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第一章
49.
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三日間の狩猟大会が終わり、結果発表の四日目お昼。
予想していたけどセティお兄様もテュールお兄様も、最終日は帰って来るのがかなり遅かった。
でも満足のいく狩猟ができたのか、朝食の際に顔を合わせるととても機嫌が良さそうに今回の成果について色々話してくれた。
今回の狩猟大会には、北部の王カリュオン家からサルトラ様と、それに仕える五大侯爵家のメルリル侯爵オットライト家。
そして狩猟大好きな南部の侯爵家である我が家のみ。
あとは他領地の伯爵家と子爵家などが参加している。
去年は他の五大侯爵家も参加していたけど今年は不参加。だからお兄様達は今年こそ優勝できる!と張り切っていた。
優勝したら一年だけ北部の王カリュオン家に認められた「キング」という称号・名誉を与えられる。
それとは別に北部のみで採掘される「雪月花」という高価な宝石も一緒に贈られる。
とても貴重かつ幻想的なその宝石は、狩猟大会の景品でしか手に入らないもので、独身貴族の男性が意中の女性にプロポーズするため必死になって手に入れようとしている。
でも北部の人間も参加するので、雪に慣れない他領地の人達が滅多にそれを手に入れることができず、余計に希少性が上がっている。
「5位、テュール・アティルナ卿」
「だぁぁあああクソッ! 今年も駄目だった!」
「5位でも十分凄いですよ。おめでとうございます、テュールお兄様」
「優勝できたら今度こそ可愛い恋人ができたはずなのに…」
「来年頑張ろうな」
午前中のうちにテントを片付け、昼食後に閉会式が行われる広場へと向かう。
そこで狩ってきた動物・魔獣の数と、その希少性などをポイント化にし発表される。
10位から順番に発表されるのだけど、あれだけ頑張ったテュールお兄様が5位だった。初日にほとんど何もできなかったものね…。
落ち込むお兄様に声をかけても反応がなかったけど、セティお兄様が頭を撫でると一睨みしたあと、盛大な溜息を吐いて黙った。
あと呼ばれていないのは、アレス様とセティお兄様、サルトラ様…。あともう一人は誰だろう?
「4位、ミリガン・オットライト卿」
「おっ、第二騎士団副団長じゃん。っていうかあいつが上位に入っているってことは…。兄さん、もしかして俺より…?」
「ははっ。テュール、タウンハウスに戻ったら解らせてあげるね」
「めちゃくちゃ解りやすい冗談だっただろ!」
「冗談が過ぎます…」
穏やかで冷静だけどアティルナ家一番の負けず嫌いであるセティお兄様に、冗談でもそんなこと言わないで下さい…。
それにセティお兄様は今年本気で優勝を狙っている。
来年、私の成人式が終わったあとグリトニル様と結婚式を挙げる予定だから「雪月花」を手に入れて贈りたいと言っていた。
セティお兄様にも優勝してほしいけど、個人的にはアレス様にも優勝してほしい。
複雑な気持ちでアレス様がいる第二騎士団の集まりに目を向けると、堂々とした姿で発表を待っているのが見えた。
「横顔も素敵だなぁ…」
「やったなシル! あいつ3位だってよ!」
「え?」
横顔のアレス様に見惚れていたせいで発表を聞き逃してしまった。
慌てて檀上を見上げると、カリュオン公爵から景品を貰っている3位入賞者……サルトラ様を見ると悔しそうな表情を浮かべていた。
「(右手に包帯を巻いてる…? 庭でもある狩場で怪我でもしたのかな)」
不思議に思いながらも小声で「ざまーみろ」と笑い、私の頭を肘置きにしているテュールお兄様を手で払う。
最近私の身長が伸びて、丁度いいからって肘置きは止めてほしい。
「そして、今年の優勝者は」
2位と1位の発表となると優勝者の名前が先に呼ばれる。
誰もが今年の「キング」と言う名誉、そしてあの宝石を手に入れるのは誰かその場にいた全員が固唾を飲み込んだ。
結婚を控えているセティお兄様にも優勝してほしい。婚約者であるアレス様に優勝してほしい!
「アレス・ルードラ・セヴァイス太公殿下」
「うげッ!」
「チッ」
「そして2位はフォルセティ・アティルナ卿」
どっちにも優勝してほしかったけど、今年の優勝はアレス様に決まった。
テュールお兄様は心底嫌そうに、セティお兄様は珍しく舌打ちをして拍手を送ろうともしない。
残念だったけどアレス様が優勝できて私まで嬉しくなり、二人にバレないよう拍手を送る。
檀上に上がる姿に見惚れていると、バチッと視線が合った。
とても嬉しそうな……何かを企んでいるかのようなあの意地悪な笑顔で私を見ている…。
あの笑みにいい思い出はない…。先程まで嬉しさに溢れていたのに今は寒気が…!
無意味だと解っていてもテュールお兄様の背後に隠れ、カリュオン公爵との会話に耳を傾ける。
「さすがは王弟殿下…いえ、トラキア大公殿下。希少性の高い魔獣や動物、全て含めて圧倒的でした」
「初めての狩猟大会だったのでつい本気を出してしまいました。ところでカリュオン公爵、これらの獲物を全て捧げたい方がいるのですが宜しいですか?」
「捧げたい?」
「私の婚約者に全ての獲物を捧げます」
「……」
「狩った獲物をどうするかはその本人に任せると書かれていますし、譲渡禁止とも書かれていませんよね?」
「それはそうですが…」
「ありがとうございます。―――シルフレイヤ・アティルナ公女」
拡声魔法のお陰でこの広場にいる全員に聞こえた。
唐突に名前を呼ばれたけど、ざわつく周囲の声で聞こえないフリをして次第に集まる視線をテュールお兄様で遮る。
そんな中、誰かの足音が近づいて来るのが気配で解り、羞恥心と緊張で泣きそうになる。
「今年のキングをシルに贈ろう」
いつもだったらテュールお兄様がアレス様の邪魔をするのに、今回はサッと離れる。何故!?
きっと真っ赤になっている私の目の前に膝をつき、手を差し出すアレス様…。
北部令嬢からは殺気、西部令嬢からは好奇心の視線にさらに顔が赤くなって、再度テュールお兄様の元に逃げようとするも、背中を押されてアレス様に差し出される。
「てゅ、てゅーるおにいさま!?」
「檀上までエスコートしよう」
痛くないほどの力で手を握られ、無理やり檀上へと歩かされる。
後ろを振り返ると、ムスッとした顔のテュールお兄様が睨んでいた。なら何故止めてくれないの!
様々な視線に耐え、想像していなかった展開に混乱しつつ檀上へ辿り着くと、私と同じく困惑しているカリュオン公爵と目が合う。
同じく檀上にいたセティお兄様に助けを求めるようジッと見つめても、テュールお兄様同様助けてくれる様子はない。
確かにルール違反をしているわけではない。だからと言って誰かに獲物を譲るなんて今まで誰もしたことがない!
「アレス様…」
「とにかく受け取ったほうがいいんじゃない?」
顔を見るとことなく震える声を出すと、肩に手を添え、私だけに聞こえる声で囁く。
「…では…。改めて今年の「キング」…いや、「クイーン」をシルフレイヤ・アティルナ公女に捧げる。優勝おめでとう」
「…っありがとうございます…!」
もっと丁寧なお礼を言えばよかった。でも真っ白な頭ではこれを言うだけでいっぱいだった…。
優勝した証である白銀の短刀と「雪月花」が入った箱が渡される。
こ、これからどうしたら…?受け取ったら戻っていいよね?いや、アレス様がいるから……え、え?なに、なにをしたらいいの!?
「大丈夫だよシル。戻ろうか」
カリュオン公爵にお礼を言うとすぐにアレス様に手を握られ、テュールお兄様の元までエスコートしてくれた。
今ちゃんと歩けてる?足が震えを通り越してよく解らない状態になってる…。
「ごめんねシル。困らせてもいいから名誉も宝石も贈りたかったんだ」
「困らせていいわけねぇだろ! シルはお前と違って目立つのが苦手なんだ!」
「知ってるけど、シルが俺の婚約者だってことをここにいる全員に自慢したかったんだ。恥ずかしいは抜きにしてどう? 未来のお嫁さん」
手の甲にアレス様の唇が触れた。
正直に言うと…とても…とても嬉しい。嬉しすぎて泣きたいし、抱き着きたいと思ってしまう…。
ああやって私をアレス様の婚約者だって言ってくれることも、普通だったら女性に贈るのは宝石のみで、名誉である称号まで贈ってくれたことも…!
それらの行動全てが、私を愛していると言う表現だから……。とてつもなく嬉しくて…!
「…っ…」
好きです、アレス様。
最初は殺されると思って線を引いていたし、政略結婚や私の魔法があるから何も期待していなかった。
だけど今までのアレス様の気遣いや仕草、声や微笑み…。その全てが好きです。
誰になんと言われようとこれは恋だ。
私はアレス様の傍にいたいし、もっとアレス様に愛されたい。そう強く思ってしまう。求めてしまう。
「……とても…嬉しいです。ありがとうございますっ…、未来の旦那様…!」
予想していたけどセティお兄様もテュールお兄様も、最終日は帰って来るのがかなり遅かった。
でも満足のいく狩猟ができたのか、朝食の際に顔を合わせるととても機嫌が良さそうに今回の成果について色々話してくれた。
今回の狩猟大会には、北部の王カリュオン家からサルトラ様と、それに仕える五大侯爵家のメルリル侯爵オットライト家。
そして狩猟大好きな南部の侯爵家である我が家のみ。
あとは他領地の伯爵家と子爵家などが参加している。
去年は他の五大侯爵家も参加していたけど今年は不参加。だからお兄様達は今年こそ優勝できる!と張り切っていた。
優勝したら一年だけ北部の王カリュオン家に認められた「キング」という称号・名誉を与えられる。
それとは別に北部のみで採掘される「雪月花」という高価な宝石も一緒に贈られる。
とても貴重かつ幻想的なその宝石は、狩猟大会の景品でしか手に入らないもので、独身貴族の男性が意中の女性にプロポーズするため必死になって手に入れようとしている。
でも北部の人間も参加するので、雪に慣れない他領地の人達が滅多にそれを手に入れることができず、余計に希少性が上がっている。
「5位、テュール・アティルナ卿」
「だぁぁあああクソッ! 今年も駄目だった!」
「5位でも十分凄いですよ。おめでとうございます、テュールお兄様」
「優勝できたら今度こそ可愛い恋人ができたはずなのに…」
「来年頑張ろうな」
午前中のうちにテントを片付け、昼食後に閉会式が行われる広場へと向かう。
そこで狩ってきた動物・魔獣の数と、その希少性などをポイント化にし発表される。
10位から順番に発表されるのだけど、あれだけ頑張ったテュールお兄様が5位だった。初日にほとんど何もできなかったものね…。
落ち込むお兄様に声をかけても反応がなかったけど、セティお兄様が頭を撫でると一睨みしたあと、盛大な溜息を吐いて黙った。
あと呼ばれていないのは、アレス様とセティお兄様、サルトラ様…。あともう一人は誰だろう?
「4位、ミリガン・オットライト卿」
「おっ、第二騎士団副団長じゃん。っていうかあいつが上位に入っているってことは…。兄さん、もしかして俺より…?」
「ははっ。テュール、タウンハウスに戻ったら解らせてあげるね」
「めちゃくちゃ解りやすい冗談だっただろ!」
「冗談が過ぎます…」
穏やかで冷静だけどアティルナ家一番の負けず嫌いであるセティお兄様に、冗談でもそんなこと言わないで下さい…。
それにセティお兄様は今年本気で優勝を狙っている。
来年、私の成人式が終わったあとグリトニル様と結婚式を挙げる予定だから「雪月花」を手に入れて贈りたいと言っていた。
セティお兄様にも優勝してほしいけど、個人的にはアレス様にも優勝してほしい。
複雑な気持ちでアレス様がいる第二騎士団の集まりに目を向けると、堂々とした姿で発表を待っているのが見えた。
「横顔も素敵だなぁ…」
「やったなシル! あいつ3位だってよ!」
「え?」
横顔のアレス様に見惚れていたせいで発表を聞き逃してしまった。
慌てて檀上を見上げると、カリュオン公爵から景品を貰っている3位入賞者……サルトラ様を見ると悔しそうな表情を浮かべていた。
「(右手に包帯を巻いてる…? 庭でもある狩場で怪我でもしたのかな)」
不思議に思いながらも小声で「ざまーみろ」と笑い、私の頭を肘置きにしているテュールお兄様を手で払う。
最近私の身長が伸びて、丁度いいからって肘置きは止めてほしい。
「そして、今年の優勝者は」
2位と1位の発表となると優勝者の名前が先に呼ばれる。
誰もが今年の「キング」と言う名誉、そしてあの宝石を手に入れるのは誰かその場にいた全員が固唾を飲み込んだ。
結婚を控えているセティお兄様にも優勝してほしい。婚約者であるアレス様に優勝してほしい!
「アレス・ルードラ・セヴァイス太公殿下」
「うげッ!」
「チッ」
「そして2位はフォルセティ・アティルナ卿」
どっちにも優勝してほしかったけど、今年の優勝はアレス様に決まった。
テュールお兄様は心底嫌そうに、セティお兄様は珍しく舌打ちをして拍手を送ろうともしない。
残念だったけどアレス様が優勝できて私まで嬉しくなり、二人にバレないよう拍手を送る。
檀上に上がる姿に見惚れていると、バチッと視線が合った。
とても嬉しそうな……何かを企んでいるかのようなあの意地悪な笑顔で私を見ている…。
あの笑みにいい思い出はない…。先程まで嬉しさに溢れていたのに今は寒気が…!
無意味だと解っていてもテュールお兄様の背後に隠れ、カリュオン公爵との会話に耳を傾ける。
「さすがは王弟殿下…いえ、トラキア大公殿下。希少性の高い魔獣や動物、全て含めて圧倒的でした」
「初めての狩猟大会だったのでつい本気を出してしまいました。ところでカリュオン公爵、これらの獲物を全て捧げたい方がいるのですが宜しいですか?」
「捧げたい?」
「私の婚約者に全ての獲物を捧げます」
「……」
「狩った獲物をどうするかはその本人に任せると書かれていますし、譲渡禁止とも書かれていませんよね?」
「それはそうですが…」
「ありがとうございます。―――シルフレイヤ・アティルナ公女」
拡声魔法のお陰でこの広場にいる全員に聞こえた。
唐突に名前を呼ばれたけど、ざわつく周囲の声で聞こえないフリをして次第に集まる視線をテュールお兄様で遮る。
そんな中、誰かの足音が近づいて来るのが気配で解り、羞恥心と緊張で泣きそうになる。
「今年のキングをシルに贈ろう」
いつもだったらテュールお兄様がアレス様の邪魔をするのに、今回はサッと離れる。何故!?
きっと真っ赤になっている私の目の前に膝をつき、手を差し出すアレス様…。
北部令嬢からは殺気、西部令嬢からは好奇心の視線にさらに顔が赤くなって、再度テュールお兄様の元に逃げようとするも、背中を押されてアレス様に差し出される。
「てゅ、てゅーるおにいさま!?」
「檀上までエスコートしよう」
痛くないほどの力で手を握られ、無理やり檀上へと歩かされる。
後ろを振り返ると、ムスッとした顔のテュールお兄様が睨んでいた。なら何故止めてくれないの!
様々な視線に耐え、想像していなかった展開に混乱しつつ檀上へ辿り着くと、私と同じく困惑しているカリュオン公爵と目が合う。
同じく檀上にいたセティお兄様に助けを求めるようジッと見つめても、テュールお兄様同様助けてくれる様子はない。
確かにルール違反をしているわけではない。だからと言って誰かに獲物を譲るなんて今まで誰もしたことがない!
「アレス様…」
「とにかく受け取ったほうがいいんじゃない?」
顔を見るとことなく震える声を出すと、肩に手を添え、私だけに聞こえる声で囁く。
「…では…。改めて今年の「キング」…いや、「クイーン」をシルフレイヤ・アティルナ公女に捧げる。優勝おめでとう」
「…っありがとうございます…!」
もっと丁寧なお礼を言えばよかった。でも真っ白な頭ではこれを言うだけでいっぱいだった…。
優勝した証である白銀の短刀と「雪月花」が入った箱が渡される。
こ、これからどうしたら…?受け取ったら戻っていいよね?いや、アレス様がいるから……え、え?なに、なにをしたらいいの!?
「大丈夫だよシル。戻ろうか」
カリュオン公爵にお礼を言うとすぐにアレス様に手を握られ、テュールお兄様の元までエスコートしてくれた。
今ちゃんと歩けてる?足が震えを通り越してよく解らない状態になってる…。
「ごめんねシル。困らせてもいいから名誉も宝石も贈りたかったんだ」
「困らせていいわけねぇだろ! シルはお前と違って目立つのが苦手なんだ!」
「知ってるけど、シルが俺の婚約者だってことをここにいる全員に自慢したかったんだ。恥ずかしいは抜きにしてどう? 未来のお嫁さん」
手の甲にアレス様の唇が触れた。
正直に言うと…とても…とても嬉しい。嬉しすぎて泣きたいし、抱き着きたいと思ってしまう…。
ああやって私をアレス様の婚約者だって言ってくれることも、普通だったら女性に贈るのは宝石のみで、名誉である称号まで贈ってくれたことも…!
それらの行動全てが、私を愛していると言う表現だから……。とてつもなく嬉しくて…!
「…っ…」
好きです、アレス様。
最初は殺されると思って線を引いていたし、政略結婚や私の魔法があるから何も期待していなかった。
だけど今までのアレス様の気遣いや仕草、声や微笑み…。その全てが好きです。
誰になんと言われようとこれは恋だ。
私はアレス様の傍にいたいし、もっとアレス様に愛されたい。そう強く思ってしまう。求めてしまう。
「……とても…嬉しいです。ありがとうございますっ…、未来の旦那様…!」
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