
「成瀬、肩貸そうか?」
「大丈夫だ。行ってくるよ」
八崎に断りを入れ、秦の後を追う。念のため、ゆっくり歩くか。出血はほとんど収まっているし、少し歩くくらいなら大丈夫だろう。
診療所内は、昼間だというのに異様なほど暗かった。というのも、窓は全てシャッターが降りていて、外からの光を遮断していたんだ。それに、建物内は変にカビ臭い……。こんなところにいたら、逆に体を壊してしまいそうだ。今さらながら、そんな不安が頭をよぎった。
「……ん?」
秦の後を追って歩いている途中で、ある病室の前を通った。ふと、その部屋の中を除くと、ベットに誰かが座っているのが見えた。
多分俺と同じ年くらいの女の子だった。その髪は白髪で、目は充血しているのか真っ赤に染まっていた。物憂げな表情を浮かべ、ぼんやりと病室の床を眺めている。生きてる人間、だよな?そう思ってしまうくらい、生気の宿っていない目をしていた。
「おい。はよせんと置いていくぞ」
「あ、はい。すみません」
秦に急かされ、小走りで後を追う。
今の子も、ここの患者なのだろうか。何か、危うげな雰囲気の子だったな。って、人のことを気にしている場合じゃない。まずは、自分のことだ。
「ほれ、ここじゃ」
秦はそう言って、ある一室に入っていった。そこはおそらく、診察室として使われていた部屋。秦に続いて部屋に入ると、カビ臭さが一層強まるのを感じた。それに、やけに埃っぽい。長い間掃除してないのか?
「そこに寝ろ」
秦が指差したのは、部屋に置かれていた薄汚れたベットだった。暗いからよく分からないけど、多分相当汚い。ここに寝るのか……。俺は30秒ほど悩んだ後、渋々ベットに横になった。
「さて、始めるぞ。お主には必要ないじゃろうが、一応麻酔は打ってやる。次に目覚めたときには、怪我も治っておるわ」
秦はそう言うと、机の引き出しからゴソゴソと注射器を取り出した。その中は液体で満たされており、秦はそれを見て不気味に笑った。
「帰ります」
身の危険を感じた俺は、ベットから身を起こし、すぐさま部屋を出ようとした。しかし、足がふらついてしまい床に伏してしまった。
「ほうほう。その足で帰れるのか。それは見ものじゃ。ほれ、歩いてみろ」
「……お願いします」
ダメだ、体が限界を迎えたらしい。足を動かそうと思っても、上手く力が伝わらない。今さら逃げ出すのは、不可能ということか……。秦の手を借り、俺は再び汚れたベットに身を沈める。思わずため息が漏れた。
「安心せい。ワシはこれでも医者としては一流じゃ。それこそ、世界が欲しがる国宝級の医師じゃぞ? ワシの若いころはな……」
秦は一人で昔話に花を咲かせながら、手際よく準備を進める。手際の良さからして、腕が立つのは本当だろうけど……。
いかんせん、見た目が不安を煽る。人を見た目だけで判断するのはいかがなものかと自分でも思うけど、初対面でいきなりはちょっとな。
「ちと副作用があるが、かまわんな? そうかそうか。物分かりが早くて助かる。ではいくぞ」
「え? ちょっとま」
俺が言葉を言い終わるより、秦が麻酔を打つほうが早かったらしい。俺の意識は、そこで途絶えた。
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