【完結】村娘は聖剣の主に選ばれました ~選ばれただけの娘は、未だ謳われることなく~

杵島 灯

文字の大きさ
上 下
185 / 262
第5章(前)

1.招かれざるもの

しおりを挟む
 グラス村を出てからずっと大神殿にいたローゼがアーヴィンに会えたのは、北へ向かう数日前のことだった。
 アーヴィンはフロランの結婚式に出席するため北方の都市イリオスへ行く。結婚式へはローゼも行くのだからアーヴィンにはイリオスへ行く前に王都へ寄ってもらい、一緒にイリオスへ向かうという話になっていた。

 合流してからすぐに北方へ発たなかったのは理由がある。ローゼは数日の間、アーヴィンと共に婚約の挨拶まわりをしていたのだ。

 聖剣の主という特別な立場になった今、ローゼの行動は大神殿と関わっている。さすがに結婚自体へ横やりを入れられることはないにせよ、だからといって好き勝手ができるわけでもない。
 事実、最初に行った大神殿長の部屋で婚約の報告をすると、寿ぎの言葉を口にした大神殿長は笑みを浮かべたままで言った。

「式は大神殿でも執り行うことになるが、日取りはいつくらいを予定しておいでだろうか」

 やはり大神殿でも式を挙げなくてはならないのか、とローゼは少しばかりうんざりした。

「仕方ないだろうね」

 大神殿長の部屋を退出した後にそう言って笑うのはアーヴィンだ。
 彼がいない間のグラス村神殿は、先月から副神官として赴任しているミシェラと、一時的に赴任した若い女性神官が見ているとローゼは聞いていた。

「ローゼが持つのは特殊な11振目の聖剣だ。しかも世に出たのが400年ぶり。となれば大陸中の人々が興味を持つのも無理はない」

 いつもの神官服を着る彼が、いつもは見ない大神殿にいる。それは嬉しくて少しくすぐったい。傍らを見上げて弾むローゼの心は、続いて彼の口から出た言葉であっさりと落ちた。

「結婚式には他国の人々も招待することになるはずだよ」

 ローゼは目を見開いて、大きくため息をつく。

「えええ……嫌だなぁ……」

 確かにローゼが聖剣の主となって以降、他国の賓客を大神殿に迎える機会は多くなったと聞いている。しかも考えてみれば、そんなときは大抵ローゼが呼び出されていた。もしかすると他国からの人たちがアストランに来る目的のひとつは、ローゼに会うことなのかもしれない。

 近いうちにまた他国からの来客があると聞いているが、その辺りの日はフロランの結婚式と重なるのでローゼは大神殿にいない。今回来るのがどこの国のどんな人物かまでは聞いていないが、もしかすると彼らもローゼを見に来た可能性がある。

「あたし、そんな人たちの前でちゃんとできるかな……」

 ローゼの脳裏に浮かぶのは昨年の儀式だ。
 きっと結婚式も複雑な手順が色々とあるだろう。それを好奇の視線にさらされながら偉い人たちの前できちんと行わなくてはならないのだ。

「なんか失敗しそう……」

 不安になったローゼが呟くと「大丈夫」と請け合う声がふたつ。
 傍らのアーヴィンと、腰の聖剣からだ。

【俺がついてるんだから問題ない】
「……レオンがいるから余計に心配なのよ。儀式の時に余計なことばっかり言ってたでしょ。もう忘れたの?」
【あれは、お前の緊張をほぐしてやろうとしてだな!】

 レオンの言い訳を聞きながらローゼがふと視線を上げると、すぐ傍には柔らかな光を湛えた灰青の瞳がある。ローゼは思わず顔をほころばせた。

(ああ……いいなあ、こういうの)

 明日には大神殿を出て北へ向かう。その旅でローゼには気掛かりなことがふたつあった。
 ひとつは自分のこと。もうひとつは、アーヴィンのこと。

 それでもこの時のローゼは、レオンとアーヴィンがいれば何も怖くないと、旅がきっと楽しいものになるだろうと思っていた。


   *   *   *


 しかしローゼが純粋に旅の喜びだけを味わえたのは、初日の昼過ぎまでだった。
 夕方、宿の寝台へ怠い体を投げ出すローゼにレオンは物憂げな声で言う。

【なあ、あいつに相談してみないか?】
「嫌」

 浅い呼吸を繰り返しながらローゼは答える。

「アーヴィンには、『絶対やらない』って、約束したんだもの。……こんなの、言えない」
【だがな、ローゼ】
「ごめん、レオン。喋るの、ちょっとつらい。アーヴィンが、買い物から戻ってくるまで、少し、休ませて」
【ローゼ……】

 レオンは何か言おうとしたように思う。それでも結局は何も言うことなくただ黙った。


   *   *   *


 王都を出てもう何日も過ぎたが、ローゼはほぼ毎日同じことを繰り返している。
 今日は魔物に遭遇したのがつい先ほど、昼過ぎの話だ。せめて昼前ならば昼食の後だからと理由をつけて少し長めの休憩もできた。そうすればこのひどい倦怠感も少しはましになったかもしれない。

 そんなことを考えながら、ローゼは上がりそうになる息を必死で落ち着かせ、平静を装って手綱を握る。

 話しかけてくるアーヴィンにはいつも通りの態度で。しかし様子が悟られることないよう返事はなるべく短く。息が切れそうだと思ったときはさりげなく聖剣の柄を叩いて合図し、レオンにアーヴィンの相手をしてもらった。

(でも、もう少し。……もう少し頑張れば)

 この辺りには以前も来たことがある。ローゼも地形は覚えていた。やがて記憶の通りに町の壁が見えてきて、ローゼは心の中で快哉を叫んだ。

 まだ日は高いが、次の町は少し遠い。あと2日もあれば北方の領地にも入る。必要なものの買い出しもする必要があるだろうし、そもそも「今日はのんびりしたいからあの町で宿を取ろう」ともちかければ、アーヴィンも嫌とは言わないはずだ。

 高揚する気分に合わせて体も少し軽くなる。この分なら今日もアーヴィンには気取られずに済みそうだと思ったとき、右の木立の中から嫌な気配を感じた。

(……嘘でしょ)

 一瞬にして怠さが吹き飛ぶ。代わりにローゼは目の前が暗くなったように思えた。

(ねえ、お願い。せめて、あたしにやらせて! 今日は2回目よ! さすがに無理なの!)

 しかし意思に反して手はセラータの手綱を引いて止める。続いて体は地上へ身軽に降り立った。

【……駄目か】

 声は沈鬱だった。
 続いて唇からも、ああ、と呟きが漏れる。なぜか声は暗く沈んでいた。

 確かに魔物が出たのは嫌なことだが、同時にいつものことでもある。ここまで暗い声を出す理由はない。なんだか変なの、と思うと同時に背後から低い声がした。

「ローゼ」

 振り返ると、黒いマントの彼は険しい顔をしている。葦毛の馬から降りようとするのを見て思わず首を横に振った。

 来てはいけない。
 これは自分の役目だ。

 そう伝えたつもりだったのだが、結局彼は今までと同じく馬から降りる。

「魔物がいるんだね? 私も一緒に行こう」
「いいえ。ここで待っていて」

 不安にさせないよう微笑みながら言ったのだが、大股に近寄ってきた彼は逆に眉間に力を入れた。

「さっきもそう言っていたが……ローゼ、私だって神官だ。魔物とは戦える。知っているだろう?」

 確かに神の力は魔物との戦いに役立つ。だとしても彼は守るべき人物だ。来させるわけにはいかない。

 もう一度首を横に振り、木立の中へ視線を移して駆けだす。後ろから追いかけてくる声を無視して移動を続けるうち、やがて視界に小さな姿を捉えた。
 あれは前触れの魔物だ。瘴気を纏いながら辺りを駆けて変異させられそうな『何か』を探すのが役目、放っておくと次は厄介な魔物が現れるだろう。

 腰の力を手にしたところで魔物もこちらに気が付いた。素早く近寄ってくると、長い爪を持つ手を振り上げる。同時にうねる瘴気が襲ってきたが、神の光がすべてを弾いた。
 わずかにたじろいだ魔物に向け、こちらも力を振るう。魔物は両手で弾き返そうとしたようだが、純粋な神の力の前にその程度のものは何の役にも立たない。手ごと体を両断された魔物は、何かを叫ぶ顔のままあっという間に消滅した。

 ふう、と息を吐いて周囲を見ようとしたところで声が聞こえる。

【瘴穴は近くにない。もちろん他の魔物も確認できる範囲では気配がない。もういいだろう?】

 声は手にした力からのものだ。しかし、きちんと自分でも確認したい気持ちが強いので声に従うつもりはない。
 それが伝わったのだろうか、声は懇願する調子になる。

【もう限界のはずだ。どうか】

 限界とはおかしな話だ、と思う。今の戦闘は短かった。いつもならもっと時間がかかるときもある。この程度で限界がくるはずなどない。

【今日はこれで2度目だ。先ほどだけでもかなり疲弊していたのに……頼む、早く戻してやってくれ!】

 それでも声があまりに必死なので、仕方なく言う通りにする。

 瞬間、ローゼはその場に崩れ落ちた。
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ
ファンタジー
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――  子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。  彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。 「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」  四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。  そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。  文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!? じれじれ両片思いです。 ※他サイトでも掲載しています。 イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

神による異世界転生〜転生した私の異世界ライフ〜

シュガーコクーン
ファンタジー
 女神のうっかりで死んでしまったOLが一人。そのOLは、女神によって幼女に戻って異世界転生させてもらうことに。  その幼女の新たな名前はリティア。リティアの繰り広げる異世界ファンタジーが今始まる!  「こんな話をいれて欲しい!」そんな要望も是非下さい!出来る限り書きたいと思います。  素人のつたない作品ですが、よければリティアの異世界ライフをお楽しみ下さい╰(*´︶`*)╯ 旧題「神による異世界転生〜転生幼女の異世界ライフ〜」  現在、小説家になろうでこの作品のリメイクを連載しています!そちらも是非覗いてみてください。

【完結】男爵令嬢は冒険者生活を満喫する

影清
ファンタジー
英雄の両親を持つ男爵令嬢のサラは、十歳の頃から冒険者として活動している。優秀な両親、優秀な兄に恥じない娘であろうと努力するサラの前に、たくさんのメイドや護衛に囲まれた侯爵令嬢が現れた。「卒業イベントまでに、立派な冒険者になっておきたいの」。一人でも生きていけるようにだとか、追放なんてごめんだわなど、意味の分からぬことを言う令嬢と関わりたくないサラだが、同じ学園に入学することになって――。 ※残酷な描写は予告なく出てきます。 ※小説家になろう、アルファポリス、カクヨムに掲載中です。 ※106話完結。

人生初めての旅先が異世界でした!? ~ 元の世界へ帰る方法探して異世界めぐり、家に帰るまでが旅行です。~(仮)

葵セナ
ファンタジー
 主人公 39歳フリーターが、初めての旅行に行こうと家を出たら何故か森の中?  管理神(神様)のミスで、異世界転移し見知らぬ森の中に…  不思議と持っていた一枚の紙を読み、元の世界に帰る方法を探して、異世界での冒険の始まり。   曖昧で、都合の良い魔法とスキルでを使い、異世界での冒険旅行? いったいどうなる!  ありがちな異世界物語と思いますが、暖かい目で見てやってください。  初めての作品なので誤字 脱字などおかしな所が出て来るかと思いますが、御容赦ください。(気が付けば修正していきます。)  ステータスも何処かで見たことあるような、似たり寄ったりの表示になっているかと思いますがどうか御容赦ください。よろしくお願いします。

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

処理中です...