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第2章
12.大広間 2
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レオンは自分の選択が本当に正しかったのかどうかをまだ悩んでいた。
自分の声はあの2人には聞こえない。話し合いに入ってやることはできないが、それでもローゼの支えになってやることくらいはできたはずだ。
それなのに、ローゼが聖剣の主2人に話しかけられている今、こんな離れた場所にいる。果たして自分が戻るまでローゼは頑張れるのだろうかと、レオンは不安で仕方がなかった。
もしかすると、アーヴィンも同じような気持ちなのかもしれない。人々が集う辺りからひっそりと離れてローゼの様子をうかがっている。
そこまで考えて、いや、とレオンは思い返した。
アーヴィンには、人の輪の中へ入れない理由があった。もちろんそれはそれは自分のせいだ。もしも彼が交流を望んでいたのなら申し訳ないことをしたと、レオンは少しだけ罪悪感を覚える。
そこへ、よう、と朗らかな声とともに、片手を上げながらジェラルドが近寄ってきた。アーヴィンはそちらをちらりと見るが、特に何も言わず、すぐに今まで見ていた右側へ視線を戻す。
ジェラルドはアーヴィンが聖剣を持っているのに気が付いて困惑したようだった。
「なんでお前がローゼちゃんの聖剣持ってんだ?」
アーヴィンには「聖剣を完全に覆わないように」と頼んでもらっているので、彼は聖剣をなんとか袖で隠し、見えにくくする努力はしているらしい。しかし完全に隠せているわけではないので、近寄るとさすがにばれてしまうようだ。
「少しの間、預かっていて欲しいそうです。先ほどフェリシアが持って来たのですよ」
「へー。なんでだろうな」
まさかローゼが聖剣を持っていないとは誰も思わないだろう。実際、彼女と一緒にいる男性たちは気づいていないようだった。
ジェラルドは腕組みをすると、壁によりかかる。
「しかしお前、王都に来ていいのか? 避けてたんじゃねぇの?」
「別に避けてません。用がなかっただけです」
「ほーう、そんなこと言っていいのか? うっかり会ったらどうするよ?」
「とても面白い冗談ですね。あの人たちが神殿主催の行事に来るんですか」
「まあ、そうだな」
ジェラルドがそう言って笑うと、アーヴィンも視線を右側に固定したまま少しだけ笑みをのぼらせる。
その視線の先、右側の壁沿いでは、マティアスとスティーブに加えて新たに4人、合計6人の男性に囲まれているローゼの姿が見えた。
「何見てんのかと思ったらローゼちゃんか。おお、聖剣の主が揃い踏みだな」
「そのようですね」
先ほどまでローゼはもう少し中央寄りにいたはずなのだが、気が付けば完全に壁を背にしている。それを見てレオンはこっそりとため息をついた。
【……あの親父2人は今日の儀式が終わった後にローゼの控室に来た。あいつをどっちかの家に嫁として迎えたいと言ってる。4人の男は夫候補で、この後の魔物退治の旅に誰かを同行させるつもりらしい】
「……不愉快だ」
「なんか言ったか?」
「いいえ」
ジェラルドは、ふーん、と気のない返事をする。
「当主2人と、あとは息子と、甥と、分家の奴か。何やってんだろうな」
会場の人々も主役であるローゼを気にしているようだが、聖剣の主たちが集まっている以上は近寄るのが憚られるようで、周囲にはぽっかりと空白が出来ている。
そんな中で壁を背にしているローゼは、孤立しながらもなんとか説得を試みているようだった。
「せっかくの舞踏会なのに無粋な奴らだな。まぁ連中の頭ん中は俺ら以上に魔物と聖剣のことでいっぱいだし、ローゼちゃんが気になるのもしょうがねぇか」
【ローゼはな、自分が未熟で無力だと思ってる分、周囲の期待を裏切らないように義務だけはなんとかこなすつもりでいる】
「そこまで必死に考える必要はないと思いますけどね」
「そうか? やっぱり気になるだろ。それ抜きにしてもローゼちゃん綺麗だしなぁ」
朝方とはうってかわって、ローゼはきっぱりと断ろうとしているらしい。身振りからその様子が伝わってくる。しかし表情からするに状況は芳しくなさそうだとレオンは思う。
【だからこのまま1人だと間違いなく押し切られる。しかも今のあいつは、二家の歴史に気圧されてる状態なんだ】
「なあ。せっかく田舎から王宮へ来たんだしさ、隅にいないで女の子に声かけて呼んできてくれよ」
アーヴィンは深く息を吐く。
「……なんであなたは私のところに来たんですか?」
「なんだよ、聞いてなかったのか? だから俺はお前に、誰か女の子をだな」
【俺はお前に頼みに来たんだ。ローゼを助けてやってくれないか】
少しの間目を伏せたアーヴィンは、横にいるジェラルドに言う。
「ジェラルド」
「ん? なんだ?」
「このままでいても仕方ありませんから、私は移動します。……女性と話したければ、あなたも自分で声をかけなさい」
* * *
ローゼはなんとか頑張っているのだが、マティアスとスティーブは全く取り合ってくれない。
自分たちの考えが絶対に正しいと思っている2人の聖剣の主は、正面にいる少女の言うことを最初から聞くつもりなど無いようだ。
せめてこの場所から抜け出したいと思うのだが、気が付くとローゼの周囲は完全に囲まれていた。レオンがいてくれればまだ気持ちも違うのだろうが、聖剣はレオンの頼みでアーヴィンに預けてある。
少しでも抵抗を止めれば、相手の思う通りに話が進んでしまう。もう彼らの言う通りで良いのではないかという気持ちもするが、それは絶対に後悔する。
自分を叱咤しながら必死に話を続けていると、視界に青いものが見えた。
「本日の主役をいつまで独占なさるおつもりですか? そろそろ譲っていただきたいのですが」
ローゼとマティアスたちとの間にアーヴィンが割って入る。彼が後ろ手に渡してきた聖剣を受け取って握りしめた。
【よく頑張ったな】
(レオン……アーヴィン……)
安堵のあまり泣きそうになるのをローゼは唇を噛んで堪える。
見れば、マティアスとスティーブの2人は少し下がり、アーヴィンに険しい顔を向けていた。
「神官か。邪魔をするな。これは聖剣の主たちの話し合いだ」
しかしアーヴィンは穏やかに微笑んだまま、敵意など気にも留めていない様子で答える。
「話し合いでしたか、これは失礼。威圧しているようにしか見えなかったものですから」
「なんだと、貴様」
聖剣の主2人が色めき立つ。そこへローゼが進み出た。
「話し合いだとおっしゃるなら、どうか私の意見も聞いてください」
右手で聖剣を抱いたまま続ける。
「先ほどから何度も申し上げている通り、私は今回のお話はお断りしたいと思っています。……朝にきちんと言えず、ご足労をおかけしたのは本当に申し訳ありません」
そう言って丁寧に頭を下げた。
「私はまだ世の中を知りません。まずは色々なものを見てから、判断したいと思っているんです」
「それが不要だと言っているのですよ、ローゼ嬢。我々には積み上げてきたものがあります。それらはあなたにとって、役目を果たす上で大いに手助けになりますよ」
「ですから……」
ああ、まただ、とローゼは泣きたくなる。先ほどから堂々巡りでまったく意見を聞いてもらえないのだ。
「なるほど、やはり話し合いではないようですね」
そこへ穏やかな声でアーヴィンが話に加わった。
「彼女はあなた方の提案をお断りしているようですが?」
目障りな神官を睨みつけながら、スティーブが口を開く。
「その娘は人生経験が浅い。ましてや魔物討伐に関する経験など皆無に等しい。我らがそれを導こうと言っているのだ」
スティーブの話を受けて、マティアスも追従した。
「その通りです。我々の言うことを聞けば、労せず役目を果たすことが出来ますよ。すぐ一人前になれるわけではありませんが、飛躍的に伸びることはできます」
「私はっ」
思わずローゼが口を挟む。アーヴィンが背中に手を回してくれたので、思い切ってもう一歩前に出た。グラス村で大神官に会った時みたいだ、とローゼは思う。
「私は失敗するかもしれません。遠回りだってすると思います。それでも、まずは自分で頑張ってみたいんです」
右腕の聖剣を強く抱く。
「その上でやっぱりお二方の意見が正しいと思ったら、改めてお話をお受けしたいと思っています……それではいけませんか」
「ローゼ、駄目だよ」
言われて振り仰げば、灰青の瞳が諭すようにローゼを見ている。
「この人たちはね、遅かれ早かれローゼが自分たちの申し出を受けると思っているんだ。だからそんな言い方ではこう言われてしまうだけだよ」
アーヴィンは正面の主たちに目を向けた。
「どうせ我らの言い分を飲むのは間違いないのだから、無駄な時間をかける必要などない。このまま申し出を受けてしまえば良いのだ。……違いますか」
「控えよ。神官風情が無礼な」
スティーブは彼を睨みつけ、マティアスはあからさまに不快な表情を浮かべている。
2人を無視して、アーヴィンはもう一度ローゼに向かって言った。
「話を断るのなら、いずれ受けるかもしれないという考えは捨てなくてはいけないんだ。今後まったく関わらないつもりでいないと。逆に少しでもこの話に未練があるのなら、今ここで受けるしかないんだよ」
それを聞いて、ローゼはふと笑みを浮かべる。
「なんだか聖剣の話をされた時みたい」
あの時も受けるべきかどうかを悩んだ。聖剣を手にするか、放棄するのか。
そうだね、とアーヴィンも微笑んだ。
その笑顔に励まされ、ローゼはさらに一歩踏み出す。
彼らは悪意を持って言ってるわけではない。それは良く分かる。
何も知らない無力な娘を支援しようという気持ちもきっと本当だろう。
それでも、どちらかしか選べないというのなら、ローゼの答えは既に決まっている。
新しい聖剣の主は、深く頭を下げた。
「お話はお断りいたします。今も、この後も。申し訳ありません」
「後悔しますよ」
頭の上からマティアスの声が降ってくる。顔を上げると2人とも無表情だったが、どこか少しいら立ちにじませていた。
ローゼはその言葉を受けて答える。
「そうかもしれません。でも、お受けした方がもっと後悔すると思いますから」
そして、当主2人と一緒に来た4人の男性を見る。
「せっかく来ていただいたのに申し訳ありません」
「その心配はないよ、ローゼ」
詫びの言葉を述べるローゼに、背後からアーヴィンの声がする。
「突然言われたわけじゃない。今回の計画はずっと前からされていたはずだからね、準備は万端だったと思うよ。……そうでしょう?」
え? と思って男性たちを見ると、彼らは決まり悪げに視線をそらした。
(あー……そうなんだ……)
それを知って少し気が楽になる。少し頬が緩んだ。
「じゃあ、行こうか」
そう言って近寄って来たアーヴィンを見上げてうなずくと、彼はローゼの肩を抱いた。その場から立ち去りかけたが、背後からスティーブの声が追いかけてくる。
「もしやお前がレスターか」
「レスター……そうか、大神殿で話に上っていたあの男ですか……」
呼びかけられたアーヴィンは立ち止まって振り返り、優雅に頭を下げた。
「これは、ご挨拶が遅れまして大変失礼をいたしました。アーヴィン・レスターと申します。聖剣の主様方にお目にかかれまして光栄でございます」
2人の聖剣の主は、なんとも嫌そうな視線を彼に投げている。
その様子を苦笑交じりに見ていると
【良かったな】
腕の中から密かな声がした。
自分の声はあの2人には聞こえない。話し合いに入ってやることはできないが、それでもローゼの支えになってやることくらいはできたはずだ。
それなのに、ローゼが聖剣の主2人に話しかけられている今、こんな離れた場所にいる。果たして自分が戻るまでローゼは頑張れるのだろうかと、レオンは不安で仕方がなかった。
もしかすると、アーヴィンも同じような気持ちなのかもしれない。人々が集う辺りからひっそりと離れてローゼの様子をうかがっている。
そこまで考えて、いや、とレオンは思い返した。
アーヴィンには、人の輪の中へ入れない理由があった。もちろんそれはそれは自分のせいだ。もしも彼が交流を望んでいたのなら申し訳ないことをしたと、レオンは少しだけ罪悪感を覚える。
そこへ、よう、と朗らかな声とともに、片手を上げながらジェラルドが近寄ってきた。アーヴィンはそちらをちらりと見るが、特に何も言わず、すぐに今まで見ていた右側へ視線を戻す。
ジェラルドはアーヴィンが聖剣を持っているのに気が付いて困惑したようだった。
「なんでお前がローゼちゃんの聖剣持ってんだ?」
アーヴィンには「聖剣を完全に覆わないように」と頼んでもらっているので、彼は聖剣をなんとか袖で隠し、見えにくくする努力はしているらしい。しかし完全に隠せているわけではないので、近寄るとさすがにばれてしまうようだ。
「少しの間、預かっていて欲しいそうです。先ほどフェリシアが持って来たのですよ」
「へー。なんでだろうな」
まさかローゼが聖剣を持っていないとは誰も思わないだろう。実際、彼女と一緒にいる男性たちは気づいていないようだった。
ジェラルドは腕組みをすると、壁によりかかる。
「しかしお前、王都に来ていいのか? 避けてたんじゃねぇの?」
「別に避けてません。用がなかっただけです」
「ほーう、そんなこと言っていいのか? うっかり会ったらどうするよ?」
「とても面白い冗談ですね。あの人たちが神殿主催の行事に来るんですか」
「まあ、そうだな」
ジェラルドがそう言って笑うと、アーヴィンも視線を右側に固定したまま少しだけ笑みをのぼらせる。
その視線の先、右側の壁沿いでは、マティアスとスティーブに加えて新たに4人、合計6人の男性に囲まれているローゼの姿が見えた。
「何見てんのかと思ったらローゼちゃんか。おお、聖剣の主が揃い踏みだな」
「そのようですね」
先ほどまでローゼはもう少し中央寄りにいたはずなのだが、気が付けば完全に壁を背にしている。それを見てレオンはこっそりとため息をついた。
【……あの親父2人は今日の儀式が終わった後にローゼの控室に来た。あいつをどっちかの家に嫁として迎えたいと言ってる。4人の男は夫候補で、この後の魔物退治の旅に誰かを同行させるつもりらしい】
「……不愉快だ」
「なんか言ったか?」
「いいえ」
ジェラルドは、ふーん、と気のない返事をする。
「当主2人と、あとは息子と、甥と、分家の奴か。何やってんだろうな」
会場の人々も主役であるローゼを気にしているようだが、聖剣の主たちが集まっている以上は近寄るのが憚られるようで、周囲にはぽっかりと空白が出来ている。
そんな中で壁を背にしているローゼは、孤立しながらもなんとか説得を試みているようだった。
「せっかくの舞踏会なのに無粋な奴らだな。まぁ連中の頭ん中は俺ら以上に魔物と聖剣のことでいっぱいだし、ローゼちゃんが気になるのもしょうがねぇか」
【ローゼはな、自分が未熟で無力だと思ってる分、周囲の期待を裏切らないように義務だけはなんとかこなすつもりでいる】
「そこまで必死に考える必要はないと思いますけどね」
「そうか? やっぱり気になるだろ。それ抜きにしてもローゼちゃん綺麗だしなぁ」
朝方とはうってかわって、ローゼはきっぱりと断ろうとしているらしい。身振りからその様子が伝わってくる。しかし表情からするに状況は芳しくなさそうだとレオンは思う。
【だからこのまま1人だと間違いなく押し切られる。しかも今のあいつは、二家の歴史に気圧されてる状態なんだ】
「なあ。せっかく田舎から王宮へ来たんだしさ、隅にいないで女の子に声かけて呼んできてくれよ」
アーヴィンは深く息を吐く。
「……なんであなたは私のところに来たんですか?」
「なんだよ、聞いてなかったのか? だから俺はお前に、誰か女の子をだな」
【俺はお前に頼みに来たんだ。ローゼを助けてやってくれないか】
少しの間目を伏せたアーヴィンは、横にいるジェラルドに言う。
「ジェラルド」
「ん? なんだ?」
「このままでいても仕方ありませんから、私は移動します。……女性と話したければ、あなたも自分で声をかけなさい」
* * *
ローゼはなんとか頑張っているのだが、マティアスとスティーブは全く取り合ってくれない。
自分たちの考えが絶対に正しいと思っている2人の聖剣の主は、正面にいる少女の言うことを最初から聞くつもりなど無いようだ。
せめてこの場所から抜け出したいと思うのだが、気が付くとローゼの周囲は完全に囲まれていた。レオンがいてくれればまだ気持ちも違うのだろうが、聖剣はレオンの頼みでアーヴィンに預けてある。
少しでも抵抗を止めれば、相手の思う通りに話が進んでしまう。もう彼らの言う通りで良いのではないかという気持ちもするが、それは絶対に後悔する。
自分を叱咤しながら必死に話を続けていると、視界に青いものが見えた。
「本日の主役をいつまで独占なさるおつもりですか? そろそろ譲っていただきたいのですが」
ローゼとマティアスたちとの間にアーヴィンが割って入る。彼が後ろ手に渡してきた聖剣を受け取って握りしめた。
【よく頑張ったな】
(レオン……アーヴィン……)
安堵のあまり泣きそうになるのをローゼは唇を噛んで堪える。
見れば、マティアスとスティーブの2人は少し下がり、アーヴィンに険しい顔を向けていた。
「神官か。邪魔をするな。これは聖剣の主たちの話し合いだ」
しかしアーヴィンは穏やかに微笑んだまま、敵意など気にも留めていない様子で答える。
「話し合いでしたか、これは失礼。威圧しているようにしか見えなかったものですから」
「なんだと、貴様」
聖剣の主2人が色めき立つ。そこへローゼが進み出た。
「話し合いだとおっしゃるなら、どうか私の意見も聞いてください」
右手で聖剣を抱いたまま続ける。
「先ほどから何度も申し上げている通り、私は今回のお話はお断りしたいと思っています。……朝にきちんと言えず、ご足労をおかけしたのは本当に申し訳ありません」
そう言って丁寧に頭を下げた。
「私はまだ世の中を知りません。まずは色々なものを見てから、判断したいと思っているんです」
「それが不要だと言っているのですよ、ローゼ嬢。我々には積み上げてきたものがあります。それらはあなたにとって、役目を果たす上で大いに手助けになりますよ」
「ですから……」
ああ、まただ、とローゼは泣きたくなる。先ほどから堂々巡りでまったく意見を聞いてもらえないのだ。
「なるほど、やはり話し合いではないようですね」
そこへ穏やかな声でアーヴィンが話に加わった。
「彼女はあなた方の提案をお断りしているようですが?」
目障りな神官を睨みつけながら、スティーブが口を開く。
「その娘は人生経験が浅い。ましてや魔物討伐に関する経験など皆無に等しい。我らがそれを導こうと言っているのだ」
スティーブの話を受けて、マティアスも追従した。
「その通りです。我々の言うことを聞けば、労せず役目を果たすことが出来ますよ。すぐ一人前になれるわけではありませんが、飛躍的に伸びることはできます」
「私はっ」
思わずローゼが口を挟む。アーヴィンが背中に手を回してくれたので、思い切ってもう一歩前に出た。グラス村で大神官に会った時みたいだ、とローゼは思う。
「私は失敗するかもしれません。遠回りだってすると思います。それでも、まずは自分で頑張ってみたいんです」
右腕の聖剣を強く抱く。
「その上でやっぱりお二方の意見が正しいと思ったら、改めてお話をお受けしたいと思っています……それではいけませんか」
「ローゼ、駄目だよ」
言われて振り仰げば、灰青の瞳が諭すようにローゼを見ている。
「この人たちはね、遅かれ早かれローゼが自分たちの申し出を受けると思っているんだ。だからそんな言い方ではこう言われてしまうだけだよ」
アーヴィンは正面の主たちに目を向けた。
「どうせ我らの言い分を飲むのは間違いないのだから、無駄な時間をかける必要などない。このまま申し出を受けてしまえば良いのだ。……違いますか」
「控えよ。神官風情が無礼な」
スティーブは彼を睨みつけ、マティアスはあからさまに不快な表情を浮かべている。
2人を無視して、アーヴィンはもう一度ローゼに向かって言った。
「話を断るのなら、いずれ受けるかもしれないという考えは捨てなくてはいけないんだ。今後まったく関わらないつもりでいないと。逆に少しでもこの話に未練があるのなら、今ここで受けるしかないんだよ」
それを聞いて、ローゼはふと笑みを浮かべる。
「なんだか聖剣の話をされた時みたい」
あの時も受けるべきかどうかを悩んだ。聖剣を手にするか、放棄するのか。
そうだね、とアーヴィンも微笑んだ。
その笑顔に励まされ、ローゼはさらに一歩踏み出す。
彼らは悪意を持って言ってるわけではない。それは良く分かる。
何も知らない無力な娘を支援しようという気持ちもきっと本当だろう。
それでも、どちらかしか選べないというのなら、ローゼの答えは既に決まっている。
新しい聖剣の主は、深く頭を下げた。
「お話はお断りいたします。今も、この後も。申し訳ありません」
「後悔しますよ」
頭の上からマティアスの声が降ってくる。顔を上げると2人とも無表情だったが、どこか少しいら立ちにじませていた。
ローゼはその言葉を受けて答える。
「そうかもしれません。でも、お受けした方がもっと後悔すると思いますから」
そして、当主2人と一緒に来た4人の男性を見る。
「せっかく来ていただいたのに申し訳ありません」
「その心配はないよ、ローゼ」
詫びの言葉を述べるローゼに、背後からアーヴィンの声がする。
「突然言われたわけじゃない。今回の計画はずっと前からされていたはずだからね、準備は万端だったと思うよ。……そうでしょう?」
え? と思って男性たちを見ると、彼らは決まり悪げに視線をそらした。
(あー……そうなんだ……)
それを知って少し気が楽になる。少し頬が緩んだ。
「じゃあ、行こうか」
そう言って近寄って来たアーヴィンを見上げてうなずくと、彼はローゼの肩を抱いた。その場から立ち去りかけたが、背後からスティーブの声が追いかけてくる。
「もしやお前がレスターか」
「レスター……そうか、大神殿で話に上っていたあの男ですか……」
呼びかけられたアーヴィンは立ち止まって振り返り、優雅に頭を下げた。
「これは、ご挨拶が遅れまして大変失礼をいたしました。アーヴィン・レスターと申します。聖剣の主様方にお目にかかれまして光栄でございます」
2人の聖剣の主は、なんとも嫌そうな視線を彼に投げている。
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