1 / 20
第一章 ~ 祈りは魔法となりて
#01 ~ プロローグ
しおりを挟む
奇跡。
それは極めて端的に、魔法のもたらす結果を示した言葉である。
神秘。
それは極めて端的に、魔法のありようを示した言葉である。
だがそのいずれも。
魔法とは何なのか、という言葉の答えにはなりえなかった。
かつてそれを追い求め、幾千もの月日を魔法に捧げ続けた男が最後に見出したものは、本当の本当に、陳腐な答えだった。
魔法とは、願いであり、希望なのだ。
あらゆる魔術の深奥を極めつくし、その作動原理も、成り立ちも、そしてその理由さえも知った。
けれど結局、それが答えだった。
それは確かに一種の奇跡で、神秘であった。
――それを知って、ようやく、彼は愛を知った。
魔法が人の願いに根差すのならば、魔法を愛する彼が、人を愛することも当然の帰結であった。
彼はようやく、人という種を愛することができたのだ。
その形が、あまりに歪であっても。
そして今。その人生に、終わりが訪れようとしている。
「……ああ、これでいい」
何の変哲もない一軒家。ベッドの上に横たわる老人が、満足そうに呟いた。
窓から見える大樹から一片の花弁が舞い、しわがれた彼の手に触れる。
愛を知り、焦がれ、希求して、眼を閉じる。
それは彼にとって、満足のいく終わり方だった。
彼が生きた年月は、既に千を越える。
永遠を生きる彼にとって、時間という概念などさしたる意味もなく、死というものさえ彼には存在しないはずだった。
それでも彼が今、こうして終わり逝くのは――それが彼が最後に願った奇跡だったから。
命とはきっと。
散ってゆくからこそ、こんなにも美しいのだろう。
口からこぼれた言葉が、花と共に散って消える。
世界の頂上。
天上の花のその下で。
ひっそりと、誰に知られることもなく――
一人の魔法使いは死んだ。
……その、はずだった。
◆ ◇ ◆
「――?」
首を傾げようとして、しかし、満足に動かせもせずに失敗に終わった。自分がどういう状態なのか、まったく分からない。
視界に映るのは天井で、からからと、何か玩具のようなものが回っている。
彼に知識があったなら、それがベッドメリーという、乳幼児用の玩具であることに気づいただろう。だが、かつて彼が生きた世界にないそれを、一目で理解することなど不可能だった。
「あー」
声をあげようとして、舌がまるで回らないことに気づく。
手を伸ばそうとして……その手が、まるで赤子のように小さいことに気づいた。
「■■■■■■――」
何か、声が聞こえた。
それは女の声だった。何を言っているのかはまるで分からない。
視界に捉えた女は、巨人だった。巨人族といえば、かつての大戦でそのほとんどが滅んだと聞いた。グラヴァヴェルドの谷の奥底に、わずかな集落をつくって住んでいると聞いたが――。
彼女は俺を優しく抱きあげると、あやすように揺らした。
その言葉は、まるで理解できない言語だった。
ありとあらゆる言語を理解しているはずの自分でも、まるで聞いたことがない。
一体、ここはどこだ?
そして自分は――どうなった?
結論。
どうやら自分は、赤子になったらしい。
転生した、とでもいうのだろうか。事象としてはそれで正しいと思う。
巨人だと思った女は、そう考えると、普通の人間のサイズだった。
そしてもうひとつ。驚くべきことがある。
……どうやら、この世界は、俺のいた世界ではない。
まず言語が聞いたこともないものであるにも関わらず、しかし確かに言語として成立している。『ママ』という言葉を女性は教えたがっているようだが、どうやらそれは母親を指す言葉のようだった。
言語は、まあ追々覚えていけばいいだろう。
自分が生まれた家は、父と母がおり、しかもそこそこ裕福だ。兄姉はいないらしく、一人っ子だ。
見る限り、食事は普通では考えられないほどに豪華で、財政に難があるようには思えない。もしかしたら貴族かもしれない。
――さて、現状認識はこれでいいとして。
問題は……この世界、どうやら魔力がひどく薄い、ということだ。
当然、向こうにいた頃のように、簡単に魔法は使えない。
これは由々しき事態だ。魔法が使えないのは、自分にとって息ができないに等しい。しかもこの肉体、内在魔力もろくにない。
……これは鍛えるしかあるまい。
決意した。厳然と。
こうして赤子に転生したが、魔法をもう一度使いたい。
努力は才能に勝るとは言わない。だが才能のない人間が、努力まで怠れば、後に残るのは塵芥だ。
魔法とは、願いだ。何かを願うことに、才能はいらない。
ならば俺も願おう。
愛する魔法を、もう一度と。
……彼は、まだ知らない。
彼が転生した世界には、彼の言う「魔法」など存在しないことを。
その世界の名は、地球――彼の転生した国の名を『日本』と言った。
それは極めて端的に、魔法のもたらす結果を示した言葉である。
神秘。
それは極めて端的に、魔法のありようを示した言葉である。
だがそのいずれも。
魔法とは何なのか、という言葉の答えにはなりえなかった。
かつてそれを追い求め、幾千もの月日を魔法に捧げ続けた男が最後に見出したものは、本当の本当に、陳腐な答えだった。
魔法とは、願いであり、希望なのだ。
あらゆる魔術の深奥を極めつくし、その作動原理も、成り立ちも、そしてその理由さえも知った。
けれど結局、それが答えだった。
それは確かに一種の奇跡で、神秘であった。
――それを知って、ようやく、彼は愛を知った。
魔法が人の願いに根差すのならば、魔法を愛する彼が、人を愛することも当然の帰結であった。
彼はようやく、人という種を愛することができたのだ。
その形が、あまりに歪であっても。
そして今。その人生に、終わりが訪れようとしている。
「……ああ、これでいい」
何の変哲もない一軒家。ベッドの上に横たわる老人が、満足そうに呟いた。
窓から見える大樹から一片の花弁が舞い、しわがれた彼の手に触れる。
愛を知り、焦がれ、希求して、眼を閉じる。
それは彼にとって、満足のいく終わり方だった。
彼が生きた年月は、既に千を越える。
永遠を生きる彼にとって、時間という概念などさしたる意味もなく、死というものさえ彼には存在しないはずだった。
それでも彼が今、こうして終わり逝くのは――それが彼が最後に願った奇跡だったから。
命とはきっと。
散ってゆくからこそ、こんなにも美しいのだろう。
口からこぼれた言葉が、花と共に散って消える。
世界の頂上。
天上の花のその下で。
ひっそりと、誰に知られることもなく――
一人の魔法使いは死んだ。
……その、はずだった。
◆ ◇ ◆
「――?」
首を傾げようとして、しかし、満足に動かせもせずに失敗に終わった。自分がどういう状態なのか、まったく分からない。
視界に映るのは天井で、からからと、何か玩具のようなものが回っている。
彼に知識があったなら、それがベッドメリーという、乳幼児用の玩具であることに気づいただろう。だが、かつて彼が生きた世界にないそれを、一目で理解することなど不可能だった。
「あー」
声をあげようとして、舌がまるで回らないことに気づく。
手を伸ばそうとして……その手が、まるで赤子のように小さいことに気づいた。
「■■■■■■――」
何か、声が聞こえた。
それは女の声だった。何を言っているのかはまるで分からない。
視界に捉えた女は、巨人だった。巨人族といえば、かつての大戦でそのほとんどが滅んだと聞いた。グラヴァヴェルドの谷の奥底に、わずかな集落をつくって住んでいると聞いたが――。
彼女は俺を優しく抱きあげると、あやすように揺らした。
その言葉は、まるで理解できない言語だった。
ありとあらゆる言語を理解しているはずの自分でも、まるで聞いたことがない。
一体、ここはどこだ?
そして自分は――どうなった?
結論。
どうやら自分は、赤子になったらしい。
転生した、とでもいうのだろうか。事象としてはそれで正しいと思う。
巨人だと思った女は、そう考えると、普通の人間のサイズだった。
そしてもうひとつ。驚くべきことがある。
……どうやら、この世界は、俺のいた世界ではない。
まず言語が聞いたこともないものであるにも関わらず、しかし確かに言語として成立している。『ママ』という言葉を女性は教えたがっているようだが、どうやらそれは母親を指す言葉のようだった。
言語は、まあ追々覚えていけばいいだろう。
自分が生まれた家は、父と母がおり、しかもそこそこ裕福だ。兄姉はいないらしく、一人っ子だ。
見る限り、食事は普通では考えられないほどに豪華で、財政に難があるようには思えない。もしかしたら貴族かもしれない。
――さて、現状認識はこれでいいとして。
問題は……この世界、どうやら魔力がひどく薄い、ということだ。
当然、向こうにいた頃のように、簡単に魔法は使えない。
これは由々しき事態だ。魔法が使えないのは、自分にとって息ができないに等しい。しかもこの肉体、内在魔力もろくにない。
……これは鍛えるしかあるまい。
決意した。厳然と。
こうして赤子に転生したが、魔法をもう一度使いたい。
努力は才能に勝るとは言わない。だが才能のない人間が、努力まで怠れば、後に残るのは塵芥だ。
魔法とは、願いだ。何かを願うことに、才能はいらない。
ならば俺も願おう。
愛する魔法を、もう一度と。
……彼は、まだ知らない。
彼が転生した世界には、彼の言う「魔法」など存在しないことを。
その世界の名は、地球――彼の転生した国の名を『日本』と言った。
0
お気に入りに追加
43
あなたにおすすめの小説
劣等生のハイランカー
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ダンジョンが当たり前に存在する世界で、貧乏学生である【海斗】は一攫千金を夢見て探索者の仮免許がもらえる周王学園への入学を目指す!
無事内定をもらえたのも束の間。案内されたクラスはどいつもこいつも金欲しさで集まった探索者不適合者たち。通称【Fクラス】。
カーストの最下位を指し示すと同時、そこは生徒からサンドバッグ扱いをされる掃き溜めのようなクラスだった。
唯一生き残れる道は【才能】の覚醒のみ。
学園側に【将来性】を示せねば、一方的に搾取される未来が待ち受けていた。
クラスメイトは全員ライバル!
卒業するまで、一瞬たりとも油断できない生活の幕開けである!
そんな中【海斗】の覚醒した【才能】はダンジョンの中でしか発現せず、ダンジョンの外に出れば一般人になり変わる超絶ピーキーな代物だった。
それでも【海斗】は大金を得るためダンジョンに潜り続ける。
難病で眠り続ける、余命いくばくかの妹の命を救うために。
かくして、人知れず大量のTP(トレジャーポイント)を荒稼ぎする【海斗】の前に不審に思った人物が現れる。
「おかしいですね、一学期でこの成績。学年主席の私よりも高ポイント。この人は一体誰でしょうか?」
学年主席であり【氷姫】の二つ名を冠する御堂凛華から注目を浴びる。
「おいおいおい、このポイントを叩き出した【MNO】って一体誰だ? プロでもここまで出せるやつはいねーぞ?」
時を同じくゲームセンターでハイスコアを叩き出した生徒が現れた。
制服から察するに、近隣の周王学園生であることは割ている。
そんな噂は瞬く間に【学園にヤバい奴がいる】と掲示板に載せられ存在しない生徒【ゴースト】の噂が囁かれた。
(各20話編成)
1章:ダンジョン学園【完結】
2章:ダンジョンチルドレン【完結】
3章:大罪の権能【完結】
4章:暴食の力【完結】
5章:暗躍する嫉妬【完結】
6章:奇妙な共闘【完結】
7章:最弱種族の下剋上【完結】
異世界転生!俺はここで生きていく
おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。
同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。
今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。
だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。
意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった!
魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。
俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。
それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ!
小説家になろうでも投稿しています。
メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。
宜しくお願いします。
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
破滅する悪役五人兄弟の末っ子に転生した俺、無能と見下されるがゲームの知識で最強となり、悪役一家と幸せエンディングを目指します。
大田明
ファンタジー
『サークラルファンタズム』というゲームの、ダンカン・エルグレイヴというキャラクターに転生した主人公。
ダンカンは悪役で性格が悪く、さらに無能という人気が無いキャラクター。
主人公はそんなダンカンに転生するも、家族愛に溢れる兄弟たちのことが大好きであった。
マグヌス、アングス、ニール、イナ。破滅する運命にある兄弟たち。
しかし主人公はゲームの知識があるため、そんな彼らを救うことができると確信していた。
主人公は兄弟たちにゲーム中に辿り着けなかった最高の幸せを与えるため、奮闘することを決意する。
これは無能と呼ばれた悪役が最強となり、兄弟を幸せに導く物語だ。
現代ダンジョンで成り上がり!
カメ
ファンタジー
現代ダンジョンで成り上がる!
現代の世界に大きな地震が全世界同時に起こると共に、全世界にダンジョンが現れた。
舞台はその後の世界。ダンジョンの出現とともに、ステータスが見れる様になり、多くの能力、スキルを持つ人たちが現れる。その人達は冒険者と呼ばれる様になり、ダンジョンから得られる貴重な資源のおかげで稼ぎが多い冒険者は、多くの人から憧れる職業となった。
四ノ宮翔には、いいスキルもステータスもない。ましてや呪いをその身に受ける、呪われた子の称号を持つ存在だ。そんな彼がこの世界でどう生き、成り上がるのか、その冒険が今始まる。
ダブル魔眼の最強術師 ~前世は散々でしたが、せっかく転生したので今度は最高の人生を目指します!~
雪華慧太
ファンタジー
理不尽なイジメが原因で引きこもっていた俺は、よりにもよって自分の誕生日にあっけなく人生を終えた。魂になった俺は、そこで助けた少女の力で不思議な瞳と前世の記憶を持って異世界に転生する。聖女で超絶美人の母親とエルフの魔法教師! アニメ顔負けの世界の中で今度こそ気楽な学園ライフを送れるかと思いきや、傲慢貴族の息子と戦うことになって……。
ダンジョン配信 【人と関わるより1人でダンジョン探索してる方が好きなんです】ダンジョン生活10年目にして配信者になることになった男の話
天野 星屑
ファンタジー
突如地上に出現したダンジョン。中では現代兵器が使用できず、ダンジョンに踏み込んだ人々は、ダンジョンに初めて入ることで発現する魔法などのスキルと、剣や弓といった原始的な武器で、ダンジョンの環境とモンスターに立ち向かい、その奥底を目指すことになった。
その出現からはや10年。ダンジョン探索者という職業が出現し、ダンジョンは身近な異世界となり。ダンジョン内の様子を外に配信する配信者達によってダンジョンへの過度なおそれも減った現在。
ダンジョン内で生活し、10年間一度も地上に帰っていなかった男が、とある事件から配信者達と関わり、己もダンジョン内の様子を配信することを決意する。
10年間のダンジョン生活。世界の誰よりも豊富な知識と。世界の誰よりも長けた戦闘技術によってダンジョンの様子を明らかにする男は、配信を通して、やがて、世界に大きな動きを生み出していくのだった。
*本作は、ダンジョン籠もりによって強くなった男が、配信を通して地上の人たちや他の配信者達と関わっていくことと、ダンジョン内での世界の描写を主としています
*配信とは言いますが、序盤はいわゆるキャンプ配信とかブッシュクラフト、旅動画みたいな感じが多いです。のちのち他の配信者と本格的に関わっていくときに、一般的なコラボ配信などをします
*主人公と他の探索者(配信者含む)の差は、後者が1~4まで到達しているのに対して、前者は100を越えていることから推察ください。
*主人公はダンジョン引きこもりガチ勢なので、あまり地上に出たがっていません
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる