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第1章

27.王都へ

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 ローゼが村を出る際に、見送りらしい見送りはいなかった。

 家族からは家を出るときに見送ってもらったし、他の人はローゼが旅に出る理由を知らないのだから当たり前だ。

 ただ、事情を知るディアナには

「次に戻ってくるのは、きっと村の皆に聖剣のことを知らされた後よね。その時はお祝いを用意しておくから楽しみにしてなさいな」

 と言ってもらっている。
 その心は嬉しかったし、帰ってくる楽しみになったことも間違いない。

 アーヴィンからは神殿を出る前に、「見せたい」と言われていたものと、大きめの袋とを渡された。
 袋の中には薬や旅に役立つ品々が入っていたので、きっと今回の祝いの品、兼、餞別なのだろうと思ってそのように尋ねてみたのだが、どうも歯切れが悪い。
 重ねて問おうとしたところへ村人が怪我をしたと連絡が入り、見送りどころかお互い別れの言葉もそこそこに出発することとなった。

 前回旅に出た時のローゼならばそんなことでさえ感傷的になったかもしれないが、今回のローゼは違う。いずれ帰ってきた時にまた会えるもんね、という心の余裕もできていた。

 そして古の聖窟へは北東よりの進路をとったのだが、今回行く王都はグラス村から見れば南東方向にある。
 進むにつれて以前とは違う景色になってくるのが楽しく、そして旅の景色を楽しいと思える自分の成長を少し嬉しく思えた。
 
 なによりフェリシア、そしてレオンと一緒なのだ。前回アレン大神官の一団と村から出た時とは気分が全く違う。
 そう考えれば、アレン大神官に古の聖窟へ置いて行かれたことは良かったのかもしれない。

 ……もちろんこれらはすべて、フェリシアが一緒にいることが大前提なのだが。

「ねえ、フェリシア。王都ってどんなところ?」

 のんびりと馬を並べながらローゼは尋ねてみる。
 青馬のゲイルに乗ったフェリシアは、にっこり笑ってローゼを見た。

「とても大きいですわよ。きっとローゼはびっくりしますわ」
「そうなの?」

 グラス村と古の聖窟の間にあったのは一番大きくても中規模の町といった程度だったが、それでも見上げるような城壁や、人通りの多さにグラス村出身のローゼは驚かされたものだ。
 王都とは一体どのくらいの大きさなのだろう。

「確か王都の中に、大神殿と王宮があるんだよね?」
「ええ。王都の東側の高台の上に大神殿がありますわ。大神殿の敷地の中には学舎や見習いたちの寮、神官や神殿騎士たちの居住区、薬草園などもございますのよ」

 フェリシアの言葉を聞いてローゼは目を見張る。それはまるで一つの村のようではないか。

「ということは王都の東側って、どのくらいが大神殿のものなの?」
「東側はほぼ全部が大神殿の敷地ですわね」

 なんだそれは、と思わずあんぐり口をあけてしまう。もはや王都がどういう場所なのか、まったく分からない。
 理解できたのは、とにかく大神殿も王都も、自分が想像もできないくらい大きいということだけだった。 

「王宮は王都のほぼ中央にありますわ。こちらも敷地は大きいですけれど、大神殿ほどではありませんわね。王宮の東端と大神殿の西端はかなり近いですから、専用の通路が設けられていますのよ」

 専用通路は貴族や神官たちが行き来するほか、神殿主催の行事が王宮で行われる際にも使用されるのだと言う。
 王侯貴族たちと神殿は密接な関係があると聞いたが、そういうことか。
 確かに貴族出身の神官や神殿騎士がいるのならば、これらは強く結びついていることだろう。

「ローゼはこの後、大神殿で任命の儀式と、王宮でのお披露目会があるのですけれど……」

 それを聞いた腰のレオンが不機嫌に低くうなったので、ローゼは思わず聖剣を見る。確か彼は、儀式はともかくお披露目会でとても嫌な思いをしたのだったか。
 もちろん聞こえていないフェリシアはそんなことを知る由もなく、ニコニコと話を続けた。

「お披露目会に行くときは、その通路を通って行くことになりますわね」

 そしてローゼも、そんな世界へ仲間入りをすることになるのだ。
 今更ながらなんだか心細くなってきた。

 思わず気持ちが顔に出てしまったのだろう。
 力づけるようにフェリシアが微笑む。

「大丈夫ですわ。わたくし、大神殿におりますもの。何か分からないことがございましたら、いつでも部屋を訪ねてくださいませね」
「フェリシア~……」

 本当に、本当に、この友人がいて良かった。
 心の底からローゼは思うのだった。


   *   *   *


 アストラン国の王都アストラは、国の中央からやや南方よりの場所にある。
 最初に会った際、フェリシアが薄い服しか持っていなかったのもうなずけるくらい暖かかった。

 もともと暖かい季節へ向かってはいたが、王都へ到着するまでに日数が経過したことを差し引いてもグラスよりずっと暖かい。
 村を出た時は必須だった外套も、途中から荷物入れの中に入ったまま出番が無くなってしまった。

 さらにローゼを驚かせたのは、確かにグラス周辺よりも町が大きいということ。そして、それに比例するような人の多さだ。

 王都が近づくにつれて町は大きくなったので、大きい町に着くたびローゼは
「王都ってここと同じくらい?」
 とフェリシアに尋ね、毎回
「いいえ、もっともっと大きいですわよ」
 と笑みを含んだ声で返されてきた。

 そんなことを何回繰り返したか。

「あれが王都ですわ」

 と、ようやく途中の丘からフェリシアに言われたときは、なんの冗談かと思ったものだ。
 確かに王都は、道中のどの町とも全く比較にならない規模だった。

(どうしてこんなに距離があるのに、街が見えるのよ……)

 とにかく大きいのである。

 グラス村は西端の村なので、今見ている王都も西側からということになるのだが、反対側の東にあるという大神殿はまったく見えない。中央にあるという王宮ですら、本当に小さくしか見えなかった。
 
 少しの間とはいえあそこで暮らすことになるのか、と呆然としていると、レオンが偉そうに言う。

【なに、行ってみれば大したことないぞ】

 それを聞いてローゼはため息をつく。

「レオンは2~3回しか王都に行ったことないでしょ」

 しかし王都に行ったことがあるかないかで言えばあるわけで、この中で王都を知らないのはローゼくらいだ。
 ……いや、口がきけないので分からないが、もしかすればセラータも行ったことがないかもしれない。

 その様子を見ていたフェリシアは、ローゼの反応に満足したらしい。王都を指さして力強く言った。

「それでは参りましょう、ローゼ。大丈夫。もしはぐれてしまっても、大神殿は大きいですから、すぐに場所が分かりますわ」
「う、うん。頑張ってついていくよ。よろしくね」
「そんなに緊張しなくても平気ですわ、まだ距離はだいぶありますもの」

 朗らかに笑ってフェリシアは馬を歩かせる。
 ローゼも並んでセラータを歩かせながら、ぼんやりと思った。

 グラス村ならば、日用品は雑貨屋に行けば大抵の物が揃う。
 旅に出た最初のころ、どの町もそうなのかと思っていた。
 大きな街にはとても大きな雑貨屋があり、きっとみんなそこで買い物をするんだろうなと。

 そうではなく、ひとつの種類しか売らない店もあるのだとは旅に出てから初めて知った。
 しかも町の中にそんな店が複数あり、価格や品を見比べながら買い物をするのだとフェリシアに教えてもらったのだ。
 彼女と一緒に、あちらの店の方が良いものがあった、この店の方が安い、と言いながら見て回るのはとても楽しかったが……。

 王都ほど大きいのならば、途中の町どころではない数の店があるだろう。

(腰痛の薬、高級な毛糸、希少な種、高価な香水、帽子、帽子……あとイレーネには何を買おう)

 はたして自分は、目的の物を売っている店を見つけることができるのだろうか。
 そして無事に家族へのお土産を買って帰ることができるのだろうか。

 一抹の不安も覚えつつ、それでも楽しみな気持ちを抱えて、ローゼは王都へ向け馬を進めるのだった。
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