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第二王子クロヴィスは考える
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華やかな宮中の舞踏会。
紳士淑女がダンスをしながら楽しげに囁き、未だ1人でいる男女が気の合う相手を探すために話をしている。そんな中、一部おかしな雰囲気の人たちがいる……ことに何人が気づいているだろう。
第二王子クロヴィスはそんなことを思いながら、会場を眺めていた。
まずおかしい雰囲気その1、これは兄王子ハロルドだ。
彼は周囲からの挨拶にそつなく返事をしているようだが、クロヴィスが見るにあれは上の空だ。どうやら会場の中で誰かを探しているらしい。おそらくその相手はグレイシア・フォルウィーネ侯爵令嬢、つまりハロルド王子の婚約者だろう。
しかしグレイシアはここしばらく舞踏会どころか、王宮に姿を見せていない。
もちろん今回の舞踏会にも参加していないようで、一通り探した後にハロルドが落胆する様子がうかがえた。
そんな彼の元へさりげなく近寄るのが、おかしい雰囲気その2、エルシーナ・レントウィット侯爵令嬢だ。
元々彼女はハロルドに気があった。グレイシアが王宮へ来なくなった今、エルシーナは遠慮なくハロルドに近づいている。今も慰めるようなそぶりで何事かを話しかけていた。
そこへおかしい雰囲気その3、ミュリエル王女が現れる。エルシーナが固まった。
妹のミュリエルがエルシーナをずっと見ていたことは、クロヴィスも知っている。しかし彼女の想いは秘めたものだったはずだ。なのに最近はまったく隠す素振りがない。
――いったい、どうなっているのだろう。
クロヴィスが知る限り、あの2人が思いのまま行動するようになったのは、確か先月のことだ。何かあっただろうかと思い返し、そう言えば王宮の庭園で、兄にグレイシアとエルシーナ、後にミュリエルも加わっての4人で話をしていた記憶を探り当てる。
確かあの時エルシーナはハロルドに寄り添っており、グレイシアはミュリエルに抱き着いていた。
そうだ、妙なことになっているのはあの後からではないだろうか。
一体彼らの間に何が起きたのだろうかと、会場で3人が言い合っている様子を見ながらクロヴィスは考える。
ミュリエルが、エルシーナのことを好き。
エルシーナが、ハロルドのことを好き。
この2つは確実だろう。
ではハロルドの気持ちはどこにあるのかと言えば、それが分からないのだ。
グレイシアを探している以上は、彼女の元にあると思って良いのだろうか。
ならばなぜ、グレイシアは王宮へ姿を見せなくなったのか?
グレイシアがミュリエルに抱き着いていた理由はなんだろう。
クロヴィスはもう一度3人の様子をよく観察してみることにした。
そこで気が付く。
――兄は、ミュリエルのことをよく見ている。
次の瞬間、脳裏にひとつの結論が閃いた。
――まさか、兄上はミュリエルのことが好きなのか!?
もしかするとハロルドがグレイシアを探しているのは、婚約破棄を告げるためなのかもしれない。「私はミュリエルを愛している。お前とは結婚できない」とでも言うつもりなのだろう。
それよりも先に、グレイシアはハロルドの気持ちに気づいてしまった。あの時ミュリエルに抱き着いていたのは、ハロルドの元へは行かせないという意思表示だったのではないか。
そして失恋のショックと、婚約破棄を告げられたくないという気持ちから、ハロルドに会いたくないグレイシアは王宮へ来なくなってしまったのだ。
これならば辻褄が合う気がする。
そこまで考えて、いや、とクロヴィスは頭を振った。
結論付けるのはまだ早い。まずはハロルドが、グレイシアとミュリエルの2人をどう思っているのか聞いてみよう。男同士ならばきっと腹を割って話してくれるに違いない。
* * *
ある日の午後、部屋にいたハロルドは弟クロヴィスの訪問を受けた。
「どうした、クロヴィス。珍しいな」
弟が自分を訪ねてくるのは久しぶりだったので、ハロルドは純粋に喜んだ。
しかしクロヴィスは何かを悩んでいるらしい。部屋に入ってもなお、黙ったままでいる。
部屋にはしばらくのあいだ沈黙が降りていたが、ようやく意を決したらしいクロヴィスが口を開いた。
「兄上。単刀直入におうかがいします。グレイシア嬢と……ミュリエル。この2人のことをどう思っておられますか?」
弟の問いかけを受けて、ハロルドは愕然とした。
――もしかしてクロヴィスは知っているのだろうか。私の婚約者でもあるグレイシアが、よりによってミュリエルに好意を抱いていることを!
「クロヴィス……まさかお前は気づいているのか……」
暗い声でハロルドが問いかけると、クロヴィスは目を見開いた。
「それはどういう意味でしょうか、兄上。もしかして、僕と兄上の他にも知っている人がいるのですか」
「……もちろんだ。当事者のグレイシアだけではない。エルシーナと、当然ミュリエルも知っている。全員あの場にいたのだからな」
「全員……」
クロヴィスの声を聞きながらハロルドは思い返す。そう。全員がいたのだ。
元はと言えばハロルドは、グレイシアとの婚約を破棄してエルシーナと婚約するつもりだった。
ところがグレイシアは、ハロルドとの婚約はミュリエルに近づくための作戦だと言う。
しかしミュリエルは、エルシーナのことが好きだと告白した。
エルシーナはハロルドと婚約したがっていたが、ミュリエルの気持ちを知った以上はエルシーナと婚約することなどできない。
グレイシアの魔の手から妹を救うため、ハロルドは婚約破棄を撤回した。今まで通り、グレイシアはハロルドの許嫁のままでいさせることにしたのだ。
改めて考えれば、なんと面倒な関係性であることか。
「お前に知られたくはなかったよ、クロヴィス」
弟は当事者ではないのだ。ハロルドは彼を、このややこしい話に巻き込みたくはなかった。
しかし知ってしまったのならば仕方がない。
兄の言葉を聞いた弟は、何かを決心したようだ。ぐっと腹に力を入れたように見える。そしてハロルドの瞳をしっかりと見ながら尋ねてきた。
「兄上……ミュリエルのことは……どう思っておられるのですか」
そんなクロヴィスの視線を受け止め、ハロルドは答える。
「ミュリエルか。あの子には幸せになって欲しい。もちろんエルシーナ相手では結ばれることはないだろう。それでも心のままに生きて欲しいと私は願っているのだよ」
兄の言葉を聞いた弟は一瞬「あれ?」という顔をしたのだが、自分の世界に入っているハロルドはそれを見落とした。
「で、では、兄上。グレイシア嬢のことはどう思っておられるのですか」
「グレイシア……あの女か。私の心は彼女にない。しかし、彼女とは結婚する」
ハロルドの答えにクロヴィスは混乱したような表情を浮かべているのだが、やはり自分の世界に入ったままのハロルドは気づかない。
「あのう……兄上のお心というのは、どちらにあるのでしょうか?」
遠慮がちに問いかけてきたクロヴィスの言葉を聞きながら、ハロルドはふと笑いながら天井の方に顔を上げた。
「私の心、か……。ふふふ、それを尋ねるとは残酷だな。私は心のままには生きられない運命だというのに……」
――そう、なぜなら私は、次期国王となる者。国のため、家のために生きるしかないのだ……。
とは口に出さず、自分に酔ったままのハロルドはクロヴィスへと目線をやる。
それが流し目に見えるということにハロルドは思い至らない。
「クロヴィス。私はずっと思っているよ」
――お前やミュリエル……家族たちが幸せになるように、とな。
やはり後半は口に出さない。自分に酔っているハロルドは、決まった、と思いつつ髪をかき上げた。
さて、自分の気持ちはかっこよく伝わっただろうかとクロヴィスを見れば、彼は青い顔をして後退っていた。
「どうした、クロヴィス。どこか具合でも……」
言いながらハロルドが近寄ろうとすると、クロヴィスは首を横にぶんぶんと振る。もげてしまうのではないかと心配になるような勢いだ。
「いえっ、平気ですっ、兄上っ!」
「そうか。しかしどうだ、私の気持ちは分かってもらえたか」
その言葉を聞いたクロヴィスの顔からは、さらに血の気が引く。彼の顔は今や真っ白だ。
「はっ、いえ、その……すみません、用事を思い出しましたので失礼します!!」
弟は慌てたように扉を開けると、すばやく表へ出る。そのまま一目散に走り去ったようで、足音は驚くほどの速さで遠ざかっていった。
――そうか、私の気持ちを聞いて、そんなに感動してくれたのか。
ハロルドは今、とても満ち足りた気分だった。
* * *
クロヴィスは廊下を走り続ける。自室へ戻ると、音高く鍵をかけた。
そうしないと今にも兄が部屋に入って来そうに思えたからだ。
――なんということだろう。
扉から離れ、奥の椅子に力なく座り込んだクロヴィスは自分の不明を悔やんだ。
間違いない。兄の想い人はミュリエルでも、もちろんグレイシアでもありえない。
最後の方にハロルドが言っていたこと。そして流し目。このふたつを合わせて考えれば、答えは明らかだ。
兄が想っているのが、まさか。まさか……。
「まさか、僕だったとは……」
かすれた声で呟く。果たして自分は今後どうすれば良いのだろうか。
クロヴィスは今、絶望的な気分だった。
紳士淑女がダンスをしながら楽しげに囁き、未だ1人でいる男女が気の合う相手を探すために話をしている。そんな中、一部おかしな雰囲気の人たちがいる……ことに何人が気づいているだろう。
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まずおかしい雰囲気その1、これは兄王子ハロルドだ。
彼は周囲からの挨拶にそつなく返事をしているようだが、クロヴィスが見るにあれは上の空だ。どうやら会場の中で誰かを探しているらしい。おそらくその相手はグレイシア・フォルウィーネ侯爵令嬢、つまりハロルド王子の婚約者だろう。
しかしグレイシアはここしばらく舞踏会どころか、王宮に姿を見せていない。
もちろん今回の舞踏会にも参加していないようで、一通り探した後にハロルドが落胆する様子がうかがえた。
そんな彼の元へさりげなく近寄るのが、おかしい雰囲気その2、エルシーナ・レントウィット侯爵令嬢だ。
元々彼女はハロルドに気があった。グレイシアが王宮へ来なくなった今、エルシーナは遠慮なくハロルドに近づいている。今も慰めるようなそぶりで何事かを話しかけていた。
そこへおかしい雰囲気その3、ミュリエル王女が現れる。エルシーナが固まった。
妹のミュリエルがエルシーナをずっと見ていたことは、クロヴィスも知っている。しかし彼女の想いは秘めたものだったはずだ。なのに最近はまったく隠す素振りがない。
――いったい、どうなっているのだろう。
クロヴィスが知る限り、あの2人が思いのまま行動するようになったのは、確か先月のことだ。何かあっただろうかと思い返し、そう言えば王宮の庭園で、兄にグレイシアとエルシーナ、後にミュリエルも加わっての4人で話をしていた記憶を探り当てる。
確かあの時エルシーナはハロルドに寄り添っており、グレイシアはミュリエルに抱き着いていた。
そうだ、妙なことになっているのはあの後からではないだろうか。
一体彼らの間に何が起きたのだろうかと、会場で3人が言い合っている様子を見ながらクロヴィスは考える。
ミュリエルが、エルシーナのことを好き。
エルシーナが、ハロルドのことを好き。
この2つは確実だろう。
ではハロルドの気持ちはどこにあるのかと言えば、それが分からないのだ。
グレイシアを探している以上は、彼女の元にあると思って良いのだろうか。
ならばなぜ、グレイシアは王宮へ姿を見せなくなったのか?
グレイシアがミュリエルに抱き着いていた理由はなんだろう。
クロヴィスはもう一度3人の様子をよく観察してみることにした。
そこで気が付く。
――兄は、ミュリエルのことをよく見ている。
次の瞬間、脳裏にひとつの結論が閃いた。
――まさか、兄上はミュリエルのことが好きなのか!?
もしかするとハロルドがグレイシアを探しているのは、婚約破棄を告げるためなのかもしれない。「私はミュリエルを愛している。お前とは結婚できない」とでも言うつもりなのだろう。
それよりも先に、グレイシアはハロルドの気持ちに気づいてしまった。あの時ミュリエルに抱き着いていたのは、ハロルドの元へは行かせないという意思表示だったのではないか。
そして失恋のショックと、婚約破棄を告げられたくないという気持ちから、ハロルドに会いたくないグレイシアは王宮へ来なくなってしまったのだ。
これならば辻褄が合う気がする。
そこまで考えて、いや、とクロヴィスは頭を振った。
結論付けるのはまだ早い。まずはハロルドが、グレイシアとミュリエルの2人をどう思っているのか聞いてみよう。男同士ならばきっと腹を割って話してくれるに違いない。
* * *
ある日の午後、部屋にいたハロルドは弟クロヴィスの訪問を受けた。
「どうした、クロヴィス。珍しいな」
弟が自分を訪ねてくるのは久しぶりだったので、ハロルドは純粋に喜んだ。
しかしクロヴィスは何かを悩んでいるらしい。部屋に入ってもなお、黙ったままでいる。
部屋にはしばらくのあいだ沈黙が降りていたが、ようやく意を決したらしいクロヴィスが口を開いた。
「兄上。単刀直入におうかがいします。グレイシア嬢と……ミュリエル。この2人のことをどう思っておられますか?」
弟の問いかけを受けて、ハロルドは愕然とした。
――もしかしてクロヴィスは知っているのだろうか。私の婚約者でもあるグレイシアが、よりによってミュリエルに好意を抱いていることを!
「クロヴィス……まさかお前は気づいているのか……」
暗い声でハロルドが問いかけると、クロヴィスは目を見開いた。
「それはどういう意味でしょうか、兄上。もしかして、僕と兄上の他にも知っている人がいるのですか」
「……もちろんだ。当事者のグレイシアだけではない。エルシーナと、当然ミュリエルも知っている。全員あの場にいたのだからな」
「全員……」
クロヴィスの声を聞きながらハロルドは思い返す。そう。全員がいたのだ。
元はと言えばハロルドは、グレイシアとの婚約を破棄してエルシーナと婚約するつもりだった。
ところがグレイシアは、ハロルドとの婚約はミュリエルに近づくための作戦だと言う。
しかしミュリエルは、エルシーナのことが好きだと告白した。
エルシーナはハロルドと婚約したがっていたが、ミュリエルの気持ちを知った以上はエルシーナと婚約することなどできない。
グレイシアの魔の手から妹を救うため、ハロルドは婚約破棄を撤回した。今まで通り、グレイシアはハロルドの許嫁のままでいさせることにしたのだ。
改めて考えれば、なんと面倒な関係性であることか。
「お前に知られたくはなかったよ、クロヴィス」
弟は当事者ではないのだ。ハロルドは彼を、このややこしい話に巻き込みたくはなかった。
しかし知ってしまったのならば仕方がない。
兄の言葉を聞いた弟は、何かを決心したようだ。ぐっと腹に力を入れたように見える。そしてハロルドの瞳をしっかりと見ながら尋ねてきた。
「兄上……ミュリエルのことは……どう思っておられるのですか」
そんなクロヴィスの視線を受け止め、ハロルドは答える。
「ミュリエルか。あの子には幸せになって欲しい。もちろんエルシーナ相手では結ばれることはないだろう。それでも心のままに生きて欲しいと私は願っているのだよ」
兄の言葉を聞いた弟は一瞬「あれ?」という顔をしたのだが、自分の世界に入っているハロルドはそれを見落とした。
「で、では、兄上。グレイシア嬢のことはどう思っておられるのですか」
「グレイシア……あの女か。私の心は彼女にない。しかし、彼女とは結婚する」
ハロルドの答えにクロヴィスは混乱したような表情を浮かべているのだが、やはり自分の世界に入ったままのハロルドは気づかない。
「あのう……兄上のお心というのは、どちらにあるのでしょうか?」
遠慮がちに問いかけてきたクロヴィスの言葉を聞きながら、ハロルドはふと笑いながら天井の方に顔を上げた。
「私の心、か……。ふふふ、それを尋ねるとは残酷だな。私は心のままには生きられない運命だというのに……」
――そう、なぜなら私は、次期国王となる者。国のため、家のために生きるしかないのだ……。
とは口に出さず、自分に酔ったままのハロルドはクロヴィスへと目線をやる。
それが流し目に見えるということにハロルドは思い至らない。
「クロヴィス。私はずっと思っているよ」
――お前やミュリエル……家族たちが幸せになるように、とな。
やはり後半は口に出さない。自分に酔っているハロルドは、決まった、と思いつつ髪をかき上げた。
さて、自分の気持ちはかっこよく伝わっただろうかとクロヴィスを見れば、彼は青い顔をして後退っていた。
「どうした、クロヴィス。どこか具合でも……」
言いながらハロルドが近寄ろうとすると、クロヴィスは首を横にぶんぶんと振る。もげてしまうのではないかと心配になるような勢いだ。
「いえっ、平気ですっ、兄上っ!」
「そうか。しかしどうだ、私の気持ちは分かってもらえたか」
その言葉を聞いたクロヴィスの顔からは、さらに血の気が引く。彼の顔は今や真っ白だ。
「はっ、いえ、その……すみません、用事を思い出しましたので失礼します!!」
弟は慌てたように扉を開けると、すばやく表へ出る。そのまま一目散に走り去ったようで、足音は驚くほどの速さで遠ざかっていった。
――そうか、私の気持ちを聞いて、そんなに感動してくれたのか。
ハロルドは今、とても満ち足りた気分だった。
* * *
クロヴィスは廊下を走り続ける。自室へ戻ると、音高く鍵をかけた。
そうしないと今にも兄が部屋に入って来そうに思えたからだ。
――なんということだろう。
扉から離れ、奥の椅子に力なく座り込んだクロヴィスは自分の不明を悔やんだ。
間違いない。兄の想い人はミュリエルでも、もちろんグレイシアでもありえない。
最後の方にハロルドが言っていたこと。そして流し目。このふたつを合わせて考えれば、答えは明らかだ。
兄が想っているのが、まさか。まさか……。
「まさか、僕だったとは……」
かすれた声で呟く。果たして自分は今後どうすれば良いのだろうか。
クロヴィスは今、絶望的な気分だった。
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