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第6章
15.「ごめんね」
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いずれにせよ、山の精霊はローゼの中にいる大精霊を手元へ戻したいらしい。
これはローゼにとっては歓迎すべきことだ。シャルトスの城にいるときからずっと、大精霊に出て行ってもらう方法を考えていたのだから。
山の精霊に協力を申し出る代わりに、レオンを元に戻すように頼む。
レオンは精霊だが、聖剣の中にいる存在だ。この森の仲間として加わらないのだから、山の精霊はローゼの願いを聞いてくれるに違いない。
交渉を終えた後は森を出て、労力に見合うだけの対価をカーリナからもらえばフィデルでの役目は終了だ。
冷たかったレオンの態度を揶揄いながらアストラン大神殿へ行き、大神殿長に良い報告を終えてから悔しそうなアレン大神官をせせら笑うのはきっと気分が良いだろう。
あとは故郷へ帰り、アーヴィンの腕の中で一連の頑張りを褒めてもらったところで、今回の長い出来事はやっと終わりを迎えるのだ。
今ここで岩に向かって頷くのなら、そんな未来がやってくる。
分かっているというのに、ローゼは動くことができない。
(……でも、あたしはアーヴィンに褒めてもらえるの? 本当に?)
ローゼが夢の中で何度も見たのは、シャルトスの女王や、女王の子孫たちと楽しい時を過ごす大精霊の姿だ。
なのにこの場所へ戻ってしまうと大精霊は一変する。きっと、今のレオンと同じように人を嫌悪し、過去のすべてを無かったものにしようとする。
それが分かっているから、大精霊はここへ戻りたくないのだろう。
あの方の言うことを聞かないでください、と彼女はローゼに懇願している。
(あたし……あたしは……)
頭の中では答えがもう出ている。だが、心の迷いがローゼの動きを止める。
どちらにすべきなのか、最後の一押しが得られないまま岩を見つめていると、抑揚のない声が聞こえてきた。
『この期に及んでもまだ謀を巡らせるか。人とは勝手なものだ』
「違うんです。あたしは――っ、ぐっ」
持ち上げられたローゼの体は、強い力で岩へ押し付けられる。呼びかけるために大きく吸い込んだ息は言葉とならずに吐き出された。
『もう何も聞かぬ。人は了承したのだ。故にそなたはここにいる。――戻れ』
声と共に更なる力が加わり、呼吸すら苦しくなってローゼは顔を歪める。
岩は山の精霊の一部だ。聖剣が指輪の石に触れたせいで変わってしまったように、山の精霊はローゼを岩に触れさせることで大精霊の意思を曲げさせようとしているのだろう。
しかし、強い意思によって外へ引き寄せられながらも、大精霊はローゼの中で必死に耐えていた。
私は外の世界にいたいのです。人と関わりたいのです。
どうか、どうか。お願いします、お願いします。
哀切の声は空気を震わせてはいないが、山の精霊には届いている。体を岩に押し付けられるローゼには流れ込んでくる彼の心が理解できていた。――もちろん彼は、大精霊の頼みを聞くつもりなどまったく無いのだ。
山の精霊はこの世界の誕生と同時に生まれたと言われるほど古く、その長い時間の中で強い力を得た精霊だ。彼の意思にはどんな精霊も逆らうことができない。大精霊が未だ拒むことができているのは彼女がローゼの中にいるためだ。人の肉体が、魂が、彼の干渉を妨げているため。もっと強い力で呼びかけられれば大精霊は抗うことができない。
だから、大精霊は「戻さないでほしい」と切に願いながらも、もう諦めている。
一方で、山の精霊は力を緩めない。互いに、大精霊が戻るのは時間の問題だと分かっているのだ。
それに気づいた瞬間、ローゼからは一切の迷いが消えた。
「やめてよ!」
怒りに任せて腕と足に力を入れ、岩から体を少しずつ離しながらローゼは叫ぶ。
「人のことなんて言えない! やっぱりあなたも勝手だわ!」
心によぎるのは、北の城の小さな暗い部屋で見た次期公爵エリオット。
そして、南の明るい陽の下、翳りを帯びた表情でうつむく王女フェリシア。
ふたりが見せた諦めの表情と、大精霊の感情が重なる。
生まれが。環境が。選ぶことすら許さずに道を阻み、望む未来を閉ざした。
「あなたなんかに、大精霊は渡さない!」
【無駄だ】
「レオン!」
聖剣からの声が耳に届く。久しぶりに彼の言葉を聞けて、ローゼは泣きたいほど嬉しい。
――だが。
【人間が偉大な方に逆らうなど愚かな所業でしかない。諦めろ、我が娘よ】
彼の声は、山の精霊の声を映したかのように抑揚がなかった。心に満ちた明るい気持ちは一瞬で消え去る。悔しくて悲しくて、ローゼは駄々をこねるように大きく首を横に振った。既に緩んでいた髪が完全に解け、床へ落ちた飾りがカシャカシャと音を立てる。
「嫌よ! あたしは諦めない! 諦めるのは向こうだわ!」
【諦めないのなら道はここで終わる。この後お前は絶望を知るだろう】
なんてことを言うの、とローゼは抗議の声を上げた。――上げたはずだった。しかしそれは自分の耳にすら届かなかった。轟く低い声が辺り一帯の音すべてを飲み込み、かき消したせいだ。
『望みを叶えよう』
体にかかっていた力が消える。床へ落ちて臀部をしたたかに打つが、ローゼは痛みを感じなかった。それよりも寒かった。体が芯から冷えた気がして両腕で体を抱く。合わなくなった歯の根がカチカチと音を立てた。
もちろん、本当に気温が下がったわけではない。感じるこれは恐怖だ。
『我が仲間よ。お前はその人間の生が終わる時まで、人と共に居るが良い』
言葉が終わると同時にローゼの体は持ち上げられた。銀の腕飾りからは今までの甲高い音ではなく、ギャリギャリという低く耳障りな音が響き始める。初めて聞くただならぬ音に本能的な危険を感じる中、体は今までと違ってただひたすら上へと押しやられて行く。
大精霊がローゼの中で悲鳴を上げ、ごめんなさい、と叫んだ。
ごめんなさい、戻ります。
どうか、許してください。
この人を、助けてください。
彼女の声を受け、山の精霊から言葉が戻る。
『己が望みの行く末をそこで見よ』
さらに声を大きくして大精霊は「ごめんなさい、この人を助けてください」と叫ぶ。
――山の精霊からも、聖剣からも、もう何の声も戻らなかった。
ローゼも何かを言いたかったが、押しつぶされそうな圧力と恐怖のせいで体の中が掻きまわされるかのように気持ちが悪く、口を開くことなどできない。
目をつぶったまま吐きそうになるのを必死で耐え、ごうごうと唸る風の音と腕飾りの立てる耳障りな音、そして大精霊の謝罪の叫びををどれほど聞いていただろうか。不意に体が自由になって、ローゼは瞼を開く。
そこには、青だけがあった。
他には何もない青い空間。
どこまでも澄んで、遥かまで広がる。
見つめるローゼの唇から、ああ、と息が漏れた。
これは空だ。
いつも地上から見上げている、青い青い空。
こんなにも近い空は初めて見た。まるで触れることすらできそうなほどだ。
そう思って右手を伸ばし――指先は何も掴むことなく空は離れ行く。
当たり前だ。地を歩む人間は風を切る翼を持たない。空に居場所などない。この後、いつも歩いていた地上へ引き寄せられた自分の身がどうなるのか、考える必要すらなかった。
後悔や悲しみが押し寄せるが、ローゼはそれらを脇へ押しやる。
今さら過去を振り返っても仕方がない。
すべてはもう終わるのだから。
凪いだ湖のように静かになったローゼの心へ、ごめんなさい、という大精霊の叫びが届く。
私の我が儘であなたを巻き込んでしまった。
ごめんなさい、ごめんなさい。
私のせいで、ごめんなさい。
ローゼは答えた。
(違うわ)
これは他の誰かのせいではない。
レオンの態度に気を配れなかった。
カーリナの話の裏を見抜けなかった。
ヴァルグに対して上手く立ち回れなかった。
そして対する態度を間違えて、山の精霊に言葉を届けられなかった。
すべて、ローゼの失敗だ。
――だから。
「……レオン……」
聖剣はローゼの死後、神の下へ戻る。そこでレオンは山の精霊の支配下から離れて己を取り戻すのだろうか。自分のしたことを嘆き悲しむだろうか。
だが、レオンのせいでもない。断じて違う。どうか自分を責めないで欲しい。そう伝えたいが、聖剣を握りたいが、すべての感覚はもう遠い。
薄れゆく意識の中で、ローゼは遠ざかる青い空を見つめ続ける。
(……あたしは、ここで終わり……)
シャルトスの城で初代公爵の絵を見ながら『その時』の話をしたが、まさかこんなにも早く自分の身に訪れるとは思ってもみなかった。
(……でも、あたしの魂は天へ戻らない……)
アーヴィンは言った。精霊の力を受けたから、ローゼの魂は精霊になるはずだと。
ならば、この場ではすぐに、小さな精霊が誕生するはずだ。
新たに誕生した精霊にも山の精霊は「森に居ろ」と言い、「人間を好むな」と言うだろう。だが小さな精霊はその向こう気の強さで強大な意思を跳ねのけ、西を目指すのだ。
頑張って、頑張って、とにかくグラス村までたどり着けばいい。
そうすれば、アーヴィンがいる。ローゼがどんな姿になっていても分かってくれるアーヴィンが。
(……帰るっていう約束、したもんね)
彼は小さくなったローゼも、そのあたたかい両腕で抱きしめてくれる。
そして、遠くから戻ってきたことを、約束を守ったことを、きっときっと褒めてくれるだろう。
(だからあたしは、絶対に帰るの)
涙が宙に舞う。
――本当は、精霊となってではなく、人の姿で帰りたかったけれど。
「……ごめんね……」
澄んだ青い空に重なって、青い衣を纏った青年の姿が浮かぶ。
最後に彼の名を呼ぼうとしたが、唇が動く前にローゼの視界は白に染まり、意識は遠くへと霞んで、消えた。
これはローゼにとっては歓迎すべきことだ。シャルトスの城にいるときからずっと、大精霊に出て行ってもらう方法を考えていたのだから。
山の精霊に協力を申し出る代わりに、レオンを元に戻すように頼む。
レオンは精霊だが、聖剣の中にいる存在だ。この森の仲間として加わらないのだから、山の精霊はローゼの願いを聞いてくれるに違いない。
交渉を終えた後は森を出て、労力に見合うだけの対価をカーリナからもらえばフィデルでの役目は終了だ。
冷たかったレオンの態度を揶揄いながらアストラン大神殿へ行き、大神殿長に良い報告を終えてから悔しそうなアレン大神官をせせら笑うのはきっと気分が良いだろう。
あとは故郷へ帰り、アーヴィンの腕の中で一連の頑張りを褒めてもらったところで、今回の長い出来事はやっと終わりを迎えるのだ。
今ここで岩に向かって頷くのなら、そんな未来がやってくる。
分かっているというのに、ローゼは動くことができない。
(……でも、あたしはアーヴィンに褒めてもらえるの? 本当に?)
ローゼが夢の中で何度も見たのは、シャルトスの女王や、女王の子孫たちと楽しい時を過ごす大精霊の姿だ。
なのにこの場所へ戻ってしまうと大精霊は一変する。きっと、今のレオンと同じように人を嫌悪し、過去のすべてを無かったものにしようとする。
それが分かっているから、大精霊はここへ戻りたくないのだろう。
あの方の言うことを聞かないでください、と彼女はローゼに懇願している。
(あたし……あたしは……)
頭の中では答えがもう出ている。だが、心の迷いがローゼの動きを止める。
どちらにすべきなのか、最後の一押しが得られないまま岩を見つめていると、抑揚のない声が聞こえてきた。
『この期に及んでもまだ謀を巡らせるか。人とは勝手なものだ』
「違うんです。あたしは――っ、ぐっ」
持ち上げられたローゼの体は、強い力で岩へ押し付けられる。呼びかけるために大きく吸い込んだ息は言葉とならずに吐き出された。
『もう何も聞かぬ。人は了承したのだ。故にそなたはここにいる。――戻れ』
声と共に更なる力が加わり、呼吸すら苦しくなってローゼは顔を歪める。
岩は山の精霊の一部だ。聖剣が指輪の石に触れたせいで変わってしまったように、山の精霊はローゼを岩に触れさせることで大精霊の意思を曲げさせようとしているのだろう。
しかし、強い意思によって外へ引き寄せられながらも、大精霊はローゼの中で必死に耐えていた。
私は外の世界にいたいのです。人と関わりたいのです。
どうか、どうか。お願いします、お願いします。
哀切の声は空気を震わせてはいないが、山の精霊には届いている。体を岩に押し付けられるローゼには流れ込んでくる彼の心が理解できていた。――もちろん彼は、大精霊の頼みを聞くつもりなどまったく無いのだ。
山の精霊はこの世界の誕生と同時に生まれたと言われるほど古く、その長い時間の中で強い力を得た精霊だ。彼の意思にはどんな精霊も逆らうことができない。大精霊が未だ拒むことができているのは彼女がローゼの中にいるためだ。人の肉体が、魂が、彼の干渉を妨げているため。もっと強い力で呼びかけられれば大精霊は抗うことができない。
だから、大精霊は「戻さないでほしい」と切に願いながらも、もう諦めている。
一方で、山の精霊は力を緩めない。互いに、大精霊が戻るのは時間の問題だと分かっているのだ。
それに気づいた瞬間、ローゼからは一切の迷いが消えた。
「やめてよ!」
怒りに任せて腕と足に力を入れ、岩から体を少しずつ離しながらローゼは叫ぶ。
「人のことなんて言えない! やっぱりあなたも勝手だわ!」
心によぎるのは、北の城の小さな暗い部屋で見た次期公爵エリオット。
そして、南の明るい陽の下、翳りを帯びた表情でうつむく王女フェリシア。
ふたりが見せた諦めの表情と、大精霊の感情が重なる。
生まれが。環境が。選ぶことすら許さずに道を阻み、望む未来を閉ざした。
「あなたなんかに、大精霊は渡さない!」
【無駄だ】
「レオン!」
聖剣からの声が耳に届く。久しぶりに彼の言葉を聞けて、ローゼは泣きたいほど嬉しい。
――だが。
【人間が偉大な方に逆らうなど愚かな所業でしかない。諦めろ、我が娘よ】
彼の声は、山の精霊の声を映したかのように抑揚がなかった。心に満ちた明るい気持ちは一瞬で消え去る。悔しくて悲しくて、ローゼは駄々をこねるように大きく首を横に振った。既に緩んでいた髪が完全に解け、床へ落ちた飾りがカシャカシャと音を立てる。
「嫌よ! あたしは諦めない! 諦めるのは向こうだわ!」
【諦めないのなら道はここで終わる。この後お前は絶望を知るだろう】
なんてことを言うの、とローゼは抗議の声を上げた。――上げたはずだった。しかしそれは自分の耳にすら届かなかった。轟く低い声が辺り一帯の音すべてを飲み込み、かき消したせいだ。
『望みを叶えよう』
体にかかっていた力が消える。床へ落ちて臀部をしたたかに打つが、ローゼは痛みを感じなかった。それよりも寒かった。体が芯から冷えた気がして両腕で体を抱く。合わなくなった歯の根がカチカチと音を立てた。
もちろん、本当に気温が下がったわけではない。感じるこれは恐怖だ。
『我が仲間よ。お前はその人間の生が終わる時まで、人と共に居るが良い』
言葉が終わると同時にローゼの体は持ち上げられた。銀の腕飾りからは今までの甲高い音ではなく、ギャリギャリという低く耳障りな音が響き始める。初めて聞くただならぬ音に本能的な危険を感じる中、体は今までと違ってただひたすら上へと押しやられて行く。
大精霊がローゼの中で悲鳴を上げ、ごめんなさい、と叫んだ。
ごめんなさい、戻ります。
どうか、許してください。
この人を、助けてください。
彼女の声を受け、山の精霊から言葉が戻る。
『己が望みの行く末をそこで見よ』
さらに声を大きくして大精霊は「ごめんなさい、この人を助けてください」と叫ぶ。
――山の精霊からも、聖剣からも、もう何の声も戻らなかった。
ローゼも何かを言いたかったが、押しつぶされそうな圧力と恐怖のせいで体の中が掻きまわされるかのように気持ちが悪く、口を開くことなどできない。
目をつぶったまま吐きそうになるのを必死で耐え、ごうごうと唸る風の音と腕飾りの立てる耳障りな音、そして大精霊の謝罪の叫びををどれほど聞いていただろうか。不意に体が自由になって、ローゼは瞼を開く。
そこには、青だけがあった。
他には何もない青い空間。
どこまでも澄んで、遥かまで広がる。
見つめるローゼの唇から、ああ、と息が漏れた。
これは空だ。
いつも地上から見上げている、青い青い空。
こんなにも近い空は初めて見た。まるで触れることすらできそうなほどだ。
そう思って右手を伸ばし――指先は何も掴むことなく空は離れ行く。
当たり前だ。地を歩む人間は風を切る翼を持たない。空に居場所などない。この後、いつも歩いていた地上へ引き寄せられた自分の身がどうなるのか、考える必要すらなかった。
後悔や悲しみが押し寄せるが、ローゼはそれらを脇へ押しやる。
今さら過去を振り返っても仕方がない。
すべてはもう終わるのだから。
凪いだ湖のように静かになったローゼの心へ、ごめんなさい、という大精霊の叫びが届く。
私の我が儘であなたを巻き込んでしまった。
ごめんなさい、ごめんなさい。
私のせいで、ごめんなさい。
ローゼは答えた。
(違うわ)
これは他の誰かのせいではない。
レオンの態度に気を配れなかった。
カーリナの話の裏を見抜けなかった。
ヴァルグに対して上手く立ち回れなかった。
そして対する態度を間違えて、山の精霊に言葉を届けられなかった。
すべて、ローゼの失敗だ。
――だから。
「……レオン……」
聖剣はローゼの死後、神の下へ戻る。そこでレオンは山の精霊の支配下から離れて己を取り戻すのだろうか。自分のしたことを嘆き悲しむだろうか。
だが、レオンのせいでもない。断じて違う。どうか自分を責めないで欲しい。そう伝えたいが、聖剣を握りたいが、すべての感覚はもう遠い。
薄れゆく意識の中で、ローゼは遠ざかる青い空を見つめ続ける。
(……あたしは、ここで終わり……)
シャルトスの城で初代公爵の絵を見ながら『その時』の話をしたが、まさかこんなにも早く自分の身に訪れるとは思ってもみなかった。
(……でも、あたしの魂は天へ戻らない……)
アーヴィンは言った。精霊の力を受けたから、ローゼの魂は精霊になるはずだと。
ならば、この場ではすぐに、小さな精霊が誕生するはずだ。
新たに誕生した精霊にも山の精霊は「森に居ろ」と言い、「人間を好むな」と言うだろう。だが小さな精霊はその向こう気の強さで強大な意思を跳ねのけ、西を目指すのだ。
頑張って、頑張って、とにかくグラス村までたどり着けばいい。
そうすれば、アーヴィンがいる。ローゼがどんな姿になっていても分かってくれるアーヴィンが。
(……帰るっていう約束、したもんね)
彼は小さくなったローゼも、そのあたたかい両腕で抱きしめてくれる。
そして、遠くから戻ってきたことを、約束を守ったことを、きっときっと褒めてくれるだろう。
(だからあたしは、絶対に帰るの)
涙が宙に舞う。
――本当は、精霊となってではなく、人の姿で帰りたかったけれど。
「……ごめんね……」
澄んだ青い空に重なって、青い衣を纏った青年の姿が浮かぶ。
最後に彼の名を呼ぼうとしたが、唇が動く前にローゼの視界は白に染まり、意識は遠くへと霞んで、消えた。
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