その日に出会うものたちへ ~東の巫女姫様は西の地でテイマーとなり、盗まれた家宝を探して相棒の魔獣と共に旅をする~

杵島 灯

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第1章

10.まわってまわって道は続く

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 リディの視線の先で、ラットガットの指が地図の最も東を示す。

「ん。ここ。今いる。カブレイの街」

 続いて彼の指は北西の内陸部へ移動した。

「こっち。ルフザ村。ん」
「今いるカブレイの港街と、内陸のルフザ村。結構離れてるね」
「ん」

 うなずいたラットガットは地図を折りたたむと、机の端に置いてあった小さな冊子を開いてリディの方へ向けた。

「ん」
「ここを読むの? えーと……冒険ギルド、ルフザ村支部。マスター、デール・ブルック……」
「ん」

 更にラットガットは職業欄が空白のままになっているリディの冒険者身分証を持ち、小さく呟きながら指で何かを描く。すると身分証は真っ白な紙になった。それを確認し、ラットガットは地図と小冊子と合わせた三点をリディに向かって差し出す。

「ん」
「なに?」

 リディがラットガットの手にあるものをただ見ていると、彼は重ねて「ん」と言う。

「ん。受け取る」
「これを? だけど――」

 リディの困惑をよそに、小柄なラットガットは三種類の紙を持った手をリディの方へさらに伸ばす。

「ん。大半のギルドは身体系と魔法系の職業判別ができる。ん。ナージェは身体系の職業の判別ができる。儂は魔法系の職業判別ができる。ん」
「……うん?」
「ん。デールはテイマーの判別ができる。ん。ルフザ村の冒険ギルドなら、テイマーのページは削除されてない。ん」

 リディは目を見開く。

「……本当に?」
「ん。本当。ん。リディはこれを持つ。ルフザ村に行く。ん」
「で、でも、ギルドマスターのナージエッドさんは許可してないよ」
「ん。ナージェは部屋を出るとき儂に『後を頼む』と言った。儂はうなずいた。リディの件は儂の担当になった。ん。儂はリディがルフザ村に行くのがいいと思った。だからこれ渡す。何も問題ない。ん」

 そう言われてもリディは手が出せない。地図と小冊子は良い。だが、白い紙はもとをただせば“冒険ギルドの身分証だったもの”なのだ。何かのはずみで元に戻ってしまってはたまらない。

(……心せよ、冒険者以外の者。決して冒険者をかたるなかれ……)

 動かないリディを見て、このままでは埒が明かないと判断したのだろう。ラットガットは椅子から降りて机を回り込み、リディの横まで来て手の中に紙を握らせようとした。

 リディが一歩下がって両手を後ろにまわすと、ラットガットも後ろへ回る。
 リディがまた前へ手を戻すと、ラットガットも前へ。

 くるりくるりと何度か回った後、リディの正面に立ったラットガットは腕をいっぱいに伸ばし、更に爪先立ちになって、リディの顔近くに手の中のものを差し出してきた。もちろんリディは後退りをして手を出さない。ラットガットは少し口を尖らせたが、そのまま差し出し続ける。

 差し出すラットガットと、受け取らないリディ。

 部屋の中では膠着した状態が続いていたが、時間の経過とともに爪先立ちがつらくなってきたらしくラットガットの体がプルプルと震えだす。やがてその震えが大きくなり、ラットガットは前のめりに倒れそうになった。
 彼を支えようとしたリディが思わず手を出すと、その隙を逃さなかったラットガットは地図と、冊子と、ただの白紙になった冒険者身分証とをリディの手の中へ器用に押し込む。代わりに、どごん、という派手な音をたててラットガットは床へ転がった。

「だっ、大丈夫?」
「ん。儂の体、頑丈。何も問題ない。ん」

 言葉通り平然とした様子で起き上がったラットガットは、先ほどまで持っていた紙がリディの手の中に移っているのを見て満足そうな声を出す。

「ん。リディはデールに身分証を見せる。身分証だと分かる。ん。それまで紙は白いまま。安心していい。ん」
「でも……どうして」

 何を言っていいのか分からずにそれだけしか言えなかったが、ラットガットには伝わったようだ。

「ん。リディがここに残るなら渡さなかった。ん」

 眉と髭が長くてよく分からないラットガットの表情だが、今は笑っているように見える。

「ん。リディには可能性がある。魔力使いの可能性。他にもテイマーの可能性。ん。――シハラのスズナリ家。紫の瞳。ん」
「……それ、私とナージエッドさんが話してる途中でも言いかけてたよね。『もしかしたら』って思ったけど、やっぱり知ってたんだ。本当に博識だね」
「ん!」

 胸を張るラットガットを見ながらリディは渡された三つの品を大事に抱く。胸がいっぱいになり、言葉が上手く出てきそうにないのだが、感謝を告げなくてはならないことだけは分かる。

「私が冒険者になれても、なれなくても。今度またこの街へ戻ってきた時は、東方の話をたくさんするよ。本当に、本当に、ありがとう。――ラットガットさんにも、ナージエッドさんにも、この先、良い出会いがありますように」
「ん! もういい出会いはあった。ん! でも、これからも楽しみにしてる! ん!」

 弾んだ声で言うラットガットに見送られながら、リディは何度も頭を下げて部屋を出た。

 面談に時間はかかったが外はまだ十分に明るい。荷物を取るため宿へ戻り、ついでに管理をしている冒険ギルドの人物に北西方面に行くにはどうすれば良いのか聞いてみると、彼はポンとひとつ手を打った。

「ちょうどいい話がありますよ」

 なんでも、そちら方面の町へ行く商人の団体がいるらしい。

「彼らはお金を払えば一緒に連れて行ってくれます。更にここで手数料をいただけるなら冒険ギルドの名で紹介状も書けますが、どうしますか?」
「お願いしようかな」
「はい、ご依頼ありがとうございます!」

 破顔した彼は慣れた様子で紙に文字を書きつけ始める。もちろんこれは無料でおこなってくれるわけではない。冒険ギルドへの依頼なので幾らかの料金がかかるのだが、紹介状があった方が何かと安心なことは間違いないのだから、保障を買うと思えば安いものだった。

「しかしあなたも運がいいですね。商人たちはもっと早い時間に出発の予定だったんですが、魔獣騒ぎで街から出られなくなってましてね」
「魔獣が出たの? 街の近くで?」
「ええ」

 もしかすると、ナージエッドが途中で退出したことと関係しているのかもしれない。

「ただ、珍しいことに攻撃的な魔獣じゃなかったんですよ。人を探してる……とかなんとか言ってたようで……まあ、どっちにしろもう近くにはいないから安心してください。――はい、どうぞ」

 紹介状と引き換えに金を払って商人たちが居る場所を教わる。彼らも出発間際ではあったが、紹介状のおかげで何とか許可をもらえたので、リディはこの日のうちに港街を後にすることとなった。

 馬車に揺られながら門を出たところで、リディの目には昨日登った丘が映る。

(そういえば草むらで会った声だけの人は、ちゃんと街へ来られたかな)

 リディの道は出会った人たちによって先へ続いた。
 願わくば彼の道も、出会った誰かによって先へ続いてほしい。

 そう思いながらリディは草原を進む馬車から身を乗り出し、遠ざかる丘に向かって大きく手を振った。
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