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第2章

5.王都近くの町

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 ローゼが部屋に入ると、ブロウズ大神官は執務室の机の向こうで立ち上がる。

 ブロウズ大神官は、グラス村の神官だったミシェラと同じ年頃の女性だ。細身で優し気な雰囲気なのも良く似ている。
 しかしブロウズ大神官と会うときはどこか背筋がピリリとする、とローゼは思った。この感覚は誰かと会ったときに似ている。……そう、最近会った誰かに。

 そんな気持ちを表に出さないようにしながらローゼが挨拶をすると、ブロウズ大神官はローゼを見て、ほんのりと微笑む。

「急にお呼びたてしてごめんなさいね」
「いいえ。それで、ご用はなんでしょうか」

 案内役の神官が一礼して立ち去ると、大神官はローゼを近くへと差招く。

「こちらをご覧いただけるかしら」

 封筒から取り出して差し出したのは、折りたたまれた1枚の書状だ。
 受け取ったローゼは大神官を見る。

「私が拝見してもよろしいのですか」
「ええ、ご覧になって」

 読んでみると、手紙は王都近くの町にある神殿から届いたものだった。町の近くにできた瘴穴しょうけつが長期に渡って開いているようで、近隣に魔物が頻発し、町民が疲弊している。神殿騎士か聖剣の主を寄こしてもらえないか、という内容だった。

 闇の王が開けると言われる瘴穴は、短ければ1日、長ければ数週間その場に留まり、開いた時と同じように突然消える。しかし大半は1日で消えるので、長く残ることはまれであった。
 どういった理由で出現するのか、どうすれば消えるのかは定かではないが、瘴穴は魔物を出し続けるので、長く開けば開くほど周辺では魔物による被害が増えることは間違いない。
 しかし瘴穴や瘴気は人の目に見えないので、近隣に魔物が出ているかどうかで有無を判断するしかなかった。

「本来でしたら儀式を終える前の聖剣の主様に動いていただくことはないのですが、ファラー様なら瘴穴の対処法をお持ちですね」

 レオンのことは言っていないが、瘴穴が見え、消すこともできる、という話はしてあったのでローゼはうなずく。

「前例のないことではありますが、町まで赴き、瘴穴を消してはいただけませんか」

 聞けば、王都からこの町までは馬で2日くらいの距離にあるという。往復することを考えれば結構な時間がかかるが、儀式に間に合うのなら行った方が良いだろう。
 そう考えたローゼが了承した旨を伝えると、ブロウズ大神官は取り出した地図を渡す。

「こちらに町を記しておきました。街道に沿って行けば着きますので、分かりにくくはないと思います」

 地図を受け取ってローゼはうなずく。

「今日はもう遅いですから、明日お立ちになるとよろしいかと思います。荷物はこちらで用意いたしますので、あとでお部屋まで届けさせましょう」
「よろしくお願いします」

 そう言ってローゼが頭を下げると、ブロウズ大神官も丁寧に礼を返す。

「こちらこそよろしくお願い致します、聖剣の主様」

 それはなんということもない、最後の挨拶だ。
 しかしその声色にローゼはひっかかりを覚えた。
 違和感を覚えながら退出しようとして、扉の前で思い返す。

「いかがなさいましたか?」

 立ち止まったローゼに、やんわりとブロウズ大神官が問いかける。その言葉には少しばかり不審そうな響きがあった。
 少し考えると、ローゼは振り返って大神官に向かって言う。

「ブロウズ大神官様。先ほどのお手紙をお貸しいただけますか? 念のために持って行きたいのですが」

 大神官は少し迷ったように見えた。
 しかし結局、封書に手紙を戻してローゼに差し出す。

「どうぞ、お持ちください」


   *   *   *


 翌朝早めに起きたローゼは、ブロウズ大神官から届いた荷物を持って部屋を出る。この荷物は昨日のうちに確認済だ。足らないと思われるものは、以前の荷物の中から入れてある。
 聖剣の鞘は黒にしてあった。

 ローゼがまず向かったのはフェリシアの部屋だ。時間が早いので本人に会うつもりはない。代わりに扉の隙間へそっと手紙を挟み込んでおく。

 次いで馬屋へ行き、セラータに馬具を装備した。
 彼女には時々会いに来ていたが、本格的に乗るのは久しぶりだ。セラータが嬉しそうで、ローゼも嬉しくなる。

 そう、今回の道連れはレオンとセラータだけ。人間が一緒にいない旅をするのはローゼにとって初だった。
 
 少しばかり心細いが、以前旅に出ていたおかげでなんとなく要領はつかめている。しかし問題は、魔物と遭遇した時だ。
 町へ行けば魔物との戦闘があるのかもしれないが、このときは神殿にいる神官が手助けをしてくれるだろう。
 しかし1人でいるときに魔物と遭ったときには、どう戦えば良いのだろうか。今まではフェリシアが一緒だったが、これからは1人で立ち向かう機会だってあるかもしれない。果たして自分だけで戦闘が可能なのだろうか。

 そんな不安を覚えつつローゼは街道を進むが、幸いにも魔物と出会うことはなく、2日目の昼前には予定の町が見えてきた。

【あの町みたいだな。どうするんだ?】

 レオンの問いかけを受け、セラータを道から逸らせつつローゼは答える。

「まず先に、セラータで行ける範囲をぐるっと見て回ろうと思うのよね。今は森の奥とかには行かない。それで瘴穴が見つからなかったら町へ行って、神官から詳しい話を聞いてみるつもり。魔物の気配がしたら教えてね」
【分かった】

 そのままローゼは、町の周囲に広がる森や草原の辺りを軽く見て回る。民が疲弊するほど魔物が出るというのなら、瘴穴は町から遠くない場所にあるだろう。

 レオンが魔物や瘴穴を感知できる範囲は広い。見えなくても大体の場所は分かるし、視界がひらけてさえいれば、遠くまで瘴穴を目視することができた。

 しかし町の全周をぐるりと回っても、レオンはそれらしき反応がないと言う。

【本当だぞ、俺は嘘は言ってないからな】
「分かってるって。じゃあ予定通り町行こうか」

 高い壁にぐるりと囲まれた町は、さすがに王都から近いだけあって規模が大きい。門も何か所かあるようなので、ローゼは今いる場所から一番近い門に向かう。
 同じように門へ向かっている人の数は多いが、警戒している様子や恐怖におびえている様子の人などは特に見られない。

 町に入れば中は活気に満ちていた。

 神殿へ向かう前に町を見て回っても、商人たちは威勢よく呼び込みをしており、通る人たちも明るい顔だ。
 住宅地の方へ足をむければ、子どもたちは無邪気に遊んでいた。
 
【なんだ? 魔物が頻発している割には元気そうじゃないか】

 レオンが意外そうな声を出す。
 しかしローゼは特になんとも思っていない調子で答えた。

「そうねぇ」
【民は疲弊してるという話ではなかったのか】
「そうねぇ」

 ローゼの様子に、レオンは少し困惑したようだ。

【お前は何とも思わないのか?】
「思わないなぁ」
【なんでだ?】
「だってさ」

 と言ってローゼは聖剣を軽くたたく。

「最初から怪しいでしょ、この話」
【なんだと? ……最初から?】
「うん、最初から。だからなんとも思わない。それじゃ、神殿に向かおうか」
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