死人は行く道を未来へと誘う ~ただ一人生き残った青年の役目は、裏切り者の作った異界を消すこと。だけど~

杵島 灯

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第5章 曇り隠れ見えずとも

言葉を守り伝えるもの 3

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 雨が降ってきたのは少し早めの昼食をとるくらいの時間だったし、雨宿りした店はカフェだった。

「せっかくだし、一緒に食べようか」

 どちらからともなくそう言って、美織は聡一と共に中へ入る。「昼食が終わったら出よう」との言葉は「予報だと十四時くらいに雨が止みそうだからそれまで」に変わり、やがて「さすがに店の迷惑だろうから出なくては」となった。
 約五時間を過ごした相手と手を振って別れたあと、交換したメールアドレスのことを思い出す美織の頬は、人ごみ中だというのに緩みっぱなしだった。

 とはいうものの、新学期を迎えたあとでの態度は今まで通りだ。美織は聡一に対して「単なるクラスメイト」との姿勢を崩さず、それは聡一も同様で、休日に一緒に出かけたりもしなかった。
 だけど、美織と聡一はメールのやり取りをよくした。聡一からのメールが楽しみで仕方がない美織は、静かな携帯電話を見ながらため息をついて「壊れてる?」とつつくことも日常茶飯事だった。

 この頃になると、美織は聡一への恋心を自覚していた。
 だけど告白出来なかったのは、美織が言森の姓を持って生まれたせいだ。
 どんなに長くても三十二歳までしか生きられないと分かっているのに付き合うなど、相手に失礼でしかない。

「このまま卒業したら、納賀良くんとのメール付き合いも終わるんだろうな……」

 寂しいけれど仕方がない。これもいつかは高校生活の良い思い出になるだろう。そう思っていた卒業目前のある日、聡一から届いたメールを見て美織は目を疑う。
 画面には初めて「今度の日曜、学校の外で会おう」と表示されていた。
 果たして何の用事だろうか。鏡の前で一人ファッションショーを繰り広げたあとに待ち合わせの公園へ向かうと、目印の時計下には久しぶりに見る私服姿の聡一が立っている。
 制服とは違って新鮮で、より格好良く見えて、美織は「こんなことならもっと素敵な服を買っておくべきだった」と後悔まで始める始末だった。

 聡一は美織にすぐ気づいたようで軽く手を上げる。くすぐったい思いを抱えながら美織が小走りに近寄ると、聡一は眩しいものでも見るかのように目を細めて、「少し歩こうか」と言って自然な様子で美織の横に立った。美織の心臓が急にばくばくいい始めたのは、今しがた走ったせいではないはずだ。

「今日はどうしたの?」

 平静を装って美織が尋ねると、聡一は珍しく言葉を濁して答えない。もう少し黙ったまま歩き、人の気配が切れたあたりで立ち止まると、聡一は意を決したように言った。

「言森さんのことが好きです。良かったら僕と付き合ってもらえませんか」

 つい反射的にうなずいてしまって、すぐに美織はしまったと思う。だけど「今のはなかったことにして」と言えなかったのは、聡一があまりに嬉しそうに笑ったからだ。

「良かった! 言森さんって告白されても全部断ってたよね。もしかしたら僕も駄目かと思ったけど、でも、思い切って言って正解だったよ!」
「なんで私が告白を断ったことを知ってるの?」

 思わず尋ねると、聡一は夏のあの日のように悪戯な笑みを浮かべる。

「僕だって友達くらいはいるからね。『あいつが言森さんを好きだ』『告白するらしい』『駄目だった』なんていう話は聞いて、そのたびに一喜一憂してたんだ」

 我ながら性格悪いな、と聡一は苦笑するが、実を言えば美織も同じだ。友人から「納賀良くんのことを好きな人がいる」と聞いては胸の中がモヤモヤしたし、「告白は断られたみたい」と聞いて安堵もした。まさか聡一も同じように考えていたとは思わなかった。

「これからはメールだけでなく、実際の付き合いもよろしく」

 頭を下げる聡一に、慌てて同じように頭を下げ、美織は決意する。

 一年だけ。
 人生の思い出として一年だけ付き合おう。
 一年の間に聡一が美織に愛想をつかすかもしれないし、例え聡一の側から何も言ってこなかったとしても美織の方から別れを切り出せばいいだけだ。

 しかし一年は楽しく、あっという間だった。
 だから「せめてもう一年だけ」と思った。
 あと一年。次の一年には必ず。来年こそ。
 やがて二人は大学を卒業し、気がつけば社会人になっていて、そこからも三年が経過していた。美織は聡一に別れを切り出せなかった。

 その日のデートも楽しく終え、聡一は美織を夜景の綺麗な公園へ誘った。しばらく歩いた後、人の流れがなくなったあたりで聡一が言ったのは、

「結婚しよう」

 だった。
 ついにこのときが来てしまった、と思いながら美織は両手を握り合わせる。
 今度こそ断らなくてはいけない。分かっている。分かっているのに、言葉はなかなか出てこない。

 美織は怖い。
 自分だけでなく、子々孫々に渡って短命で終わらせる言森の因縁が怖い。
 家族を切望している聡一に、また家族を失わせてしまうのが怖い。
 だけど聡一に嫌われるのも怖いし、聡一を落胆させてしまうのも怖い。かといって騙して結婚した後に聡一を悲しませてしまうのも怖いのだ。

 あの村にいるときから美織は誰とも結婚しないつもりでいた。言森の血は自分で最後にすると決めていた。そのくせこうして、何年も聡一を自分に縛り付けている。

 ――この土壇場でも先延ばしにするの?

 さすがにもうこれ以上は無理だろう。これが最後のチャンスだ。
 そう覚悟を決めたときだった。
 ふいに聡一が美織を抱きしめ、耳元で囁く。

「ごめん。やっぱり、知っておいてほしい。――言わなかったけれど僕は、古くからの宿命を持っている家に生まれた」
「え?」

 力なんて使わなくても分かる。聡一が言っていることは正しい。そして聡一はそのことでずっと苦悩していた。
 もう何年も一緒にいる美織が今まで気づかなかったのだから、聡一はずいぶんと巧妙にそのことを隠していたのだろう。

「その宿命が何かは言えない。だけど僕や……もしも生まれたとしたら僕の子は、美織よりも先に逝くかもしれない。そういう類のものなんだ……」

 ずきりと胸が痛んだ。これは美織のものではない。聡一のものだ。
 そうして美織は納得する。
 聡一は子どもの頃に両親と弟を亡くしたのだと聞いた。もしかしたらそれは彼の宿命と関わるものなのかもしれない。
 美織は顔を上げた。泣きそうな聡一の頬を撫でる。

「……今まで黙っていたけど、私の家にも古くからの因縁があるの。やっぱり内容は言えないのだけれど……私は間違いなく早くに逝く。私の血を受け継いだら、きっと子どもだってそうなるの」

 すべてはまだ妖が世にいた頃。美織の先祖でもある男が、妖の頭を切り落としてしまったから。

 妖の頭はしばらく男の家の納屋に置かれていたそうだ。しかしあるとき「頭を売ってくれ」と言って一人の老爺が現れた。男はすぐにうなずいたが、それに異を唱えた者がいた。
 男の息子、リキタだ。
 リキタは必死になって父親に訴えた。「あの頭は残しておいてやるって、妹と約束したじゃないか」と。

 妹。リキタの異母妹。
 男と、男によって殺された妖との間に生まれた娘で、狐の耳と尾を持つ異形だったと伝わる。
 だけどリキタの必死の訴えに男は耳を貸さなかった。かねに目がくらんでいたため、老爺に言われるまま妖の頭を売り払ってしまったのだ。

 言森の血を持つ人間は長くは生きられない。だけど使命を持っている。それはリキタが残したといわれる言葉を後継に伝えること。そして、その言葉の内容を一族以外には絶対に明かさないこと。
 寿命と使命とのせめぎあいの中、一族最後の一人になってしまった美織はこれ以降は言森の血を残さないと決意し、リキタの言葉を自分の代で放棄しようと思ってた。

 ――なのに。

 出会ったころからずっと家族を切望している聡一。彼の家族に、自分がなりたくなった。
 それには流れる血が邪魔をする。
 自分は長く生きられないのに、自分の子どもも長く生きられないのに、聡一を手放したくない。
 なんて卑怯なんだろう。
 聡一と付き合う中で美織は「どうしてこんな一族があるの」と、何度も先祖を恨んだ。「もっと早くに血を絶やしてほしかった」とも思った。
 そうすればこんなに葛藤する必要はなかったし、こんな苦しみを持つ自分が存在することだってなかったのに。

「美織にどんな血が流れていても構わない」

 聡一が美織の頬を両手で包み、額をこつんと当てる。

「僕も言えないのだから、美織も因縁に関しては話さなくていい。それでも僕が家族になりたい相手は美織だ。美織だけなんだ。だから例え短い間であっても、一緒に暮らしてくれないか」

 一緒にいたくて仕方がない相手にそんな風に言われて離れることなどできなかった。美織は聡一の背に腕を回し、答える。

「……お願いします」

 間近の聡一が頬をほころばせた。それを見ながら美織は思わず呟く。

「業を背負った者同士が結婚するなんて。もしも子どもが生まれたら、私たちは恨まれるかな」
「さあ、どうだろうね」

 興味のなさそうな声で聡一が答える。力を使わなくても分かった。きっと聡一は自分の血を恨んだことがある。美織と同じように。
 分かっていても美織はもう、聡一の手を離すつもりがなかった。いつかこの選択を後悔する日が来るのだとしても、今は聡一と共に進む道を選択してしまった。そして、聡一もまた。

 ――ごめんなさい。

 嬉しさと同時に罪悪感が湧き上がる。果たしてこれは誰へのものだろうか。
 思わず顔を下向け、それで美織は、自分が聡一と抱き合ったままだということに気が付く。
 ここは夜景の綺麗なスポットとして有名だ。少し前には人も切れていたが、今は周りを歩く音が聞こえてくる。

「ねえ……私たちのこの状況って、周りから見たらものすごくバカップルっぽいんじゃない?」
「確かに。じゃあせっかくだからバカップルぽいではなく、真のバカップルになろうか」

 ときおり見せるあの悪戯めいた笑いを浮かべ、聡一は美織に口づけた。
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