その日に出会うものたちへ ~東の巫女姫様は西の地でテイマーとなり、盗まれた家宝を探して相棒の魔獣と共に旅をする~

杵島 灯

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第1章

3.初めて西方で買い物をする

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 冒険ギルドへ向かう通りにはさまざまな店があった。どうやらここは商業の区画のようだ。

「なんとコイツはさっきまで海を泳いでいた魚だ! 新鮮そのもの、絶対美味いぜ!」
「うちの焼肉は曽祖父の代から受け継ぐ秘伝のタレを使ってるよ! そんじょそこらの焼肉とはわけが違うから食ってみな!」

 店主たちは近隣の店に負けるものかとばかりに声を張り上げ、何か売れるとその隙間には新たな品を無造作に詰め込む。おかげで店先は混沌としているのだが、どこに何があるのかはきちんと把握しているようだ。

 すごいな、とリディは胸の内で呟く。

 紫禳しはらの店では基本的に客引きをしない。そのため店先をどれだけ印象付けられるかが勝負を分けるので、並べ方に工夫を凝らしたり、季節に合った飾りつけをしたり、魅力的な謳い文句を書いておいたりする。
 それらに惹かれて見に来た人が現れるとようやく店主の出番だ。ちょっとした雑談を交えながら商品の良さを語り、購入を促すのだった。

 黒い髪と黒い瞳の人々が、きちんと並べられた商品を和やかに売り買いしているさまは優雅さや調和といったものを感じさせた。さすがは紫禳の神が作った紫禳の地といったところだ。
 一方この通りにあるのは多様な髪や瞳を持つ人々と雑多な品、それに大声だ。紫禳とはまったく違うが印象は悪くない。むしろ心を浮き立たせる不思議な力があって良いとリディは思う。

母様かかさまも言ってたっけ。東と西は全然違うけど、どちらが上か下かという話ではないって)

 聞いているだけだと母の言葉はよく分からなかったが、こうして目にすると少し理解できたような気がする。そんなことを考えながら歩いていると、店の前に立つひとりの中年女性と目が合った。彼女はにっこりと笑い、リディに向かって「そこの娘さん!」と呼びかけてきた。

「暑くて喉が乾いたろ? うちの果物を買っていきなよ!」

 言って、積みあがった果物の中からひとつを取る。途端に山が崩れかけるも、彼女がもう片方の手で一点を押さえると崩壊はぴたりと止まった。一連の動きの鮮やかさにリディは思わず拍手をおくる。

「すごい! 器用だね!」
「毎日やってるからね」

 笑ってちょいちょいと山を直し、店主はリディに果実を差し出す。眩い日の光が赤い皮をきらりと輝かせた。

「ここにある品は一個一個、私がちゃーんと選別してるんだ。味は保証するよ。食べたら美味くてほっぺたが落ちちまうさね!」
「そうなんだ。みんな落ちた頬はどうやって戻してるの?」
「……これは例え話だからね。そんな真面目な顔して聞き返さなくていいんだよ」

 困ったように言ってから「ま、まあ」と気を取り直したように店主は笑う。

「美味いことは間違いないんだから。ほら、どうだい?」
「うーん」

 見たことのない果物ではあるが、そこまで言うのだからきっと美味しいのだろう。ぜひとも食べてみたいとは思う。思うのだが。

「ごめんね。私、今は何も買えないんだ」
「文無しなのかい?」
「ううん。お金はあるんだけど……持ってるのが西のお金じゃなくて、東のお金なんだよ」

 旅立つに当たってリディはそれなりの金額を持って来ていたが、それはすべて東方地域の共通通貨だ。西方には西方の共通通貨があるのだが、リディはまだ両替をしていなかった。

「そういうことか。なに、問題ないよ」

 しかし店主はあっさりと言い切って破顔する。

「ここは東方からの船が最初に着く街だから、あんたみたいな人も多いんだ。それもあって大半の店で東方の通貨が使用可能だよ」
「本当に?」
「本当さ。――もちろん、うちでもね」

 店主はパチリと片目をつぶった。そこまで言われては断るわけにいかない。頬を緩めたリディが「じゃあ、買うよ」と言うと、店主は周囲に聞かせるかのように

「毎度あり!」

 と高らかに叫んだ。

 この果実自体が高いものなのか安いものなのかは分からないが、提示されたのは東方の市場で果実を買うのとさほど変わらない値段だった。
 言われた通りに金を払うと、店主は店の脇に置いてあった刃物で果実を縦割りにし、中の大きな種を器用に取り出してから断面を合わせて渡してくれる。切ったことにより、果実の甘い香りは一層強くなっていた。

「ほいよ、これで大丈夫。皮はむかなくても食べられるからね」
「ありがとう」

 強い香りからしてさぞや甘いのだろうと思っていたが、齧ってみると予想よりも甘さはずっと控えめだった。噛みしめるたびに果汁があふれる弾力のある果肉は、飲み下すとほんのりとした酸味が口の中に残り、さっぱりとして食べやすい。まさに暑い時期にはうってつけの果物だ。
 おかげでリディの口がなかなか止まらず、気が付くと手の中から果物は消えてしまっていた。

「あれ……もう無くなっちゃった」
「ずいぶん喉が渇いてたようだね」
「そうかも。初めて食べた果物だったけど、すっごく美味しかったよ。ありがとう」
「喜んでもらえて良かったよ」

 店主はにっこりと笑い、道の先を示す。

「西の通貨が欲しいなら、あの通りを曲がったところにある商人ギルドへ行きな。あとは、その先にある冒険ギルドって場所でも替えてもらえるよ」
「冒険ギルドでも替えてもらえるんだね。ちょうど良かった」
「おや、冒険ギルドを知ってるのかい?」
「うん。実は私、冒険者になろうと思ってるんだ」

 リディが言うと店主は目を丸くする。

「……東の人が冒険者に? ……そりゃ……珍しいこともあるもんだ……」

 どうやら彼女は東方に冒険者がいないと知っているようだ。東方からの船が到着する街で商売している彼女は、東方から来た人ともきっとよく話し、その分だけ東方に関する知識も多く持っているのだろう。

「私のお母さんは西の人なの。いろんな話を聞かせてくれた中に冒険者の話もたくさんあってね。それに、……んーと……そう、それもあってずっと憧れてた」
「なるほど」

 肝心なところは少しぼかしたものの、リディが告げた内容だけで得心がいったようだ。店主は何度か小さくうなずく。

「憧れる気持ちは良く分かるよ。私もずっと冒険者になりたかったからね。……まあ、昔の話だけどさ」
「昔なの?」
「昔だよ。大人になるといろんなことが分かってくるんだ。代わりに今じゃうちの子が冒険者に憧れてて、明日にも冒険ギルドの門を叩きそうな勢いだけど……冒険者なんて、憧れだけでなれるようなもんじゃないからねぇ」

 笑って肩をすくめた店主は赤い果実をもうひとつ取りだす。途端に崩れ出す山を、今回も器用におさえこんだ。

「これはオマケだよ、東から来た娘さん。――頑張っておいで。無事に冒険者になれるよう祈ってるよ」
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