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第3章(前)
余話:串焼き屋
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おう、この町は初めてか?
そうかそうか、なら一杯おごらせてくれ。
何、気にすんな。俺は初めての奴を見かけた時、いつもおごることにしてんだ。
ん? 俺が誰かって?
よくぞ聞いてくれた!
串焼き焼いて36年、『キーシュの町の串焼き屋』と言やぁ俺のことよ。
機会があったら東の通りにある露店に来てくれ。俺ぁいつもそこにいるからよ。
おうよ、味と品の良さに関しちゃあ、ちょっと自信あるぜ!
俺ぁな、自慢じゃねえが、真面目な上に正直者で通ってる。
生まれてこのかた52年、真っ当に生きて来たぜ。
もちろん、目の前の不正も許さねぇよ。
実際に俺が捕まえた犯罪者ってぇのも結構いるし、怪しく思う奴には容赦しねぇ。
隣で果物を売ってるヨーゴルと一緒に、今日も町の平和を守ってんだ!
……と思ってたんだがなぁ。
初めて失敗しちまったんだよ。
あぁ、あれは何日前だったっけなぁ。
茜馬を連れて顔を隠すっつーな、いかにも怪しい娘がいたんだ。
おう、茜馬な。お前も知ってるだろ。たてがみが夕焼け色してる馬さ。
……なぁ? あれぁ北方の中でも名馬中の名馬よ。
従順で辛抱強いし、体も頑丈で足も速い。
北は名馬の産地として有名だけどよぉ、茜馬は貴重だからさ、余所の地域には絶対出しゃしねぇもんなあ。
持ってるのは公爵家やその関連の家、後ぁあれだな、どっかの金持ちくれぇだろうってよ、ってすまねぇ、この辺は常識だったな。ガハハハハハ!
まあ、とにかくよぉ。
先日珍しく茜馬を見たんだけどよ。連れてたのがなぁ。
簡素な服を着て、被り物で顔を隠した、いかにも怪しい娘っ子だったからよぉ。
俺の勘が告げるわけだよ。こいつは訳ありの娘だぞってな。
だから隣のヨーゴルの奴に合図してよぉ、衛兵を呼びに行かせたんだ。
ん? 俺か?
その時娘っ子は俺の店で注文してたからよ。
わざとゆっくり焼いて、時間稼ぎしてたのさぁ。
そしたらこれがよぉ、さっきも言った通りの失敗さ。
俺の人生で初の大失敗だぜ。
娘っ子は隠してただけで、精霊銀の腕飾りをしてたんだ!
そうだよ、精霊銀だぜ!
茜馬も見かけねぇがよぉ、術士以外で精霊銀を持ってる奴ってのも、こりゃまたほとんど見かけねぇもんなぁ。
おまけによく見るときらびやかな剣を差してなぁ、荷物の中には、そりゃもう豪華な鞘まで隠してたんだよ。
でよぉ。俺は察したね。
これは、どっかの金持ちの娘か、もしかすると貴族のお嬢様かもしれねぇってよ。
ほら、ここんとこよ、術士たちがイリオスにある北方神殿に集められてるじゃねぇか。
おそらくあの娘っ子はよ、どっかの若い術士と恋仲だったに違いねえんだ。
だけど恋人は、公爵家の要請でイリオスへ行かなくちゃいけねぇ。
出発の前の日に恋人は、精霊銀の腕飾りを娘に渡して言うんだ。
「これを俺だと思って、いつでも身につけておいてくれ。俺の心はいつまでもお前のところにあるぜ」
ってよ。
だけど娘っ子は恋人のことが忘れられなくてよぉ。結局イリオスへ追いかけていくんだ。
俺が会ったのは、その道中だったに違いねぇよ。
っかー!
健気だと思わねぇか?
な? これは泣けるだろ!
だから俺ぁ決めたね。
あの娘っ子が今頃どの辺にいるか知らねぇがよ、恋人と再会できるように、毎日北方神殿で古の大精霊に祈ろうってな。
それがあの子を犯罪者扱いしちまった俺の、せめてもの罪滅ぼしってもんよ。
……そうだよなぁ。木もずいぶんおかしなことになっちまってる。
行くたびに花が落ちてるし、枯れ葉もどんどん増えてやがるもんなぁ。
術士に聞いても「たまたまです」なんて言いやがるけどさぁ、そんなに頻繁に行くわけでもねぇ俺たちが変だって思ってんだ。奴らが分からないわけがねぇ。
まぁ、そうは言っても術士どもにも色々事情があるんだろうしな。
あんまり触れてやらないのが優しさってもんよ。
……ああ、本当にな。嫌なことが起きる前触れじゃなきゃいいよなぁ。
まったくよぉ。
今の公爵様になってから50年くらいか、変なこと続きだってよ、うちの親父やお袋も言ってるぜ。
木の話だってそうだし、今回の急な跡継ぎの変更だって妙な話よ。
大体よぉ、本来の跡継ぎだったはずの公爵様の息子も、余所者女が殺したってことになってるけど、ありゃあ……。
おっといけねぇ、今の話は忘れてくれや。
それじゃ俺はいっちょ北方神殿で祈ってくる。お前さんは町を楽しんでってくれや。縁があったらまた会おうな!
そうかそうか、なら一杯おごらせてくれ。
何、気にすんな。俺は初めての奴を見かけた時、いつもおごることにしてんだ。
ん? 俺が誰かって?
よくぞ聞いてくれた!
串焼き焼いて36年、『キーシュの町の串焼き屋』と言やぁ俺のことよ。
機会があったら東の通りにある露店に来てくれ。俺ぁいつもそこにいるからよ。
おうよ、味と品の良さに関しちゃあ、ちょっと自信あるぜ!
俺ぁな、自慢じゃねえが、真面目な上に正直者で通ってる。
生まれてこのかた52年、真っ当に生きて来たぜ。
もちろん、目の前の不正も許さねぇよ。
実際に俺が捕まえた犯罪者ってぇのも結構いるし、怪しく思う奴には容赦しねぇ。
隣で果物を売ってるヨーゴルと一緒に、今日も町の平和を守ってんだ!
……と思ってたんだがなぁ。
初めて失敗しちまったんだよ。
あぁ、あれは何日前だったっけなぁ。
茜馬を連れて顔を隠すっつーな、いかにも怪しい娘がいたんだ。
おう、茜馬な。お前も知ってるだろ。たてがみが夕焼け色してる馬さ。
……なぁ? あれぁ北方の中でも名馬中の名馬よ。
従順で辛抱強いし、体も頑丈で足も速い。
北は名馬の産地として有名だけどよぉ、茜馬は貴重だからさ、余所の地域には絶対出しゃしねぇもんなあ。
持ってるのは公爵家やその関連の家、後ぁあれだな、どっかの金持ちくれぇだろうってよ、ってすまねぇ、この辺は常識だったな。ガハハハハハ!
まあ、とにかくよぉ。
先日珍しく茜馬を見たんだけどよ。連れてたのがなぁ。
簡素な服を着て、被り物で顔を隠した、いかにも怪しい娘っ子だったからよぉ。
俺の勘が告げるわけだよ。こいつは訳ありの娘だぞってな。
だから隣のヨーゴルの奴に合図してよぉ、衛兵を呼びに行かせたんだ。
ん? 俺か?
その時娘っ子は俺の店で注文してたからよ。
わざとゆっくり焼いて、時間稼ぎしてたのさぁ。
そしたらこれがよぉ、さっきも言った通りの失敗さ。
俺の人生で初の大失敗だぜ。
娘っ子は隠してただけで、精霊銀の腕飾りをしてたんだ!
そうだよ、精霊銀だぜ!
茜馬も見かけねぇがよぉ、術士以外で精霊銀を持ってる奴ってのも、こりゃまたほとんど見かけねぇもんなぁ。
おまけによく見るときらびやかな剣を差してなぁ、荷物の中には、そりゃもう豪華な鞘まで隠してたんだよ。
でよぉ。俺は察したね。
これは、どっかの金持ちの娘か、もしかすると貴族のお嬢様かもしれねぇってよ。
ほら、ここんとこよ、術士たちがイリオスにある北方神殿に集められてるじゃねぇか。
おそらくあの娘っ子はよ、どっかの若い術士と恋仲だったに違いねえんだ。
だけど恋人は、公爵家の要請でイリオスへ行かなくちゃいけねぇ。
出発の前の日に恋人は、精霊銀の腕飾りを娘に渡して言うんだ。
「これを俺だと思って、いつでも身につけておいてくれ。俺の心はいつまでもお前のところにあるぜ」
ってよ。
だけど娘っ子は恋人のことが忘れられなくてよぉ。結局イリオスへ追いかけていくんだ。
俺が会ったのは、その道中だったに違いねぇよ。
っかー!
健気だと思わねぇか?
な? これは泣けるだろ!
だから俺ぁ決めたね。
あの娘っ子が今頃どの辺にいるか知らねぇがよ、恋人と再会できるように、毎日北方神殿で古の大精霊に祈ろうってな。
それがあの子を犯罪者扱いしちまった俺の、せめてもの罪滅ぼしってもんよ。
……そうだよなぁ。木もずいぶんおかしなことになっちまってる。
行くたびに花が落ちてるし、枯れ葉もどんどん増えてやがるもんなぁ。
術士に聞いても「たまたまです」なんて言いやがるけどさぁ、そんなに頻繁に行くわけでもねぇ俺たちが変だって思ってんだ。奴らが分からないわけがねぇ。
まぁ、そうは言っても術士どもにも色々事情があるんだろうしな。
あんまり触れてやらないのが優しさってもんよ。
……ああ、本当にな。嫌なことが起きる前触れじゃなきゃいいよなぁ。
まったくよぉ。
今の公爵様になってから50年くらいか、変なこと続きだってよ、うちの親父やお袋も言ってるぜ。
木の話だってそうだし、今回の急な跡継ぎの変更だって妙な話よ。
大体よぉ、本来の跡継ぎだったはずの公爵様の息子も、余所者女が殺したってことになってるけど、ありゃあ……。
おっといけねぇ、今の話は忘れてくれや。
それじゃ俺はいっちょ北方神殿で祈ってくる。お前さんは町を楽しんでってくれや。縁があったらまた会おうな!
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