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第4章(前)
12.井戸のほとり
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桶を持ち、ローゼは井戸へと向かう。
今朝はヘルムートの方が先に来ていた。井戸のほとりで佇んでいた彼は、ローゼの姿を認めて軽く手を上げる。
「今日は少し遅いな。何かあったのか?」
「何もないわ。いつもと同じよ」
なるべく平静を装いながらローゼは返事をするが、もちろんいつもと同じではない。今朝は少し寝坊したために家を出るのが遅くなってしまったのだ。
それというのも昨夜、アーヴィンのことを考えてなかなか寝付けなかったせいなのだが、もちろんヘルムートに言うつもりはなかった。
「そっちはもう水を汲み終わってるのね」
「ローゼが来る前に終わった。……ほら」
手を出すヘルムートの意図が分からず、ローゼは首をかしげる。
「なに?」
「桶を渡せよ」
「なんで?」
「汲んでやる」
ローゼは思わず瞬いた。
「どうしたの急に」
「いいから渡せって」
押し問答をしているうちに結局2つとも桶を取られてしまったので、ローゼは仕方なくヘルムートが水を汲むさまを眺めることにする。
エンフェス村に来たばかりの頃はヘルムートと嫌味の応酬だったローゼだが、日が経つにつれて徐々に険悪な雰囲気は薄れていた。
そんなある日、ローゼは村人の水汲みを買って出ているヘルムートの姿を目撃したのだ。
「なんで水汲みしてるの?」
意外に思いながら尋ねてみると、手を休めずにヘルムートは言葉を返す。
「今は特に用事がないからですよ」
「暇だと水汲みをするの?」
「……力仕事は鍛錬にもなる」
そういうものだろうかと思っていると、神殿から出てきた大柄な人物がヘルムートの名を呼ばわった。
「そろそろ時間だぞ……お、ローゼちゃん」
「こんにちは、ジェラルドさん」
よう、と気安げに手を上げたジェラルドは、白い鎧を輝かせながら井戸へやってくると、水汲みを続けるヘルムートへ呆れたように声をかけた。
「また住民の手伝いか。でも行かねえとザレッタ殿にどやされるぞ」
「……また?」
「なんでもない! ……申し訳ありません、あと少しで行きます」
「あと少しって、これだけ桶あるのにお前……あーもう、しょうがねえな! ほれ、どの家へ持って行きゃいいんだ? 言ってみな!」
ジェラルドと、そしてローゼも一緒に桶を運んだおかげで、なんとかわずかな遅刻で終わらせることができたらしい。
夕方に改めての礼を言いに現れたヘルムートはそう言って頭を下げた。
この一件からローゼはヘルムートに対しての評価を変え、ヘルムートもローゼへの態度を軟化させた。
今では朝の水汲みをする時にふたりで話をするのが日課となっている。
「昨日は魔物を倒せたか?」
ヘルムートの問いに、ローゼは首を横に振る。
「今のところ、エンフェス村へ来てから1体も倒してないわね」
「そうか」
答えたヘルムートは井戸に水桶を落とし入れようとしたところで動きを止める。ローゼには、背を向けている彼が逡巡しているように思えた。
「……なあ。どうしてローゼやフェリシア様が魔物と戦ってないと思う?」
「どうしてって……神殿騎士たちが倒してるからでしょ?」
「そうなんだけどな」
ヘルムートは井戸へ水桶を入れる。微かに水音がしたところで、彼は話を続けた。
「……神殿騎士たちは、ローゼとフェリシア様に魔物を倒して欲しくないんだ」
「うーん、それはそうでしょうねぇ」
神殿騎士たちからすれば、ローゼは戦闘経験がないも同然だ。自分たちが戦った方がより安全で確実なのだから、手を出して欲しくないのだろう。
そう思っていると、ヘルムートが水桶を引き上げながら言う。
「多分、ローゼが思ってることは正しくない」
井戸を向く彼の表情は見えない。
「……神殿騎士は魔物と対峙する役割を負っている。重視するのは、魔物と戦った経験だ。回数、種類、そして倒す際にどのくらい貢献したか」
いつものように水の入った桶を軽々と引き上げながらヘルムートは言う。自分ではこうはいかないと思いつつ、ローゼは彼の背中を見ていた。
「1回しか戦わないより10回戦った方がいい。小鬼と戦う経験より幽鬼と戦った経験が欲しいし、周囲の警戒をすることよりも深手を与えることの方が重要だ」
「それは」
ローゼは思わず口を挟む。
「もしかして、あたしが瘴穴を消してるのが気に入らないの?」
ローゼが信じられない思いを抱えて口にすると、同時に腰の辺りからも「ふざけるな」という吐き捨てるような声が聞こえた。
振り返ったヘルムートはローゼの表情を見て慌てたように付け加える。
「そう思ってる奴も中にはいるかもしれないが、ほとんどの神殿騎士が早く魔物を倒したいと思ってる。人に危害が及んで嬉しいわけじゃない。本当だ」
「……ふうん」
(ヘルムートは何が言いたいの? あたしが瘴穴を消せるのを疑ってる人は多いけど、そういう話でもないし……)
怪訝に思いながらヘルムートの話を反芻してたローゼはふと気が付く。
「……ねえ。今の貢献の話は神殿騎士見習いにも当てはまる?」
ヘルムートは大きく息を吐く。
「そうだな……」
口ごもるヘルムートは、どう言おうか迷うというよりも、本当に言って良いのか悩んでいるように見えた。
やがて意を決したように彼は口を開く。
「……神殿騎士見習いは実地訓練にも出かける。神殿騎士の部隊と一緒に魔物を討伐しに行くわけだ」
「……うん」
「この行き先は大神殿での座学や実技の成績が関係する。良い成績ならば厳しい場所にも連れて行ってもらえるんだ。今の俺のように」
気負いも自慢も見せず、淡々とヘルムートは続ける。
「連れて行ってもらった先できちんと経験を積めば、神殿騎士になったときに色々と有利に働く。部隊配属とか、階級とかな。だから最初から上を目指しておきたい奴は、見習い時代に厳しい場所へ行きたがる」
「フェリシアも行きたがった?」
ローゼの問いに答えず、深く息を吐いたヘルムートは井戸へ向き直ると水桶を落とした。
「神殿騎士にも色々な部隊がある」
水を汲みながらも違う話を始めるヘルムートに、ローゼは眉をひそめた。
「もちろん一番多い部隊は対魔物の部隊だな。だが他にも特殊な部隊がある。例えば、儀式の護衛を務めるためだけの部隊だ。ここは神殿騎士の部隊の中で一番人数が少ない」
彼は一体何を伝えたいのだろうか。訝しく思いながらもローゼは黙って聞いていた。
「いつも大神殿に詰めていて、儀式のときくらいしか活動はしない。鍛錬はするが、魔物との戦闘をすることは無い。……と、言い切っても構わないだろう」
ヘルムートは少しの間をあけて言葉を継いだ。
「ここに配属される神殿騎士は、高い身分の出自が多い」
近くの草を揺らして冷たい風が吹き抜ける。
「……普通なら配属先は、見習い時代の成績と実地の状況によって、神殿騎士になった後に決められるんだが――」
「――その部隊だけは、見習いの間に配属が決定するのね」
同時にローゼは、以前フェリシアが返した言葉の意味を理解する。
ヘルムートが優秀だと聞き、「どっちが優秀?」と尋ねた時に戻ってきた言葉。
『……比べることはできませんの』
(……そっか……)
フェリシアは特別な部隊への配属が決定したのだ。
成績ではなく、身分で決定される部隊に。
「……じゃあなんで、フェリシアは今回あたしと一緒に南へ来ることができたの」
南方は魔物も多い。もしもフェリシアが特別なら、ローゼとともに来ることすら出来なかったはずだ。
そう思いながらも、ローゼはなんとなく理由が分かっていた。
(あたしが南で長いこと留まったのは、魔物の出現が比較的少ない場所だった。魔物の出現が多い所は、いつも神殿騎士や神官が増員されてたり、配備が決まってたりしたんだ)
――まるでローゼの先回りをするかのように。
(大神殿から来た神官や神殿騎士がいたら、あたしは任せて立ち去ることが多かったもんね)
例外は今いるエンフェス村だ。ここには神殿騎士が来ているにもかかわらず、ローゼは留まることを決めた。
「フェリシア様が南にいられるのは『ローゼと一緒だから』だ」
知らないうちにうつむいていたらしい。はっとして顔を上げれば、ヘルムートは何かを言いたげな様子でローゼを見ている。
「もしかしてあたしは、魔物と戦うつもりがない聖剣の主だ、って思われてるわけ?」
問いかけに答えは戻ってこない。
ローゼは深く息を吐き、天を仰いだ。
「うーん。……大神殿の会議で、二家と同じように扱え、って言ってもらえたのになぁ」
南へ向かう前、ローゼがハイドルフ大神官から渡された紙には、随伴者としてフェリシアの名前しか書かれていなかった。
戦わせたくない神殿騎士見習いを、戦うつもりがないはずの聖剣の主につけた、ということなのだろう。
『ローゼのためを思うなら、一緒に来るべきではなかったのです』
パウラを追い返したときにフェリシアの言った言葉が頭をよぎる。
「そういうことかぁ……確かにあたしは、南方に来て小鬼としか戦ってないなぁ……」
小鬼と一口に言っても、いくつか種類がいる。
子どもの背丈くらいしかないものや、小柄なフェリシアより少し低いくらいのもの、奇妙な色の肌をしたものや、獣の顔を持つものなど。
本来ならばそれぞれに名がついているのだろうが、ひっくるめて「小鬼」と呼んでいるのは、それらすべてがさほどに強くなく、一般の人だけで倒せる魔物の総称だからだ。
そしてこのまま戻れば、ローゼの戦果はそんな小鬼だけになる。
本当は戦うつもりがあったのだと言ったところで、聖剣を持つ者の戦果が小鬼だけというのはさすがに体裁が悪いだろう。
いや、もし強い敵と戦ったのだとしても、大神殿の大半がローゼのことを疑っている以上は、言うことを信じてもらえるかどうかすら分からなかった。
「ま、まあその、なんだ。口さがない奴らのことなんか気にするな。元気出……せ……よ?」
空を見上げていたローゼがヘルムートへ視線を戻すと、彼は言葉の途中で瞬く。
「……泣いてない」
「泣いてるわけないでしょ」
呆然としたようなヘルムートがおかしくてローゼは小さく吹き出した。
「残念ながら、そういうの慣れちゃったわ」
「……そうか」
ローゼが笑ってみせると、ヘルムートもまた笑みを浮かべて汲んだ水をローゼの傍に置いた。
「まあ、平気みたいで良かった」
「うん。……えーと、水、ありがとう。あと話もしてくれてありがとう」
うなずくヘルムートに手を振り、ローゼは水の入った桶を持って家へ向かう。道すがら、小さくため息をついた。
【どうした】
「……うん。あたしのことはね、本当に気にしなくていいの。でもさ、フェリシアは……」
きっとフェリシアは特別扱いをされたくないのだ。他の皆と同様に扱われ、通常の部隊に配属されたいと望んでいるのだろう。
彼女がおかしかった理由をなんとなく察することができたのはありがたいが、だからといってローゼはどうすれば良いのか、そもそも何かした方が良いのかすら分からなかった。
「……仕方ないから、とりあえず目の前の問題を片づけていこう。今日も、レオンがエンフェス村を嫌がる理由を探そうね」
【お前、言い方】
憮然とするレオンの声に笑いながら、ローゼは水と懸念を持って玄関の扉を開けた。
今朝はヘルムートの方が先に来ていた。井戸のほとりで佇んでいた彼は、ローゼの姿を認めて軽く手を上げる。
「今日は少し遅いな。何かあったのか?」
「何もないわ。いつもと同じよ」
なるべく平静を装いながらローゼは返事をするが、もちろんいつもと同じではない。今朝は少し寝坊したために家を出るのが遅くなってしまったのだ。
それというのも昨夜、アーヴィンのことを考えてなかなか寝付けなかったせいなのだが、もちろんヘルムートに言うつもりはなかった。
「そっちはもう水を汲み終わってるのね」
「ローゼが来る前に終わった。……ほら」
手を出すヘルムートの意図が分からず、ローゼは首をかしげる。
「なに?」
「桶を渡せよ」
「なんで?」
「汲んでやる」
ローゼは思わず瞬いた。
「どうしたの急に」
「いいから渡せって」
押し問答をしているうちに結局2つとも桶を取られてしまったので、ローゼは仕方なくヘルムートが水を汲むさまを眺めることにする。
エンフェス村に来たばかりの頃はヘルムートと嫌味の応酬だったローゼだが、日が経つにつれて徐々に険悪な雰囲気は薄れていた。
そんなある日、ローゼは村人の水汲みを買って出ているヘルムートの姿を目撃したのだ。
「なんで水汲みしてるの?」
意外に思いながら尋ねてみると、手を休めずにヘルムートは言葉を返す。
「今は特に用事がないからですよ」
「暇だと水汲みをするの?」
「……力仕事は鍛錬にもなる」
そういうものだろうかと思っていると、神殿から出てきた大柄な人物がヘルムートの名を呼ばわった。
「そろそろ時間だぞ……お、ローゼちゃん」
「こんにちは、ジェラルドさん」
よう、と気安げに手を上げたジェラルドは、白い鎧を輝かせながら井戸へやってくると、水汲みを続けるヘルムートへ呆れたように声をかけた。
「また住民の手伝いか。でも行かねえとザレッタ殿にどやされるぞ」
「……また?」
「なんでもない! ……申し訳ありません、あと少しで行きます」
「あと少しって、これだけ桶あるのにお前……あーもう、しょうがねえな! ほれ、どの家へ持って行きゃいいんだ? 言ってみな!」
ジェラルドと、そしてローゼも一緒に桶を運んだおかげで、なんとかわずかな遅刻で終わらせることができたらしい。
夕方に改めての礼を言いに現れたヘルムートはそう言って頭を下げた。
この一件からローゼはヘルムートに対しての評価を変え、ヘルムートもローゼへの態度を軟化させた。
今では朝の水汲みをする時にふたりで話をするのが日課となっている。
「昨日は魔物を倒せたか?」
ヘルムートの問いに、ローゼは首を横に振る。
「今のところ、エンフェス村へ来てから1体も倒してないわね」
「そうか」
答えたヘルムートは井戸に水桶を落とし入れようとしたところで動きを止める。ローゼには、背を向けている彼が逡巡しているように思えた。
「……なあ。どうしてローゼやフェリシア様が魔物と戦ってないと思う?」
「どうしてって……神殿騎士たちが倒してるからでしょ?」
「そうなんだけどな」
ヘルムートは井戸へ水桶を入れる。微かに水音がしたところで、彼は話を続けた。
「……神殿騎士たちは、ローゼとフェリシア様に魔物を倒して欲しくないんだ」
「うーん、それはそうでしょうねぇ」
神殿騎士たちからすれば、ローゼは戦闘経験がないも同然だ。自分たちが戦った方がより安全で確実なのだから、手を出して欲しくないのだろう。
そう思っていると、ヘルムートが水桶を引き上げながら言う。
「多分、ローゼが思ってることは正しくない」
井戸を向く彼の表情は見えない。
「……神殿騎士は魔物と対峙する役割を負っている。重視するのは、魔物と戦った経験だ。回数、種類、そして倒す際にどのくらい貢献したか」
いつものように水の入った桶を軽々と引き上げながらヘルムートは言う。自分ではこうはいかないと思いつつ、ローゼは彼の背中を見ていた。
「1回しか戦わないより10回戦った方がいい。小鬼と戦う経験より幽鬼と戦った経験が欲しいし、周囲の警戒をすることよりも深手を与えることの方が重要だ」
「それは」
ローゼは思わず口を挟む。
「もしかして、あたしが瘴穴を消してるのが気に入らないの?」
ローゼが信じられない思いを抱えて口にすると、同時に腰の辺りからも「ふざけるな」という吐き捨てるような声が聞こえた。
振り返ったヘルムートはローゼの表情を見て慌てたように付け加える。
「そう思ってる奴も中にはいるかもしれないが、ほとんどの神殿騎士が早く魔物を倒したいと思ってる。人に危害が及んで嬉しいわけじゃない。本当だ」
「……ふうん」
(ヘルムートは何が言いたいの? あたしが瘴穴を消せるのを疑ってる人は多いけど、そういう話でもないし……)
怪訝に思いながらヘルムートの話を反芻してたローゼはふと気が付く。
「……ねえ。今の貢献の話は神殿騎士見習いにも当てはまる?」
ヘルムートは大きく息を吐く。
「そうだな……」
口ごもるヘルムートは、どう言おうか迷うというよりも、本当に言って良いのか悩んでいるように見えた。
やがて意を決したように彼は口を開く。
「……神殿騎士見習いは実地訓練にも出かける。神殿騎士の部隊と一緒に魔物を討伐しに行くわけだ」
「……うん」
「この行き先は大神殿での座学や実技の成績が関係する。良い成績ならば厳しい場所にも連れて行ってもらえるんだ。今の俺のように」
気負いも自慢も見せず、淡々とヘルムートは続ける。
「連れて行ってもらった先できちんと経験を積めば、神殿騎士になったときに色々と有利に働く。部隊配属とか、階級とかな。だから最初から上を目指しておきたい奴は、見習い時代に厳しい場所へ行きたがる」
「フェリシアも行きたがった?」
ローゼの問いに答えず、深く息を吐いたヘルムートは井戸へ向き直ると水桶を落とした。
「神殿騎士にも色々な部隊がある」
水を汲みながらも違う話を始めるヘルムートに、ローゼは眉をひそめた。
「もちろん一番多い部隊は対魔物の部隊だな。だが他にも特殊な部隊がある。例えば、儀式の護衛を務めるためだけの部隊だ。ここは神殿騎士の部隊の中で一番人数が少ない」
彼は一体何を伝えたいのだろうか。訝しく思いながらもローゼは黙って聞いていた。
「いつも大神殿に詰めていて、儀式のときくらいしか活動はしない。鍛錬はするが、魔物との戦闘をすることは無い。……と、言い切っても構わないだろう」
ヘルムートは少しの間をあけて言葉を継いだ。
「ここに配属される神殿騎士は、高い身分の出自が多い」
近くの草を揺らして冷たい風が吹き抜ける。
「……普通なら配属先は、見習い時代の成績と実地の状況によって、神殿騎士になった後に決められるんだが――」
「――その部隊だけは、見習いの間に配属が決定するのね」
同時にローゼは、以前フェリシアが返した言葉の意味を理解する。
ヘルムートが優秀だと聞き、「どっちが優秀?」と尋ねた時に戻ってきた言葉。
『……比べることはできませんの』
(……そっか……)
フェリシアは特別な部隊への配属が決定したのだ。
成績ではなく、身分で決定される部隊に。
「……じゃあなんで、フェリシアは今回あたしと一緒に南へ来ることができたの」
南方は魔物も多い。もしもフェリシアが特別なら、ローゼとともに来ることすら出来なかったはずだ。
そう思いながらも、ローゼはなんとなく理由が分かっていた。
(あたしが南で長いこと留まったのは、魔物の出現が比較的少ない場所だった。魔物の出現が多い所は、いつも神殿騎士や神官が増員されてたり、配備が決まってたりしたんだ)
――まるでローゼの先回りをするかのように。
(大神殿から来た神官や神殿騎士がいたら、あたしは任せて立ち去ることが多かったもんね)
例外は今いるエンフェス村だ。ここには神殿騎士が来ているにもかかわらず、ローゼは留まることを決めた。
「フェリシア様が南にいられるのは『ローゼと一緒だから』だ」
知らないうちにうつむいていたらしい。はっとして顔を上げれば、ヘルムートは何かを言いたげな様子でローゼを見ている。
「もしかしてあたしは、魔物と戦うつもりがない聖剣の主だ、って思われてるわけ?」
問いかけに答えは戻ってこない。
ローゼは深く息を吐き、天を仰いだ。
「うーん。……大神殿の会議で、二家と同じように扱え、って言ってもらえたのになぁ」
南へ向かう前、ローゼがハイドルフ大神官から渡された紙には、随伴者としてフェリシアの名前しか書かれていなかった。
戦わせたくない神殿騎士見習いを、戦うつもりがないはずの聖剣の主につけた、ということなのだろう。
『ローゼのためを思うなら、一緒に来るべきではなかったのです』
パウラを追い返したときにフェリシアの言った言葉が頭をよぎる。
「そういうことかぁ……確かにあたしは、南方に来て小鬼としか戦ってないなぁ……」
小鬼と一口に言っても、いくつか種類がいる。
子どもの背丈くらいしかないものや、小柄なフェリシアより少し低いくらいのもの、奇妙な色の肌をしたものや、獣の顔を持つものなど。
本来ならばそれぞれに名がついているのだろうが、ひっくるめて「小鬼」と呼んでいるのは、それらすべてがさほどに強くなく、一般の人だけで倒せる魔物の総称だからだ。
そしてこのまま戻れば、ローゼの戦果はそんな小鬼だけになる。
本当は戦うつもりがあったのだと言ったところで、聖剣を持つ者の戦果が小鬼だけというのはさすがに体裁が悪いだろう。
いや、もし強い敵と戦ったのだとしても、大神殿の大半がローゼのことを疑っている以上は、言うことを信じてもらえるかどうかすら分からなかった。
「ま、まあその、なんだ。口さがない奴らのことなんか気にするな。元気出……せ……よ?」
空を見上げていたローゼがヘルムートへ視線を戻すと、彼は言葉の途中で瞬く。
「……泣いてない」
「泣いてるわけないでしょ」
呆然としたようなヘルムートがおかしくてローゼは小さく吹き出した。
「残念ながら、そういうの慣れちゃったわ」
「……そうか」
ローゼが笑ってみせると、ヘルムートもまた笑みを浮かべて汲んだ水をローゼの傍に置いた。
「まあ、平気みたいで良かった」
「うん。……えーと、水、ありがとう。あと話もしてくれてありがとう」
うなずくヘルムートに手を振り、ローゼは水の入った桶を持って家へ向かう。道すがら、小さくため息をついた。
【どうした】
「……うん。あたしのことはね、本当に気にしなくていいの。でもさ、フェリシアは……」
きっとフェリシアは特別扱いをされたくないのだ。他の皆と同様に扱われ、通常の部隊に配属されたいと望んでいるのだろう。
彼女がおかしかった理由をなんとなく察することができたのはありがたいが、だからといってローゼはどうすれば良いのか、そもそも何かした方が良いのかすら分からなかった。
「……仕方ないから、とりあえず目の前の問題を片づけていこう。今日も、レオンがエンフェス村を嫌がる理由を探そうね」
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