14 / 35
第1章
13.秘めた望みはどんなこと?
しおりを挟む
「……でもなんで、契約が結ばれたんだろう?」
リディが首をかしげると、タテガミを風にそよがせながらナイトメアが言う。
『名前の交換をしたからじゃないですか?』
「したっけ?」
『しましたよ』
「確かに私は名乗ったけど、あなたの名前を聞いた覚えがないなあ」
『なんですって? 聞いてくれてなかったんですか? 私はきちんと「※*#@♪△」と名乗りましたよ?』
「あー」
あれは足の速さの話をしたときだ。言われてみればリディもその不思議な音に覚えがある。
「ごめんね。私はあなたの名前をちゃんとした言葉として聞き取れなかったんだ。もしかしたら西方の言葉に慣れてないせいかもしれない」
『あなたは東方の生まれですから仕方ないのかもしれませんね。……ああ、それにしても』
ふんふん、と鼻を鳴らしたナイトメアは独り言のように呟く。
『そうですか……契約とはこんな感じなのですねえ……』
表情はよく分からないが、少なくとも彼からは負の感情が窺えない。むしろ、興味深そうな口調だけを聞くと状況を楽しんでいるような印象さえ受ける。
「嫌じゃないの?」
『まったく嫌ではありません。元々、人に頼みごとをしたくて棲みかを出て来たわけですし――』
言って彼はリディに赤の瞳を向ける。思案するように二、三度瞬いてからもう一度口を開いた。
『そう。私はあの街へ行く必要なんてなかったんです。丘で話した時からきっと、心の中ではあなたを選んでいたのですから。契約をした今、こんなに心穏やかでいられるのはそのためです。……しかし、あなたはナイトメアの私で良かったのですか? もっと別の魔獣の方が良かったと思っていたり……元々、理想とする魔獣がいたりしなかったのですか?』
「うーん」
リディは腕組みをして首をかしげる。
「テイマーにはなりたかったけど、魔獣に関しては特に考えてなかったかな。だから、私を選んだと言ってくれるあなたが契約してくれてとても嬉しいよ。ありがとう」
『ほ、本当ですか……!』
ナイトメアはふるふると体を震わせる。どうやら感激しているらしい。
『ありがとうございます! 実を言えば私はかなり前から、人に頼みごとをしようと考えていたんです。ですが踏ん切りのつかないまま時間だけが経って……。今回ようやく棲みかの外へ出てこられたのは、きっとあなたに出会うためだったんですね!』
「大げさだなあ。私はそんなに大層な人間じゃないって」
リディは小さく頬を掻いた。
「だけど、そっか。前から『人に頼みたいことがある』って言ってたもんね。どんなことなの? 私にできることなら頑張って手伝うよ」
『あああ、本当に感激です! 実は……』
言いかけてナイトメアは辺りを見回す。周囲に人影はないのだからそのまま話を続けても平気だというのに、彼はぐっと声を潜めた。
『……あの。誰にも言いませんか?』
「もちろん」
『信じますよ』
「大丈夫! 信じて!」
リディが胸をどんと叩くとナイトメアは更に二歩近づいた。
『では、申し上げましょう。私は――』
ナイトメアが首を伸ばし、リディの耳元に顔を寄せ、囁く。
『――有名になりたいんです』
真意を測りかねたリディが右側の赤い瞳を見ると、ナイトメアは首を起こして正面からリディを見つめる。
『馬型の魔獣と聞いたとき、人間たちは何を想像すると思いますか?』
「ペガサスやユニコーンじゃないかな」
『ナイトメアが出てくる可能性は?』
「低いと思う」
『ですよね!』
ナイトメアは鼻息を荒くする。
『ナイトメアというのは人間たちにとって、まあ、そのう……少しばかり、地味な存在かもしれません。ですが人間たちに良く知られているからって、ペガサスやユニコーンといった連中はイイ気になりすぎなんですよ! 私に会うといつも「有名な魔獣ってのも困るよなぁ。人間たちと出会うたびにキレイーだのステキーだの騒がれてよぉ。中には棲みかまで見に来るやつもいるから全然気が抜けない日々でツレぇわ。マジでツレぇわ。人気者ってのは大変だわ。お前もそう思うだろ?」なんて言うんです!』
話しながら憤りを思い出したのか、ナイトメアはその場で足をドスドスと踏み鳴らす。あまりに地面が揺れるので、リディはこっそり三歩下がった。
『で、続く言葉がまた酷いのです。「おっと、しまった。同じ馬型の魔獣だから仲間のつもりだったけど、ナイトメアだけは違ったな! 俺らと違ってナイトメアだけは無名だから、静かな日々を送ることができるもんなぁ! 羨ましいぜ!」なんて言いましてね! ああ、高笑いで去って行くあいつらの後ろ姿を見る私が、どれほど悔し涙を流したことか――おや、どうしてあなたはそんな後ろにいるのです?』
「ちょっとね」
答えて三歩前へ戻り、リディはうなずく。
「つまりあなたが人間たちの中で話題になれば、ナイトメアという種族が有名になる。そうしたら今までナイトメアを下に見てきたペガサスやユニコーンを見返してやれる。ってことだね」
『まさに仰る通りです! ですから……も、もしも、あなたが今後、他にいいなーと思う魔獣に出会っても、私と契約解除せずにいて欲しいのです……』
「もちろん。でも、なんでそんな心配をするの?」
リディが首をかしげると、ナイトメアはうなだれる。
『契約は、魔獣と人間が一対一で行いますよね』
「うん、そうらしいね」
契約は対等であり、必ず一対一で行われる。どちらかが主でどちらかが従というわけではない。そして、ひとりの人間が何体もの魔獣と契約はできないのと同様に、一体の魔獣が何人もの人間と契約できるわけでもない。リディはオレリアからそう聞いていた。
『私と契約した今、あなたは他のどの魔獣とも契約はできません。「黒いナイトメアより白いペガサスやユニコーンの方が格好いいな」と思ったら、まずは私との契約を解除するところから始めなくてはいけないのです』
「私は色で判断するつもりなんてないよ」
『今はそう思っていても、今後は分かりませんよね。それに、そう、ナイトメアよりドラゴンの方がいい、って思うかもしれません。何しろドラゴンは赤だの緑だの茶だの色とりどりです。他にも――』
「うーん。そんなに心配なら誓おうか」
リディは右手を胸にあてて天を見上げる。
「我が祖先にして祖国の守り神、偉大なる紫禳の神にかけて誓う。私は、他の魔獣に心惹かれてナイトメアさんを捨てたりしない」
『なんと……わ、私のために、誓いまで立ててくださった……。あなたは黒髪が美しいばかりでなく、心根も優しくていらっしゃるのですね。ありがとうございます。本当に、ありがとうございます! もちろん私も誓いますよ! 我が契約は永遠です!』
大粒の涙を流すナイトメアは、どうやらものすごく感激しているようだ。
これほどまでに喜んでもらえたのなら誓って良かったと、リディはほこほことした気持ちで彼を見つめた。
リディが首をかしげると、タテガミを風にそよがせながらナイトメアが言う。
『名前の交換をしたからじゃないですか?』
「したっけ?」
『しましたよ』
「確かに私は名乗ったけど、あなたの名前を聞いた覚えがないなあ」
『なんですって? 聞いてくれてなかったんですか? 私はきちんと「※*#@♪△」と名乗りましたよ?』
「あー」
あれは足の速さの話をしたときだ。言われてみればリディもその不思議な音に覚えがある。
「ごめんね。私はあなたの名前をちゃんとした言葉として聞き取れなかったんだ。もしかしたら西方の言葉に慣れてないせいかもしれない」
『あなたは東方の生まれですから仕方ないのかもしれませんね。……ああ、それにしても』
ふんふん、と鼻を鳴らしたナイトメアは独り言のように呟く。
『そうですか……契約とはこんな感じなのですねえ……』
表情はよく分からないが、少なくとも彼からは負の感情が窺えない。むしろ、興味深そうな口調だけを聞くと状況を楽しんでいるような印象さえ受ける。
「嫌じゃないの?」
『まったく嫌ではありません。元々、人に頼みごとをしたくて棲みかを出て来たわけですし――』
言って彼はリディに赤の瞳を向ける。思案するように二、三度瞬いてからもう一度口を開いた。
『そう。私はあの街へ行く必要なんてなかったんです。丘で話した時からきっと、心の中ではあなたを選んでいたのですから。契約をした今、こんなに心穏やかでいられるのはそのためです。……しかし、あなたはナイトメアの私で良かったのですか? もっと別の魔獣の方が良かったと思っていたり……元々、理想とする魔獣がいたりしなかったのですか?』
「うーん」
リディは腕組みをして首をかしげる。
「テイマーにはなりたかったけど、魔獣に関しては特に考えてなかったかな。だから、私を選んだと言ってくれるあなたが契約してくれてとても嬉しいよ。ありがとう」
『ほ、本当ですか……!』
ナイトメアはふるふると体を震わせる。どうやら感激しているらしい。
『ありがとうございます! 実を言えば私はかなり前から、人に頼みごとをしようと考えていたんです。ですが踏ん切りのつかないまま時間だけが経って……。今回ようやく棲みかの外へ出てこられたのは、きっとあなたに出会うためだったんですね!』
「大げさだなあ。私はそんなに大層な人間じゃないって」
リディは小さく頬を掻いた。
「だけど、そっか。前から『人に頼みたいことがある』って言ってたもんね。どんなことなの? 私にできることなら頑張って手伝うよ」
『あああ、本当に感激です! 実は……』
言いかけてナイトメアは辺りを見回す。周囲に人影はないのだからそのまま話を続けても平気だというのに、彼はぐっと声を潜めた。
『……あの。誰にも言いませんか?』
「もちろん」
『信じますよ』
「大丈夫! 信じて!」
リディが胸をどんと叩くとナイトメアは更に二歩近づいた。
『では、申し上げましょう。私は――』
ナイトメアが首を伸ばし、リディの耳元に顔を寄せ、囁く。
『――有名になりたいんです』
真意を測りかねたリディが右側の赤い瞳を見ると、ナイトメアは首を起こして正面からリディを見つめる。
『馬型の魔獣と聞いたとき、人間たちは何を想像すると思いますか?』
「ペガサスやユニコーンじゃないかな」
『ナイトメアが出てくる可能性は?』
「低いと思う」
『ですよね!』
ナイトメアは鼻息を荒くする。
『ナイトメアというのは人間たちにとって、まあ、そのう……少しばかり、地味な存在かもしれません。ですが人間たちに良く知られているからって、ペガサスやユニコーンといった連中はイイ気になりすぎなんですよ! 私に会うといつも「有名な魔獣ってのも困るよなぁ。人間たちと出会うたびにキレイーだのステキーだの騒がれてよぉ。中には棲みかまで見に来るやつもいるから全然気が抜けない日々でツレぇわ。マジでツレぇわ。人気者ってのは大変だわ。お前もそう思うだろ?」なんて言うんです!』
話しながら憤りを思い出したのか、ナイトメアはその場で足をドスドスと踏み鳴らす。あまりに地面が揺れるので、リディはこっそり三歩下がった。
『で、続く言葉がまた酷いのです。「おっと、しまった。同じ馬型の魔獣だから仲間のつもりだったけど、ナイトメアだけは違ったな! 俺らと違ってナイトメアだけは無名だから、静かな日々を送ることができるもんなぁ! 羨ましいぜ!」なんて言いましてね! ああ、高笑いで去って行くあいつらの後ろ姿を見る私が、どれほど悔し涙を流したことか――おや、どうしてあなたはそんな後ろにいるのです?』
「ちょっとね」
答えて三歩前へ戻り、リディはうなずく。
「つまりあなたが人間たちの中で話題になれば、ナイトメアという種族が有名になる。そうしたら今までナイトメアを下に見てきたペガサスやユニコーンを見返してやれる。ってことだね」
『まさに仰る通りです! ですから……も、もしも、あなたが今後、他にいいなーと思う魔獣に出会っても、私と契約解除せずにいて欲しいのです……』
「もちろん。でも、なんでそんな心配をするの?」
リディが首をかしげると、ナイトメアはうなだれる。
『契約は、魔獣と人間が一対一で行いますよね』
「うん、そうらしいね」
契約は対等であり、必ず一対一で行われる。どちらかが主でどちらかが従というわけではない。そして、ひとりの人間が何体もの魔獣と契約はできないのと同様に、一体の魔獣が何人もの人間と契約できるわけでもない。リディはオレリアからそう聞いていた。
『私と契約した今、あなたは他のどの魔獣とも契約はできません。「黒いナイトメアより白いペガサスやユニコーンの方が格好いいな」と思ったら、まずは私との契約を解除するところから始めなくてはいけないのです』
「私は色で判断するつもりなんてないよ」
『今はそう思っていても、今後は分かりませんよね。それに、そう、ナイトメアよりドラゴンの方がいい、って思うかもしれません。何しろドラゴンは赤だの緑だの茶だの色とりどりです。他にも――』
「うーん。そんなに心配なら誓おうか」
リディは右手を胸にあてて天を見上げる。
「我が祖先にして祖国の守り神、偉大なる紫禳の神にかけて誓う。私は、他の魔獣に心惹かれてナイトメアさんを捨てたりしない」
『なんと……わ、私のために、誓いまで立ててくださった……。あなたは黒髪が美しいばかりでなく、心根も優しくていらっしゃるのですね。ありがとうございます。本当に、ありがとうございます! もちろん私も誓いますよ! 我が契約は永遠です!』
大粒の涙を流すナイトメアは、どうやらものすごく感激しているようだ。
これほどまでに喜んでもらえたのなら誓って良かったと、リディはほこほことした気持ちで彼を見つめた。
0
お気に入りに追加
59
あなたにおすすめの小説
とある元令嬢の選択
こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。
『別れても好きな人』
設樂理沙
ライト文芸
大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。
夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。
ほんとうは別れたくなどなかった。
この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には
どうしようもないことがあるのだ。
自分で選択できないことがある。
悲しいけれど……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
登場人物紹介
戸田貴理子 40才
戸田正義 44才
青木誠二 28才
嘉島優子 33才
小田聖也 35才
2024.4.11 ―― プロット作成日
💛イラストはAI生成自作画像
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
冤罪で山に追放された令嬢ですが、逞しく生きてます
里見知美
ファンタジー
王太子に呪いをかけたと断罪され、神の山と恐れられるセントポリオンに追放された公爵令嬢エリザベス。その姿は老婆のように皺だらけで、魔女のように醜い顔をしているという。
だが実は、誰にも言えない理由があり…。
※もともとなろう様でも投稿していた作品ですが、手を加えちょっと長めの話になりました。作者としては抑えた内容になってるつもりですが、流血ありなので、ちょっとエグいかも。恋愛かファンタジーか迷ったんですがひとまず、ファンタジーにしてあります。
全28話で完結。
前代未聞のダンジョンメーカー
黛 ちまた
ファンタジー
七歳になったアシュリーが神から授けられたスキルは"テイマー"、"魔法"、"料理"、"ダンジョンメーカー"。
けれどどれも魔力が少ない為、イマイチ。
というか、"ダンジョンメーカー"って何ですか?え?亜空間を作り出せる能力?でも弱くて使えない?
そんなアシュリーがかろうじて使える料理で自立しようとする、のんびりお料理話です。
小説家になろうでも掲載しております。
悲恋を気取った侯爵夫人の末路
三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵夫人のプリシアは、貴族令嬢と騎士の悲恋を描いた有名なロマンス小説のモデルとして持て囃されていた。
順風満帆だった彼女の人生は、ある日突然に終わりを告げる。
悲恋のヒロインを気取っていた彼女が犯した過ちとは──?
カクヨムにも公開してます。
婚約破棄の場に相手がいなかった件について
三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵令息であるアダルベルトは、とある夜会で婚約者の伯爵令嬢クラウディアとの婚約破棄を宣言する。しかし、その夜会にクラウディアの姿はなかった。
断罪イベントの夜会に婚約者を迎えに来ないというパターンがあるので、では行かなければいいと思って書いたら、人徳あふれるヒロイン(不在)が誕生しました。
カクヨムにも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる