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第3章(後)
第34話 助け
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ローゼは以前、儀式の前に「ローブを着てちゃんと歩けるか不安だ」とフェリシアに愚痴をこぼしたことがある。
それを聞いたフェリシアは、衣裳を着て歩く訓練をしようと言い出したのだが、アレン大神官から王都近くの町へ呼び出されたときに余計な時間を使ったため、フェリシアの予定は大幅に狂ってしまったのだ。
嘆いていたフェリシアはある日、一着のローブを押し付けてきた。
「これを使って、わたくしがいないときにも練習していて下さいませね。おひとりでも着られるよう簡易的な作りになっておりますけれど、質は変わらないはずですわ。裾のさばき方などにも支障はないと思いますの」
これで何とか間に合いますわ、と奇妙な迫力で呟くフェリシアにそこはかとない恐ろしさを感じたローゼは、真面目に部屋で練習を重ねたのだ。
「あの時は見るのも嫌だった衣裳だけど、ここで役に立ってくれるなんてフェリシアに感謝よね」
練習の際に幾度も袖を通したこともあって、すっかり着るのに慣れたローブを身にまといつつ、多少の懐かしさをにじませながらローゼはレオンに話しかける。
【そうだな。あの時俺が練習に付き合って「はい、駄目ですわ」って言ってやったことにも感謝しろよ】
「何言ってるのよ、何の関係もないじゃない。そもそもちっとも似てないし、気持ち悪いばっかりだったわ」
箪笥の中から聞こえるくぐもった声に返事をしつつ、衣裳を着終えたローゼは取り出した聖剣を腰に佩く。最後に、机の上に置いてあった小さな紙包みを開いた。
かすかな金属音とともに現れた金色の飾りをローゼは首にかける。
胸元までくる鎖の先には黄金でできた小さな丸い板が下がっており、表と裏にはそれぞれ違う紋章が刻まれていた。
【もちろん、それも忘れるわけにいかないな】
「うん」
レオンの声に返事をして、ローゼは紋章をそっと握る。
(フェリシア、ありがとう。力を貸してね)
心の中で友人の笑顔に囁き、ローゼは扉を開けた。
イライラと待っていたらしいフロランは、ローゼの姿を見ると表情を緩める。
「……ずいぶん時間がかかってるから気が気じゃなかったけど、待たせるだけのことはあるねぇ」
「そう言ってもらえて良かったです。公爵にも同じように思ってもらえればいいんですけど」
「さて、どうかな。さっきの服で行くよりは話をしてもらえそうだけど……」
言いながらフロランは歩き出す。ローゼは慌てて後を追った。
「会うのは祖父だけじゃないんだ。分家の連中が何人か来てるんで、まずはそっちが口出ししてくるだろうな」
「どんな人たちなんです?」
「んー、まあ、小物だよ」
フロランはさらりと言い切る。
「祖父におもねって利益を得ようとする連中かな。ああでも、難癖付けるのは好きなんだよねぇ」
言いながらフロランは階段を通り過ぎる。どうやら目的地は1階にあるようだ。
「そういえば、レオンの言葉を聞ける人はいるんですか?」
ローゼが尋ねると、フロランは少し眉を寄せた。
「……祖父が聞けるよ。大精霊の言葉があるから精霊は力を貸さないけど、祖父自身が精霊に関する力を無くしたわけじゃないからね」
「だって。レオン、頼んだよ」
【任せておけ】
「まあ、精霊の言葉に関してなら、私もいるから気にしなくていいよ。ただし何度も言うけど……」
「分かってます。フロラン様からの助けは期待しません」
ローゼが言うと、フロランは目線を寄越してうなずく。しかしすぐ顔を戻すと、小さくため息をついたように見えた。
実際に助けるつもりはなくても、改めて言われると堪えるのだろう。
ローゼが苦笑していると、やがて両開きの重厚な扉が見えてきた。
扉の左右には護衛が立っており、フロランの姿を確認すると揃って一礼する。
「さて、ここからが本番だからね。頼んだよ」
軽い調子で言うフロランは笑顔だったが、奥にある緊張を隠しきれていない。
彼の緊張が移り、ローゼは生唾を飲み込んだ。下を向いて自分に言い聞かせる。
(あたし、落ち着け。大丈夫、最近は何度も偉い人に会ったじゃない。そうよ、国王にだって会ったんだもの。アレンの馬鹿に初めて会った頃のあたしとは、もう違うのよ……)
そんなことを考えていた時、ふと脳裏をよぎる言葉があった。
『雰囲気に飲まれないように。慌てず、落ち着いて、良く考えて。そして堂々としているんだよ』
――アーヴィン。
心の中で名を呼びながら、左袖の下にある銀の腕飾りを握る。
同時に、左の腰に佩いた聖剣と、首から下げた飾りも目に入った。
小さく笑ったローゼは頭を上げ、フロランに向き直る。
「行きましょう、フロラン様」
ローゼへと顔を向けたフロランは、意外そうな面持ちを見せた。
「何? 緊張を解く方法でも知ってるわけ? ほんの今までガチガチだったくせに」
ローゼは首を横に振る。
「そんなものは知りません。でもあたしには、助けてくれる人たちがいることを思い出しました。それだけです」
フロランはなぜか面白くなさそうな様子で手を振った。
待機していた護衛たちが中に声を声をかけ、彼らの手により、重そうな扉は音もなく開かれる。
中は想像よりも大きな部屋だった。
もう夜だというのに眩いばかりに明かりがともされており、まるでこの部屋だけ昼間になったかのようだ。
中央には彫刻が施された見事な長机があり、机の左右には合計で4人の人物が座っている。
さらにその奥、正面には華麗な装飾がなされた銀色の椅子があった。以前お披露目会のときに王宮で見た、謁見の間の玉座に似ているな、とローゼは思う。
銀の椅子に座っているのは60代後半と思しき厳めしい男性だ。髪にもヒゲにも白いものが混じるが、薄い青色の瞳は彼自身の雰囲気と相まってか酷薄な印象を与える。おそらくこの人物こそ、シャルトス家当主の現公爵ラディエイルなのだろう。
横のフロランが何か言おうとしたとき、それよりも早く長机に座るうちのひとりが声を上げた。
「なんだその娘は! 余所者ではないか!」
真っ赤な顔をして怒鳴る恰幅の良い初老の男に、フロランは苦笑交じりに返事をする。
「先ほど王都から来たと申し上げましたよ。もちろん余所者に決まっているでしょう」
今のローゼは髪に何も手を加えず、そのまま背中に流している。
余所者であることは一目で分かる状態だった。
ぶるぶると震える男を無視して、フロランは頭を下げる。倣ってローゼも頭を下げた。
「公爵閣下。この娘が先ほどお話しましましたローゼ・ファラー、精霊が宿った剣を持つ娘です」
何か言うべきなのだろうかと思うが、フロランからも特に何も言われないのでどうしたら良いのか分からない。無言のまま礼を終えて顔を上げると、公爵を含めた5人の男たちの目が先ほどよりも厳しくなっているような気がした。
「フロラン様。その娘は上流階級の出自ではありませんね?」
長机に座る4人の男の内、先ほどとは別の男が蔑むような声を出す。もちろん今の礼で分かってしまったのだろう。
確かに型はフェリシアから習っているものの、真似をしているだけだということは、ローゼ自身もずっと前から気づいている。動作と自分がまったく馴染んでいないのだ。
弁明でもしようというのか、フロランが何かを言いかける。しかしそれよりも早く、ローゼは口を開いた。
「この中で、爵位をお持ちの方はいらっしゃいますか?」
余所者の、しかも身分の低そうな娘が何を言い出すのかと男たちが怪訝な表情を浮かべる中、ローゼは微笑んでもう一度言う。
「私は伯爵の位があるのですが、それ以上の地位を持つ方はおられるのでしょうか?」
「貴様は伯爵家の娘だと言うのか?」
「いいえ、そうではありません」
ローゼは笑みを浮かべたまま首を横に振る。
「私自身が、伯爵の位を持っております」
「なんだと?」
場がざわつく。何かを言いかける男性陣を視線で制しながら、ローゼは首にかけた黄金の飾りを外した。
「こちらが証拠です」
壁際には10名以上の人物が立っている。大半は護衛だったが、一番手前には執事らしき人物も控えていた。彼はローゼが視線を向けるのに気付いて近寄り、恭しく首飾りを受け取る。
「ご覧いただければ、表に刻まれているのが伯爵位の紋章、裏にあるのが王家の紋章であることがお分かりになると思います。ただ……公爵閣下はもちろんお分かりでしょうが、他の方はいかがかしら?」
ローゼが無邪気な口調で言うと、横に立つフロランがごく小さく噴き出したのが聞こえた。
北方で一番爵位が高いのはもちろん公爵だが、その下だとマリエラの父クラレス家当主が伯爵位を持つのみ、他の分家はさらに下の位しか持たないと聞いている。
事実、言外に「爵位を持ってる人じゃないとこの首飾りはもらえないから、持ってない人は分からないでしょうね」と告げたのを理解したらしく、2人の男性は憤怒または羞恥で顔を赤くし、残り2人もやや気まずげに視線を外した。
しかし、公爵は首飾りを受け取っただけで紋章を見ることなく、ただローゼを値踏みするように眺める。しんとする室内は、その視線だけで温度が下がったような気がした。
「なぜ爵位を与えられたのか聞こう」
公爵の言葉にローゼは歯噛みする。首飾りを渡せば平気だろうと思っていたため、そこまで考えていなかったのだ。
とにかく返答に時間をかけてはまずいだろうと、ローゼは思いついた言葉を口にした。
「……以前、お忍びで街に出ていらした王女殿下を暴漢から救った功により与えられました」
「それだけで伯爵の位をか」
「事情により取り潰されてしまいましたが、私の家は元々、爵位を持っておりました。そのことを知った国王陛下が、私一代に限った特例として爵位を与えてくださったのです」
11振目の主としての話も交えつつ、嘘の話を作り上げていく。さすがに怪しまれるかと思ったが、大きすぎる嘘のため、公爵は逆に真実味を感じているように見える。
「もちろん、王女殿下からのお口添えもございました。現在はありがたくも、殿下から友人と呼んでいただいております」
にっこりと微笑んで言うと、ようやく公爵は首飾りへ目を落とした。裏表を確認し、重々しく「確かに」と告げる。長机の4人が息をのんだ。
執事が持ち戻った紋章を、ローゼは改めて首に戻しながら小さく安堵のため息をつき、友人と呼んでいる王女殿下に心の中で感謝の言葉を述べた。
(フェリシア、ありがとう)
そもそも、ローゼが身分を持っているというのは間違いではない。聖剣の主というのは各国で伯爵相当の扱いをされることになっている。
しかし神殿内部での位であるために、見える形で証明する場合は、聖剣や聖剣の主としての身分証を示すしかない。
『シャルトス家の領内で神殿は無力です。でも王家なら多少は関与できますわ。何か身分の証明が必要になった時はこちらをお使いになって。王家が授与する伯爵の証です。ローゼは伯爵相当の身分を持ってますもの、この証を持っていても嘘にはなりませんわ』
そう書かれた手紙は焼き菓子の一番下に、首飾りや路銀と共にしっかりとくるまれて入っていた。北へ旅に出る直前にフェリシアが渡してくれた『餞別』の焼き菓子だ。きっと直接渡したのでは、ローゼが受け取らないと思ったのだろう。
確かに菓子しか入っていないと思っていたので、袋の底に意外なものを見つけた時、ローゼは本当に驚いたのだ。
「話を聞いていただけますか」
ローゼが尋ねると、公爵はしばし考えた末に言う。
「……よかろう」
彼の言葉を聞いて、ローゼはほっと息を吐いた。
それを聞いたフェリシアは、衣裳を着て歩く訓練をしようと言い出したのだが、アレン大神官から王都近くの町へ呼び出されたときに余計な時間を使ったため、フェリシアの予定は大幅に狂ってしまったのだ。
嘆いていたフェリシアはある日、一着のローブを押し付けてきた。
「これを使って、わたくしがいないときにも練習していて下さいませね。おひとりでも着られるよう簡易的な作りになっておりますけれど、質は変わらないはずですわ。裾のさばき方などにも支障はないと思いますの」
これで何とか間に合いますわ、と奇妙な迫力で呟くフェリシアにそこはかとない恐ろしさを感じたローゼは、真面目に部屋で練習を重ねたのだ。
「あの時は見るのも嫌だった衣裳だけど、ここで役に立ってくれるなんてフェリシアに感謝よね」
練習の際に幾度も袖を通したこともあって、すっかり着るのに慣れたローブを身にまといつつ、多少の懐かしさをにじませながらローゼはレオンに話しかける。
【そうだな。あの時俺が練習に付き合って「はい、駄目ですわ」って言ってやったことにも感謝しろよ】
「何言ってるのよ、何の関係もないじゃない。そもそもちっとも似てないし、気持ち悪いばっかりだったわ」
箪笥の中から聞こえるくぐもった声に返事をしつつ、衣裳を着終えたローゼは取り出した聖剣を腰に佩く。最後に、机の上に置いてあった小さな紙包みを開いた。
かすかな金属音とともに現れた金色の飾りをローゼは首にかける。
胸元までくる鎖の先には黄金でできた小さな丸い板が下がっており、表と裏にはそれぞれ違う紋章が刻まれていた。
【もちろん、それも忘れるわけにいかないな】
「うん」
レオンの声に返事をして、ローゼは紋章をそっと握る。
(フェリシア、ありがとう。力を貸してね)
心の中で友人の笑顔に囁き、ローゼは扉を開けた。
イライラと待っていたらしいフロランは、ローゼの姿を見ると表情を緩める。
「……ずいぶん時間がかかってるから気が気じゃなかったけど、待たせるだけのことはあるねぇ」
「そう言ってもらえて良かったです。公爵にも同じように思ってもらえればいいんですけど」
「さて、どうかな。さっきの服で行くよりは話をしてもらえそうだけど……」
言いながらフロランは歩き出す。ローゼは慌てて後を追った。
「会うのは祖父だけじゃないんだ。分家の連中が何人か来てるんで、まずはそっちが口出ししてくるだろうな」
「どんな人たちなんです?」
「んー、まあ、小物だよ」
フロランはさらりと言い切る。
「祖父におもねって利益を得ようとする連中かな。ああでも、難癖付けるのは好きなんだよねぇ」
言いながらフロランは階段を通り過ぎる。どうやら目的地は1階にあるようだ。
「そういえば、レオンの言葉を聞ける人はいるんですか?」
ローゼが尋ねると、フロランは少し眉を寄せた。
「……祖父が聞けるよ。大精霊の言葉があるから精霊は力を貸さないけど、祖父自身が精霊に関する力を無くしたわけじゃないからね」
「だって。レオン、頼んだよ」
【任せておけ】
「まあ、精霊の言葉に関してなら、私もいるから気にしなくていいよ。ただし何度も言うけど……」
「分かってます。フロラン様からの助けは期待しません」
ローゼが言うと、フロランは目線を寄越してうなずく。しかしすぐ顔を戻すと、小さくため息をついたように見えた。
実際に助けるつもりはなくても、改めて言われると堪えるのだろう。
ローゼが苦笑していると、やがて両開きの重厚な扉が見えてきた。
扉の左右には護衛が立っており、フロランの姿を確認すると揃って一礼する。
「さて、ここからが本番だからね。頼んだよ」
軽い調子で言うフロランは笑顔だったが、奥にある緊張を隠しきれていない。
彼の緊張が移り、ローゼは生唾を飲み込んだ。下を向いて自分に言い聞かせる。
(あたし、落ち着け。大丈夫、最近は何度も偉い人に会ったじゃない。そうよ、国王にだって会ったんだもの。アレンの馬鹿に初めて会った頃のあたしとは、もう違うのよ……)
そんなことを考えていた時、ふと脳裏をよぎる言葉があった。
『雰囲気に飲まれないように。慌てず、落ち着いて、良く考えて。そして堂々としているんだよ』
――アーヴィン。
心の中で名を呼びながら、左袖の下にある銀の腕飾りを握る。
同時に、左の腰に佩いた聖剣と、首から下げた飾りも目に入った。
小さく笑ったローゼは頭を上げ、フロランに向き直る。
「行きましょう、フロラン様」
ローゼへと顔を向けたフロランは、意外そうな面持ちを見せた。
「何? 緊張を解く方法でも知ってるわけ? ほんの今までガチガチだったくせに」
ローゼは首を横に振る。
「そんなものは知りません。でもあたしには、助けてくれる人たちがいることを思い出しました。それだけです」
フロランはなぜか面白くなさそうな様子で手を振った。
待機していた護衛たちが中に声を声をかけ、彼らの手により、重そうな扉は音もなく開かれる。
中は想像よりも大きな部屋だった。
もう夜だというのに眩いばかりに明かりがともされており、まるでこの部屋だけ昼間になったかのようだ。
中央には彫刻が施された見事な長机があり、机の左右には合計で4人の人物が座っている。
さらにその奥、正面には華麗な装飾がなされた銀色の椅子があった。以前お披露目会のときに王宮で見た、謁見の間の玉座に似ているな、とローゼは思う。
銀の椅子に座っているのは60代後半と思しき厳めしい男性だ。髪にもヒゲにも白いものが混じるが、薄い青色の瞳は彼自身の雰囲気と相まってか酷薄な印象を与える。おそらくこの人物こそ、シャルトス家当主の現公爵ラディエイルなのだろう。
横のフロランが何か言おうとしたとき、それよりも早く長机に座るうちのひとりが声を上げた。
「なんだその娘は! 余所者ではないか!」
真っ赤な顔をして怒鳴る恰幅の良い初老の男に、フロランは苦笑交じりに返事をする。
「先ほど王都から来たと申し上げましたよ。もちろん余所者に決まっているでしょう」
今のローゼは髪に何も手を加えず、そのまま背中に流している。
余所者であることは一目で分かる状態だった。
ぶるぶると震える男を無視して、フロランは頭を下げる。倣ってローゼも頭を下げた。
「公爵閣下。この娘が先ほどお話しましましたローゼ・ファラー、精霊が宿った剣を持つ娘です」
何か言うべきなのだろうかと思うが、フロランからも特に何も言われないのでどうしたら良いのか分からない。無言のまま礼を終えて顔を上げると、公爵を含めた5人の男たちの目が先ほどよりも厳しくなっているような気がした。
「フロラン様。その娘は上流階級の出自ではありませんね?」
長机に座る4人の男の内、先ほどとは別の男が蔑むような声を出す。もちろん今の礼で分かってしまったのだろう。
確かに型はフェリシアから習っているものの、真似をしているだけだということは、ローゼ自身もずっと前から気づいている。動作と自分がまったく馴染んでいないのだ。
弁明でもしようというのか、フロランが何かを言いかける。しかしそれよりも早く、ローゼは口を開いた。
「この中で、爵位をお持ちの方はいらっしゃいますか?」
余所者の、しかも身分の低そうな娘が何を言い出すのかと男たちが怪訝な表情を浮かべる中、ローゼは微笑んでもう一度言う。
「私は伯爵の位があるのですが、それ以上の地位を持つ方はおられるのでしょうか?」
「貴様は伯爵家の娘だと言うのか?」
「いいえ、そうではありません」
ローゼは笑みを浮かべたまま首を横に振る。
「私自身が、伯爵の位を持っております」
「なんだと?」
場がざわつく。何かを言いかける男性陣を視線で制しながら、ローゼは首にかけた黄金の飾りを外した。
「こちらが証拠です」
壁際には10名以上の人物が立っている。大半は護衛だったが、一番手前には執事らしき人物も控えていた。彼はローゼが視線を向けるのに気付いて近寄り、恭しく首飾りを受け取る。
「ご覧いただければ、表に刻まれているのが伯爵位の紋章、裏にあるのが王家の紋章であることがお分かりになると思います。ただ……公爵閣下はもちろんお分かりでしょうが、他の方はいかがかしら?」
ローゼが無邪気な口調で言うと、横に立つフロランがごく小さく噴き出したのが聞こえた。
北方で一番爵位が高いのはもちろん公爵だが、その下だとマリエラの父クラレス家当主が伯爵位を持つのみ、他の分家はさらに下の位しか持たないと聞いている。
事実、言外に「爵位を持ってる人じゃないとこの首飾りはもらえないから、持ってない人は分からないでしょうね」と告げたのを理解したらしく、2人の男性は憤怒または羞恥で顔を赤くし、残り2人もやや気まずげに視線を外した。
しかし、公爵は首飾りを受け取っただけで紋章を見ることなく、ただローゼを値踏みするように眺める。しんとする室内は、その視線だけで温度が下がったような気がした。
「なぜ爵位を与えられたのか聞こう」
公爵の言葉にローゼは歯噛みする。首飾りを渡せば平気だろうと思っていたため、そこまで考えていなかったのだ。
とにかく返答に時間をかけてはまずいだろうと、ローゼは思いついた言葉を口にした。
「……以前、お忍びで街に出ていらした王女殿下を暴漢から救った功により与えられました」
「それだけで伯爵の位をか」
「事情により取り潰されてしまいましたが、私の家は元々、爵位を持っておりました。そのことを知った国王陛下が、私一代に限った特例として爵位を与えてくださったのです」
11振目の主としての話も交えつつ、嘘の話を作り上げていく。さすがに怪しまれるかと思ったが、大きすぎる嘘のため、公爵は逆に真実味を感じているように見える。
「もちろん、王女殿下からのお口添えもございました。現在はありがたくも、殿下から友人と呼んでいただいております」
にっこりと微笑んで言うと、ようやく公爵は首飾りへ目を落とした。裏表を確認し、重々しく「確かに」と告げる。長机の4人が息をのんだ。
執事が持ち戻った紋章を、ローゼは改めて首に戻しながら小さく安堵のため息をつき、友人と呼んでいる王女殿下に心の中で感謝の言葉を述べた。
(フェリシア、ありがとう)
そもそも、ローゼが身分を持っているというのは間違いではない。聖剣の主というのは各国で伯爵相当の扱いをされることになっている。
しかし神殿内部での位であるために、見える形で証明する場合は、聖剣や聖剣の主としての身分証を示すしかない。
『シャルトス家の領内で神殿は無力です。でも王家なら多少は関与できますわ。何か身分の証明が必要になった時はこちらをお使いになって。王家が授与する伯爵の証です。ローゼは伯爵相当の身分を持ってますもの、この証を持っていても嘘にはなりませんわ』
そう書かれた手紙は焼き菓子の一番下に、首飾りや路銀と共にしっかりとくるまれて入っていた。北へ旅に出る直前にフェリシアが渡してくれた『餞別』の焼き菓子だ。きっと直接渡したのでは、ローゼが受け取らないと思ったのだろう。
確かに菓子しか入っていないと思っていたので、袋の底に意外なものを見つけた時、ローゼは本当に驚いたのだ。
「話を聞いていただけますか」
ローゼが尋ねると、公爵はしばし考えた末に言う。
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※小説家になろう、アルファポリス、カクヨムに掲載中です。
※106話完結。
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