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第一章

53.相思相愛(シルフレイヤ視点)

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「…何故アレス様が南部へ…?」
「第二騎士団の仕事で南部に用が…。それより久しぶりだね、シル」

南部に到着し、ニル義姉様に相談してから二日後。
久しぶりの自領と言うこともあり、ニル義姉様と色々なことを話したり、作法や礼儀を教えてもらったり、たまに街に降りて遊んだりと充実した毎日を送っていた。
今日はニル義姉様が忙しいと言うので、アレス様に伝える言葉を考えようと思っていたら、朝からリサに乱暴に叩き起こされた。
起き立てで脳みそが動いていない私の代わりにリサがあっという間に綺麗にまとめ、玄関へと連れて行かれる。
そこには南部にはいないはずのアレス様がいた。
あまりにも驚いて当分の間固まっていたけど、リサが背中をつついて現実に戻される。
挨拶もなく上記のような言葉を投げかけてしまったのに、アレス様は笑顔で返答をくださる…。
会いたいと思っていたし、自分の気持ちを伝えたいとは思っていたけど、こんな急な展開は望んでいない!と言うかまだまとまっていない!

「朝早くからごめん。手紙を送ったんだけど俺のほうが早かったみたいだ」

ニル義姉様と同じ銀髪だと言うのに、この人の髪は誰よりも光り輝いて美しい。
そう思うと心臓がキュッと苦しくなって、また目を背けてしまった。

「シル?」
「あ、はい…。おはようございます…」
「…。やっぱり前みたいに…」

何かを呟いていたけど遠すぎて聞こえず、首を傾げて「なんでしょう?」と声をかけるも、困ったような笑顔を浮かべた。
なにか……まちがった、対応をしてしまった…?
そんな気持ちになりながらも、とりあえず客人を玄関に立たせたままにはできないので、すぐ近くの客間へと案内する。
椅子に座ってもらい、本邸の使用人達にお茶の準備をするよう伝え、アレス様の前に私も座った。

「本当にごめん。朝食もまだ?」
「え、ええ…。そうですね? 朝食もまだ、です」
「北部からシルとの時間が取れなかったからつい押しかけてしまった…。本当にごめん」

しゅん…と落ち込むアレス様はマルスみたいで可愛かった。
年上の方を可愛いなんて思うのは失礼なのでは?いやでも口に出しているわけではないし、思うだけなら許して欲しい…。可愛くて好き。

「驚きましたが…。えっと、私もお会いしたかったので嬉しいです」

驚いたことも、まだ理解が追い付かないところもあるけど、会いたかったのは本当。
最初の頃のようにきちんと目を見ることができない。言葉も詰まってばかりだ…。
今もちゃんと目を見て言おう!と思ったのに、俯いてしまって聞き取れないような子で呟いてしまった…。
もっと私に勇気があれば!
聞こえたか、それとも聞こえずまだ私の言葉を待っているのか気になり、そっと視線をあげると真っ赤な目が太陽のように輝いていた。
苦しい。その目で見られると苦しくなる。泣きたい…。

「ははっ、嬉しい!」

心臓が痛い。息ができない…!
何も言えなくなるからそんな嬉しそうな顔をしないで欲しい。
でもその顔を見ると私も嬉しくなって、ずっと見たいと願ってしまう…!
色々な感情が湧いて溢れ、目頭に涙が溜まる。
何で泣きそうになるか解らない。

「シル…?」
「(だめ…。今喋ったら泣いてしまう…)」
「シル」
「(声が近づいてくる…! やだ、隣に座らないで…。私に近づかないでっ…)」
「泣きそうなのはやっぱり俺のせい?」

俯いて涙が溢れるのを耐えている私の横に膝をつき、下から覗いてくるアレス様からまた顔を背ける。
まだ整理できていない。ちゃんと整理して、紙に書いて気持ちを伝えたかった。本心から私がアレス様を愛していると実感して貰いたいから準備したかったのにこんなっ…!
このゴチャゴチャした感情をそのまま口にすると、子供っぽくて呆れられてしまうかもしれない。
そんなの嫌だ。そんなところ見られたくない。こんなことで泣きそうになっている私を見ないで!

「シル、泣かないで」
「見ない、っで…!」
「愛しの婚約者が泣いている理由が知りたいんだ。その原因が俺だったら……シルが望む罰を受けるから…」
「ちがっ…! 違う、違うの…っ。わたしが…っうう…! 私が、子供で…ッ」
「シルフレイヤ」

優しい声で名前を呼ばれるから、余計に涙が溢れてくる。
耐えるつもりだったのに、どんどん歪んでいく視界。
手で涙を拭おうとしたけど、それより早くアレス様の大きな手で顔を包まれ、長い指で涙を拭ってくれる。
それがまた優しくて嬉しくて涙が止まらない。
嫌われたくない。彼の負担になる。私の事なんかで時間を割いてほしくない!

『私が貴方を愛してしまったから…! 私が貴方の弱点になってしまったばかりに!』

誰かが頭の中で叫んでいる。
でもその通りだ。私みたいな弱い人間がアレス様の横に並べば邪魔になるに違いない。
結婚してはいけない。彼から離れなければいけない。彼を守る為にも自分は消えないといけない。
そんな不安と恐怖が生まれる。
本の結末があるから?違う、アレス様は私を殺さない。弱点にならないよう毎日頑張っている。強くなるって決めている。
アレス様と一緒にいたい。彼と結婚したい!

「―――き、聞いてほしいことがあるの…!」
「うん」
「わたっ、私は…」

泣きじゃくる私とは反対に、アレス様はただジッと私が落ち着くのを待ってくれた。
泣いて何を言っているか聞き取れないだろうに、しっかり聞こうとしてくれるのも嬉しい。凄く好き。

「わたしっ…まだ子供で…。あの……あのね、アレス様の力になれませんッ…」

大人びているとか、賢いとか…たくさんの賛辞を貰ったけど全然そんなことない。
他の女の子のように恋愛小説に憧れるし、怒られた悲しくなって泣いてしまうし、陰口を叩かれたら気になって寝付きが悪くなる…。
でも!これからも勉強や鍛錬を続けて、少しでもアレス様の横に並べる、立派な大公妃になれるよう努力を続ける。
誰が見てもニル義姉様のように完璧な淑女と言われ、両親のように一緒に並んでも見劣りしないような夫婦になりたい。
アレス様の隣にいたい。ずっと前から願っている幸せだ。
貴方が苦しんでいるときは支えたい。私のせいで苦しんでほしくない。
貴方に降りかかるもの全てを取り除いて、今度こそ最後まで生き抜いてほしい。
だから……だから私も貴方を支えるぐらい強くなって、誰にも利用されないぐらい賢くなりたい。

「政略結婚から始まった関係ですし…、私の…魔法が生命線なのも解ってます…!」

侯爵家唯一の令嬢。たまたま「魔力吸収」と言う魔法を所持していた。
ただそれだけの存在だけど…。

「ッアレス様を愛してます…! こんな…まだ力もない未熟な私だけど…。アレス様と小説のような恋愛をしてみてもいいでしょうか…? 貴方に恋をしても宜しいでしょうかっ…!」

相変わらず視界は涙で歪んで見え辛い。
入り混じる感情のせいで、何を言いたいのか解らなかったけど、その中で一番強い想いを口に出すと腰に手を回され、勢いよく抱き抱えて立ち上がる。
その勢いに涙が少しだけ飛んでいって、アレス様の顔がよく見えた。
変わらず私を下から覗き込んでいるアレス様。
だけどさっきとは違い、私の零れ落ちた涙が赤い目を濡らし、今まで見たことのない笑顔を浮かべていた。

「勿論だ…。ああっ、勿論だとも! 俺だけに恋をして、俺だけを愛してくれッ!」

そう言って強い力で私を抱き締める。

「最高の告白をありがとう。シルフレイヤ・アティルナ公女、俺と最初で最後の恋をしよう!」
「ッはい!」

私の涙で彼の瞳を濡らしたのではなく、彼が嬉しくて泣いていることに気が付く事ができなかった。
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