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第1章

4.草原にて 2

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(あたし……)

 ローゼは大神官の後方を見た。
 褐色の髪をした神官は膝をつき、頭を下げている。その表情を窺い知ることは出来ない。

(落ち着いて、良く考えて)

 ローゼは深呼吸をした。

 自分に魔物と戦う力があると思えないのは本当だ。なぜ神からの託宣が下ったのかさっぱり分からないが、とにかく託宣があったのは間違いないだろう。そうでなければこんな辺境まで、大神官の一団がわざわざやってくるはずはない。
 
 そんなことを考えながらアレン大神官とのやり取りを思い返しているうち、ローゼはふと思い当る。

(もしかしてこの人、あたしを聖剣の主にしたくないの……?)

 大神官はローゼに断るように促してはいたが、主になることを勧めてはいないはずだ。しかしアレン大神官がローゼを聖剣の主にしたくないのは、本当に心配の感情からなのか。
 
 そうだと言い切るには、最初に向けてきた視線が気になっていた。

(あの視線は心配じゃない、もっと、何か――)

「ローゼ様、どうなさいましたか」

 アレン大神官は相変わらず優しげな表情でローゼを見ているが、先ほどと違って、どことなく焦りが見える気がした。

 そう思うと同時に、周囲を見る余裕ができてきたことに気付く。いつしか震えも止まっていた。

(堂々とする)

 ローゼは腹に力を籠めてみる。

「大神官様、ご心配下さってありがとうございます」

 思ったよりきちんと声が出て、ローゼはほっとする。震えたりもしていなかった。
 
「でも私のようなものには、聖剣のことは雲の上のお話なので、すぐに理解ができません」

 ほんの一瞬、大神官の表情が困惑したように見えた。

(この状況は、思惑通りじゃないんだ?)

 少し楽しくなってきたので、笑みを浮かべながらローゼは続ける。

「申し訳ありませんが、少し考えるお時間をいただけませんか? まさかここで今すぐにお返事しなくてはいけないなんてこと、ありませんよね?」
「……かしこまりました」

 すぐに頭を下げた大神官の表情はもう見えなかったが、声には苛立ちが含まれているような気がした。

(これで良かったのかな……)
 
 もう一度大神官の後方を見る。
 頭を下げているアーヴィンの表情は、やはり見えない。しかし彼は、どんな選択をしても必ず味方をすると言ってくれたのだ。ローゼはその言葉を信じることにした。

   *   *   *

 話が終わってローゼが帰路に着くころ、既に日は暮れていた。

 今の話をどう考えたら良いものかと思案しながら歩くローゼが集会所の前にさしかかると、中から扉が開く。顔を出したのはディアナだった。

「ローゼ、こっちこっち」

 呼ばれて入ると、他の少女たちの姿はなかった。

 日も暮れているし、家の手伝いもある。皆、そんなに遅くまで遊び歩いているわけにはいかない。
 ディアナは村長の娘なので、家では使用人を雇っている。手伝いは必要ないので、遅くまで残っていたのだろう。きっと、ローゼがなぜ呼び出されたのかが知りたかったに違いない。

 集会所の中は、外よりいっそう暗かった。ディアナは机の上にあった石を手に取り、机に軽く打ち付ける。ほわ、と周囲が明るくなった。

輝石きせきまで用意してたの?」
「だってローゼがいつ戻ってくるか分からないでしょ」

 人々が明かりとして使うのは火の他にこの輝石があった。明るさを維持できる時間はさほど長くないが、繰り返し使えるので利便性は高い。
 衝撃を与えると輝くこの石は、熱も煤も出さないが、大きさによって明かりの強さが変わる。ディアナが持っているのはごく小さいものだが、それでもふたりを照らすには十分だった。

「ねえ、ローゼ。結局何があったの?」

 ローゼは、少し考えてから答える。

「なんかあたしが、聖剣の主に選ばれたらしいのよね」

 ローゼの返事を聞いて、ディアナは目を丸くした。

「聖剣って、あの魔物と戦うための聖剣?」
「そう。その聖剣みたいよ」
「あんた魔物と戦うの?」
「どうなのかしらね」
 
 手を広げて「さあ?」という仕草をしてみると、ディアナは苦笑する。一緒に笑った後、ローゼは小さくため息をつく。

「大神官様はあたしに主になって欲しくないみたいだったけどね」
「そうなの?」

 言いながらディアナは椅子に座って手招きをしたので、隣にローゼも腰かけた。

「多分そうなんだと思う」

 ディアナに今回のあらましをざっと話す。

 考えてみれば、アレン大神官は魔物や戦うことの恐ろしさを説き、聖剣の主にならないよう勧めていたが、ローゼがどうしたいのかを一度も聞かなかった。

 きっと最初から演技をしていたのだろう。冷静さを失わせ、考える暇を与えず、恐ろしさに負けそうになる小娘に優しい顔をする。

 それもすべては「聖剣の主にはならない」と言わるためだったのではないか。そう考えれば辻褄が合う気がするのだ。
 
「さすがは大神官様なんて呼ばれる人なだけあるわ。結構な説得力があったもの」

 ローゼが言うと、ディアナは眉根を寄せる。

「すごいわね。私だったらあっさりやりませーんって言っちゃうと思うわ。そんな人数を前にして、相手の意にそわないことを言うのって怖くない?」
「怖かったわよ。うっかり言っちゃうところだったわ。でも最初にアーヴィンが忠告しててくれたから……」

 話をしたいだけなら、最初から神殿や集会所にでも呼び出し、ローゼと大神官と、せいぜいあと何人かで話せば良いはずだ。別に全員を並べ立てる必要はない。
 これもきっと大神官の作戦の内だったのだろう。確かにあの重圧感は大変なものだった。

「そうなの……って、え、なに? 断ってないの? あんた、もしかして受けるつもり?」

 あっけにとられたような顔をするディアナに、ローゼは首をかしげる。

「そこが問題なのよね」

 別になりたいわけではないのだが、このまま大神官の思い通りに断ってしまうというのもなんだか悔しい。

 いったいどういう流れでこんなことになっているのか、アーヴィンに詳しい話を聞ければ良いのだが、ローゼを聖剣の主にしたくない大神官は絶対に彼と会わせたりはしないだろう。

「まあ、もうちょっと考えてみる。……この話は大っぴらにしない方がいいと思うから、ディアナも知らんふりしててよね」
「分かった。……でもあんたって本当に変わってるわね。正直言えば、私は断って欲しいわ……そんな危ないことして欲しくない」
 
 ディアナの表情は真剣そのものだった。
 大神官とは違い、心から心配してくれている。そのことがローゼには嬉しかった。

「ありがとう」
 
 ローゼが言うと、ディアナは赤くなって横を向く。

「別に、あんたのために言ってるんじゃないわよ。ローゼに何かあったら、その、あんたの弟が泣くんじゃないかって心配なだけよ!」
「弟? マルクが?」
「ちっがーう。テオの方!」
 
 ローゼには弟が2人いる。マルクは上の弟で16歳になる。テオは14歳だ。

「……テオ? なんで? あれ、もしかしてディアナ、テオのことが好きなの?」
「そうよっ、気になってるわよ!」
「えー初耳。ディアナとじゃ5歳違うけど」
「別にいいじゃない! あの子可愛いものっ。ああ、私、なんでローゼにこんなこと言ってるのかしら!」
「自分で言いだしたんでしょ」

 そう言って笑うと、ディアナはますます赤くなった。

 本当は、ローゼを励ますつもりもあって言ったのだろう。ディアナの心遣いが嬉しい。
 確かにどうということはない日常のやりとりで、ローゼの気持ちはだいぶ上向いてきていた。
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