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私はざまぁされた悪役令嬢。……ってなんだか違う!

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「グレイシア・フォルウィーネ侯爵令嬢、お前との婚約を破棄する!」

 緑あふれる王宮の庭園で、目の前においでのハロルド王子殿下は私に向かって高らかに宣言なさった。

 王子の横で「ざまぁ」と言いたげにくっついているのは、エルシーナ・レントウィット侯爵令嬢だ。

 それを見て私は内心深くうなずく。

 なるほどなるほど。
 これはあれね。私が復讐されちゃったわけね。

 復讐の原因には心当たりがある。そう、あれは私とエルシーナが8歳の時だ。

 私が転生前の記憶を思い出したその時、丁度目の前にいたのがこのエルシーナ。

 そして記憶を思い出した私が真っ先にしたことが、エルシーナの髪を思いきり引っ張ることだった。

 いやだって考えてみてよ。
 私、日本にいたのよ?

 なのに目の前にドレスを着たショッキングピンクの髪の娘がいたら、そりゃびっくりするわよ。

 びっくりしたら、走るでしょ。

 いや違うアクションがあるだろうけど、私はびっくりしたから走ろうとしたのよ。

 そうしたら髪くらい引っ張るじゃない。

 いやこれも違うアクションがあるだろうけど、私は目の前にあった髪を引っ張って走ろうとしたのね。

 確かにそれに関しては悪かったと思う。髪は女の命だしね。
 でもエルシーナはその後、私を突き飛ばしてヒールで頭を踏みつけたのよ? 
 だからおあいこだと思ってたんだけどな。

 踏まれたところは10円ハゲできたし。
 ちなみにハゲできたのは私の方だけで、エルシーナの髪は何の問題も無かった。

 それにしてもあの件を10年後まで根に持ってると思わなかったわー。びっくりするわー。転生前の記憶を思い出したときくらいびっくりするわー。

 そこまで考えて私はちょっとひっかかった。
 
 あれ?
 ……だけど理不尽じゃない?

 エルシーナは髪をひっぱられただけで、何も失ってないのよ。
 私の方は10円ハゲできたの。つまりは髪を失ったのよね。しかもハゲてるわけだから、乙女のプライドはいたく傷ついたわよ。ハートブレイクよ。

 その上で婚約者まで失うってちょっと割に合わなすぎると思うんだけど。

 そんなことを思っていたら、王子は続いて高らかに宣言した。

「グレイシア、お前はエルシーナに対して数々の非礼をはたらいたそうだな。よって処刑する!」

 顔から血の気が引く音がしたような気がした。

 さすがにそれはないでしょう!
 命を失っちゃうのは無しよ無し。これじゃ私の方だけが一方的にマイナスに振り切れてる状態になっちゃう。
 婚約者までは良かったけど、命は困ったな。どうしようかな。

 そう思っていた時に、遠くから少年の声が聞こえた。

「兄上、どちらにいらっしゃいますか?」

 ハロルド王子の弟、クロヴィス王子の声だ。
 その瞬間、名案がひらめく。

 私はとっさに右手を口に当て、左手を腰に手を当てた。
 どやさっさ! 悪役っぽいポーズよ!

「おーっほっほっほ! 王子殿下、私の作戦にひっかかりましたわね!」
「なにを!」

 高笑いする私を見て、王子とエルシーナがたじろぐ。

「殿下との婚約も、エルシーナとのことも、すべては私の周到な作戦! 私の目的は……他にありますのよ!」
「苦し紛れに何を言う!」

 エルシーナの肩を抱いた王子が私に指を突きつけながら叫ぶ。
 口元ににやりとした笑みを浮かべた私は、足音が近づいてきた瞬間を見計らって動いた。

「こちらにいらっしゃったのですね……キャッ!」
「私の目的は、このか……た、よ……」

 あれ。
 キャッ! て何?

 私の目論見としては、クロヴィス王子の腰を抱き寄せて「本当はこの方をお慕いしていましたの!」とやる予定だったのに。
 
 おかしい。何かがおかしい。

 ……なんで私は女の子の頭を抱いているの?

 腕の中を見ると、そこには王子たちの妹、ミュリエル王女がいた。

 ええええー……。

「お取込み中でしたか、これは失礼」

 そう言ってミュリエル王女の後ろにいたクロヴィス王子はさっさと立ち去る。
 あっ、待って、行かないで、私の目的!

「くっ……この外道! お前の目的は私の妹だったのか!」

 衝撃をうけたらしいハロルドが蒼白になりながら、私の顔を見ている。
 状況をややこしくするんじゃない。

 と、とにかくこの場をなんとかしなくては。

 私はしゃがみこみ、ミュリエル王女に抱き着く。

「そうよ! 私の真の目的はミュリエル王女だったのよ!」

 じゃない、違う! 
 もうどうしよう。マジでどうしよう。自分で招いたとはいえ、なんなのこの展開。
 
 私の言葉を聞いたハロルド王子はがっくりとうなだれ、地面に手をついた。

「なんということだ……私が判断を誤ったせいで、妹が妖女の毒牙にかかってしまうことになるとは……」

 いやだからそうじゃないの、本当にどうしよう。
 しかし王子はもちろん私の考えていることなんて分からない。顔を上げるときっぱり言い切った。

「分かった、エルシーナとの件は白紙に戻す。お前との婚約は元通りだ。だからミュリエルから手を引け、グレイシア!」
「そんな、ハロルド様!」

 さっきまで勝ち誇っていたはずのエルシーナが愕然とする。

 そんな混乱する状況の中、私の腕の中にいた少女がそれは冷たい声を出した。

「いい加減手を離してちょうだい、グレイシア」

 いつも愛くるしい笑みを浮かべているミュリエル王女は、まるで毛虫かゲジゲジを見るような目つきで私を睨んでいる。

 当り前か。いきなり女に抱き着かれて、お前が目的だ! とか言われちゃったらそりゃ何事かと思うだろうしね。

 悪かったなと思いつつ、言われた通り手を離すと、ミュリエル王女は駄目押しのように私を睨みつけ、エルシーナの元へ走って行くと抱き着いた。

「お前の気持ちには答えられない。だって私は、エルシーナのことが好きなんだもの!」

 はあああああ!?

 当然だけど私は驚く。ハロルド王子も驚く。しかし一番驚いたのはエルシーナのようだった。抱き着かれた姿勢のまま固まっている。

 どうしよう、どうすればいいの?
 パニックになった私はとりあえず思いついたことを口にした。

「そんな、ミュリエル殿下! 私がこんなにお慕いしておりますのに!」

 いやいやいやいや待って待って待って待って、何言ってるの私。

 それを聞いたハロルドは、私に向かって声を張り上げる。

「私はミュリエルの気持ちを応援してやりたい。グレイシア、代わりに私がお前の元に行く。あの子を解放してやってくれ!」

 するとエルシーナが叫ぶ。

「ハロルド殿下、それはひどいです! グレイシアとの婚約を破棄して、私と婚約してくださるはずではなかったのですか!?」

 エルシーナの言葉に、ミュリエルが悲しげな声を上げた。

「ねえ、私では駄目かしら? どうか想いを受け取って欲しいの、エルシーナ!」

 謎の四角関係勃発。

 本当にこれ、どう収めたらいいの!?
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