約束のオーリオウル ~ 拷問中に目覚めた俺は人型兵器を駆る

山形くじら2号

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第一章 復讐編

14 - 蒼い悪魔

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くそったれファック! どうなってやがる!』

 無線機越しにそうがなり立てた声は、キューバにある第六管区基地から発進したアメリカ沿岸警備隊、人型機動航空部隊のものだった。

 沿岸警備隊の巡視船カッターがカリブ海を航行していた国籍不明の不審船を発見したのは、およそ一時間前、夜も明けきらぬ深夜のことだった。
 もともとカリブ海は海賊の巣窟だ。だがそれにつけ、第三次世界大戦以降、内戦と混乱の続く南米に群がるように不審船が増えた。今回発見されたのも、おそらくベネズエラあたりを狙った『奴隷狩り船ヒューマンハントシップ』だと思われていた。
 しかし急転したのは、巡視船が停止を呼びかけ、臨検に応じるよう命令した直後だった。

 開くカーゴハッチ。空に飛び出した蒼い機体。
 人型強襲兵装ヒューマノイド・アサルト。HARM。アサルトモービル。
 『奴隷狩り』ごときが持っているはずもない、予想外の戦力だった。

 巡視船からの応援要請を受け、人型機動航空部隊が緊急発進スクランブルしたころには、既に巡視船は無力化されて航行能力を喪失していた。
 基地を急発したアサルトモービルHARMは六機一個小隊。先発していた航空部隊によって捕捉していた未知のアサルトモービルに問答無用の攻撃を仕掛けた。

 領海内で軍事兵器を持ち出して、巡視戦を攻撃したのだ。このご時世、わざわざご丁寧に警告など発したりはしない。

 ――しかし予想外だったのは、ここからだった。

『早すぎる!?』

『――冗談じゃないぞ!』
 
 無線で飛び交う、目の前で起こる、悪夢じみた光景。
 まず接敵と同時、高速機動によって接近されてあっけなく二機が落とされた。そのうち一機は彼らにとって第二のエースだった。

 信じられない。
 この部隊のエース、グリゴール・サリエリは乾いた笑みを浮かべた。その笑みがどういう種類のものか、彼は自分でもわからなかった。

 機体性能に大きな差はない、と思う。
 だが早すぎる。上手すぎる。何をしても当てられる気がしない。どう動いても避けられる気がしない。
 これは純粋に、パイロットの腕だ。

蒼い悪魔ブルーデビル……』

 誰かの囁きが無線から聞こえた。

 ――アサルトモービルHARMは、パイロットの腕によって何倍もの性能を発揮する、と言われている。
 だからこそ、彼はこの仕事を選んだ。自分の『才能』のぶつけ場所を見つけられる気がしたからだった。

 グリゴールの後悔は、あまりに遅すぎた。

 この日、沿岸警備隊第六管区はアサルトモービル六機の損失という、少なくない打撃をこうむった。
 幸いパイロットに死者はいなかったが、このことは、どの国のマスメディアにも知らされることはなく黙殺された。

 ◆ ◇ ◆

蒼い悪魔ブルーデビル、か」

 日本のロールプレイングゲームにでも出て来そうな名前だ、とアメリカ南方海軍司令官、ベンジャミン・クロフォード大将は率直に思った。

『ええ、その通りです』

 映像の向こうで首肯したのは、序数艦隊ナンバード・フリートであるアメリカ海軍第四艦隊司令官、ジョナサン・ボルディル中将だ。
 旧来、その設立から二十一世紀末頃まで、第四艦隊は少将リア・アドミラルを司令官としていた。しかしメキシコ戦争サンディエゴ・ショック以降、中南米は急激に脅威度を増し、南方海軍と第四艦隊の重要度は比例して高まり続けている。――もっともその論法は、東アジアの軍事緊張を緩和させたい連邦政府が、第七艦隊ブルーリッジを拡大させないとして使われていたが。

 今も、民間船に偽装してカリブ海に侵入する海賊船や密輸船は後を絶たない。アメリカからの要請を無視し続けるパナマに対して、もっと直接的なが議論されるほどにだ。
 ――半世紀前の混乱期ならともかく、現下の国際情勢で出来るハズもない話だが。こうした強硬論者は市井にも少なくはない。

 閑話休題。今二人が――バカバカしいと思いながらも――議論の俎上そじょうに挙げねばならないのは別の話だ。

『確かにバカバカしい話ではありますが。蒼い悪魔ブルーデビルの目撃例は少なくありません。ラテンアメリカだけではなく、ヨーロッパやソマリア、中東でも目撃されています』

沿岸警備隊コーストガードを蹴散らした機体と同型機と思われる、か」

 情報部からの分析結果を映し出した薄型端末を、トン、と指で叩く。
 沿岸警備隊コーストガードを蹴散らした不審船と所属不明機は、そのまま大西洋に抜けた。パナマ運河を通らなかったのだから、八つ当たりもできない。

「しかし六機を一機で撃破か。まさか噂されている第三世代というわけではないだろうが」

『機体としての性能は第二世代機とそれほど差があるわけではないようです』

「となればパイロットか。……悪魔という名前もまんざら嘘ではないらしい」

 苦々しげな顔を隠そうともせず、ベンジャミンはそう言った。

 ベンジャミンは、端的に言って、アサルトモービルHARMという兵器が気に食わない。
 既存の、合理的スマートな戦術論を完全に無視し、力技で実現した『人型ロボット』だ。高齢の軍人であればあるほど相性が悪いし、ましてそれを前提にしなければならない現代戦に苦々しい思いを抱いているのは、ベンジャミン一人だけではないだろう。

 だがそれ以上に、アサルトモービルHARMはパイロットの腕によって戦闘力に大きな差が出る。それは言ってしまえば、たとえ十分な訓練を積んでも、パイロットがアサルトモービルの性能を発揮しきれていない、ということでもある。
 それはつまり、人が兵器をコントロールしきれていないということだ。それは思わぬ危険を呼び起こす。今回の『蒼い悪魔ブルーデビル』のように。

『――連中が各地に出現している理由は何でしょう?』

 取り留めもない思考は、中将の言葉によって中断された。

『某国の特殊部隊というには、あまりにも行動が迂闊すぎます。我々が本気を出していたら、連中を捕えることも容易でした。かといって犯行声明もない。国籍も不明、イデオロギーも見いだせない、連中の目的が読めません』

「我々への挑発、というのも無視はできないが」

 そう前置きした上で、ベンジャミンは壁にかけられた世界地図、その一部へと目をやった。

「連中の目的は、おそらく――」

 ◆ ◇ ◆


「――『蒼い悪魔』の目的が売り込みだと?」

 その言葉を発したのはアメリカ人ではなく日本人で、場所は東京の渋谷にある高級料亭だ。
 与党衆議院議員、大山治重。見るからに高給そうなスーツを着た恰幅の良い紳士だが、その目つきは今、人を射殺せそうなほどの眼光を宿している。内閣入り間近と噂されるこの男が、只人であるはずもない。

「つまり、連中は傭兵だったというわけか」

「ええ。日本とアメリカ、双方の諜報機関の一致した見解です。そしてその売り込みは、どうやら完了したようだと」

 ――よくもまぁ、情報部の機密を簡単に盗めるものだ。
 大山は目の前で杯を傾ける男に感心したが、むしろそれが当然という気もした。

 各務絃也、四家のひとつ、各務家の現当主。
 四家とは、第三次世界大戦以降、日本の陰日向となって活躍した四つの大財閥、鳳、一条、四宮、各務の四家のことだ。
 その中でも各務家は、戦前から日本の裏側で暗躍する、いわゆる古い『忍者』の一族だと言われている。明治維新以降に居場所を失くした忍者は、明治政府との密約によって日本を裏側から守護することになった。そのために生まれたのが鏡家――すなわち各務かがみ家である。

 各務の財閥としての力は、他の三家には見劣りする。
 しかし暴力を含んだ諜報能力という意味でなら、各務の力は群を抜いている。自衛隊が国防軍に再編成される中で、軍の諜報機関を統合再編成した折にも、各務は多数の人員を送り込んでいた。
 無論、それは単純に『各務家の諜報力』を軍が欲した結果だ。以来、各務家と軍は緊密な協力関係を結んでいる。ゆえに、軍情報部の機密情報を一般人であるはずの彼が知っていても、不思議ではない。

 実際、第二次世界大戦中盤まで日本が有利に戦った時も、日本が第三次世界大戦を生き抜いた時も、各務家の功績は絶大だった。それゆえの四家の一である。

「買ったのは、やはり大陸側か」

「そう考えるのが自然ですね。北か西かは、まだ判明していませんが」

 北はロシア、西は中国――どちらであっても、日本にとって脅威となることは間違いのないことだった。

「……彼らは何者なのかね」

「カリギュラの蛇、と、名乗っているそうですよ。傭兵(PMF)というよりは、テロリストに近いですが」

 それこそ蛇のような目をした男の言葉を、杯の中の日本酒と共に飲み下した。

「……それで? 今日呼び出したのは、それを知らせるためというわけではないだろう。大陸側が力をつける可能性がある、ということかな」

 戦前から、東アジア地域におけるパワーバランスに最も気を使っているのは日本だ。三国による泥沼の大戦に巻き込まれるのは御免だ。いくら軍事力を高めようと、日本に領土的野心など不要だというのが大山の持論だった。

「カリギュラの蛇の軍事力は、結局のところ一民間組織の枠を超えるものではない、と情報部は結論づけています。しかし――捨て駒として使うには十分でしょう。買ったのがどちらであれ、捨て駒に狙われるとすれば……」

「我が国をテロリストが襲うということか!?」

 思いがけず大声を発して、大山は卓を叩いた。

 彼の目の前で、各務はにこりと笑って見せる。
 ――やはり蛇のような男だ。それも人ひとりぐらいは容易く呑み込めそうな大蛇の類だ。
 ひっそりと、大山はそう心の中でつぶやいた。
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