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第一章 芦堂高校
第5話 芦堂の番長①
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あの日のことは、今でもよく覚えている。
足元が全てが崩れ去っていくようなあの感覚。
「………………え?」
買い物から帰ってくるのが遅いなと思っていたんだ。でもそれは、優柔不断な母さんが買い物に行くとしょっちゅうあることで。今日は父さんと姉さんも一緒だから、いつもよりは早く帰ってくると思ってた。
あの二人は、母さんと違って決断が早いから。
俺は叔母さんと2人で家で待っていた。
早くみんな帰ってこないかなあ。なんてテレビを見ながら考えていた。
叔母さんは、俺が小さい頃からよく面倒を見てくれていた。いつも笑顔で、料理が上手くて、綺麗好きで。
俺は生まれながらにして病気を患っていた。
俺の病気は、無痛覚症。どんな痛みも、熱さも感じない。冷たさも。
どんな大きな怪我をしても、自分ではその異常に気づきにくい。目で見て血が出ていればそれは気づくが、そうじゃなければ……。
そしてその病気は俺自身より、周囲の人間を苦しめた。特に両親は、俺がどこか怪我でもしようものなら、俺を抱えて血相を変えて病院に駆け込んだ。
ただでさえ子育てってのは大変なのに、俺の病気のせいで普通の何十倍も苦労をかけたと思う。それでも、家族は俺のことを心から愛してくれた。
いつもは、俺が知らぬ間に怪我をしないよう母さんか姉さんが一緒に家にいてくれるんだけど、今日は特別な日。みんなで選びたいんだってさ。俺の誕生日プレゼントを。
だったら、早く帰ってきてよ。
待ってるからさ、俺。みんなこと、待ってるから。
ーーーーー
ーーーーーーー
ーーーーーーーーー
「………………」
男を追って辿り着いたのは、芦堂高校だった。ちらほらと下校する生徒が見える。
ここは確か、喧嘩の絶えない不良の巣窟と呼ばれている学校だったな。街を歩いていても、やたら絡んでくるのは芦堂の奴が大半だ。
何にせよ、あいつは逃がさない。必ず捕まえてやる。
俺は奴が逃げていった、古びた校舎へと走り出した。
「おい! 誰だてめえ!」
「……どけ」
予想通り、古びた校舎にいた奴らが、俺の前に立ち塞がった。俺は立ち止まることなく、勢いを活かして高く飛び上がり、そのまま右手で目の前の男を殴りつけた。
「ぐえっ……!」
男はまともに防ぐこともできず、後ろに倒れこんだ。周りにいた奴らはその光景を見て、後ずさる。それに気づいた俺は、再び走り出した。あいつはこの校舎に入っていったはずだ。
「ひぃ……!」
いた……! 玄関のところから、俺を見てやがった。俺に気づいたアイツは、焦った顔で校舎内に入っていった。あの野郎、いつの間にか金属バットを手放してやがるな。あとで、どこに捨てたか問い詰めてやる。確たる証拠だからな。
腹の中は憎悪で煮えたぎっているにも関わらず、頭は冷静な自分に驚いた。
「逃がすかよ!!」
玄関には、俺を警戒して殺気だっている奴らが大量にいたが、俺は構わず走り出した。
邪魔する奴らは全員蹴散らす。
「な、なんだコイツ……!」
「囲め囲め!! 相手は一人だ!」
「ふざけやがって……!!」
俺は向かってくる奴らを片っ端から反撃した。当然、俺も何発も奴らの拳をもらっているが、痛くも痒くもない。それは痩せ我慢や思い込みではなく、事実だ。
俺は無痛覚症。あらゆる痛みを感じない。
相手を殴った拳も、痛くない。
「なんなんだよお前……!」
コイツらに構っている暇はない。
人と人の間を抜け、アイツの後を追う。アイツはまた、廊下の奥から俺のことを見てやがった。俺がボコられて動けなくなるのを待っているんだろう。
俺が走り出すと、奴はまた逃げ出した。すぐに追いかけるが、再び邪魔が入った。
「ちっ……!」
「ただじゃ帰さねえからな!!」
帰る場所なんて、ねえよ。
「邪魔するんじゃねえ!!!」
俺は血塗れになっている自分の拳を労ることなく、再び振りかざした。俺は確かに痛みを感じない。何度相手を殴ろうと、殴られようと、全く痛くない。痛くないのに……。
この痛みは、なんだ。
足元が全てが崩れ去っていくようなあの感覚。
「………………え?」
買い物から帰ってくるのが遅いなと思っていたんだ。でもそれは、優柔不断な母さんが買い物に行くとしょっちゅうあることで。今日は父さんと姉さんも一緒だから、いつもよりは早く帰ってくると思ってた。
あの二人は、母さんと違って決断が早いから。
俺は叔母さんと2人で家で待っていた。
早くみんな帰ってこないかなあ。なんてテレビを見ながら考えていた。
叔母さんは、俺が小さい頃からよく面倒を見てくれていた。いつも笑顔で、料理が上手くて、綺麗好きで。
俺は生まれながらにして病気を患っていた。
俺の病気は、無痛覚症。どんな痛みも、熱さも感じない。冷たさも。
どんな大きな怪我をしても、自分ではその異常に気づきにくい。目で見て血が出ていればそれは気づくが、そうじゃなければ……。
そしてその病気は俺自身より、周囲の人間を苦しめた。特に両親は、俺がどこか怪我でもしようものなら、俺を抱えて血相を変えて病院に駆け込んだ。
ただでさえ子育てってのは大変なのに、俺の病気のせいで普通の何十倍も苦労をかけたと思う。それでも、家族は俺のことを心から愛してくれた。
いつもは、俺が知らぬ間に怪我をしないよう母さんか姉さんが一緒に家にいてくれるんだけど、今日は特別な日。みんなで選びたいんだってさ。俺の誕生日プレゼントを。
だったら、早く帰ってきてよ。
待ってるからさ、俺。みんなこと、待ってるから。
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「………………」
男を追って辿り着いたのは、芦堂高校だった。ちらほらと下校する生徒が見える。
ここは確か、喧嘩の絶えない不良の巣窟と呼ばれている学校だったな。街を歩いていても、やたら絡んでくるのは芦堂の奴が大半だ。
何にせよ、あいつは逃がさない。必ず捕まえてやる。
俺は奴が逃げていった、古びた校舎へと走り出した。
「おい! 誰だてめえ!」
「……どけ」
予想通り、古びた校舎にいた奴らが、俺の前に立ち塞がった。俺は立ち止まることなく、勢いを活かして高く飛び上がり、そのまま右手で目の前の男を殴りつけた。
「ぐえっ……!」
男はまともに防ぐこともできず、後ろに倒れこんだ。周りにいた奴らはその光景を見て、後ずさる。それに気づいた俺は、再び走り出した。あいつはこの校舎に入っていったはずだ。
「ひぃ……!」
いた……! 玄関のところから、俺を見てやがった。俺に気づいたアイツは、焦った顔で校舎内に入っていった。あの野郎、いつの間にか金属バットを手放してやがるな。あとで、どこに捨てたか問い詰めてやる。確たる証拠だからな。
腹の中は憎悪で煮えたぎっているにも関わらず、頭は冷静な自分に驚いた。
「逃がすかよ!!」
玄関には、俺を警戒して殺気だっている奴らが大量にいたが、俺は構わず走り出した。
邪魔する奴らは全員蹴散らす。
「な、なんだコイツ……!」
「囲め囲め!! 相手は一人だ!」
「ふざけやがって……!!」
俺は向かってくる奴らを片っ端から反撃した。当然、俺も何発も奴らの拳をもらっているが、痛くも痒くもない。それは痩せ我慢や思い込みではなく、事実だ。
俺は無痛覚症。あらゆる痛みを感じない。
相手を殴った拳も、痛くない。
「なんなんだよお前……!」
コイツらに構っている暇はない。
人と人の間を抜け、アイツの後を追う。アイツはまた、廊下の奥から俺のことを見てやがった。俺がボコられて動けなくなるのを待っているんだろう。
俺が走り出すと、奴はまた逃げ出した。すぐに追いかけるが、再び邪魔が入った。
「ちっ……!」
「ただじゃ帰さねえからな!!」
帰る場所なんて、ねえよ。
「邪魔するんじゃねえ!!!」
俺は血塗れになっている自分の拳を労ることなく、再び振りかざした。俺は確かに痛みを感じない。何度相手を殴ろうと、殴られようと、全く痛くない。痛くないのに……。
この痛みは、なんだ。
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