【完結】村娘は聖剣の主に選ばれました ~選ばれただけの娘は、未だ謳われることなく~

杵島 灯

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幕間 2

迷子と女性神官 (ゲスト様企画短編)

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 モリーは困っていた。
 道に迷ってしまったからである。

 いや、実を言えば道に迷うということ自体は困っていない。
 物心ついた時から道に迷っているモリーにとって、迷うという行為は当たり前であり、いつものことだ。

 しかし、道に迷うせいで時間に遅れてしまうのは困る。
 この広い大神殿のどこかで、もうすぐ午後の授業が始まるのだ。

 たびたび遅刻するモリーに対し、講師からの評判は芳しくないを通り越して、もはや「遅刻をしなかったら称賛する」という域に達している。
 さすがのモリーも剣技や座学の成績ではなく、遅刻をしないことでもらう称賛など全く嬉しくない。

(明日からは! 絶対に! 遅刻しないわっ!)

 昨日の夜に寝台の中で固く誓ったモリーは、同室の神殿騎士見習いと共に行動したおかげで、朝の訓練には遅刻せずに済んだ。
 しかし昼食のとき彼女と別れてしまったがために、午後の座学の部屋へ行く途中で見事に迷ってしまったのだ。

 自分が道に迷いやすいことは知っているので、部屋へは早めに向かっている。今ならまだ授業は始まっていない。しかしこのまま迷い続ければまた遅刻することになってしまう。

 泣きそうな気持ちで白い渡り廊下を移動するうち、モリーの視界の端には神官服を着た女性が映った。栗色の髪をなびかせて掃き掃除をする彼女は先ほども見かけた。だいぶ移動したような気がするのだが、あの神官がいる以上、自分はほとんど動いていないということになる。

(だとしたら私は同じ場所を巡ってるってこと? でも少し前に、井戸で水汲みをする神官を見たのよね。あれから井戸は見てないんだから、ちゃんと移動してるはず。大丈夫よ、私!)

 焦る気持ちを抱えたまま次の角を曲がる。
 しかし渡り廊下の先には、箒を手に掃き掃除をする女性が見えた。遠目ではあるが長い髪は栗色なので、先ほどから見ている神官で間違いないだろう。

 だとすればやはり、モリーは同じ場所をぐるぐると巡っているのだ。

「えええ……」

 くしゃりと顔をゆがめ、モリーは立ち止まる。

「どうしよう……場所、ぜんぜん分かんないよ……」

 うつむき、泣きそうな気分で呟く。
 そのとき背後から声をかけられた。

「あの」
「ひっ!」

 驚いたモリーは肩を震わせて振り返る。手にしていた筆記具や紙が音をたてて落ちた。

「あら、ごめんなさい」

 しゃがみこんでモリーが落としたものを拾ってくれるのは神官服の女性だ。

「あ、こ、こちらこそ、すみません」

 膝をつき、モリーも慌てて周囲に散らばったものを拾い集める。集めながらちらりと女性を窺い、モリーは動きを止めた。

 目の前にいるのは神秘的な雰囲気を纏った20代と思しき女性だ。柔らかな栗色の髪を背に流している。横には箒が寝かせて置いてあった。おそらく彼女が持ってきたのだろう。

(えっ? てことは、さっき向こうで掃き掃除をしてた人?)

 振り返ってみると確かに、掃除をしていた神官の姿はない。

(やっぱり間違いないよね。でも結構遠くにいたはずなのに、なんでもうここに?)

 思わず横顔を見つめていると、視線を感じたらしい女性は顔を上げて微笑む。はっとして頭を下げたモリーは、慌てて周囲の物を集めると立ち上がった。

 神官もまた立ち上がり、にこりと笑いながら手にした品を渡してくれる。礼を言って受け取ると、彼女は紅を引いた唇を開いた。

「その鎧からすると神殿騎士見習いよね。筆記具を持っているということは、午後の座学があるのでしょう? でもあなた、神官の区域の中へ向かって進んでいるわよ」
「え?」
「神殿騎士の区域は向こうの方よ」

 そう言って彼女は廊下の一方向を指さす。

「さっきからあちこちで見かけるし、おかしいなとは思っていたの」

(……あちこちで見かける?)

 モリーは首をかしげる。
 この神官の女性は同じ場所で掃き掃除をしていたと思ったのだが、違うのだろうか。

「私が水汲みをしていた時に声をかければ良かったわね。ごめんなさい」
「水汲みっ!?」

 確かに先ほど水汲みをしていた神官も見た。しかし水汲みをしていた神官を見てから今まで、そんなに長い時間が経っているとは思えない。

(ということはこの人、水汲みの後に掃き掃除を始めて、しかもあちこち移動してる……? なんか行動速度というか移動速度、尋常じゃない気がするんだけど)

 モリーは呆然とするが、彼女は意に介した様子はない。微笑みながらモリーに顔を向けていたのだが、その時何かを見つけたようだ。視線を移し、少し離れた渡り廊下を示す。

「あそこにいらっしゃるのは王女殿下じゃないかしら。――そうだわ。道に迷っているなら、王女殿下に同道をお願いしてみたらいかが?」

 彼女が示す方向を見てみると、白金の髪をなびかせて歩くのは間違いなく王女フェリシアだ。神殿騎士見習いの彼女は神殿騎士区域に戻るだろうから、一緒に行けば確かに迷うことはない。

「それは……そうなんですけど」

 しかしモリーはフェリシアと話をしたことがない。同じ神殿騎士見習いだといってもフェリシアはモリーよりも先輩だ。更にいうなれば平民出身のモリーとは身分が違いすぎて、どう接したら良いのか分からなかった。
 果たして声をかけて良いものだろうかとその場で葛藤していると、横の神官が、すう、と大きく息を吸い込む。

「フェリシア王女殿下!」

 さほど大きいわけではないのに、神官の声は良く通った。王女が振り返り、まあ、と声を上げる。道を移動して傍まで来てくれたフェリシアは、その美しい顔に優しげな微笑みを浮かべていた。

「神殿騎士見習いの方ですわね? こんなところにいるなんて……あら、もしかして迷ってしまいましたの?」

 モリーの腕にある品々を見ながらフェリシアは問う。モリーがものすごい勢いで首を上下に振ると、王女は鈴を振るような声で軽やかに笑った。

「では、わたくしと一緒に参りましょう。急げば座学の時間に間に合いますわ」
「あ、ありがとうございます!」

 フェリシアに向かって深々と頭を下げた後、モリーは神官にも礼を言おうと後ろを向いたのだが、背後には誰もいない。

 それどころか、ぐるりと見回した範囲のどこにも人の姿はなかった。

「あれ……?」
「どうしましたの? 遅れてしまいますわよ」
「あ、はい……」

 首をかしげながらも、モリーはフェリシアに促されて足を踏み出す。
 しかし何となく思い立ち、女性がいた場所を振り返って小さく呟いた。

「ありがとうございました」

 そのとき一陣の風が渡り廊下を吹き抜け、モリーの声をさらっていった。
 まるで箒で木の葉を掃くかのように。
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