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第4話 夢中説夢-7

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「……お前、ほんとに完治したのか? まだ風邪引いてんじゃないのか?」

貸してもらったハンカチで顔を拭きながら、神田に話しかける。元気そうにはしていたが、仕事中もけっこうくしゃみしてたし。ていうか仕事中は手で口押さえてたくせに、なんで俺の前ではダイレクトくしゃみなんだよ。

「あははは……。いやあ、完治だと思いますよ、はい。体は元気なので」
「ならいいけど。あんま無茶すんなよ」

俺の言葉が意外だったのか、キョトンとする神田。その姿はさながら、大きな音を聞いて驚いているリスのようだ。

「あ、はい。どうしたんですか高坂さん。優しいですね」
「バカ野郎。お前が休んだら、また俺らが勤務時間伸びんだろ。んで、さっきの続きは?」
「ああ、そうでした。大したあれではないんですが……」

その時、LIMEの着信音が鳴った。同時に、俺のポケットの中のスマホが振動した。こんな時間に、誰からだろう。

「悪い。電話だ」

神田に一言いれて、スマホの画面を確認した。そこに表示されていた名前を見たとき、俺は危うくスマホを落としそうになった。間一髪のところでキャッチする。

美幸からの着信だった。

「ちょ、神田!」
「は、はい!?」
「ちょっと急用できた! その話、今度でもいいか!?」

「……はい、大丈夫です!」
「悪い、今度ちゃんと聞くから! ごめんな!」

神田に別れを告げ、俺は慌てて店の裏口から外に出た。弾んだ息を整えて、電話の応答ボタンを押した。


「もしもし」

動揺しているのがバレないよう、なるべく平静を装って電話に出た。

「……もしもし。いま電話大丈夫?」
「あ、うん。大丈夫だけど。なんかあった?」

家までの道を歩きながら美幸との電話を続ける。正直、美幸から電話がかかってくるとは夢にも思ってなかった。避けられている感じがあったから。
昼に電話した時だって、素っ気ない態度だった。なのに美幸の方から電話をかけてくるなんて、どうしたんだろう。

「明日のことなんだけど……」
「……うん」

やっぱり行けなくなった。そう言われると思った。スマホを握っていた手が汗ばむ。心臓が早鐘を打つ。だが、美幸の口から出た言葉は、予想とは違っていた。

「午前中予定入っちゃったから、時間変えてもらえないかな?」
「……え? 時間?」
「うん。できれば夕方以降がいいんだけど」
「あ、俺は大丈夫。いつでも。明日休みだから」
「そっか。じゃあ、18時くらいでいい?」
「うん。わかった」

よかった。てっきり、誘いを断れるんじゃないかと思った。何とか電話に応えているが、内心はかなりパニック状態だ。

「てっきり、断れるのかと思った」
「……え?」
「ん?」

え、いま喋ったのどっちだ? あれ、俺何か喋ってた? もしかして、心の声が漏れていたとかいうベタなミスを犯してしまったわけではないよな? な? どうなんだ!?

「なんで、そう思うの?」
「えーっと……」

やはり、心の声が漏れていたようだ。何やってんだよ俺! どんな初歩的なミスやっちゃってんの!?
とりあえず落ち着こう。そうだ、一旦深呼吸だ。よし。あそこのベンチに座るか。

道に設置されていたベンチに腰を降ろすことにした。ゴミが乗っていたので、軽く払ってから座る。この一連の動作が終わるまで、わずか2秒だ。

「……だって、あんまり俺と話したくなさそうだったしさ。高3の時から喋ってなかったし。避けられてると思ってたから」
「…………」
「でも、今こうやって話せてるの嬉しいし、明日会えるのも嬉しいなって思う……よ」

話している途中で恥ずかしいことを言っているのに気づき、急に恥ずかしくなった。何いってんだ俺、キモいこと言うなって。美幸も引いてんだろこれ。

「て、ていうか! 時間の変更伝えるだけだったらメッセージだけでもよかったのに!わざわざ電話かけてくるなんて……」
「迷惑だった?」
「い、いや。そんなことないけど……」

話題を変えようとして失敗した。でも、本当にそこは疑問だった。なんでわざわざ電話してくれたんだ?

「じゃあ、そういうことだから。遅い時間にごめんね?」
「あ、うん。全然大丈夫」
「おやすみ」
「おやすみ。また明日」

俺が言い終わるのと同時に、電話は切れた。結局、電話してきた理由は聞けなかったけど、まあいいや。結果オーライってことで。

時刻は22時前。街はすっかり喧騒を潜め、静まり返っていたことに気づいた。
……今日は、たくさん話せたな。

ふと、夜空を見上げた。お世辞にも都会とは言えないこの街は、星がよく見える。今日も、空には満天の……


「…………雨だ」

急に降りだした雨は、ものの10秒も経たないうちに豪雨となった。俺はその時になってようやく、傘を店に忘れてきたことに気づいた。しかし、時すでに遅い。すでに裏口の鍵は閉まっている可能性が高いのだ。

今から店に戻るより、ダッシュで家まで帰った方が効率的! そう考えた俺は、ベンチから立ち上がり、全速力で家までの道のりを走った。

歩いても10分もかからない家までの道のり。走れば3分で着くだろう。無我夢中で雨の中を走った。
予想通り、走り出して数分で家が見えてきた。思ったより体が濡れてしまっていた。ベトベトして気持ち悪い……

仕事の疲れと家までの全速力で、体がクタクタだ。いまベットに入れば、一瞬で寝れる自信がある。でも、お風呂に入らないと風邪を引くかもしれない。そうなれば、明日美幸と会うというのに格好がつかない。

さっさとお風呂に入って寝よう。俺はそう思いながら、玄関の鍵を開けた。

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