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第一章

44.

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「あー疲れた」

昨日のこともあって、またシルが危険な目に合っていないか不安だったが、今日は何事もなく楽しそうなお茶会を満喫していた。
あれだけ牽制したし、フォルセティがどうにかしたから大丈夫だとは思っていたが、不安が拭えず神経を張り巡らせていた。
決してシルが悪いわけじゃない。
でも久しぶりに前のように神経を使ったせいで変に疲れていた。

「シルは今日も可愛かった」

友達に向けるシルの笑顔は普段では見れない幼い笑顔だった。あの笑顔も癒される。
敬語を使わないシルも新鮮だったし、たくさん喋るシルも可愛かった。耳が幸せ。
マルスの視界を通じて見たお茶会には、数名の女がいたけどシルが一番可愛かったのを改めて確認できたのもよかった。
疲れたとは言え狩猟大会は順調だし、明後日になればシルに会える。
どうせ片づけやらなんやらあるが、それぐらいなら俺がいなくてもどうにでも出来そうだしシルと一緒に帰りたい。
秋が終われば帝都で雪祭りもある。それが過ぎて春になれば、ようやくシルの成人式だ。
まだ結婚はできないけど成人式が終わればシルは子供じゃなくなって、婚約式を挙げられる。

「会いてぇ…」

考えれば考えるほど会いたくなる。
シルに会うと心の底から全てが満たされる。俺の傍にいると安心できる。
ずっと…変わらず笑顔でいられるようにと強く願ってしまうほど愛しい存在。
こんな満たされる感情を得たことがないから、余計に執着しているのも自覚している。
早く狩猟大会終わんねぇかなぁ。そしたらここにいる全員にシルは俺のものだって―――。

「ッシルが危ない!」

またシルに贈ったブレスレットから気配を感じた。
シルに渡した銀色のブレスレットには、自分が転移する魔法と、シルが俺の元に転移する魔法がかけられている。
本当は防御魔法や攻撃魔法も勝手に発動するようにしたかったが、そんなことしたらシルを汚い血で汚してしまう。それより俺が転移したほうが早い。
その魔法が発動した。これは俺の元に転移する魔法だ。
確実に自分の元に転移してくるように座標をベッドの上に指定すると、魔法陣とともに可愛いドレスに身を包んだシルが現れた。

「シルッ!」

シルに危険が迫った。
何があった。何をされた!?
怪我をしていないか、ちゃんと息をしているか確認の為に近づき、口元に掌をかざすと呼吸しているのが解って安堵する。
血の臭いもしないし、ただ眠っている……気絶しているようだった。

「よかった…」

力が抜け、再度表情を見ると少しだけ顔色が悪く見える。
乱れた髪の毛を簡単に整えようと触れると、ほんのり冷たかったので魔法で温めてあげる。
何でこんな時間に転移した?あの魔法はシルに危険が迫ったら発動するものだ。でもシルはいい子だからこんな遅くに外に出るようなことはしないはず…。
もしかしてまたあの男が?
いやさすがにそこまで馬鹿じゃないか。………いや馬鹿だな。

「ん……」
「シル!」

シルをこんな目に合わせた相手に、古今東西の思いつく拷問を思い浮かべているとシルが動き出した。
いつものきちんとした表情ではなく、眠そうなダルそうな沈んだ顔で俺を見上げてくる。
あどけなくて可愛い。

「………あ…れすさま…?」
「身体は大丈夫? どこか痛いところは?」
「いたい……。―――っアレス様、申し訳御座いません! ロキ皇太子殿下が!」

舌足らずな喋り方もいいなぁ、とてつもなく愛しい。守りたくなる可愛さ。保護すべき人間。
と思ったら唐突に起き上がり、ロキの名前に首を傾げる。何でロキの名前がここで?
慌てた様子でさっきまでの出来事を話すも、寝起きと混乱のせいでいまいち解らない。解らないが、

「とにかく落ち着いて。泣かないでくれ」
「ごめんなさい…! 陽も暮れていたのにっ…なん、なんであんな危ないことを…ッ! なんっで…。ううっ…死ぬ……。死ぬかと思った…!」

泣いて欲しくない。
幼い子供のようにポロポロと涙を流し、何度も何度も謝罪を続けるシルになんて言葉をかけていいか解らない。
せめて少しでも落ち着けるように頭を撫で、背中を擦ってあげると次第に落ち着いいく。
泣いてる顔も可愛いと思うけど、涙を見ると心を鷲掴みされたかのように痛む…。

「とにかく今は休め。フォルセティには俺から連絡しておく。事情は―――お前が教えてくれるよな?」

入口に視線を向けると小さな影がビクリと飛び跳ねる。

「ロキ皇太子殿下!」
「おやすみ、シル」

無理やり魔法で眠らせるとフッと意識を失い、後ろに倒れるのを支えてゆっくりベッドに身体を預ける。
乱れた前髪を軽く整えてシーツをかけてあげる。とにかく休んでほしい。

「で、シルに何をした」

シルがいなくなったことであの兄二人が騒ぎを起こしたらシルが困るので、紙とペンを取り出して現状を綴って魔法で外へと飛ばす。
手紙と入れ替えで中に入って来たのは甥のロキ。
黒い外套で目立たない恰好を見て、お忍びで北部まで来たことを察する。ロキは一人息子だろ、お忍びで北部に行くことを許可すんな。

「ごめんなさい叔父上…。僕がアティルナ公女に無理を言って……その…。道に迷って…アティルナ公女が崖から…」
「お前の事情はどうでもいい。だが、シルを危険な目に合わせるならお前であろうと殺すぞ」
「―――」

子供であろうと甥であろうとどうでもいい。それで兄上に嫌われたとしてもシルの命となれば些細な犠牲だ。
シルを死なせたくない。ずっと……出会ってから何度も願っている不変の願いだ。
本気の脅しにロキの顔色が悪くなるが少しも罪悪感が湧かない。
それどころか……。何故だろう、ロキを見ると沸々と湧いてくる。

「(殺したい)」

サルトラなんかより溢れ出す殺意が止められない。
今ここでコイツを始末しないといけない。
早く殺したい。今ここで殺しておきたい。シルを困らせることになってでもいいからコイツとここで殺さないといけない。

「申し訳御座いません、アレス叔父上!」
「ッ!」

俺の殺気でガクガクと震え、その場に膝をついて涙を流しながら懇願された瞬間、意識を取り戻した。
おかしい。何であんなに殺意を……憎悪をロキに抱いたんだ。
シルを危険な目に合わせたことに対しては怒っている。怒っているが今まで可愛がっていた甥を殺すほどじゃない…。
ブレスレットのお陰でシルは無事だったし…。
……渡していなかったら?あの夜外していたら?
ああ、早くコイツを殺したい。殺せ!

「もうこのような勝手なことはしません! ごめんなさい…。ごめんなさいアレス叔父上…!」

頭が痛む。
名前で呼ばれると全部を許したいのに、シルのことを思えば許してはいけないと誰かが忠告してくる。
―――違う。この痛みと不快感はあれだ。「魔力過剰症(マギアシンドローム)」の症状だ…。

「……」
「お許し下さいアレス叔父上…」
「はぁ…。もういい…。お前はシルに近づくな」
「はい…。謝罪もお手紙だけにしておきます…。それだけはお許し下さい…」
「解った、許す。ほらもう帰れ。んでもって明日の朝になったらさっさと北部から引き揚げろ」
「…解りました」

近くに置いていたタオルを投げ渡すと素直に頷いてテントから出て行く。
テントの外に護衛の気配を感じていたから大丈夫だろ。
未だズキズキと痛む頭を抱え、シルの眠るベッド脇に腰を下ろす。
顔色も悪くない。呼吸も正常。涙で汚れた頬以外は綺麗なまま…。よかった、本当によかった…。

「崖から落ちて転移魔法が発動したってことだよな…」

泣いて事情を説明したシルと、ロキの言葉を合わせて整理した結果、その答えに辿り着いた。
シルのテント近くには崖なんてない。あると言えば少し離れた場所に魔獣が蠢く峡谷だけ。
わざわざ夕方にそこへ行く理由は?シルはそんなところに行かないし、兄達からも行かないよう強く言われている。
それに彼女は俺より北部に来た回数も多い…。
約束を違えるほどの悪い子でも、好奇心が強いわけでもない。なのに何故?
ロキが誘ったからとは言え、彼女は皇帝の剣と言われるアティルナ家の公女だ。わざわざ皇族を危険な場所へ連れて行くはずない。ロキに言われても全力で阻止するに決まっている。

「作為的なものか…?」

誰が?サルトラが?それとも俺に恨みを持つ奴が…?
確かに恨みは誰よりも多いが、ロキの言葉を聞く限り今回の原因はロキに―――。

「くそっ…! また頭が…」

生まれてから最近までこの頭痛に悩まされていたのに、シルのお陰ですっかり忘れていた懐かしい痛みに、吐き気が込み上げる。
詳細はまた明日落ち着いたシルから聞くことにして、俺も寝れるか解らないが目を瞑ろう。
机に立て掛けていた剣を手にし、再度ベッド脇に腰を下ろす。
本当はシルを抱き締めて一緒に眠りたいが、さすがにしない。
欲望に負けそうになったが無理やり目を瞑ると次第に頭痛も引いていき、シルの呼吸音を子守歌に眠りについた。
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