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第一章

28.

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「えっと……アレス様、この子は?」
「ニナみたいな子を欲しいって言ってただろ?」
「そうですけど…。え、まさか私に?」
「子供の魔獣を保護してたんすよ。ニナみたいに躾はしてるんでアティルナ公女さえよければどうっすか?」

魔導士邸への初訪問から数日が過ぎ、久しぶりにニナに会いに魔導士邸へとやって来た。
あの頃より邸が綺麗になってたけど、相変わらずリッヘン卿以外の魔導士には会えない。
お気に入りの庭園へと案内され、相変わらず自動で動くカップやお菓子を眺めていると、リッヘン卿が白い何かを抱えてやってきた。
アレス様の髪色に近い白い毛皮に、赤い目をした子犬。…ではなく魔獣。
あまりの可愛さに釘付けになりつつ質問すると先程の答えが返ってくる。

「えっ?! わ、私が育てるのですか!?」
「無理ならここで育てるから気にしないでー」
「嫌ではありませんが…。手懐けた魔獣なんて…その、言い方は悪いですが貴重なのでは?」
「ニナとこの子ぐらいっすかねぇ?」
「この子は特別なんだ。成長してもほぼ大きさ変わらないしシルの部屋でも飼えるよ?」
「ニナぐらい強い子だと適当な世話でも多少大丈夫なんだけど、この子はほんとに弱くてねー。俺も他の魔導士も色々と忙しいから飼える人いないかなぁって探してたんすよ。どう?」

どう?と言われても…。
片手で抱っこできるぐらい小さいのであれば、私の部屋だけでも十分飼える。
昔から動物は好きだし、毎日ちゃんとお世話できる自信もある。
お父様達も反対はしないと思うけど、勝手に決めるのはダメかな…?ううん、きちんと説明したら解ってくれる!騎士団でも飼ってるんだし嫌いなわけじゃないから大丈夫なはず!

「リッヘン卿がいいと仰るなら…」
「勿論っすよ!」
「あ、でも先にお父様に許可を貰ってもいいですか?」
「そりゃそーっすね」
「シルがお願いするなら絶対に許してくれるだろうね」
「よかったっすね、隊長。あ、抱っこしてみますか?」

前にニナを可愛がったらちょっと拗ねていたのに、今は満面の笑みを浮かべている。
あのときのやり取りを思い出して少し気まずくなったけど、誤魔化すように子犬を抱きしめる。すると小さな舌で指を舐められた。
ニナとは違ってくすぐったい。可愛い。なんとしてもお父様の許可をもらう!

「可愛いぃ…。アレス様、名前はありますか?」
「マルスだ。躾の為に名前をつけてしまったからシルの好きな名前をつけさせてやれなくて申し訳ない」
「大丈夫です! マルス…格好いい名前だね」

白くて可愛い私のマルス!

「(可愛がる姿がまた見たいからって普通創り出すもんすか?)」
「(シルが喜ぶなら何でもいい。でもニナはダメだ。シルの愛情は俺だけが受ければいい)」
「(えげつねぇ独占欲。だからって自分の血を使って創るとか…マァジですげぇけど、普通に禁忌魔法に分類されてるっすよね? バレたら王弟であろうと捕まるんじゃ?)」
「(小さいがシルの護衛も兼ねてる。あとバレることはない)」
「(すっげぇ自信。さすが天才、いくら俺でも真似できねぇっすわ。ただ、あの犬まがいを通して声が聞こえるとか、見えるとかってストーカー行為は止めたほうがいいと思うんすけど)」
「(可愛いものにしか見せないシルの顔が見たいから仕方ない)」
「(普通に気持ちわりぃっすわ。ミリガンが聞いたら速攻アティルナ公女に言いそー)」
「(このことを知ってるのがお前だけで安心した。馬鹿じゃない)」
「(俺は楽しければそれでいいっすから。血で眷属を創るなんて見れるもんじゃないし。それに隊長がアティルナ公女を大事にしてるのは今までの態度を見てたから解るっすもん。こんな隊長初めてで笑いが止まんなかったっす!)」
「リッヘン卿、マルスを飼育するための注意点とかあれば色々教えて下さい」
「オッケーオッケー! メモ作って渡してあげるっす」
「ありがとうございます。マルスのためにお父様の説得もお勉強も頑張りますね!」

私の言葉の意味を解っているのか、ひゃん!と甲高い声で鳴いて返事をしてくれた。

「アレス様、リッヘン卿。まだ飼えるか解りませんが絶対に説得します! アレス様に近い毛色ですし、大事に大事に育てますっ」
「俺だと思って育ててくれ」
「はい!」
「(……。将来の練習にもなる。とか言わないんすか?)」
「(お前がいないときに言う)」
「(気持ち悪くてマジ笑うっすわ!)」
「(いいから早く消えろ。もう用済みだ)」
「(へぇい)じゃ、今日はとりあえず俺が面倒見るんで預かりますねー。渡す前に健康状態とかもしっかり診て、アティルナ公女に迷惑かけないようにしないと!」
「宜しくお願いします。あっ、アレス様」
「どうした?」
「マルスを迎えるための準備をしないと!」
「そうだな。いくつか用意しているものもあるが、シル好みのものも買おう」
「はいっ!」

マルスに似合うクッションを用意してゆっくり寝れる場所を作ってあげたい!
他の犬と同じおやつが食べれるならそれを買って…。あ、それから首輪もつけないといけない!

「そう言えばシルと街に出かけるのは久しぶりだな」
「ですね。あのお祭り以降のおでかけです」

アレス様と頻繁に会うようになってからアレス様の邸か私の邸かの二択でしか会っていない。
人が多いと神経を使うから好きじゃないと言っていたし、私もどうせなら二人でゆっくりお話するのが好きだから街に出かけるのはこれで二回目だ。
お昼前には魔導士邸をあとにし、乗ってきた馬車に乗り込んで帝都に戻る間、アレス様からマルスについて教えてもらう。

「あ、関係ありませんが本屋にも寄っていいですか?」
「ああ。何か探し物?」

ここが本の世界だと気づいてから、家だけじゃなく街の本屋や皇宮図書館などでその本を探した。
でも未だに見つかっていない。
その都度そもそも実在するのか疑問を抱く。
だってアレス様やロキ皇太子は皇族。そんな彼らの名前を使った本なんて存在するわけがない。
でも間違いなくここは本の中の世界。何故か解らないけど断言できる。ただ、日が経つにつれ記憶が失われていくから曖昧になってきている…。
本の中のロキ皇太子がどんな人間だったか覚えていない。主人公なのに何で覚えていないのか不思議すぎる…。
覚えているのは悪役のアレス様のことばかり。それも今では薄れていっているけど、何故か彼が主人公だったかのように覚えている。

「いえ、面白い小説でもないかなと思いまして」
「へぇ。シルはどんな小説が好きなんだ?」

目の前に座るアレス様が足を組み替える。
改めて見ると自分には勿体ないほど綺麗な男性だ。
綺麗なだけじゃなく、まだ19歳だと言うとに貫録がある。これは皇族だから贔屓目で見えてるのかな?
背は高いし、足も長い。後ろで細い尻尾のように結ばれた髪の毛も戦場で過ごしたと思えないほど綺麗。そんな方が私の婚約者だなんて勿体なさすぎる。
私が使う「魔力吸収」がなければきっとここまで仲良くなっていなかったと思う。
でもそのおかげで今は三日に一度は顔を合わせ、手を握って溢れ出る魔力を吸収し、仲を深める日々。贅沢だ。
ああ、これも思い出せないけど本の私は「魔力吸収」の力を持っていたかも知りたい。

「シル?」
「―――すみません、色々考えてしまって…。最近は恋愛小説や冒険譚が好きですね。アレス様は好きな本とかありますか?」
「俺は本を読む習慣がないし、あまり好きじゃないなぁ。よかったらシルのお勧めの本を教えてくれないか?」
「お忙しいですからね、仕方ありません。個人的につい最近読んだ騎士物語とドラゴンを倒す本がオススメです」

うん、あの二冊はとても面白かった。
騎士物語は病弱で気も弱い男の子が本物の騎士と出会い、憧れ、修行し、たまに挫折して…。そして背中を預けられる友達と出会って次々訪れる困難に立ち向かっていく本。
最初は少年にイライラしたけど途中からは必死に応援してしまった。友達と切磋琢磨し合う様子もとてもよかった。
ドラゴンを倒す小説は難しい言葉ばかりで頭を使ったけど、その分やけにリアルで手に汗を握った。

「恋愛小説は?」
「っそれは…」

最初に比べて気兼ねなく話せるようになったとは言え、ここ最近少し意地悪なことを言ってくる。
これが同じ女性なら盛り上がることもできるけど、相手は大人の男性。しかも婚約者となれば話は変わってくる。
その相手に自分の好きな恋愛シチュエーションとか、胸キュンした台詞とか言えるわけがない…。
そんな私の気持ちが解っているかのように、笑うのを耐えているアレス様は本当に性格が悪いっ。
私も気にしないように、からかわれないように気持ちを落ち着かせようとするけど、気恥ずかしさが増すばかり。
この質問が、出会ったばかりのころだったら平気で答えていたけど、今は少なくてもアレス様に好意を抱いている。だから恥ずかしくて言えない。

「シルが好きな小説なら俺も好きになりたいから教えて」

アレス様も私に対して好意を持っていることは解っている。
でも今はからかわれているのか、ただ子供が戸惑っている姿を見て面白がっているのか解らない。
子供っぽいって呆れられないかな…。でも私はそこまで子供じゃないし、あれが物語りだってわかってる。
戸惑いつつそっとアレス様を見ると私をジッと見つめていた。
途端に心臓が掴まれるような感覚に陥り、また顔に熱が集まる。

「シル「わかってます、小説の中の話だって! でもっ、だからこそついつい夜更かしして読んでしまうほど面白いのです! お姫様も純粋で一生懸命で可愛いし、騎士はお姫様が大好きで自分が傷ついてもいいから必死になって守る姿が格好いいんです!」……くくっ…。シル、俺はまだ何も「大人なアレス様にはなんてことない内容ですけど、恋愛したことのない私には夢物語のようで…えっと、憧れ…ちがっ…! と、とにかく面白いんですよ!」

ああもう嫌だ…。早く馬車から降りたい!お願いだから何も喋らないで下さい!

「解った解った。もう聞かない。それに危ないから座ってくれ」
「うぅ…。絶対に子供だと思いましたよね…」
「シルらしいとは思った。それより気になることがあるんだが聞いていいか?」
「変なことでなければ…」

そう言うと少しだけ目が細くなる。
たまに見せる目付きだけど、どういう心情なんだろう…。
不快にさせることを言ったつもりはないけど、この目付きをされると緊張してしまう。

「変なことは追々まぁ…。シルは俺のこと好き?」
「勿論、アレス様のことが好きです」

色々と不穏な噂はあるし、今まで会えなかったけど、それらを忘れさせてくれるぐらいには誠実に対応してもらっている。不満はない。
顔が熱いまま答えると、幸せそうに微笑んで「そう」とだけ答える。

「無視してきた男なのにシルは優しいな」
「婚約者ではありませんか。気にしていませんよ」
「……。まぁ全部俺が悪いし、最悪なプロポーズだったし「魔力吸収」の件もあるから勘違いしてるかと思うけど、俺は一人の女性としてシルフレイヤのことが好きだ」

そっと手を取り、触れる程度に唇を落とされた。
アレス様の言葉と行動に身体が飛び跳ね、思考も停止する。
前にも言われたし確かに私のことを嫌ってはいないけど…。なのにあの時とは違う…なんだろう、この気持ち。

「あの…」
「遅いけど俺達もその小説のような恋愛でもしてみないか?」
「あ、え、その…私は…」
「まぁ成人前かつ結婚前の女性に手を出すほどクズじゃないからそこは安心してくれ」
「わたし…」
「「魔力吸収」を持っているから俺が君を便利な道具だと思っている。なんて思わないでほしい。一目惚れが先なんだ。何度も言ってるから少しは気持ちが伝わっているかと思ってたけど…その顔を見る限りあまり伝わってなかったな」
「も、もう大丈夫です!」
「ずっとシルを待っていた気がするほど強く惹かれた」
「アレス様!」

強く名前を呼ぶと少し残念な顔をして手を解放してくれた。
急いで引っ込めて少しでも離れようと身体も顔も反らす。

「それだけは忘れないでくれ」
「わかりましたッ」

クスクスと笑ってそれ以上は何も言わなかった。
心臓に悪すぎる…。あれが大人の色気というものなのかもしれない!
そういう小説は成人を迎えるまで読んだらいけないから読んでないけど、さすがに私でも解った!

「アレス様は別の意味で危険なお方です…」
「俺自身もそう思うよ」
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