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第一章

43.

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「お嬢様、今日のドレスもよくお似合いですよ」
「ありがとう、リサ」

昨日はサルトラ様に出会ってしまい、狩猟大会どころではなくなってしまった。
そのせいで収穫は二羽のウサギのみ。あれ以上粘ったとしても大した成果は得られなかっただろうから仕方ないか。
テントに戻るとテュールお兄様にはたくさん謝られたけど、転移魔法を使われたのだから仕方がない。
転移は高位魔法に分類される複雑なのものなのに、いつの間に使えるようになったんだろうか…。今まで見たことがなかったから油断していた。
それより、少しは強くなっていたと思っていた自惚れていた私が悪い。あの人を目の前にすると萎縮して何もできなかった…。
アレス様に事情を聞いたと言うセティお兄様に慰められたけど、騎士団団長の娘が弱いなんてどうする。
悔しい。強くなりたい、知識を得たい、立派な淑女になりたい。何でまだ私は14歳なんだ…。早く大人になって強い人間になりたい。

「はぁ…」

昨日の件をセティお兄様からカリュオン公爵家に説明したらしく、今回も謝罪して頂いた。
カリュオン公爵も夫人も何も悪くないのに毎度毎度…。
精神的に参ったのと、雪道で疲れたのか昨日はいつの間にか寝入ってしまい、狩猟大会二日目を迎えた。
早く寝たお陰で、頭も心も昨日よりはスッキリしていたので気持ちを切り替え、お茶会用のドレスに着替える。
寒冷地用のドレスにモコモコのケープ。
セティお兄様が「ウサギみたいで可愛いよ」と褒めてくれた。私自身も気に入っている。

「今日の午前中はミミリック伯爵令嬢のお茶会でしたよね?」
「そうなの。久しぶりにシージャ様に会うから凄く楽しみ」

今日は同じ南部領に属するミミリック伯爵令嬢のお茶会に参加することになっている。
元々お茶会に誘われていたし、ミミリック伯爵令嬢ことシジャミュール・ミミリック。通称シージャ様とは昔からの友人。
他にも共通の友人が二人もいるから楽しみで仕方なかった。
彼女達も根が優しくほんわかしてて癒されるから皇太子妃候補に推薦したい。
でもその前に彼女達の気持ちを聞かないと…。もしかしたら会っていない間に婚約者ができているかもしれないものね。

「さぁ完璧に終わりましたよ。騎士達を連れて来るので少々お待ち下さい」

リサは滅多にお茶会に参加しない私を着飾ることができて楽しいらしく、朝から上機嫌。
足取り軽く騎士を呼びに行く。あまりにも軽い足取りに思わず笑ってしまった。
今日は楽しく過ごせるだろうなぁ…。
この数か月はアレス様としか会っていなかったし、婚約の件も心配していた。きちんと報告しよう。
あとマルスも紹介したい。きっと彼女達も可愛がってくれる!
足元で元気に飛び跳ねているマルスを抱きあげると、護衛騎士が迎えに来てくれたので、楽しみにしていたお茶会へと向かった。







「お嬢様、ご機嫌ですね」
「うん。だって久しぶりに皆と会えたし、とても楽しかったの! 皆もマルスを可愛がってくれたし、あとアレス様のこともお話できて…。皆喜んでくれたわ」

招待されたお茶会は当たり前だけど文句のつけどころがないぐらい楽しかった。
仲のいい友達に囲まれ、美味しいお茶とお菓子を堪能して、心配されていたアレス様の件を報告すると自分のことかのように祝福してくれた。
でも残念なことに全員に婚約者ができていた。あんなに優しい人達だもん、当たり前だよね。
その代わりシージャ様の妹が皇太子に興味を持ってくれた。年齢は9歳でちょっぴり元気すぎるけど素直な子だった。
シージャ様の妹ならきっといい子に違いない。
他にも南部領の令嬢を推薦したいけど、今回はあの子かな?軽率すぎ?

「ではご夕食までごゆっくりお休み下さい」
「ありがとう、リサ」

満足のいく楽しいお茶会が終わり、夕方前にはアティルナ家のテントへと戻って来た。
自室のベッドより小さめのベッドに腰をおろし、一息つくと思った以上に力が抜ける。
楽しいことは楽しいけど、彼女達を観察しないという役目と申し訳ない気持ちで無意識に緊張していたのかな?
うん、でも今日はとてもいい日だった。とても平和だった。
だからこそ余計にサルトラ様と出会った初日がフラッシュバックする…。
サルトラ様の殺気を思い出して嫌な気持ちになるけど、助けてくれたアレス様を思い出しては何度も救われる気持ちになる。

「かっこよかったなぁ…」

本でよく読むような、危ないときに助けてくれる王子様みたいだった。
あの時ばかりは助けられる気持ちがよく解った。とても嬉しいし、とても安心する。
反芻するたびに胸がキュウと苦しくなって、いつもの言葉に表現できない感情が溢れてくる。
好き。
その言葉しか出てこない。
前は解らなかったけど、リサに聞いた「恋」とはこの気持ちに間違いないと思う。
そう思うけど……。まだ不安なところはある。本当に恋?と考えてしまうことが何度もある。
だって私は恋なんてしたことがない。恋をしたら幸せになれると本で読んだ。リサも言っていた。なのに私はどこか不安な気持ちを抱いている。
何が不安なのか解らない。不安という言葉が合っているのかも解らない…。これは本に関係ないと思いたい。
もっと実感が欲しい。これが「恋」だと言う実感が欲しい。誰かにそう告げてほしい…!

「落ち着こう…。考え込むのは私の悪い癖だ…。別のことをしよう」

アレス様のことを考えると今すぐにでも会いたくなるし、前みたいに抱き締めてもらいたいと思ってしまう。
そんな邪な気持ちを忘れるべく、皇帝陛下に報告するために紙を広げ、ペンを握る。
友達や友達の妹に対してこんなことを報告するのは本当に気が引けるけど、軽く聞いた限りシージャ様やその友達、さらにその友達もロキ皇太子に対して好意的だった。
皇族のみに与えられた美しい銀髪にルビーのような赤い目。そして穏やかな雰囲気と思わずつられる純粋な笑顔。
さすがは主人公と言うべきか。惚れない女性などいないほど完璧な容姿と性格だ。嫌いにならない訳がないよね。

「―――ん?」

名前と性格、個人の主観を入れた感想を綴りながらロキ皇太子のことを思い出していると、背筋に寒気が走る。
確かにここは北部で、テント内にいても寒いけど暖炉のお陰で震えるほどじゃない。
強烈な違和感にテント内を見回すけど、変わった様子はない。マルスも大人しくベッドで寝ている。
なのにどんどんと不安…恐怖が募る。テント内にいたくない。
昨日のこともあったからサルトラ様が?と思ったけど、さすがに違うと思いたい。
ペンを置いて近くに置いてあった剣を手に、周囲の警戒を強めるとベッド近くに小さな影が映っていた。

「アティルナ公女」
「その声は……。えッ、まさかロキ皇太子殿下!?」

小声だったけどその声の主に気づき、慌てて近寄ると再度私の名前を呼ばれた。

「皇太子殿下、何故北部へ!?」
「少し事情があって…。その…申し訳ありませんが外に出て来てもらえませんか?」

狩猟大会に皇帝陛下が参加することはない。勿論それは息子である皇太子殿下もだ。
本来なら帝都にいるはずの方が何故北部に?しかも私のテントに?
入口で護衛している騎士達には適当な理由と強い命令で外に出ることを見逃してもらい、テントの裏側に回る。
そこには外套を羽織り、フードで顔を隠したロキ皇太子殿下が立っていた。勘違いであってほしかった…。
チラリと見える赤い目にロキ皇太子だと確信し、無言のまま近くの草陰を指差して身を隠した。

「何故殿下が北部へ?」

ここなら誰も来ないから大丈夫。
一応屈んでもらって小声で話すと、フードをとってニコリと笑顔を浮かべた。

「アティルナ公女にボクのお嫁さんを探してもらってると聞いて…。そ、それに狩猟大会もずっと気になって…」
「だからと言って……。も、もしかしてお一人ですか!?」
「あ、父からは許可を得ています。護衛も近くに控えているのでご安心下さい」
「それでしたら…」

いやいや。それでもこんなお忍びで来ていい場所じゃない。
肯定してしまいそうになったのを首を左右に振って捨て去り、ジッと目を見ると私の気持ちが伝わったのか残念そうに目を伏せられた。
ズキリと心が痛む。

「もう夕方です。暗くなる前にお戻り下さい」
「でも…。自分のお嫁さんになるかもしれない子を実際に見たくて…」
「護衛がついているのであれば大丈夫でしょうけど、ここは魔獣がいる場所です。夜になれば活発的になります」
「あのねシルフレイヤ嬢。僕もシルフレイヤ嬢のようなしっかりとした人と婚約したいと思ってるんだ。だからシルフレイヤ嬢が薦める令嬢に今から会いたいんだけど……。ダ、ダメかな…?」

ウルウルとした目でこてんと首を傾げる仕草はとてつもなく可愛く見える。
こんなこと思うのは不敬だけど、弟がいたらこんな気持ちになるんだろうか。
アレス様が可愛がっている気持ちがとてもよく解った。

「ですがもう令嬢達もお休みでしょうし…。あまり動き回るのは…」
「シルフレイヤ嬢、少しだけでいいんです。お願いします!」

両手を握られ、ジッと見つめられてお願いされると……何も言えなくなった…。
少し…ぐらいなら大丈夫だよね。気配は感じないけど護衛もいるって言ってるし、婚約者候補を自分の目で見たいって気持ちも解る…。
そうだよね。未来の主であるロキ様のご命令だもの。アティルナ家の人間として、その願いをきちんときかなければ…。

「わかりました…。ここから近くにテントを張っているシージャ様のテントにご案内致します」
「ありがとうございます。シルフレイヤ嬢!」

まるでパッとお花が咲くように綺麗な笑顔を浮かべ、握られた手に力がこもる。
夕食までは誰も呼びに来ないだろうし、シージャ様のテントまでは本当に近くだから報告しなくても大丈夫だよね?ロキ様と一緒だしきっと問題ない。

―――問題ないよね?

あれ?何で了承してしまったんだろう…。
いくら未来の主であっても、皇太子がここにいるのは危険すぎる。
ここは命令を聞く場面じゃない。きちんと諫めて、嫌われてもいいから戻るよう進言するのが正しい。

「ロキ皇太子殿下。やはり「シルフレイヤ嬢。ご兄弟にバレて騒がれたらいけないので、このまま草陰を通って行きましょう!」

グイッと引っ張られ、楽しそうな声で「早く!」と急かされる。
……ううん。近場だし、やっぱり主の命令を聞くのが正しい。
それでもお忍びという事実に不安を抱えながら、シージャ様が休むテントに向かって歩き出す。
その頃には既に周囲は暗くなっていた。
ランプを持って来ようとしたけどロキ様に急かされたので、危険がないよう私が先に歩く。
幸い夜目は利くし、テント周辺の道はしっかり覚えている。シージャ様のテントにも迷うことなく到着できるから問題なし。

「シルフレイヤ嬢。シージャ様はどのようなお方なのですか?」
「あ、シージャ様には既に婚約者がいらっしゃいます。ですが彼女の妹がとても朗らかで可愛らしいお方なんです!」

向かっている最中に、仲のいい彼女達に少しでも好意を持ってもらいたく、色々なことを話した。
皇族にこんな喋り続けるなんて普段の自分だったらありえない。
初対面の時だって緊張して、まともに喋れなかった。なのに今は昔の友達に会ったかのようにペラペラと口が回る。
そのせいか、すぐに到着する予定だったはずの目的になかなか到着できず、その事実に気づいて振り返ろうとした瞬間、何かに足を取られ虚空に投げ出される。

「シルフレイヤ嬢!」

名前を呼ばれそちらに顔を向けると、暗い森の中に光る赤い目。
手を伸ばして私を助けようとしていたけど、空を掴み、私は下へ下へと落ちて行く。
何が起こったか解らなかった。ただ自分が下に落ちているということしか解らなかった。
少し離れた場所に峡谷はあった。でもシージャ様のテントとは正反対の位置にある。
何故?何で?

「私の死に場所はここじゃないのに…!」

落ちて死ぬぐらいならアレス様に殺されたほうがマシだ!
近づいてくる谷底に、次第に意識が薄れていった。
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