10 / 17
村娘は無自覚なまま
しおりを挟む
タナブゥタの翌日、あたしは次の町へ向けて出発することにした。
この町に居ても、あたしの『運命の王子様』には会えない気がしたから。
もちろんアーヴィンともここでお別れ。
「十分に気を付けるんだよ」
そう言ってくれたアーヴィンの髪が風に揺れる。端麗な顔を彩るのは朝日に透ける褐色の髪。
彼の姿がとても素敵で、あたしは思わず見惚れてしまう。
あたしの自慢の友達。
絶対、幸せになってほしいな。
どうか彼のもとに『運命のお姫様』が来てくれますように、と願いながら、あたしはアーヴィンを見上げた。
「ねえ、アーヴィン。もしかしたら近いうちに、村はすっごく賑わうかもよ?」
「どうして?」
くふふ、と笑うあたしを見ながら、アーヴィンは微笑んで首をかしげる。
んもう。本当に素敵なんだからー。
「あのね、アーヴィンは基本的に村から出られないでしょ? だからあたしが代わりにね、旅先の町で色んな女の子に『グラス村にはこんな素敵な神官がいるんだよ』って――」
「やめてくれ」
それは周囲の気温が下がるかと思うくらい低くて冷たい声だった。
更に、眉を寄せるアーヴィンの表情も、今までに見たことないほど厳しく険しい。
いつもとまったく違う様子はまるで知らない人のようで、言葉を失ったあたしは黙ってアーヴィンを見つめる。
周囲の音さえも消えたような気がする中、はっとしたアーヴィンはようやく微笑んだ。
「ああ、ごめん、ローゼ」
彼の表情はいつも通りに戻るけど、あたしの顔はこわばったまま。それでもアーヴィンは何もなかったかのように、穏やかな声であたしに言う。
「私はね、このまま静かに村で暮らすことができればそれでいいんだ。だから別の地で私のことを言う必要はないんだよ」
「……うん」
「さあ、そろそろ行くだろう? 神のご加護があるよう、村で祈っているからね」
アーヴィンはどこから見てもいつも通り。でも何かのきっかけでまた、さっきみたいな怖い顔になったらどうしようってあたしは思ってしまう。
だからあたしは、町で何人もの女の子にアーヴィンの話を聞かせた後なんだと、伝えることができなかった。
* * *
こうしていくつかの町に滞在したあたしだけど、やってることは最初の町と同じ。
朝起きると、レオンに「魔物退治に行こう」と言われる。戻ってきて神殿で報奨金をもらって町中を歩いてると、男の人からお茶に誘われる。
もしかしたら『運命の王子様』かもしれないなと思ってお茶をするけど、違っててがっかりする。
この繰り返し。
「うーん」
腰に聖剣を佩いたあたしは、腕組みしながら日の落ちかけた町中を歩く。
「今日の人はいい感じだと思ったんだけどなあ……」
【かなり話も弾んでたじゃないか。何が駄目だったんだ?】
「だって」
あたしはさっきまで一緒だった人を思い出す。
今日の人はかなり話が合った。
盛り上がったせいで、思わず身振り手振りが大きくなっちゃったんだけど……。
「最後の方であの人、ハンカチを落としたじゃない? なのに店の人に拾わせておいて『ああ』だけで終わらせたでしょ? あれは良くないわ。ちゃんとお礼くらい言うべきよ」
【礼を言わなかったのは、お前と話してたからだろ?】
「でもそういうところで人への接し方って見えると思うのよ。少なくともアーヴィンだったらお礼を言ったし、あたしはそんな風にきちんとしてる人の方が好ましく思うわ」
あたしの言葉を聞いてレオンはしばらく黙った後「なあ」と声をかけてくる。
【昨日の奴が悪い理由は何だった?】
「え? 昨日の人? ……うーんと。ひとりめの人はちょっと動きが荒っぽすぎだったのよ。アーヴィンみたいに優雅な動きをして欲しいとは言わないけど、さすがにあれじゃねえ。一緒に暮らしたら、あっという間に家を壊されちゃいそうだわ」
【昨日のふたりめは】
「あー、あの人はね。完全にやらしー目つきだったじゃない? 目的がバレバレ。アーヴィンほど紳士的な言動を期待するわけじゃないけど、でも――」
【ローゼ】
レオンは真剣な声であたしを呼ぶ。
【お前、気づいてないのか? 以前からその傾向はあったが、タナブゥタの翌日からはかなり顕著だぞ】
「何が?」
【……出会った男どもを、あの神官と比べてるだろうが】
「え、そうだった?」
きょとんとするあたしに向かってだと思う。
レオンはこれ見よがしに大きくため息をついた。
この町に居ても、あたしの『運命の王子様』には会えない気がしたから。
もちろんアーヴィンともここでお別れ。
「十分に気を付けるんだよ」
そう言ってくれたアーヴィンの髪が風に揺れる。端麗な顔を彩るのは朝日に透ける褐色の髪。
彼の姿がとても素敵で、あたしは思わず見惚れてしまう。
あたしの自慢の友達。
絶対、幸せになってほしいな。
どうか彼のもとに『運命のお姫様』が来てくれますように、と願いながら、あたしはアーヴィンを見上げた。
「ねえ、アーヴィン。もしかしたら近いうちに、村はすっごく賑わうかもよ?」
「どうして?」
くふふ、と笑うあたしを見ながら、アーヴィンは微笑んで首をかしげる。
んもう。本当に素敵なんだからー。
「あのね、アーヴィンは基本的に村から出られないでしょ? だからあたしが代わりにね、旅先の町で色んな女の子に『グラス村にはこんな素敵な神官がいるんだよ』って――」
「やめてくれ」
それは周囲の気温が下がるかと思うくらい低くて冷たい声だった。
更に、眉を寄せるアーヴィンの表情も、今までに見たことないほど厳しく険しい。
いつもとまったく違う様子はまるで知らない人のようで、言葉を失ったあたしは黙ってアーヴィンを見つめる。
周囲の音さえも消えたような気がする中、はっとしたアーヴィンはようやく微笑んだ。
「ああ、ごめん、ローゼ」
彼の表情はいつも通りに戻るけど、あたしの顔はこわばったまま。それでもアーヴィンは何もなかったかのように、穏やかな声であたしに言う。
「私はね、このまま静かに村で暮らすことができればそれでいいんだ。だから別の地で私のことを言う必要はないんだよ」
「……うん」
「さあ、そろそろ行くだろう? 神のご加護があるよう、村で祈っているからね」
アーヴィンはどこから見てもいつも通り。でも何かのきっかけでまた、さっきみたいな怖い顔になったらどうしようってあたしは思ってしまう。
だからあたしは、町で何人もの女の子にアーヴィンの話を聞かせた後なんだと、伝えることができなかった。
* * *
こうしていくつかの町に滞在したあたしだけど、やってることは最初の町と同じ。
朝起きると、レオンに「魔物退治に行こう」と言われる。戻ってきて神殿で報奨金をもらって町中を歩いてると、男の人からお茶に誘われる。
もしかしたら『運命の王子様』かもしれないなと思ってお茶をするけど、違っててがっかりする。
この繰り返し。
「うーん」
腰に聖剣を佩いたあたしは、腕組みしながら日の落ちかけた町中を歩く。
「今日の人はいい感じだと思ったんだけどなあ……」
【かなり話も弾んでたじゃないか。何が駄目だったんだ?】
「だって」
あたしはさっきまで一緒だった人を思い出す。
今日の人はかなり話が合った。
盛り上がったせいで、思わず身振り手振りが大きくなっちゃったんだけど……。
「最後の方であの人、ハンカチを落としたじゃない? なのに店の人に拾わせておいて『ああ』だけで終わらせたでしょ? あれは良くないわ。ちゃんとお礼くらい言うべきよ」
【礼を言わなかったのは、お前と話してたからだろ?】
「でもそういうところで人への接し方って見えると思うのよ。少なくともアーヴィンだったらお礼を言ったし、あたしはそんな風にきちんとしてる人の方が好ましく思うわ」
あたしの言葉を聞いてレオンはしばらく黙った後「なあ」と声をかけてくる。
【昨日の奴が悪い理由は何だった?】
「え? 昨日の人? ……うーんと。ひとりめの人はちょっと動きが荒っぽすぎだったのよ。アーヴィンみたいに優雅な動きをして欲しいとは言わないけど、さすがにあれじゃねえ。一緒に暮らしたら、あっという間に家を壊されちゃいそうだわ」
【昨日のふたりめは】
「あー、あの人はね。完全にやらしー目つきだったじゃない? 目的がバレバレ。アーヴィンほど紳士的な言動を期待するわけじゃないけど、でも――」
【ローゼ】
レオンは真剣な声であたしを呼ぶ。
【お前、気づいてないのか? 以前からその傾向はあったが、タナブゥタの翌日からはかなり顕著だぞ】
「何が?」
【……出会った男どもを、あの神官と比べてるだろうが】
「え、そうだった?」
きょとんとするあたしに向かってだと思う。
レオンはこれ見よがしに大きくため息をついた。
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。

悪役令嬢カテリーナでございます。
くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ……
気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。
どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。
40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。
ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。
40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜
白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。
舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。
王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。
「ヒナコのノートを汚したな!」
「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」
小説家になろう様でも投稿しています。
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる