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第一章

39.

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「では今年の狩猟大会も怪我がないよう。皆の力を十分発揮してくれ」

アレス様と再会して二日が経ち、とうとう今年の狩猟大会が始まった。
狩猟が行われる森から少し離れた場所に、各家門のテントが張られ、さらに少し離れた場所の広場でカリュオン家当主から開始の挨拶が行われる。
アティルナ家からは次期当主であるフォルセティお兄様と、狩りが大好きな次男のテュールお兄様。そして末っ子の私のみが参加。
アティルナ家騎士団の複数人を連れて参加し、他の貴族達より広い敷地にテントを張らせてもらい不自由なく快適に過ごさせてもらっている。

「(アレス様はどこだろう…)」

周囲を警備している第二騎士団の騎士達。
彼らのテントはここからかなり離れた場所に張られているから、簡単に会いに行くことができない。
何より団長であるアレス様自身がとても忙しそうだった。
あれから体調は大丈夫なのだろうか…。少しだけでも会って魔力を吸収してあげたかったのだけど、それもできずこの今日を迎えた。
周囲を見回しても赤と黒の正装をした一般騎士しか見えず、アレス様はどこにもいない。

「(あっ…)」

一瞬彼の…皇族の象徴である銀髪が目に映ったが、会いたくないサルトラ様の後ろ姿だった。
慌てて目を反らし、隣にいたテュールお兄様の背後に身を隠す。

「おっ、珍しく緊張してんのか?」
「少し…」
「大丈夫大丈夫! 今日シルと一緒に行くところは小動物エリアだし、俺がいるから安心しろって」

本当だったら大物エリアか魔獣エリアに行きたいだろうに、私の為に今年は我慢してくれる。
これも全部サルトラ様のせいだ!

「初日だけですが私もお兄様達に負けないよう頑張ります。あ、それと今年もお二人の安全を祈っています」

そう言って近くに控えていた侍女のリサに声をかけると、準備していた私のイニシャルが入った青いリボンを二人に渡す。
元々北部の慣習らしく、大事な人に自分のイニシャルを刺繍したリボンに祈りを込めて手渡すと、その人は怪我をすることなく帰って来れると聞く。
狩猟大会になると他の貴族達もこの慣習に沿って家族や婚約者に渡す。
お兄様達は笑顔で受け取って、腰に差していた剣の柄部分に結び付ける。

「シルからの祈りも貰えたし今年は兄さんにも勝てるぞ!」
「残念なことに僕はニルからも貰ってるから無理だね」
「ず、ずりぃ!」
「あれ? そう言えばテュールお兄様にもお付き合いされている方がいらっしゃったとお聞きしましたが…」
「………」

長男のセティお兄様とは違い、次男のテュールお兄様は侯爵の爵位を貰えない。
だから他家門の婿養子になるか、自分自身で爵位を獲得できるほどの名声をあげないといけないけど、かなり難しい。
そういう理由もあり、テュールお兄様の結婚相手は割と自由に選ぶことができる。
ついこの間まで彼女が可愛い!と騒いでいたのにリボンが貰えなかったの?
小首をかしげている私の横で、セティお兄様がフッ!と吹き出して肩を震わせている。

「彼女……。二股してたんだ…」
「えッ!?」
「くくっ…。テュールは本当に女運がないよね…!」

ああ、またなのですか…。
次男だからと言ってもテュールお兄様はクヴァング侯爵家の人間。
それに妹の私から見ても金髪碧眼の美青年だと思う。
いずれセティ兄様が侯爵家を継ぎ、第一騎士団団長となれば、テュールお兄様が第一騎士団副団長の座にもなれる腕前も持つし、好きになった女性に対しては心底優しいのを知っている。
まぁだからこそ色々な女性に騙されたり、逆に優しすぎて変に勘違いした女性に狙われ、さらにそれを誤解した彼女に……。と、とにかく運がない。
そして今回は…今回こそは結婚相手に相応しいと豪語していた女性に二股されるなんて…。
先程とは打って変わって元気がなくなっているテュールお兄様に、なんて声をかけていいか解らず黙って背中を擦ってあげる。
セティお兄様も笑ってはいるものの頭を撫でて励ましてあげているが、テュールお兄様は凹んだまま。
当分の間そっとしておこう…。

「テュールでも元気がない日があるんだな」
「きゃっ!」

不意に背後から声をかけられ悲鳴があがる。
振り返るといつも以上に着飾ったアレス様。
第二騎士団の正装姿に見惚れてしまったけど、テュールお兄様がすぐに噛みついて意識を取り戻した。
やっぱりサルトラ様よりアレス様の銀髪のほうが綺麗。赤い目もどんな宝石より鮮明に輝いている。

「いくらシルが婚約者だからってその座に胡坐かいてんなよ!? 女の子はちょっとしたことで嫌いになる繊細な生き物なんだからなッ!」
「とても勉強になるお言葉ありがとうございます」
「繊細な女性に気を付けてもこうなるからお気をつけ下さい」
「解りました、フォルセティ卿」
「兄さん!?」
「あ、あのアレス様。お話したいことが…」
「今の言葉俺に対してだよな!? 失恋したばかりの可愛い弟に対して酷くねぇか!?」
「そんなことないよ。僕の可愛い弟が振られてしまって僕自身も傷ついているんだ」
「少し離れようか」

涙目涙声になっているテュールお兄様を置いていくのは可哀想だけど、アレス様の言葉に素直に頷く。
近くの木下まで移動し、改めて挨拶をするとアレス様も優しい声で頭を下げる。
この間見たときより顔色が良さそうでよかった。

「体調は大丈夫ですか? 少しぐらい魔力を吸ったほうがよかったら言って下さい」
「いやまだ大丈夫。それよりシルの顔が見れてよかった」
「…」

何故だろう。
久しぶりに会えたからなのか、前よりアレス様が輝いて見える。
不自然に言葉が詰まったにも関わらず、アレス様は気にせず今日の狩猟用の服を褒めてくれた。
今度は恥ずかしくなってお礼しか言えず、俯いてしまうと名前を呼ばれ、両手を握られた。

「ところで言っていたリボンは?」
「あ、そうでした。リサ」

二人の分とは別にアレス様のリボンも用意していた。
リサから受け取って差し出すとすぐに受け取ってくれる。

「俺は今回初めて参加するから知らないけど、このリボンに何の意味があるんだ? あの時はシルから貰えると思って何も考えず承諾したけど」
「北部の慣習です。大切な人の安全を願ってイニシャル入りのリボンをその相手に渡すのです」
「なるほど…。ありがとうシル、怪我をすることなく大物を仕留めてくるよ」

そう言って大事そうに胸に仕舞った。

「(柄には結んでくれないのかな?)」
「シルから貰った大切な物を魔獣なんかの血で汚したくないからな」
「また心の声を…」
「知らなかったとは言え、俺もシルにリボンを贈りたかったな。でも今回はこれを」

残念そうな声で呟くと、何もない空中から小さな箱が現れた。
一瞬の出来事に驚いたけど、魔法だとすぐに理解できて早まる心臓を落ち着かせる。
今まで魔法に馴染みがなかったとは言え、早く慣れたい。

「前に言った魔道具だ。シルに危険が迫れば俺が転移できる魔道具」

自動で蓋が開くと、中にはルビーが使われた銀色のブレスレットが入っていた。

「小動物エリアとは言え、何が起こるか解らないからこれをずっと付けていてくれ。これがあればシルが死ぬことはおろか、怪我をすることもない」

またそんな貴重なものを…。
そう思ってしまうのに心中は「嬉しい」という気持ちでいっぱいだった。
本当に最近どうしてしまったのだろう。色んな気持ちが胸いっぱいなのにそれを言葉にできない。

「シル? もしかして気に入らないデザインだった?」
「あ……っいえ! あまりにも綺麗で…その、アレス様のようで見惚れていました。ありがとうございます」

いけない。ちゃんと言葉にしないと!
少し申し訳なさそうな顔をしたアレス様に顔を覗き込まれ、慌てて照れ臭いことを言ってしまった。
でも私の言葉にアレス様はとても嬉しそうだった…。
左手首につけてもらったブレスレットに目を向けると、太陽の光を浴びてキラキラと光り輝いている。
銀と赤。それにキラキラと光る光景はまるでアレス様そっくりで……。本当に綺麗。

「本当だったら俺と一緒に奥地まで行けたんだけどなぁ…」
「奥地にですか?」
「そう。初めての参加だし、興味なかったけどシルと一緒だったら魔獣狩りもきっと楽しめた」
「私は奥地に行ったことありません。行ってみたいと思ってはいましたが…その、邪魔になりませんか?」
「邪魔なわけないだろ。それに俺の隣が一番安全だ」

お兄様達だったら安全な場所で待ってろと言うのに、アレス様は一緒に連れて行ってくれる…。
その絶対的な自信に尊敬してしまう。強く惹かれてしまう。

「では私が成人したらお願いできますか?」
「勿論だ。どこに行くにしても何をするにしても、俺の隣にさえいてくれたら何をしても構わない」
「ありがとうございます!」

アレス様は女性だからと言って何かを制限してくるようなことはなしない。
一緒に。と言う言葉すら嬉しくて思わず手を取り、握り締める。
大丈夫、間違っていない。
私はアレス様が好き。異性として好き。
尊敬もできるし、優しいし、きちんと私のことを愛してくれている。
今までの行動からそれは十分伝わってきている。
彼は四年も私を放置していた。という罪悪感があると思う。だから優しく接しているとも見えるが、それでも彼の行動や言葉は嘘じゃないと信じたい。
きっとこの方以上に私を愛して、大事にしてくれる人なんていない…。

「っはぁ…! シルはもうちょっと笑顔を自重してくれ…。いや、嬉しいんだけど…」
「ふ、不愉快でしたか!?」
「違う…。抱き締めたくなる…!」
「あ…そ、それは…えっと、すみません…?」
「あとその可愛い仕草も止めてくれ。シルが成人迎えるまで手が出せない、抱き締められない!」
「(この間は抱き締めてくれたのに…)以後気を付けますね」

それはそれは重たい溜息を吐いて、呼吸を整えるアレス様。

「名残惜しいけど俺がこれ以上暴走しない為にも戻る…」
「はい、お気をつけて」
「シルもな。それと、マルスも連れて来た?」
「言われた通り連れて来ました。明日はこの子を友達に自慢するつもりです。魔獣ということは伏せてになりますが」
「十分自慢してくれ。狩場に連れて行っても役に立つぞ」
「狩場にもですか?」
「そいつは魔獣や殺気の気配を読み取ることができるから、珍しく何か威嚇したら魔獣だ。テュールを囮にして逃げてくれ」
「それはできませんが…。マルスはとても優秀なのですね」
「俺が躾けたからな。じゃあまた」
「おう、さっさと帰れ!」
「魔獣にはお気をつけ下さい」
「お兄様!?」

いつの間にか私の後ろにいたテュールお兄様とセティお兄様の声に驚いた。
まだまだ未熟だけど、それなりに人の気配を察することはできるのに、何も感じなかった。
もっと自分を鍛えたい。せめてアレス様の邪魔にならない程度には強くならないといけない!
最後に手の甲に触れない程度にキスを落として、その場から去って行く。
少しの時間だったけど会えてよかった。それに今日の髪型はいつもと違ってとてもワイルドな格好だった。あんな姿、誰であっても見惚れてしまう。

「テュール、このままだと妹が先に結婚するだろうね」
「それまでには結婚したい!」
「テュールお兄様にもきっとお似合いなご令嬢はいますよ! 明日と明後日のお茶会で探ってきます!」
「妹にそんなこと言われるのは悲しい半分嬉しい半分な気分だ…」
「せめてこの狩猟大会で上位は目指そうね、テュール」
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