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第3章(後)
36.黎明
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話し合いが終わり、ローゼはそのまま部屋を退出させられた。フロランを含む男性たちは話し合いを続行するようだったので、部屋へはフロランの護衛のみが送ってくれる。
室内に入って扉を閉め、立ち去る靴音を聞いたローゼは深く息を吐き、そのまま床に座り込んだ。
【どうした、大丈夫か?】
「うん、平気。緊張が解けて力が抜けちゃっただけ」
レオンに答えながら壁に背を預ける。
部屋に戻るまでは護衛が明かりを持っていたのだが、ローゼには何も渡されていないため室内は暗い。それでも気持ちだけは明るかった。
「やっと公爵にも会えたね。……ここまで来たなぁ」
【そうだな。よく頑張ったぞ】
「うん、レオンも。本当にありがとう」
安堵の笑みを浮かべた後、ローゼは床にあった聖剣を膝の上に置いた。
「それにしても、フロランはやっぱり北方が好きなんだね」
【あいつは大精霊の息子だしな。木に対しては人並み以上の思いがあるんだろう】
フロランの、大精霊のいた木を枯らしたくない、この地を離れたくないのだ、と訴える姿からは嘘をまったく感じなかった。それでも次回会った時に彼は「演技だった」と言い訳をしそうな気がする。
くすくすと笑ったローゼは、ふと、その場にもうひとりいたシャルトス家の人物のことを思った。
「公爵はどうなんだろう。ずっと黙ってたけど、フロランに大精霊の木のことを言われてから、答えを出したよね」
【さてな。本当に大精霊のことを思っているなら、自分の息子や孫を見殺しにはしないだろう】
答えるレオンの声は嫌悪に満ちていた。今の彼は心が大精霊寄りなのかもしれない。
それでもローゼは重ねて問いかけた。
「……最後はフロランの言葉にほだされたと思う?」
【俺には分からん】
言葉は投げやりだったが、どことなくもの悲しさを感じた気がして、ローゼは膝の上に乗せた聖剣を黙って見つめる。
しばらくして、ローゼは小さく呟いた。
「……あの公爵も、爵位を押し付けられたのかな」
レオンからの返事はなかった。
以前フロランからは、50年ほど前に大精霊が消滅する兆候が見られたと聞いた。それは現公爵が、爵位を継いですぐくらいだったと。
先ほど見た公爵は60代後半くらいの年齢に見えた。だとすれば、20歳くらい、もしかすると10代の後半で公爵になったこととなる。
もちろん先代の公爵がなんらかの事情で世を去ることはあるだろう。そうでなくとも、代替わりには複雑な事情が絡んでいたのかもしれない。
しかし、大精霊が消滅する兆候を感じ取った先代公爵に、現公爵が無理やり代替わりさせられたのだとしたらどうだろうか。
「……なんか疲れちゃったな。衣裳を脱いだら寝るね」
【それがいい……いや、だから、箪笥に入れるな】
「もう今更でしょ」
笑って引き出しを閉めたローゼは、そっとため息をつく。
自分の名誉のため孫に後始末を押し付け、逆らうものには容赦がない。絶対的な権力を持つ北の独裁者。
公爵というのはそんな人物だと思っていた。
確かにその片鱗はある。しかし過去はともかく、現在は随分揺らいでいるようだ。ナターシャによれば城内ですら彼の権威は衰えているらしい。確かに町の噂でも公爵に対して批判的なものを多く聞いた。離れた町では批判的な意見の方が多かったくらいだ。
人々に背かれつつあり、精霊からはとうに嫌われている。
すべては公爵の行いのせいだ。本来ならシャルトスの家に産まれたというだけで、大精霊は無償の愛を注いでくれたはずなのに、彼はそれすらも手放した。
しかしこのことも含めてすべてが、代替わりを強要させられたが故に彼が歪んでしまった結果だとしたらどうだろうか。もし想像が当たっているとするのならば、実は公爵も不幸な人物だったのかもしれない。
もちろん好意的な感情を向けることはできない。
それでもローゼは公爵に対し、ほんの少しだけ哀れみを抱いた。
* * *
翌日、朝食を持ってきたリュシーは少し疲れているようだった。
昨日の夕食が遅くなったことを詫びるリュシーに首を横に振り、ローゼは何があったのか尋ねてみる。
「マリエラの説得をしていたのよ。クラレス伯爵のことが祖父に知られてしまったから、今のうちに家に帰るよう言ったのだけれど……」
どうやらマリエラは自分の父が計画していることを何も知らされていなかったらしい。話を聞くと青い顔で「急に態度が変わったと思ったら、そういうこと……」と呟いたきり黙ってしまったのだと、寂しげな笑みを浮かべてリュシーはローゼに教えてくれた。
「今はクラレス伯爵の話が公になっていないから、祖父も何も知らないふりをしているし、マリエラのことも不問にしているわ。でももし、公になってしまったら……」
憂い顔のまま、リュシーは部屋を去る。
彼女が出て行ってから、しばらくの後にやってきたのはフロランだ。いつものように勝手に椅子へ座った彼は、前置きもなく切り出す。
「昨日のあれは演技だからね。別に私の本心ではないし、そもそも――」
「分かっています。あたしの味方をしたわけではないんですよね」
「そういうこと。大体さ、祖父だって自分の策を貫くよりも、ローゼの話に乗った方がいいと判断したから頷いただけだしねぇ」
足を組んで手をひらひらとさせるフロランだが、昨夜の態度より今の方がよほど演技のように感じるということを、ローゼは黙っておくことにした。
「ところで、お願いがあるのですが」
「んー? 私に? 何かな?」
「あなたのお兄さんには、木に関する話の詳細をぎりぎりまで伝えずにいて欲しいんですけど」
ローゼが言うと、フロランは難しい顔をして腕を組む。
「なかなか面倒なことを言うね。理由を聞こうか?」
「あたしが使うつもりでいる方法は、あなたのお兄さんに止められているんです」
大精霊の木に銀狼を呼ぶときには神降ろしを使うつもりでいるが、以前グラス村でレオンのためにエルゼを呼んだ後、アーヴィンからは「今後は絶対しないように」と言われている。
ローゼの言うことを聞いたフロランは、不思議そうに首を傾げた。
「でも、その方法を使わないと銀狼が呼べないんだよね? だったら兄だって、知ったところで何も言わないんじゃないかなぁ?」
「いいえ。あたしが何をするつもりなのか気付いたら、間違いなく止めに来ます」
「自分が助かるにはその方法しかないとしても?」
「はい」
フロランは言い切るローゼをつまらなそうに見た後、腕組みを解いてうなずいた。
「分かった。面倒ごとは避けたいから、できるだけ黙っておくよ」
ローゼはほっとした。これで時間の問題だとしても、ぎりぎりまで彼の邪魔は入らないだろう。
「……で、あたしの出番はいつになりそうなんですか?」
「あと23日後」
フロランの返答を聞いてローゼは眉をひそめた。
「ずいぶん後ですね」
「そうかな。これは本来、エリオットの公爵位継承の日なんだけどねぇ」
ニヤニヤと言うフロランを見ながらローゼはむっとする。
とはいえそう考えるのならば、時間はあまり無いような気がした。
「……なんでそんな日にしたんですか?」
「各地の有力者たちが城へ来ることになってるからだよ。それにもしローゼが失敗したらさ、そのままエリオットが公爵位を継ぐ式典に変更できるだろ? ちょうどいいと思わない?」
「思いません。あたしは失敗しませんから」
思わずローゼが言い切ると、フロランは楽しそうに笑った。
「まあいいや。とにかくローゼにはこのまま滞在を続けてもらう。でも、今まで通りでなくて構わないよ」
フロランが身振りで指示すると、護衛のひとりが部屋のカーテンを開ける。暗い部屋に光が満ち、ローゼは眩しさに目を細めた。
「どういうことですか?」
「ローゼは祖父の公認になったようなものだからね。隠す必要がないってことさ。……ああそうだ。せっかくだし、もっと大きい客間を用意してあげようか?」
笑いながら言うフロランに向かってローゼは首を横に振る。欲がないね、と言いながら楽しげに立ち去るフロランを見送った後、ローゼは改めてカーテンを閉めた。
【どうした、ローゼ。なんで閉めるんだ? それにせっかくなんだから、部屋だって大きいところに移してもらえばいいじゃないか】
「うん……」
怪訝そうに問いかけるレオンの言葉はもっともだ。本来ならローゼだって大きい部屋へ行きたいし、窓を開けたいし、外だってうろつきたい。
「……なんていうのかな。公爵の力は落ちてるっていう話だったでしょ? できれば今まで通り、ひっそり過ごしてる方がいいような気がして」
言ってからローゼは少し考え、気分を変えるように聖剣に向けて笑ってみせる。
「なんてね。ずっとこんな風に過ごしてきたから、環境が変わるの怖いだけよ。本当なら明日にでも木をなんとかして、さっさと帰りたいわ。……ああ、でも、そうね」
ローゼは小さく手をたたいた。
「あの小さい庭になら時々行ってもいいと思わない? 人もほとんど来ないし。もちろん、ちゃんと髪は隠すわ」
【そうだな。精霊もいるし、あそこはいいところだぞ】
「決まりね。明日天気が悪くなかったら、さっそく行ってみようか」
結局その日、ローゼがカーテンを開けることはなかった。それでも夕食の後にリュシーが化粧で傷を作ろうとするのは断る。なんとなく、もう治ったことにしたかったのだ。
リュシーもローゼの気持ちを汲み、笑顔でうなずいてくれた。
そして翌日の夜明け前、ローゼは窓から外へ出る。
視線を上に向けてみれば、空は夜明けまで時間があることを告げていた。まだしばらくは外に居ても平気だろう。
「外の空気はやっぱりいいわねー」
【そうだな】
どことなく機嫌の良さそうなレオンと共に歩き出したローゼは、乱雑に刈り込まれた低い生け垣に沿って進む。やがて切れ目から庭の中央へ向かう短い道が現れた。
道に踏み入って進んでいくと、庭の中央には円形の空間があった。中央からは、入り口方向の道も含め四方へ短い道が伸びている。
道によって仕切られた4つの区画にはそれぞれ色や種類の違う花が咲いているが、ほとんどが小さな可愛い花ばかり、大輪の花は少ない。しかし小さな庭には、小さな花がよく似合った。
どの方向へ行こうかと思いつつも、まずは中央へ向かって歩きながらローゼはレオンに呼びかける。
「そうだ、レオン。ここには精霊がいたよね? せっかくだから見せてよ」
以前は精霊が見えていたこともあってそっと足を踏み入れたが、今回は見えていなかったので無配慮だ。寝ている精霊たちを起こしてしまったかなと思いつつ頼んでみたのだが、先ほどまで普通に話していたというのにレオンからの返事がない。
怪訝に思いながら、ローゼは再度声をかける。
「レオン? ねえ、聞いてる?」
しかし聖剣からは何の答えも戻らなかった。
確かレオンは先日も呼びかけに答えなかったことがある。
まさかと思いながら来た道を振り返ってみると、褐色の髪をさらさらと風に揺らす貴族の青年が、庭の入り口に立っていた。
室内に入って扉を閉め、立ち去る靴音を聞いたローゼは深く息を吐き、そのまま床に座り込んだ。
【どうした、大丈夫か?】
「うん、平気。緊張が解けて力が抜けちゃっただけ」
レオンに答えながら壁に背を預ける。
部屋に戻るまでは護衛が明かりを持っていたのだが、ローゼには何も渡されていないため室内は暗い。それでも気持ちだけは明るかった。
「やっと公爵にも会えたね。……ここまで来たなぁ」
【そうだな。よく頑張ったぞ】
「うん、レオンも。本当にありがとう」
安堵の笑みを浮かべた後、ローゼは床にあった聖剣を膝の上に置いた。
「それにしても、フロランはやっぱり北方が好きなんだね」
【あいつは大精霊の息子だしな。木に対しては人並み以上の思いがあるんだろう】
フロランの、大精霊のいた木を枯らしたくない、この地を離れたくないのだ、と訴える姿からは嘘をまったく感じなかった。それでも次回会った時に彼は「演技だった」と言い訳をしそうな気がする。
くすくすと笑ったローゼは、ふと、その場にもうひとりいたシャルトス家の人物のことを思った。
「公爵はどうなんだろう。ずっと黙ってたけど、フロランに大精霊の木のことを言われてから、答えを出したよね」
【さてな。本当に大精霊のことを思っているなら、自分の息子や孫を見殺しにはしないだろう】
答えるレオンの声は嫌悪に満ちていた。今の彼は心が大精霊寄りなのかもしれない。
それでもローゼは重ねて問いかけた。
「……最後はフロランの言葉にほだされたと思う?」
【俺には分からん】
言葉は投げやりだったが、どことなくもの悲しさを感じた気がして、ローゼは膝の上に乗せた聖剣を黙って見つめる。
しばらくして、ローゼは小さく呟いた。
「……あの公爵も、爵位を押し付けられたのかな」
レオンからの返事はなかった。
以前フロランからは、50年ほど前に大精霊が消滅する兆候が見られたと聞いた。それは現公爵が、爵位を継いですぐくらいだったと。
先ほど見た公爵は60代後半くらいの年齢に見えた。だとすれば、20歳くらい、もしかすると10代の後半で公爵になったこととなる。
もちろん先代の公爵がなんらかの事情で世を去ることはあるだろう。そうでなくとも、代替わりには複雑な事情が絡んでいたのかもしれない。
しかし、大精霊が消滅する兆候を感じ取った先代公爵に、現公爵が無理やり代替わりさせられたのだとしたらどうだろうか。
「……なんか疲れちゃったな。衣裳を脱いだら寝るね」
【それがいい……いや、だから、箪笥に入れるな】
「もう今更でしょ」
笑って引き出しを閉めたローゼは、そっとため息をつく。
自分の名誉のため孫に後始末を押し付け、逆らうものには容赦がない。絶対的な権力を持つ北の独裁者。
公爵というのはそんな人物だと思っていた。
確かにその片鱗はある。しかし過去はともかく、現在は随分揺らいでいるようだ。ナターシャによれば城内ですら彼の権威は衰えているらしい。確かに町の噂でも公爵に対して批判的なものを多く聞いた。離れた町では批判的な意見の方が多かったくらいだ。
人々に背かれつつあり、精霊からはとうに嫌われている。
すべては公爵の行いのせいだ。本来ならシャルトスの家に産まれたというだけで、大精霊は無償の愛を注いでくれたはずなのに、彼はそれすらも手放した。
しかしこのことも含めてすべてが、代替わりを強要させられたが故に彼が歪んでしまった結果だとしたらどうだろうか。もし想像が当たっているとするのならば、実は公爵も不幸な人物だったのかもしれない。
もちろん好意的な感情を向けることはできない。
それでもローゼは公爵に対し、ほんの少しだけ哀れみを抱いた。
* * *
翌日、朝食を持ってきたリュシーは少し疲れているようだった。
昨日の夕食が遅くなったことを詫びるリュシーに首を横に振り、ローゼは何があったのか尋ねてみる。
「マリエラの説得をしていたのよ。クラレス伯爵のことが祖父に知られてしまったから、今のうちに家に帰るよう言ったのだけれど……」
どうやらマリエラは自分の父が計画していることを何も知らされていなかったらしい。話を聞くと青い顔で「急に態度が変わったと思ったら、そういうこと……」と呟いたきり黙ってしまったのだと、寂しげな笑みを浮かべてリュシーはローゼに教えてくれた。
「今はクラレス伯爵の話が公になっていないから、祖父も何も知らないふりをしているし、マリエラのことも不問にしているわ。でももし、公になってしまったら……」
憂い顔のまま、リュシーは部屋を去る。
彼女が出て行ってから、しばらくの後にやってきたのはフロランだ。いつものように勝手に椅子へ座った彼は、前置きもなく切り出す。
「昨日のあれは演技だからね。別に私の本心ではないし、そもそも――」
「分かっています。あたしの味方をしたわけではないんですよね」
「そういうこと。大体さ、祖父だって自分の策を貫くよりも、ローゼの話に乗った方がいいと判断したから頷いただけだしねぇ」
足を組んで手をひらひらとさせるフロランだが、昨夜の態度より今の方がよほど演技のように感じるということを、ローゼは黙っておくことにした。
「ところで、お願いがあるのですが」
「んー? 私に? 何かな?」
「あなたのお兄さんには、木に関する話の詳細をぎりぎりまで伝えずにいて欲しいんですけど」
ローゼが言うと、フロランは難しい顔をして腕を組む。
「なかなか面倒なことを言うね。理由を聞こうか?」
「あたしが使うつもりでいる方法は、あなたのお兄さんに止められているんです」
大精霊の木に銀狼を呼ぶときには神降ろしを使うつもりでいるが、以前グラス村でレオンのためにエルゼを呼んだ後、アーヴィンからは「今後は絶対しないように」と言われている。
ローゼの言うことを聞いたフロランは、不思議そうに首を傾げた。
「でも、その方法を使わないと銀狼が呼べないんだよね? だったら兄だって、知ったところで何も言わないんじゃないかなぁ?」
「いいえ。あたしが何をするつもりなのか気付いたら、間違いなく止めに来ます」
「自分が助かるにはその方法しかないとしても?」
「はい」
フロランは言い切るローゼをつまらなそうに見た後、腕組みを解いてうなずいた。
「分かった。面倒ごとは避けたいから、できるだけ黙っておくよ」
ローゼはほっとした。これで時間の問題だとしても、ぎりぎりまで彼の邪魔は入らないだろう。
「……で、あたしの出番はいつになりそうなんですか?」
「あと23日後」
フロランの返答を聞いてローゼは眉をひそめた。
「ずいぶん後ですね」
「そうかな。これは本来、エリオットの公爵位継承の日なんだけどねぇ」
ニヤニヤと言うフロランを見ながらローゼはむっとする。
とはいえそう考えるのならば、時間はあまり無いような気がした。
「……なんでそんな日にしたんですか?」
「各地の有力者たちが城へ来ることになってるからだよ。それにもしローゼが失敗したらさ、そのままエリオットが公爵位を継ぐ式典に変更できるだろ? ちょうどいいと思わない?」
「思いません。あたしは失敗しませんから」
思わずローゼが言い切ると、フロランは楽しそうに笑った。
「まあいいや。とにかくローゼにはこのまま滞在を続けてもらう。でも、今まで通りでなくて構わないよ」
フロランが身振りで指示すると、護衛のひとりが部屋のカーテンを開ける。暗い部屋に光が満ち、ローゼは眩しさに目を細めた。
「どういうことですか?」
「ローゼは祖父の公認になったようなものだからね。隠す必要がないってことさ。……ああそうだ。せっかくだし、もっと大きい客間を用意してあげようか?」
笑いながら言うフロランに向かってローゼは首を横に振る。欲がないね、と言いながら楽しげに立ち去るフロランを見送った後、ローゼは改めてカーテンを閉めた。
【どうした、ローゼ。なんで閉めるんだ? それにせっかくなんだから、部屋だって大きいところに移してもらえばいいじゃないか】
「うん……」
怪訝そうに問いかけるレオンの言葉はもっともだ。本来ならローゼだって大きい部屋へ行きたいし、窓を開けたいし、外だってうろつきたい。
「……なんていうのかな。公爵の力は落ちてるっていう話だったでしょ? できれば今まで通り、ひっそり過ごしてる方がいいような気がして」
言ってからローゼは少し考え、気分を変えるように聖剣に向けて笑ってみせる。
「なんてね。ずっとこんな風に過ごしてきたから、環境が変わるの怖いだけよ。本当なら明日にでも木をなんとかして、さっさと帰りたいわ。……ああ、でも、そうね」
ローゼは小さく手をたたいた。
「あの小さい庭になら時々行ってもいいと思わない? 人もほとんど来ないし。もちろん、ちゃんと髪は隠すわ」
【そうだな。精霊もいるし、あそこはいいところだぞ】
「決まりね。明日天気が悪くなかったら、さっそく行ってみようか」
結局その日、ローゼがカーテンを開けることはなかった。それでも夕食の後にリュシーが化粧で傷を作ろうとするのは断る。なんとなく、もう治ったことにしたかったのだ。
リュシーもローゼの気持ちを汲み、笑顔でうなずいてくれた。
そして翌日の夜明け前、ローゼは窓から外へ出る。
視線を上に向けてみれば、空は夜明けまで時間があることを告げていた。まだしばらくは外に居ても平気だろう。
「外の空気はやっぱりいいわねー」
【そうだな】
どことなく機嫌の良さそうなレオンと共に歩き出したローゼは、乱雑に刈り込まれた低い生け垣に沿って進む。やがて切れ目から庭の中央へ向かう短い道が現れた。
道に踏み入って進んでいくと、庭の中央には円形の空間があった。中央からは、入り口方向の道も含め四方へ短い道が伸びている。
道によって仕切られた4つの区画にはそれぞれ色や種類の違う花が咲いているが、ほとんどが小さな可愛い花ばかり、大輪の花は少ない。しかし小さな庭には、小さな花がよく似合った。
どの方向へ行こうかと思いつつも、まずは中央へ向かって歩きながらローゼはレオンに呼びかける。
「そうだ、レオン。ここには精霊がいたよね? せっかくだから見せてよ」
以前は精霊が見えていたこともあってそっと足を踏み入れたが、今回は見えていなかったので無配慮だ。寝ている精霊たちを起こしてしまったかなと思いつつ頼んでみたのだが、先ほどまで普通に話していたというのにレオンからの返事がない。
怪訝に思いながら、ローゼは再度声をかける。
「レオン? ねえ、聞いてる?」
しかし聖剣からは何の答えも戻らなかった。
確かレオンは先日も呼びかけに答えなかったことがある。
まさかと思いながら来た道を振り返ってみると、褐色の髪をさらさらと風に揺らす貴族の青年が、庭の入り口に立っていた。
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