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第一章

42.

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「獲物と間違えて射られても知りませんよ」
「射られたら、の話だろ」

転移魔法を使ってやって来たのは長男フォルセティの元。
騎士団を数人だけつけ、魔獣エリアで黙々と狩りを続けていた。
俺が転移した途端、俺だと解ってたのに遠慮なく弓を放ちやがって…。
こいつの攻撃は殺気がなくて解りにくい。
穏やかな笑みを浮かべているものの、心の内は簡単に読ませてくれない。
こんな奴が将来第一騎士団団長になるかと思うと今から疲れるな。…いや、俺は結婚したら騎士団なんて辞めるから関係ねぇか。

「で、要件は?」
「サルトラに会った」
「…」

微かに感じる殺気。
俺もアティルナ兄弟に嫌われているとは言え、あいつよりはマシそうだ。
当たり前だ。俺はシルを本当に愛しているからな。

「テュールは?」
「俺が行った時にはいなかった。転移魔法の痕跡が残ってたから飛ばされたんだろ」
「ああ…。あの方も魔法を使えますからね。まさか高位魔法である転移まで使えるとは…。シルは?」
「今は落ち着いている。テュールと一緒にテントに戻らせた」
「サルトラ卿は?」
「シルに近づく前にぶっ飛ばして、手の甲に短剣突き刺して、どっかに転移させた」
「ありがとうございます、大公殿下。貴方にしては生温い対応ですね」
「お前らじゃ手ぇ出せないだろ」
「ははっ。その通りです」

笑っているのに笑っていない。
それどころか「殺せよ」と睨んでくる。
俺だって殺してやりたかった。でもシルの前じゃ人を殺したくない。

「わざわざご報告ありがとうございます。で、本題はなんでしょうか?」
「テュールと違って話が早くて助かる。あの男、シルの何が憎いんだ」

あの目は絶対にシルを憎んでいた。シルに…女子供に向けるような殺気じゃない。
シルを憎むなんて天地が逆さになってもありえないのに、あの男は頭がおかしいんじゃないか?憎む要素なんてないだろ。
理由が解れば精神魔法でどうとでも対処できる。
本当はシルの過去を他人の口から聞きたくなく。だから気になる過去も調べさせなかった。
でも相手がシルを憎んでいるなら守る為の情報が必要だ。

「シルは変な人間に好かれるようです」
「は?」
「幼い頃守れなかったからついつい過保護になって…。罪悪感が未だ残っています」
「おい、フォルセティ」
「愛憎ですよ」

フォルセティ曰く、あいつのシルへの想いは複雑なものだった。
北部の人間として魔獣を倒すという使命があり、幼い頃から剣と魔法の訓練を積んできた。
その訓練の中で出会った大切な仲間を魔獣に目の前で食い殺され、自分だけが生き残ってしまった。
そこから弱かった自分を恥じ、強さだけを求め、性格も歪んでいったと…。
それなのに魔獣と同じ黒い毛を持つシルが現れ、婚約者候補だと告げられた。

「そしてシルに惚れたと?」
「憎むべく魔獣に一目惚れしてしまった自分と、現れたシルにも相当苛立ったようです。シルを見るたびに弱かった自分や死なせてしまった仲間達を思い出すとか、なのに目が離せないとか。まぁそんな感じでしょうね」
「やっぱ頭がおかしい奴だな」
「本当にシルが可哀想です」
「全くだ。とりあえず理由は解った。殺しても問題ねぇ人間だな」
「あんな方でも一応カリュオン家の人間ですから殺すのは控えて下さい」
「あいつからシルの記憶を消しておくか?」
「貴方が禁忌魔法を使われる分には構いませんが、シルに被害が及ぶ可能性が高いので絶対に止めて下さい」
「じゃあどうすんだよ」
「とりあえず牽制して下さったので当分の間は大丈夫です。あの方もそこまで馬鹿な方ではありません。あまり言いたくありませんが、今度からは大公殿下の力でシルを守って下さい。まさか、こんな簡単で当たり前のことも出来ないなんて言いませんよね?」

ほんっといい性格してるわ、こいつ。
シルの兄じゃなかったら絶対関わらなかった。
っていうかお前らが邪魔しなければあんなことも起きなかっただろ。自分達のミスも認めろよ。

「魔法をかけさせてくれるなら、今以上にシルを守れるんだが」
「あの犬だけで十分です。邪な理由でシルに渡すのもどうかと思います」
「(それも知ってんのかよ…)じゃあもっと万全な魔道具を贈らせて貰おう」
「それぐらいでした、どうぞ。それと今回のことは僕からカリュオン公爵に報告させて頂きます」
「俺の名前を使う気だろ」
「勿論です。そちらのほうが上手くまとまりますし、アティルナ家は被害者でいられます」

満面の笑みを浮かべ、言うだけ言ってさっさとその場から立ち去った。
相手をするのは疲れるがシルに執着する理由は理解できた。ついでにシルをもっと守れる許可も貰えた。重畳だ。
よし、今度こそ反対されていた紋章をシルに刻もう。
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