【完結】村娘は聖剣の主に選ばれました ~選ばれただけの娘は、未だ謳われることなく~

杵島 灯

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第3章(後)

余話:エリオット 6

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 町や村にある神殿でやることはどこも基本的に同じだが、やはり各場所ごとに特色というものはある。

 しかし城で育った上にまったく神殿へ行ったことがないエリオットは、そもそも町や村の神殿でやることが良く分からない。そのため、なるべく前任の神官ミシェラ・セルザムのやり方を踏襲とうしゅうするつもりだった。

 確認のために彼女が残した日誌をめくって見ると、どうやらミシェラは何日かに一度、神殿で勉強を教えていたようだ。そこで村長が訪ねてきた時に勉強の話を持ち出すと、彼は「ありがたい、頼めますかな」と顔をほころばせる。

 以降エリオットはミシェラに倣い、子ども向けの簡単な勉強の日と、誰が来ても構わない少し高度な勉強をする日とを設定して教えているのだが、いずれの日にも一番最初に出会った村人であるローゼの姿がない。

 なんとなく気になり、村長の娘であるディアナにそれとなく尋ねてみると「ああ」と呟いた彼女は微妙な顔をした。

「ローゼは勉強しに行かないって言ってました」
「そうですか。ローゼは勉強が嫌いなんですね」
「いえ、前の神官様の時には、どっちの日にも必ず参加していたのですが……」

 言い淀んだディアナは、エリオットの顔を見上げて困ったような笑みを浮かべる。

「……今は、神官様にお会いしたくないから、行かないんだそうです」

 エリオットは思わず瞬く。

「私に会いたくないということですか? なぜでしょう?」
「分かりません。でも、絶対行かないって言い張ってました」

 絶対とまで言われては仕方がない。
 エリオットはディアナに礼を言ってその場から離れる。

 次に神官補佐へ尋ねてみると、確かにローゼはエリオットが来てから神殿に近寄らなくなったという返事だった。

「以前はよく本を借りに来ていたのですが、今はその、神官様がおられる時は帰ってしまいまして……本の返却に来るときも、神官様がおられると分かると、私どもに預けて帰ってしまうのです」

 エリオットは唖然とする。北はもちろんのこと、大神殿でも嫌われたことはあった。しかし理由が分からないまま、ここまで徹底して嫌われるというのは初めてのことだった。

 村の大人たちにも話を聞いてみたところ、ローゼが新しい神官を嫌っている話は有名らしい。一時は「あの神官は怪しい人物なのではないか」という噂まであったそうだ。

 さすがにエリオットも頭を抱えた。

 嫌われている理由を知りたくて本格的に聞き込みをするが、誰一人としてローゼがエリオットを嫌う理由を知らない。
 どうやらローゼ自身が、理由を問われると頑なに口を閉じてしまうためのようだ。

 ここまで来ればエリオットも意地になる。嫌われる理由を知るか、もしくはローゼと話ができるまで村から離れたくない。

 調べ続けている間に最初の1か月が過ぎ、大神殿からは約束通り「まだ神官が見つからない。もう少し残ってもらえるだろうか」との連絡が来る。

 承諾の返事をしてローゼの件を調べる一方、エリオットは大神殿にいる前任のミシェラへ今回の一件を書いた手紙を送り、助言を頼む。
 こんなことで長文の手紙を書くなど情けないとは思う。しかし長年グラス村にいたミシェラは村人に関して詳しいはずだ。きっと解決の糸口が見えるはずだとエリオットは期待していた。

 そんなことをしているうち、あっと言う間に次の1か月も過ぎる。

 大神殿から来た連絡には延長の返事をした上で、相変わらず進展のない聞き込みを行っているうち、最後の1か月も瞬く間に終わろうとしている。

 ――ローゼのことが何も解決していないのに、帰るわけにはいかない。

 エリオットは大神殿からの文が来るより先に鳥を飛ばした。内容は「可能ならしばらく村へ残りたい」と言うものだ。気をもみながら返事を待つこと数日、大神殿からはエリオットの意向を聞き入れる旨の返事が届いた。


   *   *   *


 エリオットが村へ来てから半年以上が経つ。村へ着いた頃は春のまだ早い段階だったが、今はすでに秋も深まっており、今日は村祭りの日を迎えている。しかしここに至るまで依然としてローゼに関してのことは分からず、会うこともできていなかった。

 もうじき夕方になる頃合い、村人たちが広場で笑いさざめく様子を遠くに聞きながら、エリオットは神官服の襟元を緩めて重いため息をついた。

 ――暑い。目が回る。

 祭りの始まりのときに男たちから「神官様も、さあさあ!」とジョッキを渡され、乾杯の挨拶のあと酒を一口飲んだのが失敗だったのだ。

 初めて飲んだ酒は喉が焼けるようで、思わずむせた。咳き込みながら酒が初めてだったことをからかわれているうち、視界が回って立っていられなくなる。

 そこで分かったのだが、どうやらエリオットは酒に弱い体質だった。

 よろめくエリオットを村人が支えてくれる。
 そのまま神殿へ連れて行ってくれようとしたのだが、エリオットが固辞すると代わりに少し離れた静かなところへ連れて行ってくれ、水を持って来てくれた。

 近くで心配そうにしているので、なんとか笑顔を作ったエリオットが祭りに戻るよう伝えると「落ち着くまでそこで座っててくださいね」と言われたので、ひとりでぼんやりしているところだった。

 遠くに聞こえる賑やかな音は、とても楽しそうだ。

 なのに広場から外れてこんな場所にひとりでいるのはまるで疎外されているようで、エリオットは少しだけ寂しい気持ちになる。

 この場所ですら寂しい気になるのだから、静かな神殿にひとりでいることなど想像したくもなかった。

 そこまで考えて、エリオットは苦笑する。

 ――……寂しい? 自分が? まさか。

 確かに村へ来て以降、エリオットは今までにないほど人との交流を行っている。

 しかし元々はひとりに慣れているのだ。寂しいことなどあるはずがない。
 きっと酒に酔ってしまったせいで変なことを考えてしまうのだろう。

 そんなことを思いながら右手側に置いた水を取ろうとしたとき、エリオットは自分の目を疑った。
 いつの間にか赤い髪の少女が横に立ち、体の後ろで手を組んで賑やかな音がする方を眺めていた。

「ローゼ……?」

 信じられない思いで名を呼ぶと、彼女は引き結んだ口を開いて、ぼそりと言った。

「こんなところで何してるのよ。探しちゃったじゃない」

 久しぶりに見るローゼの姿に、エリオットは妙な感慨を覚える。
 同時に、誰かが側に来てくれたことを嬉しく思う気持ちがあることに困惑した。

「そうでしたか、すみません。酒に酔ってしまったので休んでいたのですよ」

 エリオットが答えると、ローゼは、ふうん、と呟いた。

「祭りは始まったばっかりなのに、ずいぶん飲んだのね」
「いえ、飲んだのは一口だけなんです」
「じゃあ、お酒に弱いの?」
「そうだと思います」

 そっか、と言って少女は黙る。
 酒でふわふわして頭が回らないのと、ずっと自分を嫌って逃げていたらしい彼女に何を話して良いのかが分からないのとで、エリオットも黙って祭りの音を聞いていた。

「……ねえ」

 相変わらずエリオットの方を見ずにローゼは話しかけてくる。

「手紙くれたでしょ」

 手紙、とエリオットは呟く。
 確かに先日、ローゼにあてて手紙を書いた。

 それというのも先日、ミシェラからの手紙が届いたからだ。
 彼女からの手紙には「理由は良く分からないが、とにかくローゼはアーヴィンという『神官』に会いたくないらしい。だとすれば先日赴任してきた神官として付き合おうとするのではなく、個人的な友人として一から付き合いを求めてみてはどうだろう」と書いてあった。

 どういう意味なのかは良く分からなかったが、とにかくエリオットは助言に従って、「あの時に会った神官だと思わなくていいから、ただの友人として仲良くしてみないか」としたため、ローゼの家に届けてみたのだ。

 目の前に現れたということは、確かにこの話が有効だったのだろう。……結局、なぜ嫌われたのかは分からないままだったが。

 エリオットがそんなことを思っていると、ローゼはためらいながら口を開く。

「……なってもいいわ。友達」

 酒を飲んだわけでもないのに、彼女の横顔はほんのり赤くなった。
 エリオットはくすりと笑う。

 ――妹というのは、こんな感じだったのだろうか。

「ありがとうございます」

 エリオットが言うと、横顔でも分かるくらい少女は顔をしかめた。

「あなた何歳?」
「18ですが」
「それ、やめて」

 それ? と首をかしげると、ローゼは相変わらずエリオットを見ずに言う。

「あたし11歳よ。なんで年上の友達が、あたしにそんな口調なのよ」

 彼女の言いたいことが分かって、エリオットは困惑した。

「……さて、どうしましょう。私は他の話し方をしたことがないので……困りましたね」
「あたしだって困るわよ。友達に、です、なんて言い方したくないわ。あなた神官様じゃなくて友達としてつきあっていいって言ったじゃない」
「確かに、そうですが」
「とにかく、そんな話し方してる人とは、友達になんてならないから」

 そう言ってローゼはそっぽを向いてしまったので、エリオットからは完全に顔が見えなくなった。
 揺れる赤い髪を見ながらエリオットは小さくうなる。しばらく悩んだ後、仕方なく口を開いた。

「では、ローゼ。私と友達に、なってくれるかな?」

 慣れない口調に戸惑うせいで言葉は途切れ途切れになった。しかし少女にとってはそれでも満足できるものだったらしい。ローゼはようやくエリオットの方を向き、顔を輝かせた。

「いいわ! 友達になってあげる。よろしくね、アーヴィン」
「こちらこそ」

 少女が向けてくるきらきらとした赤い瞳は、夕日の色をうけて宝石のように見える。赤い髪もまるで燃え立つようだ。
 シャルトス領ではもちろん、大神殿でもここまで色の強い赤を見たことはなかったので、エリオットは思わず見惚れてしまう。

「どうしたの、ぼんやりして? あ、そっか。酔ってるからよね」
「……そうだね」

 ごまかすようにしてエリオットが微笑むと、笑顔の少女は手を差し伸べて来た。

「ねえ。もうじき広場で踊りが始まるの。アーヴィンも踊らない? 踊り方知らないなら、あたしが教えてあげるから」

 北の城ではダンスも教師から叩き込まれている。しかし村祭りの踊りはまた違うのだろうなと思いつつ、エリオットは首を横に振った。途端に目が回って、思わず顔をしかめる。

「踊るのはさすがに無理かな。ふらふらするんだ」
「そう? じゃあ、しょうがないわね」

 残念そうに言ったローゼはすぐに、そうだ、と言って手を叩く。

「せっかくだからこんなところにいないで、広場に行かない? その方が楽しいし……そうよ、皆が踊るのを見てるといいわ。来年以降、一緒に踊れるじゃない! ね?」
「……来年以降か……」

 シャルトスの家のことや、大精霊のこと、代わりが見つかるまでの一時的な赴任であるはずのことが頭をよぎり、思わず口調が重くなる。

 その様子から何かを感じたらしいローゼがエリオットの正面にしゃがみ込み、顔を見上げてきた。

「どうしたの? もしかして……来年はもういないの?」

 不安そうな口調で言う彼女からは、居て欲しいという気持ちが伝わってくる。あまりに意外で驚いたせいか、エリオットはつい口に出してしまった。

「ローゼは私がいなくなった方がいいんだろう?」

 すると彼女はこぼれんばかりに目を見開き、ぷいと横を向いた。

「……そういうこと言うんだ。なによ、みんなからアーヴィンは優しいって聞いてたのに、本当はすごーく意地悪なのね」

「ごめん、そんなつもりじゃなかったんだ。ただ、ローゼは私を嫌っているみたいだったから」

 優しいとは今までに何度も言われたが、正直に言えばエリオットは自分が優しいと思ったことはない。単に、本音や感情を見せず、そのうえで相手をなるべく傷つけないよう、やんわりと言葉を返していただけなのだ。

 だからこそ思わず本心を話してしまったことにはエリオット自身も驚いていたので、弁明の言葉はどうにも言い訳じみていた。

 横を向いたままだったローゼは、しばらくしてエリオットに視線を戻す。

「……あのね。アーヴィンとはもう友達になったんだから、いた方がいいの」
「そうか。ありがとう」
「だから、ねえ……来年もいる? その次や、もっと後も?」
「いるよ」

 寂しそうな少女の様子につい、肯定の返事をしてしまう。
 エリオットの言葉を聞いて、ローゼはにっこりと笑った。

「約束ね!」

 それでもさすがに約束はできない。
 曖昧に笑って、エリオットは立ち上がる。途端にふらついたのを、立ち上がったローゼが支えてくれた。

「ほんとだ。これじゃ踊るなんて無理ね」

 笑いながら言うローゼに手を引かれ、コップを持ったエリオットは村人たちがいる広場へと足を向けた。
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