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第一章 ~ 祈りは魔法となりて

#10 ~ 芽吹く②

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「ついたー!!」

 山の中腹。真っ先に歓声を上げて、芝生に突入したのは琴羽だ。
 今日の彼女は異常にテンションが高い。まあ先ほどまで、父親に肩車してもらって体力も有り余っているのだろう。
 そのせいか、どう見ても父親の真也は息も絶え絶えなのだが、琴羽に引っ張られて芝生を走り回らされている。
 おい死にそうだぞ、お前の父親。いかにもひ弱そうだし。

 ちなみに祐真はというと、妹の雪を肩車状態だ。肩車された琴羽を雪がうらやましがった結果である。
 父の夏樹はちょっとうらやましそうに祐真を見ていたが、譲る気はない。
 妹の肩車は俺のものだ! 誰にも譲ってやらんぞ!

 母親の二人はさっそく芝生にブルーシートを如き、お弁当やらなにやらを用意して、ティータイムをおっぱじめている。

「ね、パパ! あのアスレチック行きたい! 祐真と雪も!」

 にっこにこの琴羽に連れられ、中腹にある広場に設置された、やや古めかしいアスレチックに辿り着く。

「勝負よ! 祐真!」

「またかお前……」

 仁王立ちする琴羽を前に、祐真は「はあ」とため息を漏らす。
 一方その後ろでは、彼女の父親が強度に問題ないかを確かめている。まあ見たところ、多少錆びてはいるが問題なさそうだ。

「にいさま、わたしが合図しますっ」

「よし、今日も勝つか」

 そう言って握りこぶしを作る雪に背を押され、肩を回しつつ前に出る。おにいちゃんは常に妹にいいところを見せたい、つまり絶対勝つ。
 結果はまあ――言わずもがな。やはり祐真の圧勝である。

「くっ……雪がいたのを忘れてたわ……」

「ふははは! 俺最強!」

 アスレチックの頂点で仁王立ちする祐真に、雪がきらきらした目で拍手を送った。実に気分がいい。
 アスレチックの下では琴羽の父親がちょっとハラハラした顔で、いつ娘が落ちてもいいように構えていた。
 が、その心配はない。琴羽は祐真と勝負しすぎたせいか、ちょっとしたアスレチック名人なのだ。はっきり言って祐真以外は勝負にすらならない。将来は鳶か雑技団にでも行きそうな女である。

「く~~~っ悔しい!」

「残念だったな琴羽。千年早いぞ」

「なにが千年よ、馬鹿」

 頬を膨らませる琴羽に知る由はないが、祐真が口にした数字は、実にリアルであった。


 その後、弁当を食べたり色々と遊んだあと、全員でクローバーを探すことになった。何でも、四つ葉になっているクローバーは大変なレアものらしい。

 なの、だが。
 そこからひっそりと抜け出した祐真は、なぜか山頂に立っていた。

「おい、あんまり時間は取れんぞ」

「わかっております、主サマ」

 応じたのは蒼い鳥。フィノス・フィオル――祐真に付き従う十の使い魔の一柱だ。
 ちなみに余談だが、琴羽たちには幻覚をかけているので、祐真がいなくなっていることはまずバレない。
 といっても人体に影響のない術だから、解けるのも早い。祐真の今の魔力では、せいぜい一時間が限界だ。

「こいつは……」

 そんな手間をかけて抜け出し、たどりついた山頂。
 だが眼前のそれは、確かに、その労力に見合うだけのものだった。

「――魔力だまりか?」

「はい」

 信じられない心地で、祐真は眼前の光景を見た。

 魔力だまりとは読んで名の通り、魔力が滞留している場所のことである。
 もちろん魔力は目に見えるものではない。だが魔力は世界中の龍脈を介して、大地に、そして空に流れている。

 龍脈というやつは、人の全身を流れる血管を想像してもらえれば分かりやすい。そして血管と同じく、時に流れが速くなったり遅くなったり、あるいは機能不全を起こして停滞する。
 こうして生まれる異常が、魔力だまりである。
 魔力だまりが起きたとて、すぐさま何かが起きることはない。が、強烈な魔力を浴びて動植物が変異したり、あるいは魔物を生み出すこともある。時には、天変地異を起こした例さえもあるのだ。

「……魔力だまりを生み出してるのは、この祠か?」

「恐らく」

 山頂に設置された小さな祠。
 そこから漏れ出るのは魔力――しかも呪いとでも呼ぶべき濃密な代物だった。

「お前が手をつけなくて正解だな、フィノス。しかしなんで、今日まで察知できなかった? お前には周囲を探るよう命じていたはずだが」

「申し訳ありません。しかし今日になって突然、このような状態になったのです。間違いなく数日前には何もありませんでした」

「ふむ……」

 祐真は祠に向けて一歩踏み出し、そしてその小さな戸棚を開ける。
 そしてその中にあったものに、目を細めた。

「呪物……か?」

 一瞬で理解できる、おぞましい気配。
 何重にも絡みついた怨嗟、そして怒り。小箱に込められたそれは、今にもはちきれんほどだった。

「なんでこんなものがここに……?」

「恐らく封印でしょう。あまりにも稚拙ですが」

「なんてこった……」

 呪物。呪い。
 魔法は人の願いに根差すものである。しかし願いとは、必ずしも清廉なものではない。
 怒り、妬み、嫉み、恨み……そうしたものもまた、人の願いと祈りの一つである。
 そうした負の感情から生まれるのが、呪いと呼ばれるものだ。

 こうした呪いを込めて作った魔導具を呪具という。だがこの呪具は非常に厄介な代物だ。極めて強大な力を持つ一方で、管理を怠れば、あっという間に災厄を引き起こす。
 今回、曲がりなりにも封印はあるようだが……稚拙だったせいで、せいぜい百年かそこらで綻んでしまった、ということか。

「まったく。折角のハイキングが台無しだ」

 ため息を吐きながら、軽く指を突きつける。
 瞬間、清廉な空気が場を満たす。これは『結界』と呼ばれる技法、特に神官連中が好んで使った魔法だ。
 界を結び、場と成す――いろいろな使い方が出来る術であるが、今回はごく一般的な用途、つまり呪いを外に出さない使い方である。

 そしてしゅるしゅると音を立て、小箱が一人でに開いていく。
 中からこぼれ出たのは……子供の指。

「クソみたいな呪具を作りやがって。どこの馬鹿だ」

 唾を吐きながら、指を横に切った。
 ただそれだけで、不可視の鎖が真っ黒に染まった指を拘束する。
 上位結界魔法、天久の鎖アマス・アルゲイタス。この魔法のいいところは、そこまで魔力を必要としない……未熟なこの魔力でも、十分に行使可能ということだった。

 ――ちなみに。魔力を必要としないのは本当であるが、あまりにも高度すぎる術式ゆえに、彼のもといた異世界でも習得できた人間は五指に満たない。
 緻密に緻密を重ね、神業という他ない術式行使。それを一瞬で完成させてしまった主に、蒼鳥は深く感嘆の息をもらした。

「はい終わり。じゃ帰るか」

 勝手に元あった箱の中におさまり、さらに元の位置まで戻って、扉まで一人でに閉まったあと。
 さも「散歩が終わりました」みたいに告げた少年に、畏怖と敬意を胸の中にしまって「はい」と蒼い鳥は返事を返した。


 だが、彼らは知らなかった。

 この山に眠る伝承。地元の者が口を噤んで語らない、しかし確かにあった口伝の中で。
 この山に封じられた呪いの箱が、存在したことを。
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