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第一章 ~ 祈りは魔法となりて
#08 ~ ファースト・シンギュラリティ
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西暦20XX年。
この日、東シナ海域での哨戒任務にあたっていたPLH型巡視船『あきつしま』。その艦橋で、双眼鏡を下ろした五木哲郎航海長は小さく舌を打った。
日本の領海であるはずの洋上を、悠々と進むのは赤いマークをつけた巡視船。日本の船ではない、仮想敵国である隣国の船である。
日本の政府やメディアはそれを『公船』などと呼ぶが、その実態は武装した戦艦に他ならない。
ふざけた話だ、と思う。
そもそも両国の海軍には、比べるべくもないほどの軍事力の差がある。
保有する艦船の数に圧倒的な差があるだけでなく、かの国は電磁投射砲までも実用化し配備しているのだ。
未だ実戦で用いられてもいない兵器とはいえ、それが脅威であることは間違いない。
目の前の彼らが、もし牙を剥けばどうなるか?
……訓練用の弾薬にさえ事欠く海上保安庁に、抗う術などあるはずもない。
そうなったら自分だけでなく、家族ともいえるこの船と船員までも海の藻屑だ。
それでもなお、この海域から逃げ出すにわけにはいかない。
まったくもってふざけた話だと、五木はため息を吐いた。
「艦長。対象の船舶、動きはありません」
「了解。いつも通りと願いたいところだね」
艦橋に立って海を睨むこの船の長――二等海上保安監の大島明人、自分の一階級上の上司――に報告すると、彼もまた呟くように答えた。
ここ数年、東シナ海域を巡る領海侵犯と挑発行為は、年々激化しつつある。
巡視船だけでなく、漁船や民間の船舶が毎日のように侵入してくるのだ。ひっきりなしにそれを追い返す毎日は、徒労感と無力感だけを蓄積させていく。
ひょっとしてお隣さんは、こちらを疲弊させるのが目的ではないか? そう疑ってしまいたくなるほどに。
ただ、相手方に戦争の口実を与えることは絶対に出来ない。
どれほど疲弊しようが、自分たちに出来ることは監視と警戒。まさしくいつも通りだ。
「警戒を続けろ。何が起きても対応できるようにな」
「了解――」
艦長である大島の言葉に、五木が頷いた瞬間。
閃光が、視界を灼いた。
思わず全員が目を伏せ、そして次の瞬間、鼓膜をブチ抜くような轟音が轟く。
(何が……起こった!?)
これは攻撃か、あるいは何かの新兵器かと、必死に目を凝らす。
閃光によって目がつぶれなかったのは、艦橋に遮光処理がなされているからだ。だがそれさえ貫通するような強烈な光だった。
そして、彼らの目に飛び込んできたのは……火と煙を噴き上げながら沈んでいく、隣国の艦船であった。
「なっ――」
絶句する。
それは異常な光景だった。気体がプラズマ化しているのか、紫電がパリパリと音を立てながら、船にまとわりついている。
「……恐らく、落雷だと思われます!」
「馬鹿をいうな……」
部下からの報告に、五木の口から思わず声が漏れる。
海で落雷は多い。それが船を直撃することも少なくない。
だが、落雷によって戦艦が沈むことはまずない。アース処理が完璧にされており、雷はすぐに海に抜けてしまう。
それにだ。
さっきのあれがただの雷とは、五木にはとても信じられなかった。
「……――だ」
沈黙だけが流れる艦橋に、不意に声が響いた。
この艦の長である大島の声が。
「……救助だ。接近して救助活動を行う」
その言葉に、五木ははっと顔を上げた。
今の現象が何であるにせよ、目の前で船は沈み、多くの船員たちが運命を共にしようとしている。
救助しないなどという選択肢は、まずありえない。国際的に非難されることは間違いなく、あるいは戦争の材料にさえされかねない。
すぐに了解の返事を返し、五木は無線に手を掛けた。
◆ ◇ ◆
「あいつら、なんで敵国の兵士を助けてるんだ? 捕虜か?」
東シナ海、上空。
何の支えもなく空中に立つ祐真の言葉を、その肩に乗っていたフィノスは「いえ」と否定した。
「純粋な救助だと思われます。少なくとも、隣国と戦争になることをこの国は望んでいませんから。恩を売っておくというところではないですか?」
「……なるほど」
フィノスの言葉は間違いではなかったが、それが全てというわけでもない。だが前世の常識を引きずっている二人にそれが分かるはずもなく、祐真はただ首肯した。
彼がここにいるのは、言うまでもなく、『魔法の試し打ち』のためだった。哀れそのターゲットとなった船は、黒い煙を噴出しながら沈んでいく。
恐らく船内では、既に何人も死んでいるだろう。
先ほど落ちた雷は、ただの雷ではない。第三階梯に数えられる魔術で、用途は敵の司令部や拠点を吹き飛ばすというものだ。
上級の中でも規模は小さいが、威力は壊滅的。防御など何の意味もなさず、確実に対象を破壊する。
当然、魔法的にコントロールされた雷が、アース処理されようと簡単に海に流れることはない。
対象に戦艦を選んだのは、兵器というものの性能を知りたかったからだ。
そしてこの海域を選んだのは――ニュースで『隣国の船が領海に侵入している』と言っていたからだ。
そんな船なら沈めても文句は言われないだろう、というただそれだけの理由。兵士であれば、死ぬことも自己責任というものだ。
国を守るためだとか、そんな意識は一ミリも持ち合わせていない。
「この国は、よくわからんな」
今なお続く決死の救助作業を見下ろしながら、祐真は呟いた。
――後にこの事件は、ただの落雷事故として処理された。
日が落ちても続いた救助活動は、日本のニュースメディアに報道されることになったが、隣国では全く言及されずに終わった。
人々はまだ知らない。魔法の存在を。
だがこれは確かに、歴史における最初の転換点であった。
その事実を……祐真でさえ、まだ知らない。
この日、東シナ海域での哨戒任務にあたっていたPLH型巡視船『あきつしま』。その艦橋で、双眼鏡を下ろした五木哲郎航海長は小さく舌を打った。
日本の領海であるはずの洋上を、悠々と進むのは赤いマークをつけた巡視船。日本の船ではない、仮想敵国である隣国の船である。
日本の政府やメディアはそれを『公船』などと呼ぶが、その実態は武装した戦艦に他ならない。
ふざけた話だ、と思う。
そもそも両国の海軍には、比べるべくもないほどの軍事力の差がある。
保有する艦船の数に圧倒的な差があるだけでなく、かの国は電磁投射砲までも実用化し配備しているのだ。
未だ実戦で用いられてもいない兵器とはいえ、それが脅威であることは間違いない。
目の前の彼らが、もし牙を剥けばどうなるか?
……訓練用の弾薬にさえ事欠く海上保安庁に、抗う術などあるはずもない。
そうなったら自分だけでなく、家族ともいえるこの船と船員までも海の藻屑だ。
それでもなお、この海域から逃げ出すにわけにはいかない。
まったくもってふざけた話だと、五木はため息を吐いた。
「艦長。対象の船舶、動きはありません」
「了解。いつも通りと願いたいところだね」
艦橋に立って海を睨むこの船の長――二等海上保安監の大島明人、自分の一階級上の上司――に報告すると、彼もまた呟くように答えた。
ここ数年、東シナ海域を巡る領海侵犯と挑発行為は、年々激化しつつある。
巡視船だけでなく、漁船や民間の船舶が毎日のように侵入してくるのだ。ひっきりなしにそれを追い返す毎日は、徒労感と無力感だけを蓄積させていく。
ひょっとしてお隣さんは、こちらを疲弊させるのが目的ではないか? そう疑ってしまいたくなるほどに。
ただ、相手方に戦争の口実を与えることは絶対に出来ない。
どれほど疲弊しようが、自分たちに出来ることは監視と警戒。まさしくいつも通りだ。
「警戒を続けろ。何が起きても対応できるようにな」
「了解――」
艦長である大島の言葉に、五木が頷いた瞬間。
閃光が、視界を灼いた。
思わず全員が目を伏せ、そして次の瞬間、鼓膜をブチ抜くような轟音が轟く。
(何が……起こった!?)
これは攻撃か、あるいは何かの新兵器かと、必死に目を凝らす。
閃光によって目がつぶれなかったのは、艦橋に遮光処理がなされているからだ。だがそれさえ貫通するような強烈な光だった。
そして、彼らの目に飛び込んできたのは……火と煙を噴き上げながら沈んでいく、隣国の艦船であった。
「なっ――」
絶句する。
それは異常な光景だった。気体がプラズマ化しているのか、紫電がパリパリと音を立てながら、船にまとわりついている。
「……恐らく、落雷だと思われます!」
「馬鹿をいうな……」
部下からの報告に、五木の口から思わず声が漏れる。
海で落雷は多い。それが船を直撃することも少なくない。
だが、落雷によって戦艦が沈むことはまずない。アース処理が完璧にされており、雷はすぐに海に抜けてしまう。
それにだ。
さっきのあれがただの雷とは、五木にはとても信じられなかった。
「……――だ」
沈黙だけが流れる艦橋に、不意に声が響いた。
この艦の長である大島の声が。
「……救助だ。接近して救助活動を行う」
その言葉に、五木ははっと顔を上げた。
今の現象が何であるにせよ、目の前で船は沈み、多くの船員たちが運命を共にしようとしている。
救助しないなどという選択肢は、まずありえない。国際的に非難されることは間違いなく、あるいは戦争の材料にさえされかねない。
すぐに了解の返事を返し、五木は無線に手を掛けた。
◆ ◇ ◆
「あいつら、なんで敵国の兵士を助けてるんだ? 捕虜か?」
東シナ海、上空。
何の支えもなく空中に立つ祐真の言葉を、その肩に乗っていたフィノスは「いえ」と否定した。
「純粋な救助だと思われます。少なくとも、隣国と戦争になることをこの国は望んでいませんから。恩を売っておくというところではないですか?」
「……なるほど」
フィノスの言葉は間違いではなかったが、それが全てというわけでもない。だが前世の常識を引きずっている二人にそれが分かるはずもなく、祐真はただ首肯した。
彼がここにいるのは、言うまでもなく、『魔法の試し打ち』のためだった。哀れそのターゲットとなった船は、黒い煙を噴出しながら沈んでいく。
恐らく船内では、既に何人も死んでいるだろう。
先ほど落ちた雷は、ただの雷ではない。第三階梯に数えられる魔術で、用途は敵の司令部や拠点を吹き飛ばすというものだ。
上級の中でも規模は小さいが、威力は壊滅的。防御など何の意味もなさず、確実に対象を破壊する。
当然、魔法的にコントロールされた雷が、アース処理されようと簡単に海に流れることはない。
対象に戦艦を選んだのは、兵器というものの性能を知りたかったからだ。
そしてこの海域を選んだのは――ニュースで『隣国の船が領海に侵入している』と言っていたからだ。
そんな船なら沈めても文句は言われないだろう、というただそれだけの理由。兵士であれば、死ぬことも自己責任というものだ。
国を守るためだとか、そんな意識は一ミリも持ち合わせていない。
「この国は、よくわからんな」
今なお続く決死の救助作業を見下ろしながら、祐真は呟いた。
――後にこの事件は、ただの落雷事故として処理された。
日が落ちても続いた救助活動は、日本のニュースメディアに報道されることになったが、隣国では全く言及されずに終わった。
人々はまだ知らない。魔法の存在を。
だがこれは確かに、歴史における最初の転換点であった。
その事実を……祐真でさえ、まだ知らない。
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