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第3章(前)
8.四阿で
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ローゼは木でつくられた四阿に腰かけ、聖剣をどうしようか迷う。
最終的に、中央にあった机の上に置いたのだが、老人はきちんと聖剣の前にも茶を並べた。
【お、分かってるな】
レオンが嬉しそうに言うと、ジュストは柔らかく微笑みながら、もちろんです、と答える。
「術士にとって、精霊は、特別でございますからなぁ。しかも、人語がお分かりになる、精霊でいらっしゃいますし」
精霊、とローゼは口の中で呟く。
――レオンが精霊?
ローゼは疑惑の目で聖剣を見ているのだが、レオンはそんなことを知らぬかのように上機嫌だ。
【さすがは北の連中だな、良い心がけだ。……ところで術士とはなんだ?】
「精霊を、見たり、聞いたり、できるものですなぁ。精霊の力を借りて、術が使えますから、術士と呼びますよ」
「ということは」
思わずローゼが話に入る。
「あなたは、精霊術が使えるんですか?」
ローゼの問いに、ジュストはおっとりとうなずいた。
「ええ、ええ。使えますよ、お嬢さん」
その答えを聞いて、ローゼは感慨深く目の前の老人を見る。
グラス村で本を読みながら、精霊なんて神秘的でいいなぁと思っていたあの頃は、まさか本当に精霊術を使う人物と会えるなど思ってもみなかった……。
そこまで考えたローゼは、はっと息をのむ。
――いや、違う。あの頃だって既に、自分は精霊術を使える人物と会っていたはずだ。ただ知らなかっただけで。
机の上に置いた左手首に視線を落とす。
「術士は、神殿の神官のように、特別な服は着ません。代わりに、精霊銀の額飾りを、つけておりますよ」
その言葉に顔をあげると、優しげな笑みを浮かべてジュストはローゼを見ていた。
「お嬢さんがつけておられる、腕飾りも、精霊銀ですなぁ」
串焼き屋の前で捕らえられそうになって以降、腕飾りを見せるときにたびたび聞いた精霊銀というものを、ローゼは未だにきちんとは知らない。
「……精霊銀とは、なんですか」
「そうですなぁ……。精霊の力は、銀と相性が良いのですよ。ですから術士は、精霊の力を銀に籠めましてなぁ。自らの守りとするのですよ。そうして精霊の力を籠めた銀を、精霊銀と呼びますよ」
ジュストは自分の髪を分けると、額飾りを見せてくれた。
複雑な色に輝く銀色の額飾りだ。ローゼの腕飾りと同じような。
「精霊銀を持っているのは、術士くらいですよ。そうでなければ、術士に高額を積んで作ってもらった人物か……術士が好意で渡した人物、ですなぁ。なにしろ、精霊銀は、作るのが大変なのですよ」
「そうだったんですか……」
彼が言った「作った」というのは、そういう意味だったのか。
そんな特別な力を持つ高価なものならば、確かに聖剣の主になった祝いとして贈ってくれたのもうなずける話だ。
しかし、精霊の力を籠めるのならば、精霊が必要になるはずだ。
もしや彼は、北方まで出かけて作ったのだろうか? いや、まさか……。
その時、ローゼの脳裏に閃くものがあった。
――グラス村の、北の森。
6年前、ローゼがアーヴィンと初めて会ったあの森だ。
何か月か前、聖剣について尋ねるために小屋で会った際、彼は「初めて来たとき、こんな森があると思わなくて驚いた」と言っていなかったか。
(……ああ、それで……)
きっとあの森には精霊がいるのだ。だからこそ彼は、北の森が好きだったに違いない。
同時に、ここに来るまで聞いた噂を思い出して、ローゼは泣きそうになる。
彼に関する北の噂の中には、「精霊が嫌いだからこの地を捨ててウォルス教の神官になった」というものもあった。
皆、知らないのだから仕方がない。しかし、ローゼは知っている。あのとき彼がどんな風に森のことを、つまりは精霊のことを語っていたのかを。
(嫌いだなんてあるわけないじゃない。むしろ、大好きだったのに……)
そんなローゼを見て何か思うところがあるようだったが、老人は穏やかな笑みを浮かべて話を続けた。
「北方は、精霊が多いのですよ。ですから、精霊の力が満ちておりましてなぁ。おかげで、精霊が見えたり、声が聞こえたりする子が、産まれるのですよ」
彼らは大きくなると、主に北方神殿へ務めることになるのだとジュストは語った。
そして精霊は時々、気に入った術士に自分の力を分け与えることがあるらしい。
「精霊から力を分けられた人物を、精霊の息子、または娘と呼びますよ。精霊の息子や娘たちは、より強い力を持ちますからなぁ、術士の中でも、特別ですよ」
「娘……」
ローゼは聖剣に視線をやる。
「中でも、この地を守護しておられた古の大精霊は、公爵家のお方を、愛しておられましたからなぁ。公爵家は、人だけでなく、精霊の中でも特別なのですよ」
話を聞きながら少しひっかかりを覚え、ローゼは眉をひそめる。どうしてジュストは古の大精霊の話を、過去のことのように語るのだろう。
「大精霊は、イリオスの北方神殿におられましたよ。あの場所には、とても大きな木がございましてなぁ。その大樹こそが、変化した古の大精霊でございましたよ。町々にある小さな木は、大樹の、いわば子どもたちなのですよ」
ジュストの目はどこか懐かしげだ。
「大精霊は、町や村にこの木を根付かせて、守護の力としてくださいましたよ」
ジュストは身を捻ると、四阿から見える木を愛おしそうに見つめた。
木は銀の花を輝かせ、静かにたたずんでいる。
そんな中、精霊を見せてくれた時同様の固い声でレオンが尋ねた。
【その木はどうやって町を守っている?】
「花の香りですよ。木に精霊たちが力を注ぎこみ、銀色の花を咲かせるのです。その花からただよう香りを、魔物は嫌うようでしてなぁ。おかげで町には、魔物が近寄りませんよ」
ローゼは首をかしげる。花の香りなどしただろうか?
思わず顔を上げて辺りの匂いを嗅いでいると、普通の人には分からないのです、とジュストにおっとり続けられてローゼは赤面した。
「術士でしたら、わかりますなぁ。すがすがしい緑の香りがしますよ」
「そういうものなんですね……」
ならば分からなくても仕方がないと思っているところへ、レオンが暗い声を出した。
【……だが、守れる期間はもう長くないな? 古の大精霊と呼ばれるほどの強大な気配を、そこの木からは感じない】
その言葉にローゼは、背に冷水を浴びせられたような気分になる。
「……申し訳ございませんが、そのことに関しては話すことができません」
【そうか。では……町の連中は、木の変化に気づいているのか?】
「……木の様子が変わったことは、皆、気が付いておりますよ。葉があのように茶色くなったり、花が落ちたりすることは、今までありませんでしたからなぁ……」
うつむいたジュストに、今度はローゼが尋ねる。なんとなくこの話に関わっている気がした。
「あの。もしご存知でしたら教えていただけませんか。50年前、ウォルス教の人が北方神殿に入れなくなったのはどうしてですか?」
「……申し訳ありませんなぁ。その話に関する一連のことは他の地域の方に言わぬよう、公爵家からきつく申し渡されておりますよ」
公爵家から、と、ローゼは胸の内で繰り返す。
いずれも話せないということは、この2つは関連性があるのだろう。しかも、公爵家の絡みとして。
とにかく、ここまでの情報を教えてもらっただけでも十分だ。
「分かりました。ありがとう――」
「……そうですなぁ。公爵家からは、人に話すことは禁止されましたが、精霊と話してはならぬと、言われてはおりませぬなぁ……」
ローゼの言葉を遮ったジュストは、葉を揺らす木を見ながら何事かを呟く。
その言葉はローゼの知らないものだった。
時折ジュストは不思議な節回しをする。その歌うような調子は、まったく同じではないにせよ、ローゼにも聞き覚えがあるものだった。
(王都の、大きな屋敷の前で、聞いたものと、似てる……)
老術士が何を言っているのかは分からない。ただ、これが精霊の言葉であるのなら、やはりあの時彼が行おうとしていたのは精霊術なのだろう。
そして驚いたことに、ジュストの声に交じって、ローゼの良く知る声が老術士同様の言葉を発している。音節は短いし、抑揚にたどたどしさもあったが、おそらく同じ言葉だろうと思えた。
しばらくの後にふたりの声が止む。勿論、ふたりが何を言っていたのかローゼには全く分からなかった。あとでレオンに聞くしかないだろう。
【……俺は、お前の言葉など、聞かなかったことにしよう。色々と情報をくれたことに感謝する】
レオンが噛みしめるように言うと、ジュストはゆっくりと首を振り、懐から一冊の本を取り出してローゼに差し出した。
受け取ってぱらぱらめくって見ると、内容は絵を主体としてかんたんな言葉で書かれた木にまつわる話だった。小さい子に向けたもののようなので、おそらく北の人たちはこれを子どもの頃に読んでいるのだろう。
次の町で宿についたら読もうと思いつつ本を閉じると同時に、ジュストはなぜここまで情報をくれるのかと不思議に思う。
そんなローゼの心を見透かしたかのように、老術士は声をかけてきた。
「貴重な美しい馬と、精霊銀の飾りをお持ちの、余所からいらしたお嬢さん。お願いがございます」
「お願い?」
ジュストは少し言いよどむ。
風が吹いて、銀の花を咲かせる木の葉を揺らす。さわさわという音に交じって、かさかさという耳障りな枯れ葉の音がした。
「……余所の血が入っておられる、公爵家のお方が、まだ小さくていらしたころ。同じく余所の血を持つ術士の、私が、精霊の扱い方を、お教えしました……」
その言葉にローゼは目を見張る。
(あたしたちの目的としてる人物が分かってた)
老人は悲しげな、今にも泣きそうな表情でローゼを見る。
「どうか、あの方を、お助け下さい」
「助ける? どういうことですか?」
「これ以上は、本当に、申し上げられません……」
その時、門の方から男の声がして、何人かの人が北方神殿に入ってくる足音がした。
ジュストは入口の方を見て立ち上がる。
「勝手なことを、とお思いでしょう。しかし、私には、どうすることも……どうか、どうか、お願いします……」
悲しそうな表情のまま、彼はローゼと聖剣に向かって深々と頭を下げると、四阿から出て行った。
最終的に、中央にあった机の上に置いたのだが、老人はきちんと聖剣の前にも茶を並べた。
【お、分かってるな】
レオンが嬉しそうに言うと、ジュストは柔らかく微笑みながら、もちろんです、と答える。
「術士にとって、精霊は、特別でございますからなぁ。しかも、人語がお分かりになる、精霊でいらっしゃいますし」
精霊、とローゼは口の中で呟く。
――レオンが精霊?
ローゼは疑惑の目で聖剣を見ているのだが、レオンはそんなことを知らぬかのように上機嫌だ。
【さすがは北の連中だな、良い心がけだ。……ところで術士とはなんだ?】
「精霊を、見たり、聞いたり、できるものですなぁ。精霊の力を借りて、術が使えますから、術士と呼びますよ」
「ということは」
思わずローゼが話に入る。
「あなたは、精霊術が使えるんですか?」
ローゼの問いに、ジュストはおっとりとうなずいた。
「ええ、ええ。使えますよ、お嬢さん」
その答えを聞いて、ローゼは感慨深く目の前の老人を見る。
グラス村で本を読みながら、精霊なんて神秘的でいいなぁと思っていたあの頃は、まさか本当に精霊術を使う人物と会えるなど思ってもみなかった……。
そこまで考えたローゼは、はっと息をのむ。
――いや、違う。あの頃だって既に、自分は精霊術を使える人物と会っていたはずだ。ただ知らなかっただけで。
机の上に置いた左手首に視線を落とす。
「術士は、神殿の神官のように、特別な服は着ません。代わりに、精霊銀の額飾りを、つけておりますよ」
その言葉に顔をあげると、優しげな笑みを浮かべてジュストはローゼを見ていた。
「お嬢さんがつけておられる、腕飾りも、精霊銀ですなぁ」
串焼き屋の前で捕らえられそうになって以降、腕飾りを見せるときにたびたび聞いた精霊銀というものを、ローゼは未だにきちんとは知らない。
「……精霊銀とは、なんですか」
「そうですなぁ……。精霊の力は、銀と相性が良いのですよ。ですから術士は、精霊の力を銀に籠めましてなぁ。自らの守りとするのですよ。そうして精霊の力を籠めた銀を、精霊銀と呼びますよ」
ジュストは自分の髪を分けると、額飾りを見せてくれた。
複雑な色に輝く銀色の額飾りだ。ローゼの腕飾りと同じような。
「精霊銀を持っているのは、術士くらいですよ。そうでなければ、術士に高額を積んで作ってもらった人物か……術士が好意で渡した人物、ですなぁ。なにしろ、精霊銀は、作るのが大変なのですよ」
「そうだったんですか……」
彼が言った「作った」というのは、そういう意味だったのか。
そんな特別な力を持つ高価なものならば、確かに聖剣の主になった祝いとして贈ってくれたのもうなずける話だ。
しかし、精霊の力を籠めるのならば、精霊が必要になるはずだ。
もしや彼は、北方まで出かけて作ったのだろうか? いや、まさか……。
その時、ローゼの脳裏に閃くものがあった。
――グラス村の、北の森。
6年前、ローゼがアーヴィンと初めて会ったあの森だ。
何か月か前、聖剣について尋ねるために小屋で会った際、彼は「初めて来たとき、こんな森があると思わなくて驚いた」と言っていなかったか。
(……ああ、それで……)
きっとあの森には精霊がいるのだ。だからこそ彼は、北の森が好きだったに違いない。
同時に、ここに来るまで聞いた噂を思い出して、ローゼは泣きそうになる。
彼に関する北の噂の中には、「精霊が嫌いだからこの地を捨ててウォルス教の神官になった」というものもあった。
皆、知らないのだから仕方がない。しかし、ローゼは知っている。あのとき彼がどんな風に森のことを、つまりは精霊のことを語っていたのかを。
(嫌いだなんてあるわけないじゃない。むしろ、大好きだったのに……)
そんなローゼを見て何か思うところがあるようだったが、老人は穏やかな笑みを浮かべて話を続けた。
「北方は、精霊が多いのですよ。ですから、精霊の力が満ちておりましてなぁ。おかげで、精霊が見えたり、声が聞こえたりする子が、産まれるのですよ」
彼らは大きくなると、主に北方神殿へ務めることになるのだとジュストは語った。
そして精霊は時々、気に入った術士に自分の力を分け与えることがあるらしい。
「精霊から力を分けられた人物を、精霊の息子、または娘と呼びますよ。精霊の息子や娘たちは、より強い力を持ちますからなぁ、術士の中でも、特別ですよ」
「娘……」
ローゼは聖剣に視線をやる。
「中でも、この地を守護しておられた古の大精霊は、公爵家のお方を、愛しておられましたからなぁ。公爵家は、人だけでなく、精霊の中でも特別なのですよ」
話を聞きながら少しひっかかりを覚え、ローゼは眉をひそめる。どうしてジュストは古の大精霊の話を、過去のことのように語るのだろう。
「大精霊は、イリオスの北方神殿におられましたよ。あの場所には、とても大きな木がございましてなぁ。その大樹こそが、変化した古の大精霊でございましたよ。町々にある小さな木は、大樹の、いわば子どもたちなのですよ」
ジュストの目はどこか懐かしげだ。
「大精霊は、町や村にこの木を根付かせて、守護の力としてくださいましたよ」
ジュストは身を捻ると、四阿から見える木を愛おしそうに見つめた。
木は銀の花を輝かせ、静かにたたずんでいる。
そんな中、精霊を見せてくれた時同様の固い声でレオンが尋ねた。
【その木はどうやって町を守っている?】
「花の香りですよ。木に精霊たちが力を注ぎこみ、銀色の花を咲かせるのです。その花からただよう香りを、魔物は嫌うようでしてなぁ。おかげで町には、魔物が近寄りませんよ」
ローゼは首をかしげる。花の香りなどしただろうか?
思わず顔を上げて辺りの匂いを嗅いでいると、普通の人には分からないのです、とジュストにおっとり続けられてローゼは赤面した。
「術士でしたら、わかりますなぁ。すがすがしい緑の香りがしますよ」
「そういうものなんですね……」
ならば分からなくても仕方がないと思っているところへ、レオンが暗い声を出した。
【……だが、守れる期間はもう長くないな? 古の大精霊と呼ばれるほどの強大な気配を、そこの木からは感じない】
その言葉にローゼは、背に冷水を浴びせられたような気分になる。
「……申し訳ございませんが、そのことに関しては話すことができません」
【そうか。では……町の連中は、木の変化に気づいているのか?】
「……木の様子が変わったことは、皆、気が付いておりますよ。葉があのように茶色くなったり、花が落ちたりすることは、今までありませんでしたからなぁ……」
うつむいたジュストに、今度はローゼが尋ねる。なんとなくこの話に関わっている気がした。
「あの。もしご存知でしたら教えていただけませんか。50年前、ウォルス教の人が北方神殿に入れなくなったのはどうしてですか?」
「……申し訳ありませんなぁ。その話に関する一連のことは他の地域の方に言わぬよう、公爵家からきつく申し渡されておりますよ」
公爵家から、と、ローゼは胸の内で繰り返す。
いずれも話せないということは、この2つは関連性があるのだろう。しかも、公爵家の絡みとして。
とにかく、ここまでの情報を教えてもらっただけでも十分だ。
「分かりました。ありがとう――」
「……そうですなぁ。公爵家からは、人に話すことは禁止されましたが、精霊と話してはならぬと、言われてはおりませぬなぁ……」
ローゼの言葉を遮ったジュストは、葉を揺らす木を見ながら何事かを呟く。
その言葉はローゼの知らないものだった。
時折ジュストは不思議な節回しをする。その歌うような調子は、まったく同じではないにせよ、ローゼにも聞き覚えがあるものだった。
(王都の、大きな屋敷の前で、聞いたものと、似てる……)
老術士が何を言っているのかは分からない。ただ、これが精霊の言葉であるのなら、やはりあの時彼が行おうとしていたのは精霊術なのだろう。
そして驚いたことに、ジュストの声に交じって、ローゼの良く知る声が老術士同様の言葉を発している。音節は短いし、抑揚にたどたどしさもあったが、おそらく同じ言葉だろうと思えた。
しばらくの後にふたりの声が止む。勿論、ふたりが何を言っていたのかローゼには全く分からなかった。あとでレオンに聞くしかないだろう。
【……俺は、お前の言葉など、聞かなかったことにしよう。色々と情報をくれたことに感謝する】
レオンが噛みしめるように言うと、ジュストはゆっくりと首を振り、懐から一冊の本を取り出してローゼに差し出した。
受け取ってぱらぱらめくって見ると、内容は絵を主体としてかんたんな言葉で書かれた木にまつわる話だった。小さい子に向けたもののようなので、おそらく北の人たちはこれを子どもの頃に読んでいるのだろう。
次の町で宿についたら読もうと思いつつ本を閉じると同時に、ジュストはなぜここまで情報をくれるのかと不思議に思う。
そんなローゼの心を見透かしたかのように、老術士は声をかけてきた。
「貴重な美しい馬と、精霊銀の飾りをお持ちの、余所からいらしたお嬢さん。お願いがございます」
「お願い?」
ジュストは少し言いよどむ。
風が吹いて、銀の花を咲かせる木の葉を揺らす。さわさわという音に交じって、かさかさという耳障りな枯れ葉の音がした。
「……余所の血が入っておられる、公爵家のお方が、まだ小さくていらしたころ。同じく余所の血を持つ術士の、私が、精霊の扱い方を、お教えしました……」
その言葉にローゼは目を見張る。
(あたしたちの目的としてる人物が分かってた)
老人は悲しげな、今にも泣きそうな表情でローゼを見る。
「どうか、あの方を、お助け下さい」
「助ける? どういうことですか?」
「これ以上は、本当に、申し上げられません……」
その時、門の方から男の声がして、何人かの人が北方神殿に入ってくる足音がした。
ジュストは入口の方を見て立ち上がる。
「勝手なことを、とお思いでしょう。しかし、私には、どうすることも……どうか、どうか、お願いします……」
悲しそうな表情のまま、彼はローゼと聖剣に向かって深々と頭を下げると、四阿から出て行った。
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