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第一章 復讐編
22 - 急襲
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その朝は、その瞬間まで、何も変わりがないように思えた。
早朝、三時五十七分。
空高く舞い上がる水柱と衝撃と轟音が、『カリギュラの蛇』の洋上メガフロート基地を揺らした。
設置してあった機雷が爆発したのだ、ということぐらいは、誰もがすぐに理解した。
だがそれは、運の悪いどこかの民間船が機雷に引っかかったから、などではなかった。
見張り台から望遠鏡を覗き込んだ兵士は、未だ薄暗い水平線上にそれを見た。
水平線上に立ち並ぶ軍艦の群れ。
そして軍艦にたなびく、白と赤の旗を。
「日本海軍だと……!?」
領海からはるか遠くに離れたこの地に、なぜ。
その疑問を口にするよりも早く、彼は警報装置のスイッチを入れた。
◆ ◇ ◆
「敵機雷、排除に成功。しかしここから先の機雷群の排除には時間を要します」
「了解した。掃海艇は後退し、別命あるまで待機せよ」
掃海隊群司令に返答を返したのは、日本国防海軍第四艦隊、編成空母打撃群を指揮する大野義也准将である――なお階級は自衛隊が国防軍に改められたときに変更されている――。
壮年を超えながらも、その体つきはまるで年齢を感じさせない。彼は口を厳しく引き結び、敵目標たる施設を睨みつけてから、横に立つ人物に目線を向けた。
「……敵は慌てているようです。例の情報は正確だったようですな、各務殿」
「ええ。我々も別で裏を取っておりますから」
彼は軍人ではない。彼は民間の『オブザーバー』だ。
言うまでもなく、演習ならともかくとして、国防海軍の作戦に民間人が参加するなど、普通はありえない。それは本来、この船に乗っているはずのない人物であった。
おまけにその人物が、今やニュースで連日『ステラ』襲撃事件の犠牲者と誤報されている人物であり……その誤報が、恐らく当人の手による情報操作であることを薄々感づいている身としては、さすがに苦々しさを禁じ得ない。
しかし防衛大臣から「よろしく」されれば否とは言えない。呆れたことに統合幕僚本部からの承認まで受けているのだ。
忌々しい感情までも八つ当たり気味に押し付けるように、彼はその『基地』を睨んだ。
「まさかこんなところに、テロリストが潜んでいるとはな」
それは、かつて放棄された太平洋上の石油プラント――のはずだった。
戦後、国連の崩壊によって国連海底機構が機能不全を起こし、公海における海底資源の採掘は無法地帯の有様を呈した。
各国はそれぞれが独自に石油プラントを建設し、時に奪い合い、また破壊され、公海を穢し続けた。
――もっとも、南太平洋で発見された石油資源のほとんどは、ごく少量程度の埋蔵量であり、あっという間に枯渇した。
そうした海洋プラントは破壊されることもなく放置され、今なお公海上に残り続けている。
しかも国際的な糾弾を恐れた各国はその保有権を沈黙のままに放棄し、もはやどこの国が作ったものなのかもわからない。
この海洋プラントも、そうした暗黒時代の遺物のひとつだ。各国のシーレーンから遠く離れ、衛星からも隠れるように目立たぬ位置に存在する。
それが、よもや国際テロリストに使われているとは。
「テロリストが、年端もいかぬ少年兵を実験台として利用しているのは確かなのですか」
彼に呼ばれた男――各務弦也は「ええ」と蛇のような笑みを見せた。
「ブリーフィングで説明させていただきました通りです。それも、日本国民であることは、政府の確認を取れています」
「――なるほど」
法律が変わり、自衛隊が国防軍に変わっても、彼らが絶対に変えてはならないとされる信念が一つある。
それは――自分たちが、日本国民を守護するために存在しているということだ。そのためならば、命を厭わない覚悟だ。
であれば。年端もいかぬ少年を兵士として利用し、あまつさえ実験台にするなど、たたき上げの海兵である彼にとって断じて許せることではなかった。
彼は、少年少女に脚式飛行戦車の訓練まがいのことをさせることも反対なのだ。
軍の方針ならば否もないが、それと個人の感情は別物だ。
「こちら司令部。各艦隊、照準を開始せよ」
『了解。各艦、目標構造物へ照準を開始します』
『UAVが目標構造物上空に到達しました。各艦、データリンクを開始します』
艦のサブモニターに、基地上空に飛ばしたステルスドローンからの映像が映し出される。
プラントの中の様子までは分からない。
だがそれを見つめる各務弦也は、先日、出会った少年のことを思い出していた。
あまりに不思議な少年だった。
少年であるというのに、歴戦の戦士のような風格すらも漂わせていた。
そう、確かに一瞬、各務弦也は新谷啓人に恐怖したのである。
強さによって、ではない。
アサルトモービルによって個の強さが拡大された今でも、数は力だ。
各務弦也には、新谷啓人を殺す手段がいくつも存在する。人という生き物は脆く、弱く、その殺し方と壊し方をこの上なく各務弦也は知っていた。
ならば弦也を恐怖させたのは――彼の身に宿す狂気だ。
強固な自我と自意識。決して折れず曲がらない狂気という名の意思。
たとえ完全武装した兵士で囲んだとしても――体中を穴だらけにしながらでも、己の喉笛を噛み砕くのではないかとすら思える。
獣より、もっと性質が悪い。魔物とすらも言えるかもしれない。
それを、少年の目から、確かに感じたのだ。
(面白い)
だから手元のチップを、彼に賭けたのだ。少なくない代償を払っても、賭ける価値があると思ったのだ。
恐らく彼が何らかの方法、恐らくは薬物によって精神操作を受けていることに絃也は気づいていた。
しかしそれでもなお、彼は己に課せられた鎖を食い破ろうとしている。
(見せてくれ。私に、君の価値を)
それができなければ、諸共に消し去ることになる。
早朝、三時五十七分。
空高く舞い上がる水柱と衝撃と轟音が、『カリギュラの蛇』の洋上メガフロート基地を揺らした。
設置してあった機雷が爆発したのだ、ということぐらいは、誰もがすぐに理解した。
だがそれは、運の悪いどこかの民間船が機雷に引っかかったから、などではなかった。
見張り台から望遠鏡を覗き込んだ兵士は、未だ薄暗い水平線上にそれを見た。
水平線上に立ち並ぶ軍艦の群れ。
そして軍艦にたなびく、白と赤の旗を。
「日本海軍だと……!?」
領海からはるか遠くに離れたこの地に、なぜ。
その疑問を口にするよりも早く、彼は警報装置のスイッチを入れた。
◆ ◇ ◆
「敵機雷、排除に成功。しかしここから先の機雷群の排除には時間を要します」
「了解した。掃海艇は後退し、別命あるまで待機せよ」
掃海隊群司令に返答を返したのは、日本国防海軍第四艦隊、編成空母打撃群を指揮する大野義也准将である――なお階級は自衛隊が国防軍に改められたときに変更されている――。
壮年を超えながらも、その体つきはまるで年齢を感じさせない。彼は口を厳しく引き結び、敵目標たる施設を睨みつけてから、横に立つ人物に目線を向けた。
「……敵は慌てているようです。例の情報は正確だったようですな、各務殿」
「ええ。我々も別で裏を取っておりますから」
彼は軍人ではない。彼は民間の『オブザーバー』だ。
言うまでもなく、演習ならともかくとして、国防海軍の作戦に民間人が参加するなど、普通はありえない。それは本来、この船に乗っているはずのない人物であった。
おまけにその人物が、今やニュースで連日『ステラ』襲撃事件の犠牲者と誤報されている人物であり……その誤報が、恐らく当人の手による情報操作であることを薄々感づいている身としては、さすがに苦々しさを禁じ得ない。
しかし防衛大臣から「よろしく」されれば否とは言えない。呆れたことに統合幕僚本部からの承認まで受けているのだ。
忌々しい感情までも八つ当たり気味に押し付けるように、彼はその『基地』を睨んだ。
「まさかこんなところに、テロリストが潜んでいるとはな」
それは、かつて放棄された太平洋上の石油プラント――のはずだった。
戦後、国連の崩壊によって国連海底機構が機能不全を起こし、公海における海底資源の採掘は無法地帯の有様を呈した。
各国はそれぞれが独自に石油プラントを建設し、時に奪い合い、また破壊され、公海を穢し続けた。
――もっとも、南太平洋で発見された石油資源のほとんどは、ごく少量程度の埋蔵量であり、あっという間に枯渇した。
そうした海洋プラントは破壊されることもなく放置され、今なお公海上に残り続けている。
しかも国際的な糾弾を恐れた各国はその保有権を沈黙のままに放棄し、もはやどこの国が作ったものなのかもわからない。
この海洋プラントも、そうした暗黒時代の遺物のひとつだ。各国のシーレーンから遠く離れ、衛星からも隠れるように目立たぬ位置に存在する。
それが、よもや国際テロリストに使われているとは。
「テロリストが、年端もいかぬ少年兵を実験台として利用しているのは確かなのですか」
彼に呼ばれた男――各務弦也は「ええ」と蛇のような笑みを見せた。
「ブリーフィングで説明させていただきました通りです。それも、日本国民であることは、政府の確認を取れています」
「――なるほど」
法律が変わり、自衛隊が国防軍に変わっても、彼らが絶対に変えてはならないとされる信念が一つある。
それは――自分たちが、日本国民を守護するために存在しているということだ。そのためならば、命を厭わない覚悟だ。
であれば。年端もいかぬ少年を兵士として利用し、あまつさえ実験台にするなど、たたき上げの海兵である彼にとって断じて許せることではなかった。
彼は、少年少女に脚式飛行戦車の訓練まがいのことをさせることも反対なのだ。
軍の方針ならば否もないが、それと個人の感情は別物だ。
「こちら司令部。各艦隊、照準を開始せよ」
『了解。各艦、目標構造物へ照準を開始します』
『UAVが目標構造物上空に到達しました。各艦、データリンクを開始します』
艦のサブモニターに、基地上空に飛ばしたステルスドローンからの映像が映し出される。
プラントの中の様子までは分からない。
だがそれを見つめる各務弦也は、先日、出会った少年のことを思い出していた。
あまりに不思議な少年だった。
少年であるというのに、歴戦の戦士のような風格すらも漂わせていた。
そう、確かに一瞬、各務弦也は新谷啓人に恐怖したのである。
強さによって、ではない。
アサルトモービルによって個の強さが拡大された今でも、数は力だ。
各務弦也には、新谷啓人を殺す手段がいくつも存在する。人という生き物は脆く、弱く、その殺し方と壊し方をこの上なく各務弦也は知っていた。
ならば弦也を恐怖させたのは――彼の身に宿す狂気だ。
強固な自我と自意識。決して折れず曲がらない狂気という名の意思。
たとえ完全武装した兵士で囲んだとしても――体中を穴だらけにしながらでも、己の喉笛を噛み砕くのではないかとすら思える。
獣より、もっと性質が悪い。魔物とすらも言えるかもしれない。
それを、少年の目から、確かに感じたのだ。
(面白い)
だから手元のチップを、彼に賭けたのだ。少なくない代償を払っても、賭ける価値があると思ったのだ。
恐らく彼が何らかの方法、恐らくは薬物によって精神操作を受けていることに絃也は気づいていた。
しかしそれでもなお、彼は己に課せられた鎖を食い破ろうとしている。
(見せてくれ。私に、君の価値を)
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